1話
「小林聡1991年12月13日生まれ25歳男、東京都世田谷区出身、身長170cm体重50kg、無職。趣味特技なし。人格形成期、父小林誠、母香織の元に生まれる。兄弟なし。家族関係は良好。中学受験に失敗し、小学校から高校まで地元の公立高校に通い、最終学歴は駒沢大学文学部卒。中学受験失敗に関しては本人は気にしていない模様。幼少期は活発な少年だったが次第に大人しい性格に、高校時代にはクラスで目立たないポジションに。中学高校共に所属部なし。いじめ経験なし。友人は少なく、大学を卒業してからは誰とも連絡を取っていない。幼少期のエピソード、鬼ごっこが好きで、毎日のように放課後校庭で~っとこの辺はいいや、以下略~っと」
遠くの方から少女のような声がする。
「ここまでで、何か間違いか質問は? あ、質問は後で受け付けるからいいや」
「はい」と反射的に答えると同時に意識が覚醒する。
正確には、つらつらと早口で自分の生い立ちを語る少女の声と思われるものは聞こえていたので、その時から意識ははっきりとしていた。ただ、目を開けているのかわからない程暗い空間に、いつから立っていたのかもわからない、この状況がそう錯覚させたのかもしれない。
「こっちだよ」
声のする方向を向く。どうやら僕はずっと上を向いて突っ立っていたようだ。
何故? いつから? それよりもここはどこだ? 混乱する僕の目に入ったものは更に僕を混乱させた。
そこには僕の背丈ほど大きくて古い木製の机があり、机の上には筆箱と数枚の書類と大きな判子。そして、その奥には見覚えの無い14~15歳に見えるパジャマ姿の少女が座っていた。
「ず~っと上を見ながらボケ~っとしてて、突然『はい』と言われても、ちゃんと聞いてたのかわからないから、もう一度確認するよ。君は小林聡さんで合ってるかい?」
体に不釣合いな大きな机から肩より上だけを出して少女が問いかけてくる。黒くて長いサラサラの髪、小さな顔、大きくて碧みがかった瞳、嘘みたいに白い肌の少女だ。真っ暗な空間で不思議と、彼女と机だけがはっきりと見えた。
「聞いてるかい?」と彼女は机を軽く叩きながら再度問いかけてくる。
「あ、はい、すみません」今度は混乱というよりも、目の前に突然現れた少女に見惚れていたらしい。
「で?」
『で?』と頭の中でもう一度自分に聞いてから必死に頭を回転させ、ようやく質問されていた事とその内容を思い出し、「はい。小林聡です。よろしくお願いします。」と答える。一体、何をよろしくお願いするのか。変なことを言った気がして少し恥ずかしくなる。
「じゃ、続きね。彼女いない歴=年齢。って、一応正式な書類だぞ、彼女いない歴って。で~、性癖~もいいや、中学時代の持ちネタ? ハァ? いいや、飛ばそう。ちょっと待っててくれ」
書類に目を通しながら頭を掻く少女の仕草から尚も目が離せない自分に気付き、ようやく冷静になる。しかし、冷静に辺りを見回してもわかる事は何も無く、また混乱しそうになるが、今度は混乱より恐怖が上回った。
そんな僕を余所目に少女は書類の続きを読み始める。
「ここから行こう。未練有り。名探偵になりたかった。小学校の頃の夢、探偵。中学校の頃の夢、探偵。高校時代の夢、探偵。ちょっとすごいな、ここまで一途に探偵になりたい奴は初めて見た。浮気調査でもしたかったのか? で、大学卒業してからは就活もバイトもせず無職? というか、文学部だっけ? 諦めたわけじゃないんだよね? それが未練なんだし」と少女は首をかしげる。
「えっと……本物の探偵になりたかったわけじゃなくて……漫画とか、小説の、ホームズとか、金田一とか……推理して犯人を見つける方の……その……」
言ってて恥ずかしくなってくる。現在進行形の黒歴史を自分から披露したようで、今度は顔が熱くなってるのがわかるほど恥ずかしかった。そのおかげか、恐怖はどこかに消えていた。
「あ~、はいはい、なるほど。普通、このテの未練は努力が報われなかった場合が多いんだけど、努力してる形跡が見られなかったからちょっとね」
そう言った彼女の鼻の穴は少し膨らんでいて、笑いを堪えているようだった。
ここでようやく、少女がおかしな事を言った事に気付く。未練? 未練って未練のことか? 未練って死んだ人以外にも使う言葉なのか?
「じゃあ、君には自分を殺した犯人を捜して貰おうかな。犯人を見つければ、未練が解消されるかもしれない。ちょうど、昨日来た奴も自分を殺した犯人を捜しているし、同じような殺され方をしているから、同一犯の連続殺人事件の可能性が高い。そいつと協力して犯人探しといこう。被害者が増える前に見つけてくれれば、ボクの仕事も減るし、一石二鳥三鳥だ。」
殺された? 僕が? あまりにも意味不明な発言と状況にようやく納得できる答えが見つかる。
夢だこれ。
でないと、この意味不明な空間も説明できないし、現実世界にこんなボクっ娘の美少女がいるわけがない。少なくとも僕は初めて見た。
「そういえば、質問を受け付けてなかったね。先に言っておくけど、君は死んだ。これは夢じゃない。ボクは閻魔様みたいなもので、死者の未練を解消させる仕事をしてる。閻魔様と呼んでくれて構わない。以上を踏まえて質問をどうぞ」
夢の中で夢じゃないって言われてもなぁ。と思いながら質問を考える。夢だと気付けば恐怖も混乱も消えたし、夢の中とは言え、少しでも長くこの閻魔様と名乗る少女と会話を続けたかった。
「誰に殺されたの?」少しフランクに質問を投げる。僕はこの少女と仲良くなりたかった。現実世界では女の子とほとんど話した事がない僕でも、夢の中なら強気になれた。
「それを君に探してもらうって話を聞いてなかったのかい? どうやらあまり頭が良くないのかな? これじゃ先が思いやられるよ。ボクが君について知っているのはここに書いてある事だけだ。犯人はボクも知らない」
そうか、そういえばそういう設定だった。出来ればもう少し僕に優しい美少女って設定に変更できないものか。優しいお姉さん系なら最高なんだけど。
「いつどこで死んだんですか?」
「つい、さっき。5月1日、木曜日の午前3時。コンビニに行った帰り、駒沢公園近くの道路でスマホの明かりを頼りに雑誌を歩き読みしてる最中に殺された。ちなみに今は5月1日の午前3時10分だ」
そういえば、コンビニに行ったのは覚えている、けど、家に帰って漫画の続きを読んだ記憶がないな……
「じゃあ、凶器は?」
「毒物。たぶん注射器だろう。昨日のニュースは見たかい? さっきも言ったけど、昨夜にも一人、新宿で男が同じ殺され方をしている。素人意見だけれど、ボクは連続殺人事件と見たね」
ニュースは見ていないけれど、注射器という言葉を聞いて、僕は思い出した。後ろから誰かに襲われた記憶。
驚いて振り返ろうとしたけど、その場に倒れて、体が動かなくて、助けを呼ぼうとしたけど、声が出なくて、息が出来なくなって……このままじゃ死んじゃうんじゃないか……って……
「マジ?」思わず声に出てしまった。
鮮明に記憶が甦ると共に、自分が死んだという実感だけが僕を支配した。
どうやら、僕は本当に死んでしまったらしい




