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ラブレス  作者:
3/3

開店準備1

葛西晴海の一日の始まりは遅い。

深夜2時すぎまでのバーでの仕事をこなしているため、朝11時まではぶっ通しで眠る。

朝の喫茶店経営の全てはもはや、アルバイトである三咲さんにかかっているといっても過言ではない。

バーが忙しくなってきてから、豆の入荷や、付け合せのサンドイッチなどは三咲さんが一手に引き受けてくれた。

12時開店の喫茶店ラブレスだが、三咲さんは準備のために10時から働いてくれている。

本来ならバイトに持たすべきではないのかもしれないが、母屋の鍵も三咲さんには渡してある。


「おはようございまーす、店長11時ですよ?早く準備しないと大変です。」


扉の前で元気な声がする。

これも日課だ。

朝の弱い僕を、三咲さんが起こしてくれる。

起こしてくれるだけに留まらず、朝ごはんまで作ってくれるのだ。

流石にそこまでしてもらうのに気が引けた僕は、彼女に特別手当を出している。

最初は断っていた彼女も、僕がどうしてもと押し切った。

それくらいありがたかった。


「店長?開けますよ?」


2度目の呼びかけに答えないと、三咲さんは部屋に入ってくる。

これはいつのまにか決まった決まりごとだ。

その後は、三咲さんが部屋に入り、僕を布団の上から揺するのが一日の始まりだ。


「店長、いい加減に・・・」


いつもの心地よい揺れが来ない。

急に静かになった違和感が、目を覚ましてくれた。

覚醒しきっていない状態で寝返りを打ち、部屋の入り口を見た。

引き戸のドアを開け放った状態のまま、三咲さんが立ち尽くしていた。


「あぁ、三咲さん。いつもありがとうございます、昨日少しいつもよりも忙しかったので疲れてしまいまして・・・。」


なんとか覚醒した僕は彼女にねぎらいと言い訳を一緒にした。

眠気を振り払うように目をこすり彼女のほうを見る。

口を開けて固まっている。

目線は僕を見るというよりは、僕の寝るベット全体みたいだ。


「三咲さん?何固まっているの?」


そういいながら彼女の目線の先にあるものを見た。

そこにはまるで、そこが安寧の場所と言わんばかりに健やかに寝る、裸の滝嶋さんがいた。

僕も三咲さんも固まった。

そんな修羅場の空気を感じ取ったのか、滝嶋さんが寝返りを打つ。


「店長・・・すごいです・・・。」


なんとも誤解を招く寝言を言ったと思ったら、僕の腰に抱きついてきた。

僕は滝嶋さんが何故ここにいるのか、どうしてこんなことになったかを説明しようと、三咲さんに話しかけようとした瞬間だった。


「あのね、三咲さ・・・」


「きゃー」


三咲さんは走り去った。

僕は取り残された部屋で、腰に抱きつく滝嶋さんの寝顔を、場違いながら不覚にも「かわいい」などと思っていた。

いつまでもそうしている訳にもいかない。

男の本能と店長の責任が戦い、勝利した責任が僕をその甘い空間からぬけだして、店にいくことを助けた。


店に行くと、三咲さんが黙々と準備をしていた。

ときたま聞こえる下ごしらえに使う包丁の音が、大きく聞こえるのはきのせいではない。


「あのね、三咲さん・・・?」


ドン


包丁の音が今季最大の音を出して振り下ろされて、止まった。

普段の三咲さんは19歳にして、しっかりとしたお姉さんといった風で、今まで軽く叱られた事はあったが窘められる程度で、このパターンは初めてだ。

僕は「刺されたらどうしよう」などと考えながら、喋り始めそうな三咲さんの言葉を待った。


「店長、店長もいい歳ですから、そういった事があるかも知れないと思ってはいました。でもですね、私があの時間に店長の部屋に行くことは随分前から繰り返ししてましたし、ああいった場面を私に見せないようにすることは出来ると思うんですが違いますか?」


「は、はい。」


まくし立てられる言葉に、情けない返事しか返せない。

見たことない表情で、据わった目線で僕を見ながら喋る三咲さんの後ろには、僕の心理描写が作り出した火がたぎっている。


「もし私が朝来るのが迷惑ならそういってください。私は店長のお母さんでも奥さんでもないんですから、無理にとは決して言いません。」


「いえ、決して迷惑だなんて・・・」


「とにかく、店長言っておきます。」


「・・・なんでしょう?」


弁明は聞きたくないと言わんばかりに僕の発言を遮り話し続ける三咲さん。

まさか急に辞めるとか言わないだろうな。

今三咲さんに辞められたら、ラブレスは閉店に追い込まれる。

それほど三咲さんは必要な人物なのだ。

ほんの1秒にも満たない間を取って、三咲さんはトーンを落として一言。

「二度目はありません。」


「・・・はい」


どっちが年上なんだかわからなくなるやり取りだ。

彼女はそういい捨てると、店先の掃き掃除をしに外に出て行った。

僕はカウンターに倒れるように座り込んで溜息をついた。

これから始まる一日に、暗雲が立ち込めていく。




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