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第八歩「イケヅキ哨戒報告」

 ああ、不幸だ。こんな事ではまた姉さんにどやされてしまう。

僕、〘セイント・シール・エルフ〙族のイケヅキにとって

里の一大事に任された哨戒任務。その失敗の予感に思わずため息が漏れてしまう。

〘パートナー・ハウンド・ウルフ〙のタワラは

僕を置いてさっさと先に行ってしまった。

何もこんな時に限って、いつもの暴走グセを起こさないで欲しいよ。

これで任務が狼の追いかけっこで終わりましたなんて結果になったら

それこそ、姉さんの大目玉に族長の淡々とした説教コンボが待っている。


「うーん。しかし、タワラの様子もそうだったけど、本当に大丈夫かな?」


 気持ちとは裏腹、軽々と体は木々の間の枝へと飛び移る。

日頃、歩いているこの白いだけの森もなんだか今日は良い雰囲気がしない。

体はいつもの通りだが、心に取り巻く不安に僕は頭を重くさせられ続ける。


 事の始まりは里の朝仕事から中休憩を入れようと言う頃合いのこと。

族長から召集がかかり、開口一番の一言から始まった。


『封印の祠の警戒札が解かれた』


 大人たちの深刻な表情と共に一気に緊張感が高まっていった。

旧き言い伝えによれば、あの祠の奥には邪なモノが封印されている。

故に誰も近寄らず、また誰も近寄らせてはいけないというのは物心付いた頃に

いの一番に教え込まれる里の鉄則だ。それを守る警戒札は解かれるどころか

少し接触があっただけで里の族長に知らせを飛ばす魔術が施されている。


 今まで生きてきた中で札を交換する時以外で警戒札が外されたことはないし

その時は厳戒態勢で事が行われていた。自然や獣なんかの接触で取れる程

柔い作りではないそれが解かれたとなれば、一大事なのは想像に容易い。


「やっぱり中から何か出たのかな? 邪なモノってなんなんだろう?」


 子供心に漠然とした疑問は確かにあったが今までそれを確かめようと言う気は

一度も無かった。これが片田舎の伝承や古い言い伝え位だったら子供が

悪さをしに行くなんて展開は考えられたけど、生憎この言い伝えに関しては

そんな気が起こせない程の浸透ぶりである。何せ、うちの一族はこの言い伝えの為に

この森に住んでいるし、結界で封印を施している。


 医薬品とか里では手に入れられないモノの調達で結界を解いて出入りはするが

この森から無断で出ることは基本追放と同意義である。

女子供や老人であってもコレを破った時点で追放がほぼ決定……とされている。

流石に僕達の世代で追放された子は居ないし、大人になって里を出て行く人は居たので

ルールとして、躾として、そうするという話なんだろうと思う。


「うちの里で悪戯にやる度胸のある子は……うー、姉さん以外に居ないし

 姉さんすらやらないから多分無いだろう」


 それを覆す可能性に言及する僕の姉さんですら不用意に行うとは思えない。

多分、する時は僕が共犯にされている。では誰が犯人か? 外部の存在かな?

結界を抜けてこの森に侵入してきたのだろうか?

うちの結界は勿論、誰も入れない事という事を念頭には置いているが

加えて言うと誰かが入ってきた時にはすぐ解る様にしている。

迷い込んできたグリフォンが結界に接触した時は、すぐに里の者に見つかった。

その後、丁重に治療をして野に返したことも今でも懐かしいエピソードだ。

あの時のグリフォンは元気にやっているかな? 

僕がそんな思い出話を想起していると遠くの木々の合間を

反響してタワラの遠吠えが聞こえる。


「タワラの〘狩猟探索〙か。うーん、晩ごはんでも見つけたのかな?」


 取り敢えず、戻ってきたら叱ってやらないと。

全く、生まれた頃からの付き合いとは言え、流石に年上の僕に対して

タワラは侮り過ぎだと思うんだよね。パートナーとしては優秀なんだけどなー。

まぁ、姉さんが日々喧々煩いからタワラの中での格付けが高くない所為だろうか。


――僕はその時はまだそんな抜けたことを考えられる余裕があった。


「こら、タワラ! 全く、先に行って……ってどうした!?」


 木の枝から降りては根本で僕は犬笛を吹く。タワラに自分の位置を教えると

まっすぐに向かって来るのが解ったが……その時点で僕は異常を察知出来た。

血相を変えるというのはこういうことを言うのだろう。タワラはひどく怯えている。

僕の腹部へと頭を突っ込みつつも尻尾をうなだらせている様は

以前、姉さんに本気で叱られた時以来だ。あれは僕も思い出したくない。


「タワラどうした? グリフォンでも驚かないお前がこんなに怯えるなんて」


 タワラは蛮勇と言うか自信が強い狼だ。勿論、僕がフォローしているという

前提ではあるが前述のグリフォン相手と対峙した時すら一歩も退かない。

そのタワラが震え上がってしまうほどのモノなんてなんだろうか?


「まさか、邪なモノを見たのか?」

「ぐぅっ……わふっ」

「待ってろ。今、何があったか調べるから」


 タワラの顔を見つめながらもスキル〘パートナー・リンク〙で情報を読み取る。

これはパートナー関係を結んでいる動物の見聞きした事を共有するスキルだ。

で、それを用いて読み取ったのはまるで心の底まで抑えつけられた恐怖だった。

なんだろう? 白くて大きなナニかを見える。人間か? それにしては大き過ぎる。

まるでタワラの視界を上から叩き潰せる程の巨大さと圧迫感であった。


「分かった。タワラは里の人に応援を呼んできてね?

 僕はもうちょっと探ってみる」

「わふっ……くぅ……」

「大丈夫、僕は臆病だから深追いは出来ないよ」


 そう言ってタワラの頭を撫でた後、首輪に布紐を数本結び付けていく。

『警戒』と『目標接近』の意味を持たせた布で大凡状況は察せられるだろう。

後は、大人達……それと絶対に来るであろう姉さんの応援次第だが

僕もぼけっと待っている訳にはいかない。ちゃんと目標を見つけないと。


「……じゃ、行くか」


 覚悟を決め直しては枝へと飛ぶ。後ろを振り向けばタワラが心配そうな視線を

向けるという一大事に僕は更に緊張してしまう。これは本当に危険っぽいなぁ。


 また、僕は森の木々の間を飛び移りながらも奥へと進んでいく。

タワラの逃げ帰ってきた方向と祠の位置から考えるに恐らく、川へと出る筈だ。

コレは本格的にまずいかも知れない。もし、邪なモノが毒とかを扱う化け物だったら

水源を汚染されるのは影響が大き過ぎる。


 そして、僕は河原の茂みから気配を伺う。確かに何か居る。

明らかに異質なその気配は正に異物。この森にいなかったものだ。

しかも迷いグリフォンとか獣がうっかり入ってきたという感じではない。

冷や汗とじっとりとした重苦しい空気を感じさせる脅威であった。


「スキル〘ピューマ・アイ〙」


 目を見開いてはスキルで限界まで伸ばされた僕の視界がその姿を捉える。

……人型なのか? 確かにサイズは大きい。巨人クラスという訳でもないが

まるで白繭の様に透き通った白い服と帽子を纏うその女性は何か楽しげに

川に足先を漬けていた。指先で宙空を掻き混ぜているので歌でも歌っているのかな?


「やるしかないか。スキル〘フォレスト・ハイディング〙」


 タワラが誰かを連れて来る時間は過ぎてないだろう。

僕はスキルと共に暫く、この場で定点観測をする事にした。

このスキルは森と同化し、気配を消すスキル。

視界や匂い、聴覚、意識などが森の中限定で認識され辛くなる。

一瞬、視界に入った時や匂いの違和感すら無意識化に落とされるエルフ族の

必須スキルと言っていい。これなら暫く気付く事は難しいだろう。


……しかし、その、なんというか美人ではある。あの邪なモノらしき人型の何かは。


                     第九歩「お巡りさん違うんです」に続く

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