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31話

 7日目 午前2時00分 残り1時間


 後藤がバイクを池袋の街中のコインパーキングに止めた。それを見てすぐ、僕は閻魔様の部屋に入って現世に送って貰おうとした。


「池袋駅から北西中池袋公園の近くの駐車場です」と閻魔様に伝える。


「……はい、確認しました。では、書類にサインを」閻魔様はそう言って僕にペンを渡す。


「書きました」そう言って手を伸ばして閻魔様の机の上に書類を置く。


「時間がありません。私も隣の部屋で様子を見て、要件が済んだと判断したらすぐにこちらに強制送還します。よろしいですか?」


「はい、お願いします」


 犯人の犯行を止める事などこれっぽっちも考えていなかった。僕は自分が助かるのに必死になっていた。


「では……幸運を祈ります……」


 そう言って閻魔様は書類にポンと判子を押した。閻魔様の表情は焦りや不安を押し殺して平静を保とうとしているようだった。それを見て、本気で僕の事を心配してくれているんだと感じて僕は少し嬉しくなった。




 現世に着くと僕はすぐに御崎さんに電話を掛けた。


『そこからコンビニが見えますよね? とりあえず道を渡ってコンビニの近くで待機してください』僕が何か言う前に御崎さんがそう言った。


「待機? 取り押さえなくていいんですか?」


『まだ凶器を所持しているかわかりません。今から伊藤さんもそちらに向かいます』


「後藤はどこに?」


『すぐ近くのクラブハウスで、店長ですかね? と会話してます……あ……注射器を受け取りました』


「今すぐ詳しい場所を!」


『いえ、もう少し待ってください。凶器と決まったわけじゃありません。少なくともターゲットが姿を現わすまで待ちましょう。犯行の直前になれば必ず心の声で自白するはずです。少なくともそれまでは待機です。場所はそこから見える白いビルです。もうすぐ出て来るはずです』


 僕は後藤に見付からないようにコンビニに入って御崎さんの指示を待つ。


『伊藤さん、小林さんはそこから見えるコンビニの中にいます。近くに後藤もいるのでバレないように合流してください。後藤、建物から出ます。』


「どこに向かってますか?」と小声で話す。


『駐車場の方向じゃないですね、もうコンビニを出ても大丈夫です。出てすぐの角を右に曲がってください』


 御崎さんの指示通りにコンビニを出ると、ちょうど伊藤さんが道の向こうから手を振ってやって来た。伊藤さんと合流してからコンビニの角を右に曲がると、その先に後藤と思しき人物が煙草に火を点けながら歩いていた。


 時間は、あと45分……


「まだ行き先はわかりませんか?」


『わかりません。心の声の音量を上げてそっちにも聞こえるようにします。警戒されない程度に距離を取って尾行してください。見失ってもあたしが教えるので大丈夫です』


「この先ってラブホ街じゃね?」と伊藤さんが言う。


「ターゲット探し? 或いはターゲットに会いに行く所ですかね?」


「まぁ、色欲っぽい奴が集まりそうな場所だよな」


 後藤の姿が見えるギリギリの距離を保って僕達は尾行を続けた。


『ヒヒヒ。女子高生の癖にキメセク希望とかどんな淫乱だよ』


 突然、電話の向こうから後藤の声がした。


『……けど、コイツでいいだろ、一般人じゃ手に入らない薬だ。一瞬で天国に送ってやるぜ……』


「今の!」


「自白と取っていいと思います。ターゲットが現れる前に確保しますか?」


 一瞬迷った。状況証拠は揃ってる。心の声とは言え、自白している。後藤はほぼ、間違いなく犯人だ。注射器を押収して、凶器だと分かれば絶対に後藤が犯人だ。どうやって確かめる? 精密な検査をする時間はない。


 あと30分……注射器の中身を確かめる方法を思い付いた。


「確保しましょう。確保します!」


『注射器だけで犯人と確信したんですか? せめてターゲットの姿を見てからでも』


「注射器と薬を取り上げて自分に打ちます! 死ぬ前にそっちに強制送還してください!」そう言って僕は後藤に向かって走り出す。


『待ちなさい! そんな!』閻魔様の声が聞こえた。


 後ろから追いかけて来ていた伊藤さんが僕を追い越して後藤に体当たりする。


 伊藤さんと後藤が勢い良く倒れ、後藤の胸ポケットから白いプラスチック製の箱が落ちて地面に転がる。僕はそれを拾い上げ、箱を開けた。


 中には注射器と小さな容器に透明の液体が入っていた。


 ゴクリと息を呑み、震える手で注射器に液体を入れ、自分の首筋に当てる。


「伊藤さん、そのまま押さえつけて、後藤がこっちを向けないように!」


「オウ!」


 後藤は身長が低く、ひ弱だったのだろう。体格差もかなり有って、伊藤さんは簡単に後藤の関節を極めながらうつ伏せに組み伏せた。


 1,2の3……思い切って首筋に注射器を刺し、親指を一気に押し込む。


 目の前がぐるぐると回る。手が痺れて注射器が地面に落ちる。注射器が地面に落ちた瞬間、時間が止まる。全てがスローモーションになる。死を予感した。一度経験した死をすぐそこに感じた。死を実感すると目の前が突然暗くなった。




 僕は暗い部屋に戻されていた。左手と膝を床について右手は注射器を持っていたままの形で固まっていた。


「あまり無茶をしないでください。こっちの心臓が止まるかと思いました」


 閻魔様の声を聞いて僕はやっと死の恐怖から解き放たれた。


 気付くと僕の隣には柏木さんと伊藤さんも戻って来ていて、隣の部屋からは御崎さんもドアから顔を出してこちらの様子を窺っていた。


「犯人、わかりました」


「後藤が、犯人でした。犯人は、後藤です……」


 閻魔様はいつもの席で黙ってこちらを見ている。


「これで、天国行けますか? 判子でしたっけ? 何か書類にサインするんですか?」


 閻魔様は下唇を噛みながら「駄目だ……」と小声で呟いた。


「なんで……」


「……君の未練は解消されてない」


「なんで、犯人は後藤じゃないんですか?」


「……言えない」


「そんな……」


 希望を打ち砕かれた気分だった。最後の最後に神に見放された気がした。いや、この場合は閻魔様に見放されたって言うのが正しいのかな……


「……って下さい」


「え?」よく聞き取れなかった。閻魔様の顔を見上げて確認する。


「出て行ってください。未練を解消したらまたここに来て下さい」


 消え入りそうな声だった。


「けど……」何か言おうと思った瞬間、


「出てってください!」と怒鳴られた。閻魔様の目には涙が浮かんでいるように見えた。


 僕は柏木さんと伊藤さんに抱えられて隣の部屋に連れられた。


「諦めるな! ボクの言葉を思い出せ! 絶対に諦めるな!」


 部屋を出て行く時、後ろから閻魔様のそんな声が聞こえた。


 諦めるな? この状況で?


 残り時間は15分を切っていた。


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