1月8日(金)
冬休みが明けた。一週間、この日が来るのが待ち遠しかった。
今日は始業式とホームルームだけで午前中に学校は終わり、放課後になるとみんなはすぐに下校し始める。そんな中、私はひとり空き教室へと向かった。
時間が経つにつれ、私の脳は冷静になっていった。もしかしたら、あの空き教室での出来事はすべて夢だったのではないか。そう思うと、いてもたってもいられなかった。
B棟の四階、視聴覚室の隣にある空き教室。そこには誰もいなかった。まだ午前中だから来ていないだけだろうか。いつもサユリのほうが先にいたので不安になる。鍵は開いていたため、中に入って待つことにした。
「あっ」
教室の後ろのロッカー。そこに私のプラネタリウム機があった。そういえば、これを教室に持ってきてからずっと置いたままにしていたのだ。
これがあるということは、あの一週間の出来事は夢ではなかったことになる。私はこの空き教室で、サユリとふたりで星を見ていた。
プラネタリウム機を抱えて、私は席に着いた。
――今夜も、サユリはこの教室に来るよね……?
☆
気が付けば、私はいつの間にか机に突っ伏して寝ていた。時計を見てみると針は五時半過ぎを示している。この教室に来たのが十二時くらいだから、五時間近く寝ていたことになる。そういえば、昨日はあまり寝つけなかったので寝不足だったのだ。
外の景色はもう真っ暗だった。しかし、サユリに会いにこの教室に来たときはいつも真っ暗だったので、このほうが落ち着いた。
「あら?」
その声と同時に教室の扉が開いた。一瞬サユリが来たのかと思ったが、扉の向こうにいたのは三十代くらいの女性だった。教員だろうか。どこかで見たことのある顔なのだが、はたしてどこで見たのかは思い出せなかった。
「こんなところでなにをしているの? もうすぐ下校時刻よ。帰りなさい」
おそらく見回りをしていたのだろう。女性の手には懐中電灯が握られている。
「す、すみません。あの、でも、人を待っているのでもう少しここにいてもいいですか?」
「待ち合わせ? こんなところで誰と?」
「ええと……」
言葉に詰まった。この女性にサユリのことを話してもいいのだろうか。私が躊躇っていると、
「もしかして、サユリさん?」
「! 知ってるんですか?」
「ええ。あなたもあの子を知っているのね」
「あの、先生」
女性が教師かどうかわからないが、とりあえずそう呼んでみる。
「先生はサユリのこと、どこまで知ってるんですか? 教えてください」
女性は少し迷う素振りを見せたが「知りたい? あの子のこと」と言ってくれた。
「はい」
「じゃあまず、どうしてあなたがあの子のことを知っているのか、教えてくれる?」
私は正直に話した。父と喧嘩をして家出をしたところ、偶然学校の裏門前でサユリを見かけたこと。サユリが校舎の中に入っていったので、不審に思いあとをつけたところ、空き教室前で彼女と出会ったこと。それから友達になり、彼女に会うために毎晩学校に忍び込んでいたこと。この空き教室でプラネタリウムを見て、お互いの話をしたこと。
サユリと会った日、一日一日をよく思い出しながら話した。たった一週間のことのはずなのに、彼女と過ごした時間は一ヶ月、いや、一年にも感じた。それくらい私にとってサユリという存在は大きかった。
今ここにサユリがいないことが、とても不安で仕方ない。
――サユリ、どこにいるの? 会いたいよ……!
「もういいわ。話してくれてありがとう」
女性がハンカチを差し出してきた。一瞬意味がわからなかったが、窓に映った自分の姿を見て、いつの間にか涙を流していたことに気付いた。ありがたく受け取り、目元を抑える。
「この空き教室はね、元々文化部倉庫として使っていたの」と、女性は話し始めた。「三年前に部室棟を増築して文化部にもそれぞれ部室を与えたから、今は空き教室になってるけど」
確かに、各部活動の部室がある部室棟というのがある。元々は運動部のみの棟だったが、増築して文化部もそれぞれの部室を持つようになったのだ。天文部もその内のひとつだった。桜ヶ丘学園は私立のため資金も土地もあるのでそのような校舎を作ることが出来るが、そうでなければ部室の代わりに文化部倉庫という複数の文化部が共有して使う倉庫があり、どこかの教室を借りて部活動を行うのが一般的だろう。
「まだここが文化部倉庫だったとき、サユリさんはこの学校に通っていたわ。だけど、彼女が高校一年生のとき、冬休みが明けると彼女は……」
少し躊躇ってから、女性は言った。
「彼女は、教室で首を吊って死んでいたの」
「えっ?」
女性の衝撃の発言に、私は目を丸くした。
「警察が来て現場を調べたんだけど、自殺と判断されたわ。というのも、彼女は教員たちが気づかないような水面下でいじめを受けていたの。クラスメイトは自分がいじめのターゲットになるのを恐れて誰も彼女を助けなかった。その後は自殺の原因になったいじめも、加害者が誰も名乗り出なかったためにうやむやになってしまったのよ」
「そんな……」
ではやはり、あのときサユリが言っていたことは本当だったんだ。サユリは本当に幽霊だったんだ。
私はサユリが幽霊だった事実よりも、彼女が幽霊になってしまった原因にショックを受けた。彼女は学校に未練を残したまま自ら命を絶ち、亡くなった今も学校に通い続けている。いじめに遭わなかったら、彼女は自殺することも、学校に未練を残すこともなかっただろうに。
「無断で校舎内に入ったことは内緒にしておいてあげる。だから、もうこの教室に来るのはやめなさい」
「えっ。どうしてですか?」
「あなたがここに来る限り、サユリさんもまたここに来るわよ。彼女は永遠に学校に憑りつかれることになる。だから、あの子と一緒に過ごした時間は誰にも話すことなく、心の中に閉まっておきなさい。多分、あの子もそれを望んでいるはずよ」
そう言って、女性は微笑んだ。
校舎内に下校時刻を知らせる鐘が鳴った。
次回、最終話です。