第五歩「お好きな声優を設定して下さい」
「……(項目多!?)」
私がステータス画面右下にある《CONFIG》の文字を指で押すと更に別の画面が
ぶわっと浮き上がってくる。俗に言う直感的な操作性への追求が素晴らしく
指先で枠を伸ばしたり、スクロール感覚で文章を飛ばしたり
見ていない項目が半透明、暗転化、順序入れ替えまで出来る。
細かいユーザーインターフェースに謎のこだわりを感じてはいたが
この《CONFIG》にもそれは遺憾なく発揮されていた。
「……(なんで導入チュートリアル投げっぱなしなのにこういう所だけは)」
私は半ば呆れながらも、つらつらと《CONFIG》を眺める。
文字スピード、フォントの変更や自動文字送り……おぅふ、これアレか。
会話の履歴も見れたりするのか。流石に音量調節は出来ないが枠のデザインや
画面背景の色もカラーパレットで調節出来たりと至れり尽くせりだ。
スキル同様ロックされている用語辞典には見た情報がまとめられている。
会話履歴のウィンドウにもリンクっぽい文字の発光があり、辞典へ飛ぶのかな?
咄嗟に辞書が引けるというのは助かるがリアルタイムでやるのはやや厳しいか。
「……(ここまで充実していると本当にゲームの世界みたいね)」
私はついでなので色々とフォントやウィンドウの柄や色をいじりつつも考える。
多分、これは要するに私をこの世界に飛ばす能力がある存在が用意したのだろう。
理由及び動機はなんだろうか? 勿論、ステータスが見れるというのは
色々と助かるし、辞典にしろ、細かい拘りは大変重宝する。
何より暇な時、弄れるのが強い。不安を紛らわせる時は知識を入れる
言うなれば、機能を限定したタブレットみたいなものだ。
流石にメモ帳機能は無かったが……そこまでして何をさせたいのだろう?
「……(んー、まぁ考えても仕方ないかなー。ん? これは)」
私はそろそろ切り上げようとしている中、下の方の項目を見つけてしまう。
システムボイス設定? えーと、音声がデフォルト、下に空白の項目がある。
ああ、そういえば機械音声的なのがさっきも教えてくれたしね。
ふむふむ、一応ツッコミも入れてたから愛着がない訳でもないけど
どうせ、選択肢があるならやっぱり選びたいよねー。
【システムボイスの設定を選択して下さい】
「……(まじでかぁあああぁぁぁぁっ!?)」
え? え? パネェ、どうしたのこれ?
待て、誰がこれだけ揃えろと言った!? いぇええふぅーーー!?
私は目を見開いてはその並べられた人名羅列に驚嘆し、大口を開けてしまう。
おかしい。明らかにおかしい。何故か記憶から
経験や経歴の記憶は全く無いが、基本的に前世?の言語や価値観などが
残っていたというのもある故にこの凄さが解る。
なんでか、知らんが凄まじい人数が登録されている。
超大御所で国民的なアニメに出ている有名な人や
素人でも名前を知ってそうな人や映画ゲストの俳優や歌手も勿論居る。
人名検索と演じているキャラクター検索からも引っ張ることが可能っぽい。
待て、なんだこの無駄に充実しているデータベース。
「……(え? え!? こんな新人ちゃんも?! アレこの人って?)」
男女問わず、年齢の幅も広く、最近はブログとラジオくらいの露出だったり
終いには鬼籍に入ったり、結婚して引退した人まで使えるぞ、コレ。
いや、どうやって音声録音したんだ? アレか、人力なんたらロイド的何かか!
つまり、神様か仏様が知らんが、わざわざサンプリングして調整しているの!?
暇人っていうかどんだけオタク気質なんだよ!
「……(試しにこの人に……な、なんとーーー!?)」
凄い、一人選んでみたら下の空白だった項目に選択肢が出て来た。
つまり、この声の人の演技の方向性まで選べるのか。
コレ、多分あのアニメに出てたキャラとかイメージしたり出来るんだな。
うわ、えーと迷う。超迷う……試しにこの人の『ドS対応』ってのでやってみよう。
【ぁ? このサンプル設定でいいのか小娘? さっさと決めろ】
パネェ。凄い高圧的! いや、私が選んだんだけどね!
キャーキャー、頭の中で絶対あのキャラになってる!?
ジタバタと暴れる足元で水を掻きながらもテンションはうなぎのぼりだ。
おおぅ、凄いこれ……え、じゃぁこの人の『甘え上手な年下』設定で。
【ねぇ、このボイス設定で良いのかな? 決めてくれると嬉しいな♪】
くっはーーー!? 堪りませんよ! 脳内とハートにダイレクトで響くよ。
私は石の上で転がり落ちそうになりながら身悶えていく。
いや、こんなんが私専用で囁きまくってくれるの!?
リアルでこれやろうとしたら一体いくら掛かるのかってレベルよ?
凄いテキスト量だよ? 事務所とかスケジュールとか大変だよ?
マジか夢の世界か!? これ夢か? いや、だったら醒めないでマジで。
「……(え、それじゃ試しにこの人も。この演技もやってくれるの!?)」
【ちーっす。とりま、こんなボイス設定でどーっすか?】
この『ウザチャラ後輩』設定もいいなー。かわいーなー! ウザイなー!
お、お約束の『のじゃロリ・ショタ』とか『渋い中年』も揃えている。
そうして、私は興奮気味のかぶり付きで指先をつつきながら試聴しまくる。
本当に幅が広い。うわ、懐かしいのとか本当に一部のマイナーな作品で
ちょろっとしかやってない演技傾向までしっかりとフォローしている。
これはアレか、海外ゲームのMOD文化レベルの自由度なんじゃないだろうか。
著作権とか契約とか神様仏様だと関係無いのか。そりゃ、信仰されますわ。
「……(うわー、凄いすごーーーい! コレも、ああこんなのも!?)」
恐らく、私は前世はなんかオタク的何かだったのだろうか?
肝心要の自分の記憶、経歴が思い出せないので逆に思い出補正が効かないが
それでもなんとなく好きだった奴とか懐かしいキャラを試してみたりと暇がない。
―そうして、数時間後
「……(ふぅー満足♪ 満足♪)」
【システムボイスの設定を決定しました】
長かった。凄まじく迷い検討した結果の結晶が頭の中へと囁いてくれている。
取り敢えず、あまりキャラが強過ぎると飽きが来そうなので
演技傾向はデフォルト気味で一番好きな声優さんを当て込んでおいた。
うんうん。いやー、決めた決めた。もうこれでもかって位決めた。
今は人間じゃないけど、人間は決断をすると労力を使うってのは本当だねと。
さて、今日は設定だけ決めたし、本プレイは明日から……あれ?
「……(いや、リアルですよ。電源ボタンもスリープモードもありませんよ)」
あれ、私はひょっとして初日の昼間っていうかなり重要な時間リソースを
こんなアホな事に消費してしまったんじゃないか!?
やばい、日がかなり傾いている! もうちょっとで夕暮れになっちゃうじゃん!
ご飯とか寝るとことかどーすんのよ!?
第六歩「鱒」に続く