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第百二十二.五歩「二人の泪」

「……(あー、うん。落ち着いた)」


 なんだか、すごいドタバタしてたと思うんだ。

いや、まぁーまさか聖龍様の頭蓋骨の上でリトモさんと殴り合いとか

その後、ラナス君とコアタルちゃんたちと再会とかいろんなことが

この数時間の内にあった。スケジュール詰め込み過ぎで森はもう滅茶苦茶だ。

真っ白い木々はまだ多いが、あちこちに焦げ臭い匂いが立ち込めていて

真っ黒い大きな円が地面へと描かれている。

これは“太陽の君”が使っていた、踊っていたスキルの痕跡だろう。


「……(ひぃっ、真っ黒焦げ)」


 木々は上から押し潰されたかの様にへしゃげて炭化している。

少し突けば、黒い灰となってそのまま砂の様に崩れて落ちていく事から

私の半身をブチ溶かしてくれたあのスキルの強力さということだろうか。

水分、完全に飛んでるみたいだね、コレ。怖過ぎじゃない?


 そんな感想を抱きつつも、途中で死んでいるワイバーンさんの遺体には

手を合わせては私がぶっ飛んでいった巨木へと歩いていく。

あんだけ、色々あったと言うのにこの木が無事と言うのはなんの因果かね。

そんな木の根元にあの子は居た。もう避難したかと思ったのに……いや。


「おぅ、生きてたか」

「ぽぽぽぽっー(ただいまー)」


 スルスミちゃんはまるで其処を守るかの様に胡座を掻いて

両腕を組んだまま、じっと私の来た道を睨んでいた。

あの巨大な龍の亡骸とそれに対峙していた巨像の居たところだ。

スルスミちゃんは不満げな顔をしている。

やはり、この子も行きたかったのかな? 逆に良く着いてこなかった。

今までの行動パターンだったら是が非でも私に着いてくるのかと

思ってはいたのだけど、何も躊躇も感慨もなく送り出していたのに

違和感は感じていた。


「……死んだか?」

「……ぽっ?(んっ?)」

「爺は……リトモは死んだか?」

「………そっか」


 私は無言で頷く。そっか、そりゃそうか。リトモさんは族長って

立場でもあったけど、確かスルスミちゃんが産まれた時に親は死んでいた。

だから、親代わりでもあったんだよね。

呟く様に、聞きたくないことをまるで空耳で聞かせたかの様に

その問いに答えるとその答えを噛みしめる様に天を仰いでいる。


「爺は……リトモはな。すぐ殴るんだ。アタシがすぐ殴るから」

「……(おぃおぃ)」

「アタシが一発殴ると二発殴り返す。

 そうするとアタシも三発殴り返す。

 お互いに数えるのが面倒になると足が飛んでくる」

「……(やな、倍々ゲームだな、それ)」


 そんな言葉をまるで放り投げる様に言葉を発していく。

私に聞かせていると言うよりはそういう事実があったと

思い出すかの様に言葉をぽつりぽつりとつぶやいて来る。

それからは続くスルスミちゃんとリトモさんの殴り合いの思い出は

まるで永遠に感じられる程に永く、そして厚い。


 驚くべきは彼女の記憶力だった。それはもう数十年の前であろうが

その情景をまるで今、動画で再生しているかの様に事細かく語っていく。

それはスルスミちゃんが強者へとなっていく過程であり

また、なんで今までの行動がそうであったかの証でもあった。

彼女は言葉の通り、拳と自ら会得したスキルだけで今まで生きてきた。

それはリトモさんという師であり、親であり、似た者が居たからかも知れない。


「……ったくそれでさ。此処数十年はやっぱ年なんだろ?

 柄にもなく、慎重になったりとか、なんだかそわそわしやがる」

「……ぽぽっぽっ(それって)」

「ああ、多分あのでけぇ骨の龍の事なんだろう。

 爺連中しか知らなくて、大人達から聞いたこともねぇ。

 あの爺共、墓に全部持っていく気だったのさ」


 吐き捨てる様にスルスミちゃんは語る。彼女は何も知らない。

そもそも、私がシステムさんの話で過去を知っている事を知らない。

それを知っているのは此処ではイケヅキ君位だ。

だから、私は此処で彼女に過去を教えるべきだったのかな?

ただ、それはなんか意味がない気がしていた。

知りたいと言った感じでもないし、彼女の後悔はもっと別にあった。


「アタシ、弱かったんだな」

「ぽぽぽっぽぽっ?(そんなこと?)」

「いや、[百英傑]もそうだが、あの光の柱がどーんっと出るのは

 もうどうしょうもねぇ。一発食らったら避けられなくて死ぬ」

「ぽぽぽっぽぽぽっぽぽっぽぽっ?(アレは仕方なくない?)」

「仕方ないとか言ってたらキリねぇだろ!?」


 スルスミちゃんは私を睨みつける様にじっと見つめ返してくる。

拳を握りしめては地面を無意味に叩いていく。苛立っているのは

手に取る様に解るが、その発散先が無い事は彼女が一番解っていた。

拳が空を切る。いや、虚空に喰われると言われれば良いのかな?

その殺意も、怒りも、苛立ちも溢れかえっていると言うのに。


「……ぁん?」

「…………ぽっ」

「何のつもりだ?」

「…………ぽぽぽっ」

「………………………………………………」


 永い沈黙が続いていく。森は今日も静かだ。アレだけ騒ぎがあって

エルフやワイバーンさん達が一杯死んだというのに

穴だらけだと言うのに、森は私が初めて見た時と一緒に真っ白いままで居る。

もう何者も封印されていない、ただの白い森に私は立っていた。

そして、両手を広げる。目の前の強くて、無力で、悲しくて、怒っていて

どうしようもなくて、けれども諦められない年上の女の子。


 立ち上がり、まっすぐ前を向いて近付いて来る。視線はかちあい睨んだまま。

それでも、彼女は無防備に一歩一歩近付いて、そしてこつんっと頭をぶつける。

私の胸に彼女の頭が乗っかりつつも彼女は何も言わずにじっとしている。

体の震えが僅かに響いてくるのが解った。私は頭を撫でる。

ごわごわの髪の毛だけど、色艶は綺麗だ。

ちゃんと洗って黙ってれば、彼女は結構な美人さんな筈なんだ。

けれど、今は黙らなくても良い。スルスミちゃんは大口を開ける。


「ああああああああああああっっ!!!! クソッ! クソがっ!」


 号泣、絶叫、憤怒、いろんな言葉で現れる色とりどりの感情は濃厚で

私の胸元から響いていく。スルスミちゃんは泣いていた。

相変わらず口調は汚く、言葉使いももう不良のソレだ。

けれど、それでもこの溢れた感情はとても尊いと私は思う。

うん、理屈じゃないんだよ。だから、私も彼女を抱きしめる。


「なんでだよ! 知らねぇよ、なんだアレ!

 勝手に決めて勝手に死んでてめぇ、何様だよ! そのくせ!

 何も言わせねぇ様に覚悟は決めやがってクソがっ!」


 どんっ! どんっ!と一発胸を叩かれる度に結構な衝撃が来るが

其処は足の指に力を入れて踏ん張る。並の肉体だったら

一発で吹っ飛んでたかも知れない。丈夫だというのは意外と便利だ。

不満は吹き零れた鍋の様に溢れかえったまま怒りを冷ましていく。

じゅぅっと蒸発した煮汁の様に焦げ付いて、泪の後を顔に付けていく。

それでも後から後から絶えることのない泪が溢れかえっていった。


【神秘スキル〘愛念の抱擁〙を使用しますか?】


「……(ん、大丈夫。ありがとう)」


【了解しました】


 システムさんの声が響くがそれは要らないかな?

うん、確認をしてくれただけだと思うけど、やっぱり気遣いは嬉しいよ。

私はそのまま抱きしめる力を強めれば、スルスミちゃんの体は

すっぽりと私の八尺丈の体へと包まれていく。


 その後、どれだけ泣いただろうか? トゥータもタワラも居ない

ただ、二人だけになっていたこの白い森の巨木の根元で。

彼女は延々と泣き続け、そしてそのままぐっと顎を上げる。

睨みつけるという感じではない。じっと見つめたまま、眼力だけで

“ちょっと聞け”と語っている。私はそれににこっと微笑み返した。


「アタシは一段落したら森を出る」

「ぽぽぽっぽっ?(どうして?)」

「戦うにはアタシは弱過ぎる、上には上が居る事がよくわかった」

「ぽぽぽっぽっぽぽぽっぽぽっぽぽぽっ?(此処で静かに暮らさないの?)」

「今から戦わない生き方は出来ない。アタシみたいのが居たら邪魔だ」


 スルスミちゃんの宣言は驚かされたが、理由は納得できた。

彼女は自分のことが人一倍よく解っている。

自分が邪魔したくなくてもその感情を抑える事が出来ないのだろう。

何より自分の無力さを見られるのも見る事も辛いのかも知れない。

だから、彼女はこの森を出たいと言い出したのだろう。


「それにどのみち用事が外にある。お前、それに着いて来い」

「ぽぽっ?(用事?)」

「ああ、此処に居ても良いが、どうせならお前も外を見るべきだ。

 お前は此処で必要か解らんがあっちでは必要かも知れない」


 そして、私はなし崩し的に一度、この森を出ていく事が決まったのでした。

        幕間へと踏み出す足「そして、私は森を後にして」に続く

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