第六歩「鱒」
「……!? ……!?(いやー!? 私、しょっぱなからやらかしてる!?)」
【状態異常:〘パニック〙になっています】
さて、冷静に淡々と突っ込まれているがそれはいい。ほんと、どーしよう。
取り敢えず、このまま当て所も無く、彷徨い歩くというのは危険過ぎる。
現にオオカミさんとエンカウントしている。人里にまで行ければ良いけど
私が化物として認識されていたらアウトだし、そもそもあるかどうかも解らない。
私は今、樹の枝一本と白い帽子とワンピースだけの装備しかない訳だ。
寝食する事を考えないと、行き倒れて死ぬか本当に化物みたいに
何かを襲わなきゃいけなくなってしまう。
【状態異常:〘パニック〙が解消されました】
「……(く、サバイッバルっだぁなぁ)」
まずは寝る場所? 取り敢えず、えーと河の中洲とかかな?
いきなり水量が増水して流されたってのは無いから
匂いも消してそうそう、獣とかに襲われない気がする。
ただ、煩いよね。確実にコレ安眠出来ないよね、と言うか石ベットとか痛いよ。
健康でないツボとか押されまくりになっちゃうよね?
落ち着け私! 何故その選択肢が思い浮かんだ。むしろ、もっとベターにいけよ。
「……(木とかはある)」
えーと、それじゃ木の葉とか集めてベッドに? 虫とか居そうでやだなー。
木に登る? 今の私の身体能力的に頑張れば登れるのかな?
ただ、寝返り打った瞬間に落ちて死にそう。死ななくてもこれ足折ったり
下手に傷が出来て、結構な病気や感染症になったらアウトだよね?
「……(なまじ人間のシルエットだから痛みとか病気のヤバさが想像し易い!)」
この体がどれだけ頑丈だったりとか、病気や傷に強いのかが解かんない。
ほら、医薬品が無くて絆創膏も消毒液もないんだよ?
救急車も呼べないし、お医者さんも居るかわかんないし、そもそも診てもらえるの?
もっとさ、見た目が化物化物してたら色々と無茶出来たのだけど
どう考えても私、獣とかに捕食される側の姿だもんね。
うー、ちょっと水でも飲もう。なんか、手がピリピリするけど
さっきの枝にヤバゲな成分でも含まれていたのかな?
取り敢えず、両手で掬って口元へと運び……吐き出す!
「……!?(な、なんだこれぇ!?)」
口の中がめっちゃしゅわしゅわしとって、しゅわしゅわ祭りやー!?
なんか強めの炭酸飲料飲んだ後みたいになってるよ!?
え、え、炭酸水なの!? 何、上流に工場があって垂れ流しなの!?
いや、生産するモノを垂れ流してどーする。えーと、これなんだろう。
水、水なんだよね? そういって、私が目を凝らして見つめていると
それを見かねたかの様に頭の中のシステムさんが声を掛けてくれる。
【用語辞典の一部が開放されました。〈天然聖水〉の項目を追加します】
お、なんか目の前にウィンドウが浮かび上がっている。
更新記録が出てくれているのは存外に助かるものだ。
この〈天然聖水〉って所が光っているので指先で突付いてみると
開放の告知のあった辞典のページが開かれた。
リンクが機能しているのは想像通りらしい。うん、無駄に便利だ。
【〈天然聖水〉Level1[自然物][聖属性]
洗礼や祝福を受けた訳ではない聖属性の力や成分が含まれた天然の水。
祓う能力は僅かにあるが実用性は低い】
なるほど、えーと。つまり、私の性質的に私は祓われる側だから
ちょっとダメージと言うかピリピリした感触を与えられていると。
って、誰が邪悪で祓われる側だ! いや、実際にそーなのか!?
別に何も悪いことしてないのに種族的にそう認識認定される性質なのか。
まぁ、別に飲めないレベルではないので砂糖無し炭酸飲料だと思えばいいか。
「(く、サバイバル部門の設定はハードだな)」
手に僅かにピリピリ感を与える〈天然聖水〉を掬い飲みつつも考える。
取り敢えず、ご飯どうしようか。寝る場所は最悪、最初の洞窟でいいや。
けど、あんな暗くて寒そうな所やだよ。でも背に腹は代えられないかなー。
河を眺めていると警戒感のかけらもない川魚が泳いでいるのが見える。
幸い、この身長なら多少の深みにハマっても大丈夫そうだ。
さっきもいだ枝を突き刺す様に河へと突っついてみるかな?
枝を斜めに裂く様に折ればそれっぽくなるから、銛の代わり位にはなるだろう。
よし、上手く節にそって折れたらちょっと鋭利になったかな?
【〈太い枝〉は〈尖った枝〉になりました。装備すると攻撃力が+2修正されます】
「(てぃっ! って当たらないか)」
お、システムさんから高評価。攻撃力も上がったぜ!
しかし、素人の刺突にホイホイ刺さってくれる程、野生の川魚さんは甘くない。
く、岩陰に隠れたりしてしまう。どうしよう、夕暮れになって暗くなったら
光源とかも無いし、星明かりでなんとかしなきゃならない。
うーん、木の実とかの採取とかに切り替えた方が良いのかな?
佇んでいる川魚をじっと眺めてみる。見つめていても魚さんは我、関せずだ。
【〘畏怖の視線〙の効果は対象が視線を視認出来ていない為発動しません】
お、ちゃんとフォロー入れてくれるのは流石システムさん。愛してるわ。
さて、水中からこちらが視認出来ないので効果がない模様だ。
まぁ、効いたら効いたで逃げちゃうよね。どうしたものか。
いっそ、怖がってすくみあがってくれる位なら良いんだけどね。
「(川魚……ん、そうだ!)」
そういえば、音楽の教科書であったわ! うん! 逸話を覚えているぜ、私!
私は川へと入り、石をどけながらも泥の部分が見えるまで引剥していく。
驚いた事に土の部分までこの森は白い。なんというか水や土壌まで影響を
受けているって事は、この土地柄的な何かが影響しているのだろうか。
石灰が多いとかそういうレベルじゃないよね。
ていうか、まだ未確定気味だったけど、要するに私の存在は
現代怪奇的なポジションだけど、世界は現代じゃないんだろうね。
【用語辞典に〈封印の白き森〉が開放されました】
あ、これはココの土地情報的なモノかな? まぁ、そんなのは後でいい。
今は川底の石をどけて土が見えれば、足や手で掘り返していく。
白く濁り始めた水面はまるで白煙に飲まれる様に川魚を包んでいく。
ふふ、元ネタはシューベルト先生作曲の〈鱒〉である。
要は澄んで魚の姿が見えるという事はこちらも朧げには見えているということ。
視線は通らずとも、そりゃ野生で生きてりゃ警戒はするだろう。
なら泥で見えない様にかき回して魚さんを枝で貫いて、食料ゲットだぜ。
「……!(って、私からも見えないから意味ないじゃん! ヴァカか!?)」
当然、白く濁った河の水の中に枝を刺しても当たりはしない。
私は意味も無く、河の石をひっくり返して遊んでいたという事になる。
襲い来る虚脱感。シューベルト先生、マジでどうなってんすかねぇ!?
私は苛立ちに任せて手頃な石を両手で抱え込んでは八つ当たり気味に投げつける。
石と石がぶつかると大きな音と共に砕けていく。
鳥がざわめき飛び立つレベルのデカイ音に、私自身もびっくりしてしまう。
今ので獣とか来たらどーしよう! 私は焦りを募らせては視界をきょろきょろ。
暫くすると、川魚達がまるで降伏したかの様に腹を上にして浮かんでくる。
【未確認魚類は気絶状態になりました】
あ、えっと……ふ、計画通り!! やったぜ!
シューベルト先生ありがとう!
第七歩「それでも私はやっていない」