第一歩「洞窟を抜けたら美白景色」
「(っー! 頭痛が痛い! いや、頭が痛いの?)」
鈍痛が意識を戻してくれる。私、起床。いや、此処は床ではないか。
重苦しい瞼を上げても視界に入る光景の変化は一点のみ。辺りは真っ暗だ。
ただし、その一点は正に天からの垂れ落ちる蜘蛛の糸に等しいそれだ。
その変化の一点、光の小窓の様な場所を目指し立ち上がる。
冷やっこい手足と膝の感覚から地面は石なんだろう。
ひんやりとした冷たい空気と暗がりへの恐怖から背を屈めながら歩き進める。
痛みが走る頭部を抑えると其処には布の感触と接触音。
ああ、えーとそうだ、確か帽子位は被っていたのかも知れない。
「(うう、えーとなんだっけ? あー、取り敢えず出よ)」
指先でなぞって形を確認する。やっぱり帽子は被っていた様だ。
暗くてよく分からないが洞窟のような場所に居るのだろう。
理由とか、えーとなんか諸々思い出せない。なんだろう、記憶がスッポ抜ける。
取り敢えず『出なければ』と言う意識は本能的なものだろうか?
そして、気付く。手足が濡れてる。なんで、濡れてるんだろ?
鍾乳洞とかあって、地下水が染み出しているのか……いや、これは。
「(ひょっとして、これってコウモリとかの糞尿なんじゃね?)」
やばい、ばっちぃぞ、これ!? 汚い、超汚い。細菌とか絶対一杯居る!
これ、ここですっ転んだら更に悲惨なことになるよね?
ぎゃーー、服とか濡れてない? アンモニアとか染み込んでない!?
焦りとともに色々と意識とか思考が戻ってくる。
兎に角、この窮地を脱しないと! 汚いのはダメだ。
そんな大自然と野生を嗅覚と触覚で感じる趣味はない。
あてくし、気持ちだけでも都会派でありたいんですのよ!
「(あれ、足が冷やっこい? 私、裸足なんか!?)」
マジか、どうした私。靴とか履いてなかったっけ?
失くしたのか? なんでだ? 戻って探すか?
いや、それよりさっさと出よう。自分のひたひたと響く足音がマジ怖い。
ホラーだよ。もう一度思う、声を大にして思う。
「(超ホラーなんですけど! 後ろ振り向けないんですけどぉ!
振り向いたらなんか見えそうで怖いんですけどぉ!)」
絶叫は心の中だけにしておく。なんか返事返されたらもっと怖いし。
私はそんな恐怖と同伴出勤しつつも、ようやく出口へと辿り着けた。
「(うう、ようやく出れ――)」
――次の瞬間、私の視界から色彩を、思考から算段を、そして心を奪われた。
洞穴から光とともに私にもたらされたモノ。それは目の前に映る光景の美しさ。
白い、白いのだ。空以外白く、地面すらも白い。
雪景色に近くて遠い、葉っぱも樹の幹も蔦も草も何もかもが真っ白だ。
白ペンキや石灰なんて下世話なものじゃない。
クリスマス用のイミテーションでもここまで徹底はしていないだろう。
綺麗な白が所狭しとあたり一面に広がり、森林を形成している。
私の明るい視界と外への道と共に劇的な感動で出迎えてくれた。
「(はぇー、綺麗な景色―。なんだろ、白樺?)」
私はそれに見とれながらも、一歩前へと歩こうとすると
ブチッと何か千切れる感触がした。視界を下へと落とす。
これは荒縄かな? 結構な年月を感じさせられる縄が足元で切れていた。
それには御札が等間隔に貼られ、読解出来ない文字が書かれていた。
あ、これマズイんじゃね? なんか封印とかしてるノリだよね?
実際に化物とか本当は居なくても、地域の風習的に立ち入り禁止な奴だよね?
軽くパニックになりながらもなんとなく、思考と記憶がつながっていく。
えーと、アレか。立入禁止な洞窟を見つけて、中を覗き込んでみたら
うっかり滑ったり、あるいは悪戯で押されて、すってんころりん☆
靴は脱げて、えーと、なんだっけ? まぁ、そういう事態か?
もう適当な落とし所で安心を得たいのだ。故にそういう事にしておく!
「(まぁ、仕方ない。さっさと人里なりに下りよう。荷物も無いし)」
極めて善意的な解釈を現在の状況に当て嵌めてみる。
荷物は同行人が持っていて、救助呼びに行ったとするのが一番かな?
変に助けに行って、二次災害とか起きても面倒だし。
あ、えーとこういうパターンは山を登るのが良いんだっけ?
降りるのが良いんだっけ? いや、水場を探す方が良いかな?
私は思案にくれながら、草木の無い獣道っぽい道を歩いて行く。
「(ったく、なんでこんな辺鄙な場所に私は居るんだ。
ハイキングコースなりを外れるなんてアホじゃない?
ちゃんとこういうのは道伝いに行けば、そうそう迷わないのに)」
私は過去の愚行にため息を吐きつつも、改めてこの白い森を考察してみる。
確か、白樺は表皮だけ白くて割れ目や枝の節は茶色だったよーな記憶がある。
葉っぱの裏まで真っ白なのは一体全体どういう事なんだろう? 葉緑素だっけ?
そういうのなかったっけ? 中学の理科で習った気がするんだけどなー。
なんと、此処の木々は種類問わずに全部、割れ目の中まで真っ白なのだ。
草も白い。軽く摘んで見ても火山灰とか塗料ではないので色落ちはしない。
「(不思議の国のアリスで白い薔薇に赤いペンキを塗る話を思い出すよ)」
綺麗な真っ白というのはこれが幻想的に映るからだろうか?
画面的にはなんか白くて手抜き的なのかも知れないけど、それはそれ。
色を塗る必要がない位、神秘的な白さにこの森は染められているのだ。
ちょっと不思議な感じはあるが、私は時計を持った白兎を追っかけてないし
そんな御伽噺的な展開に合う訳がない。私は不思議の国にも行かず
そうそう、ああいう狼なんて出会う訳も――ぇ?
「(おぃぃ、マジか)」
私の視界の先には居た。そう、狼だ。いや、まぁ野犬とかかも知れないんだが
ニュアンス的にこの形容が一番正しいのだ。誰が見ても狼って言うよ、ほんと。
やばい、ありゃ赤頭巾さんも一口ですわ。あれ、これはひょっとしてあれか!
「(ニホンオオカミさん生存確認――――――!?)」
やったぜ! けど、生存確認出来ても私が生存しないと駄目だよね!?
第二歩「ある日♪ 森の中♪ オオカミさんとぉ♪」に続く