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14話

 3日目 午前4時



 パンツを無事に回収して、いつもの暗い部屋に戻された僕の目に入ってきたのは、正座で閻魔様に説教されている伊藤さんだった。


「法律で禁止されていなくても、常識としてやっちゃいけない事がだってわかるだろ! それにボクは忠告したはずだぞ! 二度とボクの命令に逆らうなよ!」


 激昂した閻魔様と、母親に怒られている子供のように「はい」「はい」と謝る伊藤さんの会話を要約すると、どうやらあの後、机の上に置きっぱなしだった閻魔様のスマホを使って、観客加藤さんと演者伊藤さんによるストリップショーが繰り広げられてしまったらしい。


「買って来ました」


 僕はパンツを握り締めながら、簡潔に閻魔様に報告をする。エロ本すら買った事のない僕は、見た事もないようなアダルトグッズが並ぶ店でパンツを買わされて、精神的に参っていた。


「ご苦労」


「それだけですか?」あまりに簡潔な労いの言葉にムッとして言い返してしまった。


「なんだい? 不満かい? それとも、またキスのおねだりかい?」


「わーっ」


 伊藤さんの前でなんて事言うんだよ。


「違います! けど、本っ当に死ぬほど恥ずかしかったんですから! まだ店に並んで無くて、もう売れちゃったのかと思って店員に直接聞いたんですよ? 今日の夕方から夜にかけて、ショートボブのおっぱい大きい女性がパンツ売りに来ませんでしたか? って」


「とりあえず、そのパンツはボクが預かろう。領収書は貰ってきた? いくらした?」


「1万円で買えました……」ムスっとしながら、領収書とクレジットカードとパンツを閻魔様に手渡す。


「うん、まぁ、一般人のパンツなんてこの程度か。100万円とかしないかビクビクしてたよ」閻魔様はそう言って、クレジットカードを財布に仕舞いながら再び僕に尋ねる。


「ついでに何か変な物も買って来てないだろうね?」


「買って来てません! セットで付いて来た柏木さんのポラロイド写真は破ってトイレに流しました」


「へぇ、証拠隠滅ご苦労。そのくらいだったら記念に持って帰って来ても良かったのに」


 何の記念だよ。と思いながら、まだ確認していなかった本題を尋ねる。


「それで、柏木さんのほうは無事に回収できたんですか?」


「うん、なんの問題も無かった。目撃される前に回収したから、これで一安心だ」


 先ほどまで鬼の形相で伊藤さんを叱り付けていたのに、今はニコニコと上機嫌だ。


「なんか、嬉しそうですね」と不機嫌な僕が言う。


「そりゃ、そうさ。この件でボクがクビになる事は無くなったからね。よく考えたら、柏木君は自分の意志でここに残ったんだ。強制したわけじゃない。地獄に堕ちても自業自得だ。ボクに責任は及ばない。むしろ、大事になった場合、地獄に堕とさない方が職務怠慢で問題になる。人形とパンツが回収された時点で、この件は一件落着だよ」


 柏木さんにとってはまったく一件落着じゃない事だけはわかった。


「それじゃ、ボクは寝るから、明日明後日は出来る限り、部屋から捜査してくれ。じゃ」そう言って、閻魔様が軽く手を上げると、いつものドアが現れた。


「失礼しました」と教員室から退室する生徒のような定型句を述べて、僕と伊藤さんはその場を後にする。


「そういう関係なの?」と伊藤さんが後ろから話しかけて来る。


「違います」『そういう関係』がどういう関係の事を指しているのかは定かではないが、キッパリと否定しておいた。






 僕と伊藤さんが白い部屋に戻ると、ジロジロと柏木さんを嘗め回すように見る加藤さんと、椅子の上で体育座りをして俯いている柏木さんがいた。


「スミマセンっしたー!!」


 僕がいつもの席に着くなり、後ろから伊藤さんが大きな声で謝罪した。驚いて振り向くと、伊藤さんは気を付けをして頭を深々と下げてお辞儀をしていた。


「調子に乗りました。スミマセンっした」


 伊藤さんは柏木さんの前に立ち、もう一度、謝った。基本はギャンブル好きのクズだけど、根は良い人なのかな?


 柏木さんが顔を上げ、体育座りのまま、膝に顔を乗せてムス~っと頬を膨らませてふて腐れたような顔をする。目は少し赤く腫れている。


 優しくて、穏やかな柏木さんも良いけど、素の表情の柏木さんも良いなと思った。


「本っ当にスミマセンっした!」頭を下げたまま、伊藤さんが謝罪し続ける。


 柏木さんのことだから、本気で怒ってるわけじゃないと思うんだけど、許すことも出来ない。と言った所だろう。いつまでも頭を下げさせているのも気の毒なので、僕は助け舟を出す事にした。


「えっと、伊藤さんも反省してることだし、改めて自己紹介しませんか? 僕は小林聡、25歳です。ほら、伊藤さんも席に座って」


 僕がそう言うと、伊藤さんはテーブルの向こう側、柏木さんの正面に座って自己紹介を始めた。


伊藤勝(いとうまさる)30歳、ギャンブラーです。先ほどはスミマセンっした!」


 まだ謝ってる……それに、ギャンブラーって、職業なのか? ポーカーのプロとか? いや、この人の場合はパチプロとか競馬のプロとかそっちの方だろうな。


 伊藤さんの自己紹介の後に誰も続かないため、沈黙が流れる。


 柏木さんはむくれたままだし、加藤さんはテーブルに足を乗っけて欠伸をしているので、僕が代わって紹介することにした。


「えっと、そちらにおわしますのはヤクザの加藤さんで、こちらが柏木さんです」


「柏木さん、本っ当にスミマセンっした!」


 改めて起立して謝る伊藤さんを見て、僕は、この謝罪劇はいつまで続くのかとうんざりする。


 僕は、再び流れる沈黙に耐え切れず、伊藤さんに質問する。


「えっと、伊藤さん。ギャンブラーって何をされてたんですか?」そんな入社試験の面接のような言葉が真っ先に出て来た。


「パチンコ、スロット、競馬、競艇、競輪、オートレース、麻雀、花札、チンチロ、宝くじ、ポーカー、ブラックジャック、オンラインカジノ、トトカルチョ、他にも色々、ギャンブルと名の付く物は全部だ」


「へぇ~、なんでそんなにギャンブルが好きになったんですか?」


 パチプロか競馬プロ、それも自称系なのかと思ってたが、次々と並べられるギャンブルの数に僕は素直に驚いた。


「ま、オレって生まれついての勝負師だからな、ギャンブルが好きなんじゃなくてギャンブルの中じゃないと生きてる実感が沸かないって感じだな」と伊藤さんが自慢げに言った。


 言ってる事は全然格好良くないはずなのに、ここまで自信満々に言われると格好良い気がしてきてしまう。


「へぇー、すごいですね。それで生計立ててるんですか?」


「んっ?!」そう言って一瞬、伊藤さんの顔が固まった。


「ま、まぁ? 生計を立てるためにやってるわけじゃないけど、確かに生活費は勝った金で払ってるよね? それ以外に収入も無いし?」


 そう言う伊藤さんの目は完全に泳いでいた。


 絶対嘘だ。顔に書いてある。そんなに嘘が顔に出て『生まれついての勝負師』とか言っちゃってるのか、この人。


 隣から、「くすん。」と軽く鼻を啜る音がして、「そろそろ捜査再開しませんか?」と柏木さんから提案される。


「柏木さん、スミマセンっしたー!反省してます!」とまた伊藤さんが大声で謝る。


「伊藤さん、もうそれいいですから、そんなに謝られても、柏木さんも困りますって」と僕は、いつまでもしつこく謝る伊藤さんを注意した。


 すると、「そ~ぉ?」と、したり顔をして伊藤さんはさっさと席に着いた。


 うわ、この人、全然反省してなかった! 謝り慣れてやがる。前言撤回、この人、性根の腐った本物のクズだ。

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