次郎坊さんと侵入者
「これ以上…飲めましぇん…」
「待て待て待て!なぜ藤が酔い潰れてる!」
「次郎坊さーん、あーん!」
「蜂蜜やめろ!」
「えぇい…美里め、ちと食い過ぎた」
「あ、次郎坊さん、遅い帰りだね」
「これは大家さん。ええ、後輩が泥酔したもんだから」
「大変だねぇ。明日も早いんだろう?とっとと寝っちまいな」
「そうさせてもらうよ。おやすみ」
「ああそうだ。ちょっと待ちな」
「ん?今月の家賃は払ったはずだが?」
「そうじゃないよ。さっき、あんたの部屋に若い娘っこが入っていったから、気になってね」
「若い娘?」
「おや、親戚の子じゃないのかい?まぁ、あの美貌はあんたの遺伝じゃ無理だね」
「親戚に女子はいるが…どんな容姿だったろうか?」
「そりゃあんた…ものすんごいベッピンさんだったよぉ?うちのアパートに住む娘っこは皆髪を染めてるから、あの綺麗な黒髪をよく覚えているわ。モデルさんかアイドルさんかね?」
「親戚にそんな美人はいなかったはずだが…年齢はどれくらいだ?」
「女子大生というよりは社会人みたいだったわよ?スーツ着てたし」
「心当たりないな…」
「警察呼ぶかい?次郎坊さんに限ってストーカーはありえないだろうけど」
「いやまぁ…後はこっちでどうにかするよ。もしあれだったら、翌朝にでもピンポンしてくれ」
「本当に大丈夫かい?人が殺された部屋は誰も住もうとしないからねぇ」
「十分に用心するさ。心配しなさんな」
「じゃあ、私はもう行くよ」
「情報ありがと。おやすみ」
「お、本当に俺の部屋に電気がついてやがる。どこの誰だってんの…鍵はどこから…」
「おい、どちらさんだか知らんが、アポなしはいかんだろう?」
「あ、帰ってきた」
「お…お前は…誰だ?」
「ありゃ?忘れてるの?」
「すまんが…俺はお前さんみたいな綺麗な娘っこと縁がないんでな。なんだ?新手のいたずらか?テレビのドッキリ?悪いがその手の企画には付き合えんぞ」
「私よ。杏子。忘れたの?次郎坊のくせに」
「杏子?…………おぉ!そう言われれば、杏子か。何年ぶりだ?」
「私が中学生だったから…11年ぶりくらいね。次郎坊が転勤しちゃって」
「そんなにもなるか。しかし、どうして今?どうやってここまで辿り着いた?」
「最近のネット社会は情報の宝庫よ。あとはピッキングでパパパッと?」
「犯罪者か」
「いやぁ、それほどでも」
「褒めてないからな」
「ねぇ?いつものあれはしてくれないの?」
「いつもの?」
「ハグ」
「馬鹿か。年齢を考えろ」
「お、じゃあ私も大人になったってことね?」
「そりゃお前……いくつになった?」
「25」
「さすがに25歳をガキ扱いするほど、俺も偏屈爺さんになった覚えはない。とはいえ、俺は自分のことを大人と思ったことはないがな」
「相変わらずかっこいいわ~」
「で、若くない俺に何か用か?」
「そうそう…………これにサインして欲しかったり」
「怖いなおい。そう簡単にサインできるかよ」
「まぁまぁそう言わずに。紙を見てくれたら思い出してもらえるでしょうから」
「何だ…………って…」
「思い出してもらえました?」
『大きくなったら、次郎坊のお嫁さんになってあげる!』
『お、そうかそうか。気長に待つとしよう』
『見てなさい。完璧なレディーになってあげるんだから!』
『うむ、杏子は必ず美女になる逸材だからな。予約しておくのも悪くなかろう』
『本当?』
『もちろんだとも』
「これは本物の………婚姻届か?」
「約束を果たしに参った。そのために独身を貫いてくれたんでしょ?」
「いやいや、待て待て待て…20年前の冗談じゃないのか?」
「え?どうしてそんなことを言うの?」
「花屋で働きたいといった幼稚園児の何人が花屋で働いていると思う?」
「でも私、完璧なレディーなるために留学して、海野産業の総合職採用まで勝ち取ったわ」
「海野産業…まさかの親会社か…しかも総合職」
「え?」
「俺の勤務先、海野テクノロジー…海野産業の子会社だよ。しかも俺、高卒で一般職にギリギリ採用」
「私、そんなこと気にしないわ」
「杏子、せっかく美人になって、エリートコースを進んでいるのなら、昔の約束なんて忘れてくれてもいいんだぞ?」
「私と結婚するの嫌なの?私は次郎坊が大好きよ?」
「…親は?お前んところの親って、俺と同世代だったよな?」
「お父さんが55歳、お母さんは54歳よ。説得済みだから安心して」
「ちょっと待ってくれ。考える時間をくれ…まさかの展開に理解が追い付かん」
「わかった。これ、私の名刺。住所も書いてあるから。いつでも連絡してきて」
「お…おう」
「じゃ、私帰るね」
「送ろう」
「大丈夫。私、もうあの頃の私じゃないから」
「そ…そうか?」
「それじゃあ、おやすみなさい。次郎坊、久しぶりに会えて嬉しかったわ」
「おやすみ杏子…」
「……………マジか。まさか覚えているとは思わなかったし、婚姻届まで準備済みって…俺、もう50歳だぞ?杏子はまだ25歳だぞ…いいのか?」
登場人物
如月 次郎坊 50歳
「苦手なこと………見て見ぬふりをすることだな。まぁ…正義の味方にはなったことがないがなぁ」
大家さん ?歳
「苦手なこと?気にしたことないね!」
志島 杏子 25歳
「苦手なことは睡眠ね。寝ている時間って、もったいなくない?特に疲れてない時とか」