「百の英雄譚 Episode12 "希望を紡ぐ交渉"」
はぁ、全く前途多難だ。私、コアタル・ゼンズィーはなんでこうも
運の巡りというのが悪いのだろうか。主にこの忌々しい目の前に言う
白い肌で黒髪の女の化け物に関連する事柄はことさらそう感じる。
今度は倒す、次は戦果をと勇んだものの結果は飛竜を散らし倒したばかり。
本命はほぼライコフが倒してしまった。骨骸の龍は何だったのだろうか?
私はラナスにもスキル〘怖がりのうさぎ耳〙で聞いてみたが
さっぱりと要領を得ていなかった。聞こえていても事前情報が無いと
意味が解らない植えにラナスの地頭だとそもそも厳しいか。
「さて、そんな訳で此処からは交渉です。今度は上手くやります」
「コアタルやっぱり?」
「はい。此処で貴方を見逃します。
このまま、エルフの元に一度逃げて下さい」
そう、目の前で開幕土下座をされて、怒るに怒れないまま
私は目の前のこの化け物と交渉をしなければならないのだ。
くそ、せめて一言文句なり、皮肉なりで少しは憂さを晴らさねば
進めないと思ったのに、あんな流暢な〘古代エルフ語〙で
頭の中を響かせて、懇切丁寧に頭をさげて、腰が低く来られたら
強く出られないに決まっている。狙っているのかコイツは!
まぁ、今さらの話だ。数週間前の話を持ち出しても仕方ない。
何よりラナスの言う様にこの化け物は確かに信頼はともかく!
一定の信用を得ても良いのかも知れません。
現に仲睦まじく、ラナスと話していた様ですしぃ?
全く、あの破廉恥女はラナスを誑かしたに決まってますが!
それはそれとして、彼女には此処で捕まってしまうのは不味い。
故になんとか、誘導せねばならない。
「ぽぽっ、ぽぽぽっぽっぽぽぽっぽぽっ(まぁ、戻る気だったけど)」
「なら、結構。正直に言うとラナスと話を聞いて解ったと思いますが
私達には全然情報が下りて来ないんですよ」
「僕も難しい話は解らないしねー。多分、おねーさんのが詳しいかも?」
そう、ライコフ・ジノゴ。あの存在は無口であり、無反応であり
私達[百英傑]に対して、理屈では理解している割に頑なに
心理的にも近づかず、そして情報を決して開かない秘密主義者でもある。
今は確かに上手くいっている。アレの能力が高いのは承知しているし
それでも、いざという時に聞かされていないというのは恐怖であり
同じ戦場に立つ者同士としては極めて不誠実だ。
「ぽぽぽっぽぽぽっぽっぽぽっぽぽっ?(皆と仲良くしないとダメだよ?)」
「僕はしたいんだけどねー」
「ま、それはコチラの事情です。今、貴女と情報交換したくても
コチラには材料がない上に聞き出すには私達は消耗しています」
「さっきの飛竜達強かったものねぇ」
「ぽーぽっ(ふーむ)」
仲良くだのと簡単に言ってくれる。コミュニケーション能力に関しては
かなり高い、ラナスですらろくに素性を知る事が出来ない彼を
どうやって見知れば良いのか解れば、私だって苦労はしない。
ただ、この女の化け物にそれを愚痴った所で何の解決にもならない。
此処で私達の消耗を正直に告げるのは賭けであったが
特に襲ってくる様子もないから、本当に根は大人しいのかも知れない。
「ぽぽぽっ、ぽぽぽっぽぽぽっぽぽっ、ぽぽぽぽっぽぽぽ。
ぽぽぽっぽぽっぽぽぽっぽぽぽぽっぽぽっ、ぽぽっぽぽぽっぽ?)
(まぁ、詳しいことは解らないけど、敵対しない。
私から後でお話を聞きたいけど、今は無理って事?)」
「その理解で構いません。貴女は何か知りたい事や
私達に手を回して欲しい事はありませんか?」
理解がかなり平穏なニュアンスだが概ね合っているので良いか。
今はこの女の化け物を何とか逃して、後から情報を取るしかない。
ただし、心理に作用するスキルを多く持っている。
変に刺激をしても、嘘を吐いても怪しまれるだろう。
なんだか、邪悪な雰囲気やスキルを持っている癖にまるで
神職と対峙する様な心持ちを強いられるのはなんなんでしょうか。
「ぽぽぽぽぽっ、ぽぽっぽぽぽっぽぽぽぽっぽっ?
(その前に、この森はどうするの?)」
「此処は歴史的に見てもケントゥリオ勇国の領地内です。
今回、被害は甚大ですが私達が略奪や破壊をする事はありません」
「むしろ、そーいうのをやっつける側だからね」
そう言って、女の化け物と共にかつて森だったその土地を眺める。
木を投げ入れられた時も我慢していたものだが、その後の惨状は
酷いの一言に尽きる。木々は燃やされ、飛竜の死体があちこちに落ち
虫食いの木の葉の様にボツボツとライコフのスキルで穴が開けられた
森の木々を見るのは水棲のエルフでも心が痛い。
勿論、私は冷静にあの骨骸の龍の被害と比べればと納得は出来る。
出来るが……まぁ、思う所はやはり残ってしまうのだ。
「ぽぽぽぽっぽぽっぽっぽぽぽっ?(この森を守ってくれる?)」
「それは此処の〘セイント・シール・エルフ〙の役目です。
ただ、私達はそれでも森、もとい領地を焼いた分の責任は
為政者として当然のことをするだけです」
「このまま、放って置く方が評判悪いもん」
此処まで言えば大丈夫だろうか? 嘘ではない。
正直、予算や現実的な支援なんてのは[百英傑]と言えど
私達に決定権も無ければ、動かす力もない。
勿論、我らが“銀仮面の君”ですら権力の行使には限界がある。
ただ、それでも悪戯にこの地に不幸を振りまき、見て見ぬふりを
することはないでしょう。いや、そうでなくては困る。
私達が命を預け、この未来を託す我らが君なのだから。
「ぽぽっぽぽぽぽっぽぽっぽっ。ぽぽっぽぽぽっぽぽぽっぽぽぽっ?
(うん、それなら解った。次の機会にゆっくりお話しましょ?)」
「はーい。じゃあ、おねーさんも死なないでね?」
「ぽぽぽっ。ぽぽっ、ぽぽぽっぽぽっ(あははっ、まぁ、頑張ります)」
全く、こうやってこっちは真剣に考えているのに
ラナスも呑気だし、この女の化け物も見た目が怖い割に
相変わらず、ぽやぽやと間抜けな雰囲気を出している。
それでも一度スキルを使えば、凶悪なのは身をもって知っている。
故にやり辛い……私もラナス位に無警戒で居られればとは思うが
それこそ二人共共倒れか。私のため息は今日も深い。
さて、最後の仕上げ。もうちょっとで上手くまとまりそうだ。
こちらも何か与えられる情報と恩恵を与えておかないと。
「おそらく、[百英傑]は何かあれば貴女を狙うでしょう。
その中で我らが君、“銀仮面の君”の傘下のモノは
手を出しても殺さぬ様にはすると思います」
「ぽぽぽっぽぽぽっ?(他にも居るの?)」
「おねーさん知らなかったの? [百英傑]は100人居るんだよ!」
「ぽぽっ、ぽぽぽっぽぽぽっ!(いや、其処は解るけども!)」
ふむ、精霊か亡霊か邪霊か解らないが、やはりそういった
国の政まで意識や思考を巡らせない程度に頭が良くないか
あるいはそういったモノに理解がないのだろうか?
ま、此処で変に知恵を付けさせても危ない。
「要するに私達にはそれぞれの信奉や派閥に属する
皇族の方々がおられるのです」
「ぽぽぽぽっ、ぽぽっぽぽっぽぽっぽぽぽっぽっ。
(ふむふむ、それぞれ推しが居るんだ)」
「オシってなーに?」
「信奉とか敬愛とかそんな所でしょう」
「ぽぽぽっぽぽぽっー(そんな感じー)」
信仰や信奉に関しては理解しつつも熱心では無い様だ。
いや、宗教を持たぬ野生の霊なんてのは案外そんなものかも知れない。
これは逆に良かったと考えよう。知らぬ神々への信仰より遣りやすいし
先に接触、捕獲されてライコフの口車に乗ってしまったら大変だ。
それこそアレが私達に黙って、この化け物を使って何をするか解らない。
「我が君は貴女に興味を持っていますが、捕らえて交渉材料にしたり
単純に脅威と見做して排除する者も出ます」
「で、それとは別に[百英傑]は情報が欲しいから
おねーさんとお話したい人が何人か居るかもだね?」
「ぽぽぽっぽぽぽぽっぽぽっ(なんか大変だね)」
まさかこの化け物に同情されるとは。漏れるため息はやはり大きい。
ただ、同情も引けたという事は良かった。
暫くは私かラナスがこの森を管轄する様な形になるだろう。
そうすれば、この化け物が此処に滞在、あるいは出て行っても
戻ってくる事を考えれば話を聞くチャンスは幾らでも作れる。
よし、上手く行ったはずだ今回は!
「では、さらばです。この森は何度か訪れますので」
「おねーさんも元気でねー?」
「ぽぽっ、ぽぽぽっー(うん、またねー)」
そうして、私達は化け物を見送り、その後此処の地域の担当になった。
―それから時は流れて数年後
かつて〘封印されし白き森〙と呼ばれたこの森に訪れるのは何度目か。
それは半分近く焼かれてはしまったが以前、白い木々を生い茂らせて
まだこの土地を白く染め上げていた。緑の葉が芽吹くことがないのは
長年の土地の性質が幾ら木々を焼き、土を掘り起こした所で
変わらないのだ。ただ、それでも規模は一度縮んでしまった上に
緑の自然が周りから徐々に入り込んでいけば、いずれこの奇怪な森も
何処でも見られるエルフが住んでいる普通の森に成り果てるかも知れない。
エルフの寿命で換算すれば2~3世代もすれば十分だろう。
「コアタル様、見て下さい。無事に収穫出来ました」
「おお、イケヅキ殿! 良かったですね!
……っと失礼、私とした事が童子の様に」
「まだ、お若いじゃないですか。喜びは分かち合うものです」
新たなエルフの族長イケヅキは私と対して年端の変わらぬ少年だった。
他に大人も居ない訳でもなかったが、前の族長からの後継者として
後見人を数名付けてはいるが、誰もが甲斐甲斐しくも彼を盛り立て
この森を切り盛りし始めている。私もラナスと視察と支援に来る度に
彼等が生き生きとした生活を営んでいるのを見れば
その度に心も穏やかになって、[百英傑]ではなく
ただの一人のエルフに戻れる感覚は癖になってしまった程だ。
それでもエルフの感覚としては長年の排他的な意識が抜けていない。
新たな植物を植えたり、農業の実践などには抵抗のある者が多い中
最初から私と一緒に試みに賛同してくれたイケヅキは
その成果とも言えるソレを持ってきてくれた。
〈竹〉と呼ばれる植物の若芽なのだがこれが兎に角、繁殖力が強い。
数年前にライコフがボコボコにしたこの森の隙間を縫う様に
しっかりと芽吹き広がってくれ、細工物の材料や食料として
この傷ついた森を支えてくれている。そう、目の前の籠に
溢れんばかりに積められていたのは〈タケノコ〉と呼ばれる
その〈竹〉の若芽で、皮を剥いて煮て食べる。
歯ごたえも良く、私も数度食べているが実に良い味をする。
「しかし、凄いものですね。コレも。こんなにも成長が早いとは」
「コアタル様。貴方がこうやって治水をしていただいたおかげです」
「いえ、私の力は微力ですよ。最初は“彼等”にも驚きましたが
むしろ、驚くべきは貴方達の勤勉さです」
「ええ、スルスミ姉さんもよくやってくれましたし
里の皆もこうやってまた以前とは少し違いますが
生活を取り戻すことが出来ました」
彼には姉のスルスミという女性が居た。唯一の肉親だそうで
一年前、とある所用と共にあの例の女の化け物を避難させ
その後は哨戒任務や狩猟を生業とした後、出稼ぎに出て行ったそうだ。
性格が生産活動やら里の営みと言うのには向いていないらしい。
時折、彼女の使いっ走りから何処で稼いだか知らない多額の金が
この森の復興費用として送られて来るらしい。
それの相談された時は流石に面食らったのは今でも覚えている。
「イケヅキ族長! 大変です!」
「どうしました? 今、コアタル様が来てらっしゃると言うのに」
「スルスミが帰って来たそうです!」
「な、姉さんが!?」
「おお、ソレは良いですね。お話を聞いていましたが
一度ご挨拶をしたかったんです」
そんな話をした最中、湧き水の様に本人が来た様だ。
随分と慌てているのも無理はない。話は聞いていたが
文や送金などはあれど、出ていった以来姿を見せていなかった。
数年ぶりの唯一の肉親の再開となればそれは居ても立っても居られない。
私が彼の立場だったらそれは喜びに打ち震えていただろう。
「イケヅキ殿。此処は久しぶりの再会を優先させて下さい」
「あ、いえ、コアタル様。そうではなくて」
「……ぁん? 誰だてめぇ、この小娘が!!!」
「ん?」
そう森からまるで引き絞った弓から放たれた矢の様に
一人の女エルフが私に向かって駆け寄って来ているのが見えた。
何を叫んでいるのか訛りと悪態故にさっぱり解らないが
明らかに長年戦闘を重ねた強者の殺意と動きをしている。
うん、なんだろうか、あのエルフ、すっごい怒っている。
そして、なんで私はこんな見ず知らずの女エルフに
蹴りを入れられそうになっているんだろう?
足裏を顔面に叩き込もうとしているのが解る。
「アタシのイケヅキから離れろやクソが!!!」
「スルスミ姉さん! 止めて!」
そういう意味で慌てていたのか。そうだ、私は忘れていた。
かつて〘セイント・シール・エルフ〙と呼ばれた此処のエルフは
いざという時は徹底的に暴力的になるという事を。
私は理由も解らず、彼女と数時間殴り合うハメになってしまった。
やはり、ラナスを連れてくるべきだったよ。
第百二十二.五歩「二人の泪」 / 第百二十二.五歩「百の英雄譚 Episode13 "二人の泪"」に続く