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第百二十二.五歩「百の英雄譚 Episode13 "二人の泪"」

「故聖龍リティカ・レコネクトの遺体滅却処分完了を確認。

 魂の所在は感知されず、既に崩壊していたか肉体の滅却と共に

 消滅されたと予測される。報告は以上になる」


 戦い、正確に言えば、駆除が終わったところだ。

〈第四勇者軍〉は傭兵を中心に甚大な被害を捧げる事により

地域の平穏を約束されたことになる。ざっと5,000ほど無理矢理かき集めた

人命は最高効率と言って良いほどの結果を導き出してくれた。

コレ、ライコフ・ジノゴが数時間スキルを使う為踊り続けた成果である。

今はそれらの肉体への酷使からなる筋肉痛及び疲労感により

我らが君を見上げる様な形で椅子に座ったまま全てを報告した。


「ふむ。ではアレだけ時間がかかったと言うのは」

「件の女の化け物の存在が確認された故だ。

 本来はリティカ・レコネクトの遺体滅却には

 出現と同時に用意していたスキル発動と共に終わる予定だった」

「その分、森林被害が想定よりも増えたね」


 そう、その犠牲の分相応に、今回の駆除はもっと簡単な予定だった。

それが出来なかったのは、イレギュラーたる“名も知らぬ化け物“だ。

姿を見せていなかったと思ったら、まさか頭蓋の真上で

喧嘩をしているなんて想定外過ぎる。てっきり避難をしていると思ったが

何を理由に〘セイント・シール・エルフ〙達と内輪揉めをしているのか。

ますます、あの化け物の思考はコレにとって読むのが難しいのだと実感する。

正直、土壇場で飛びかかられた時は半分意識が飛んでいる状態で

内心の焦りを感じてしまった。まだまだ、コレも精進が足りない。


「これは反省すべき点であろうか?」

「いや、元々君が居なければ、もっと大きな被害をあの聖龍の遺体が

 出していただろう。最初から此処の被災と地域復興は折込済みだ」

「担当はコアタル・ゼンズィーを中心に進めれば問題ないと判断する。

 現在、例の“名も知らぬ化け物”の捕獲に向かっているが彼には手に余る」

「うーん、其処なんだけど君が直接捕まえないのかい?

 お疲れなのは解るけれども」


 我が君の意見を受け止め、考える。確かにコレが捕まえるべきだろうか?

スキル的に考えれば、彼女を適度に痛め付けて捕獲することは可能だろう。

コレがそれをしたいか?と言うと、甚だ疑問が深まる事案になる。

可能ならとっくに立案しているし行動にも出ている。

コレの中に潜在的にかの化け物に対する苦手意識が構築されているのか?

現段階では支障はないが将来的に憂慮すべき事案にもなるだろうか。


「……もう少し考えたい。もしかすると」

「もしかすると?」

「あの“名も知らぬ化け物”は怒っているかも知れない。

 エルフ達と縁はあったであろうし、頭蓋の上でのやり取りは解らないが

 他のエルフが手を出していない事から何らかの取引をしていた様だ」

「ライコフ……いいかな?」


 思考が読めないという事は感情も勿論、読めない。

コアタル・ゼンズィーは非常に上昇志向とプライドが高いので

そこら辺を刺激すれば、前のめりで任務に当たってくれるし

ラナス・ノタカハの方は簡単な言葉と解りやすい悲劇の提示

目標をしっかりと決めて上げればまっすぐ任務へ突き進んでくれる。

コレは無愛想という評価は正しいが、感情が理解出来ない訳ではない。


 ただ、それ故にあの化け物がどう思いを抱いてあの場に居たのか解らない。

名前も解らない、種族も解らない、気持ちも解らない、過去も解らない。

あの化け物は解らない事だらけだ。故に困惑するし、慎重にもなる。

コレの命も力もコレ自身のモノではない。そう考えを巡らせていると

我が君は君はそっと頭を撫でながらも尋ねて来る。


「つまり、君はその“名も知らぬ化け物”に嫌われるのが怖いのかな?」

「…………肯定する」

「うむ、その気持ちから逃げない事、私は嬉しいよ。

 正直、君が誤ってその化け物を殺してしまうのが心配だった」

「あのスキル発動時に意識を保つのは初めての試みだ。

 結果的に良い経験にはあった。その分、スキルの精度が大分落ちたが」

「ああ、そうじゃないんだ」


 我が君は仮面を外し、私を抱きしめる。腹部に顔を埋める様にして

おそらく、そろそろ感情のリミットが近いのは解っていた。

あの銀仮面の[感情抑制]の効果を持ってしても彼の多感な感受性は

溢れてしまうのだ。見えなくても解る。既に泪は決壊寸前。

コレがあの状態で置いて、どれだけ精神をすり減らしながら

事にあたっていた事に関しては我が君の知る必要はない。

それよりも大事なのは我が君がいかに慮っているかだ。


「……すまない……ね。何時も君に無理をさせて……ばかりだ」

「否定する。コレの役目は既存の理を逸脱した力を行使する事だ。

 その為の太陽の神の御業であり、その為に我が君へと仕えている」

「……それでも私はね、君が……そして、死んだ人がね」


 既に声は震えては泣き声が漏れ始めていく。

想定通り、必然の如く、我が君“銀仮面の君”は悲しんでおられた様だ。

段々と我が君の声色は震えて、コレの細い腰に手を巻いてうずくまり

コレは悲しんでくれる。故に我が君へと付き従っている。

他の皇族の候補より我が君が最適なのだ。


 長兄“銀鞘の君”。彼は勇猛果敢にして、豪胆にして諦めが悪い。

きっとコレを最後の最後まで使うことがなく、自らの命を賭してでも

自分達で何とかしてしまうだろう。ギリギリでコレの力を使うだろうが

それも大変な決断と窮地に至ってからになる。結果的に多くの人間が死ぬ。


 次兄“銀時計の君”。彼は聡明にして、冷静にして、合理的だ。

きっとコレをもっと効率的かつ負担が少ない様に研究し、開発し

普遍化し、そして時間が切れて何もかも間に合わない可能性がある。

多くの人間が死ぬし、彼はきっと将来多くの人間を殺してしまう。


 長女“銀縁眼鏡の君”彼女は繊細にして、我慢強く、献身的だ。

彼女は躊躇なく、コレを使い倒してことを進めるがそれは強がりだ。

しかし、彼女はその強がり故にコレを使う事への責を自らに押し留める。

腹わたに後悔と懺悔の念を貯めに貯めてはきっと自らを何時か殺してしまう。

それでも彼女はきっと最期の最期までコレを殺せないだろう。


全員、本当は誰も殺したくないのは我が君と一緒なのだ。

だから、コレは我が君“銀仮面の君”へと頭を垂れるのだ。

彼は弱い。そして、悲しんでくれる。傭兵の5,000人近くの命で

数万の民草の生活が護れたとしても、彼は今こうやって恥じらいも

外聞も、誇りも、理念も無く、ただただ、泣いてくれるのだ。

まだ、年端の行かないコレが生贄を求めた事も

その生贄を消費して、森やエルフ達を焼き払った事も

何もかも後悔しながら、泣いて、苦悩し、それを吐き出して

最後の最後にきっと我が君はコレを殺して終わらせてくれる。

彼が最期まで皇帝として君臨するかそれとも仕組み事態を変えるか。

それはコレの関与する所ではない。


「心配要らない我が君よ。我が罪は君の覇道と共に最期まで背負おう。

 そのために何千、何万と命を散らしても構わない」

「違う、違うんだ!」

「解っている。ただ、道はもう決まっている。コレにはソレしか出来ない。

 立ちはだかるモノを我が陽光を持って照らし、枯らし、滅するだけだ」

「……あああああっあああああああっあああああっ!!!」


 我が君の気持ちは解る。痛みはもう無いので、心は痛まないが理屈は解る。

我が君は人並みにコレに悲しみを覚え、人並みに躊躇して欲しいのだ。

そんな事をしていたらこの森の要らぬ被害の様に世界が終わってしまう。

そんな事は出来ない。ただ、我が君は優しいが故にコレに人間らしさを求める。


「我が君、あの“名も知らぬ化け物”はきっと……そうなんだろう」

「違う……違うんだよ、ライコフ!」

「いや、我が君も解る。ただ……最期に立つのはあの女なのだ」


 ただ、具体的にどうやって彼に殺されるか手段が解らなかった。

けれども、今回の遠征で全てが繋がったのかも知れない。

今はその時ではないが“名も知らぬ化け物”が何時か殺しに来るだろう。

嗚呼、それなら安心だ。理由もよく解らない。気持ちも示せない。

ただ、それでもコレが安堵するという事は、決められた運命なんだ。


    幕間への踏み出す足「そして、私は森を後にして」に続く

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