18話
3日目午後10時00分
柏木さんと伊藤さんと僕は三人で仲良く、夜の病院の男子トイレから肝試しをスタートする。僕と柏木さんは霊体で、伊藤さんだけ別人の顔をした生身の状態で。
何故、こんなことになったのかと言うと、出発前に閻魔様と伊藤さんの間で──
「──壁を抜ける事が出来る。現世の人間からは見えない。声も届かない。無論、幽霊と会話は出来ます。接触も可能です。現世の物には触れません。こちらから持ち込んだ物は触れます。その際、持ち物も霊体と同じ状態になっている物として考えてください。現世の人間への影響は最小限にする事を心得てください。以上が霊体活動の注意事項となります」
「尚、伊藤勝さんの霊体活動は認められません。問題行動を起こすのは火を見るより明らかです。それでは、小林聡さん、柏木加奈子さん両名の署名をここにお願いします」
「スミマセンっした! 反省してます! 僕も連れてってください! お願いします!」
──といったやり取りがあり、書類をよく読まずにサインした伊藤さんだけが生身の肉体で現世に降り立った。
付け加えると、伊藤さんは類稀なる霊媒体質らしい。閻魔様曰く、『歩く幽霊ホイホイ』で、伊藤さんがいれば幽霊の方から寄ってくるらしい。
「おーい、小林ーいるー?」すぐ隣で伊藤さんが大声を出す。
「いますよ、小声で話してくださいよ」と前を歩く伊藤さんに応える。
伊藤さんには僕達や幽霊の声は直接聞こえないらしい。僕は右手にスマホを持って、伊藤さんは左耳にイヤホンを付けながら電話越しに会話をしている。
伊藤さんは全くの別人の顔で、病院のパジャマのような服を着て、入院患者に変装している。
「超怖いんだけど、手繋いでくれない?」伊藤さんがキョロキョロしながら言う。
「嫌ですし、触れませんし、肝試し行きたがってたの伊藤さんでしょ」と僕は応える。
「私もちょっと怖いんだけど」と柏木さんが言いながら僕の服の裾を掴んできた。
診察時間の終わった病院は、自販機や病院関係者がいる部屋以外の明かりが消えていて、暗く、寂しい印象を受けた。
「霊体ってのになってみたかっただけだし、一人とは思わないし、霊媒体質だとか知らなかったし、思ったより暗いし」
伊藤さんは暗い森の中を一人で歩く子供みたいに辺りをキョロキョロと見回して怯え切っていた。
「そっちからは見えないけど、一人じゃないですから」と伊藤さんを勇気付ける。
「どっち行けばいいの? 君達今どこにいるの? 前? 後ろ? 横に居てくれない? ついでにオレ真ん中がいいんだけど、見えないけど先頭は嫌なんだけど」
「落ち着いてくださいよ、真っ直ぐ行って左手のエレベーターで5階です。手も繋いでますから、安心してください」
伊藤さんの後ろから行き先を伝える。もちろん、手は繋いでいない。
僕達は入院病棟の最上階の病室へ向かっていた。入院病棟からなら距離はあるものの、位置的に僕の現場が見えるかもしれないと判断したからだ。
「エレベーターってこれ?」と言って、伊藤さんは△ボタンを押した。
しばらく待つと、チンという音と共にエレベーターのドアが開き、中から白髪の腰が曲がった老人が点滴のスタンドを押しながら現れた。
一瞬ドキッとして体が固まったが、老人は伊藤さんに軽く会釈して僕達が来た道を通って去って行った。
「チビッ……ビビッたぁ」と言いながら伊藤さんがエレベーターに乗る。僕と柏木さんもそれに続く。
「とりあえず、上から順番に行きましょう。幽霊を見つけたら教えるので、幽霊に事情聴取している間、伊藤さんは看護師に見つからないようにトイレに隠れててください」
「ヤだ。絶対に嫌だ。無理無理無理無理絶対無理。教えなくてもいいから!」と伊藤さんは全力で拒否。
まぁ、見つかってもなんとか誤魔化せるかな、たぶん。と考えているとエレベーターが5階に着き、扉が開いた。5階の廊下は、消灯時間前なのか、明かりが煌々と照っていた。
エレベーターから出た瞬間にナースステーションがあり、まずいかな? と思ったが、看護師は伊藤さんの方をちらりと見ただけで、何も言われなかった。
「とりあえず、この階の廊下を一周してみましょう。返事はしなくていいです」と伊藤さんに指示を出す。
明るくなると一気に怖さが無くなったようで、伊藤さんはスタスタと歩き出す。僕と柏木さんはその後を追う。柏木さんも怖がってはいないようだが、忘れているのか、僕の服の裾を掴んだままだった。
5階をぐるりと一周してエレベーターの前に戻ってくる。
「伊藤さん、とりあえず1階に戻りましょう。今度は階段で」
僕達はエレベーターのすぐ横にあった階段で1階に向かった。
「なんで1階なんだ? 3階と4階も病室だろ?」と伊藤さんが訊いて来る。
「5階に幽霊はいませんでした。いなかったと思います。それで思ったんですけど、幽霊って暗くないと見えないんじゃないかなって。とりあえず1階のトイレは電気も消えてたし、誰も来ないと思うんで、そこで消灯時間を待ちましょう」
「トイレの電気は点けていい?」
「駄目です」
1階に戻り、スタート地点の男子トイレの個室に三人ギュウギュウ詰めになりながら、作戦会議が始まった。
「とりあえず、消灯時間を調べて来ます。伊藤さんはここで待っててください」
「やだ、一人にしないで」とんでもなく情けない姿を見せる伊藤さん。
「柏木さんもいるから一人じゃないですってば」そう言うと、柏木さんは首を振りながら僕の裾を引っ張ってきた。
「じゃあ、スマホは柏木さんに渡してくれ」と伊藤さんが要求してくる。
「わかりましたよ」と言って、スマホを柏木さんに渡し、僕は個室を出ようとする。
ゆっくり息を吐き、左手を個室のドアに向かって伸ばすと、左手はドアをすり抜けた。そのままゆっくり、目を閉じながら2、3歩前に進み、目を開けると僕は個室の外にいた。僕の裾を掴んだままだった柏木さんも一緒に個室の外に出る。
柏木さんが、僕の裾を掴んでいない方の手を口に当てて、し~っとポーズを取りながらウィンクをした。僕は右手でオーケーと言って、僕達二人は再び入院病棟へ向かった。
入院病棟に着くまでの間もスマホからは引っ切り無しに伊藤さんの声が聞こえた。
『柏木さん? いる? どこ?』「いますよ~大丈夫ですよ~」という伊藤さんと柏木さんのやり取りが何回も繰り返されていた。
階段を上って、3階のナースステーションで消灯時間を確認する。10時30分に消灯するらしい。幽霊が出るにはちょっと早いかな、と思う。
「とりあえず、もうすぐ消灯ですけど、伊藤さんは置いといて二人で幽霊探します?」と柏木さんに提案する。
『え? 小林? 戻ってきたの? 置いてかないで、オレも行くから』と伊藤さんの声が柏木さんの持っているスマホから聞こえてきた。
「あ」と思ったがどうやら勘違いしてくれたらしい。
「じゃあ、柏木さんは置いてきますから、僕一人で探してきますね」と柏木さんが持つスマホに向かって言う。
『ウン、わかった。オレ頑張る。』
頑張るのはこっちの方で、伊藤さんは待ってるだけだろ。
柏木さんが左手でオーケーマークを出したので、僕と柏木さんは二人で病院内を探索することにした。




