第百十八歩「最期に立ちはだかる者」
「……(こう、もう少し名前はなんとかならなかったの!?)」
私のそんな魂の内心のツッコミを他所にズンッズンッと耳に鳴り響く重低音。
どっちかというとクラブミュージックと言う類なんだろうか?
太鼓の音色と笛の音色が乱れ飛ぶ中、エルフの老人たちに武器を持って
囲まれているがこの音楽は肌に合わぬ様子で。
「くっ、やかましいの!」
「あれのおかげで近寄れん。忌々しい」
「ぽぽぽっぽぽっぽぽぽっ?(どういう事なの?)」
私は安定の両手を上げての降参ポーズのまま首をゆらりと傾けては
尋ねていく。エルフの老人達は武器を下ろす気配は見せないが
はぁーっと深いため息と共に状況を説明し始めてくれた。
相当参っていると言った様子で、もはやその語調は愚痴に近いものだ。
「さっきから音自体は出ていたんじゃよ。おかげで飛竜は煩くて
近くを飛べんし、あの音で壁を作ってるのか知らんが
[ブレス]もスキルも届かんと来ている」
「頭の方の部隊はもっと酷いそうじゃ。
〘霊話〙も通り辛くなるしで連絡を取るのも一苦労じゃったよ」
「ただ、そんな小細工で終わるとは思えん」
どうやらあの遮光器土偶は巨大な演出装置みたい。
薄暗くなった辺りにあの突起や紋様からの発光もそうだが
円形の凹んでいる部分は私が森の外で見た腹が大きく凹んでいた
[ゴーレム]と同タイプのスピーカーになっている様だ。
そして、ご老人の一人が如何にもフラグっぽい台詞を言った瞬間
バシュッと言う音が鳴り響き、つい先程見たであろう光の柱が
丁度、〘聖茨骸龍〙の
左脇腹をくり抜く様に撃ち込まれてくる。
膨大な熱と共にその部分は一気に溶解し、地面を溶岩溜まりへと
変貌させ、周囲の気温を僅かに上げたかの様な錯覚に陥る。
「……ちっ! おっ始めたか!」
「お嬢ちゃん、さっさと降りろ。死んじまうぞ!」
「ぽぽぽっ、ぽぽぽぽっぽぽぽっぽぽぽっt? ぽぽぽっぽぽっ?
(ええと、何処から撃ってきたの? 上に別のが居るの?)」
「いや、違う」
この光の柱は[レガシーピース]で見た聖龍のスキルみたいにどこからか
打ち上げているかそれとも空中で別に発動している人が居るのかと思い
上を見上げてみれば、ようやくスキルの全貌が解った。
勿論、理解まではしきれているとはいえないのだが私の口が塞がらず
だらしなく呆ける表情を晒す事しか出来なかった。
「……(太陽が覆い被されてる?)」
「アレは太陽の光じゃろうて」
「[魔術]スキルでも[ブレス]でもなんでもない。
単純にあのさんさんと降り注ぐ陽光を圧縮してぶつけておる」
「魔力も何も無い。ワシ等には防ぎようがなくてな」
そう、太陽まるで日食をされたかの様に真ん中を黒く塗りつぶされて
その周りからぼんやりと灯りが滲み出ているかの様に私には見えている。
つまり、えーと……ソレくらい大きいのが空に浮かんでて
それからレンズみたいに光を集中して飛ばしてるってこと!?
いや、そんなのどうすればいいのよ! 逃げる場所無いじゃない。
鏡とかでどうにか成るサイズじゃないよね?
「ぽっ? ぽぽぽぽっ(え? それじゃ)」
「この骸は一度動き出したら止まらぬじゃろう」
「老人の最期にお嬢ちゃんが付き合う事はない」
薄らと感じていたが口に出されるとなんとも重いことか。
老人たちは本当に死ぬつもりでこの骸を掘り起こしてぶつけているのか。
ソレほどまでにあの〈第四勇者軍〉には倒さなきゃならないのが居るの?
私は理解が追いついていない様子を察してか武器は構えたまま
諭す様にゆっくりと私へとご老人達は語り掛けてくる。
「こうやって言の葉も理解出来る様になった様じゃし
お嬢ちゃんはもう大丈夫じゃろ」
「話は付けてある。だから……この場は黙って行かせてくれ」
「そして、あの子達は守ってやってくれんかの?」
「……(ううっ、そう言われても)」
気持ちは揺れる。このまま老人たちを見殺しにするのは
どうにもいい気分はしない。出来れば、このままご老人達を
全員下ろしてしまいたい位だが……恐らくそうしたらこの骸は
きっと制御が出来なくなってしまうのだろう。
ぎちぎちと骨を縛っている白い茨は老人たちのスキルだろうし
となると、私はこのまま見過ごせっていうの?
「……(それは……それはあんまりじゃないかな?)」
「むっ! 飛ぶ様じゃ。降りるなら早く!」
「いかん!」
私が悩み立ち尽くしている暇も無く、事態は動いていく。
先程えぐられた骨は半分程既に再生しており、周囲の木々を僅かに
枯らし始めている。私のスキルの様に生命力を吸っているのかな?
ご老人の一人の声に後ろを振り向けば、ボロボロだった大きな翼を
広げては汚れが目立っては居るが生前とほぼおなじ威圧感を誇る
巨大な翼を広げると、羽ばたくのではなくまるで其処を中心に
台風でも出来たかの様に周囲に風が激しく吹き付け始めている。
「……(まじで飛ぶの!?)」
それと同時に骨の体は徐々に浮かび上がっていく。
よくよく見れば、飛竜達が茨で繋いでいた状態から
直接、関節部分へと足で掴み上げており、飛行の手助けをしている。
ぐわっと大きく背を丸めては翼で相手を覆う様にしながらも
あの骨の巨体は二足歩行の様に足をだらりと垂れ下げていく。
四足での地面へと這いずる姿勢よりは確かに被弾面積と言うか
当たりどころは狭くなっているが、それでも容赦なく光の柱は
〘聖茨骸龍〙の体を狙い定めている。
当然、立つという事は腰骨も立てられる訳で。
「……(おおおおちちるぅぅっーーー!!)」
「だから、言わんこっちゃない!」
「ええい、ちょっとじっとしとれ!」
老人たちはまるで骨にへばりついているかの様に
髪の毛やら服は重力には逆らえていないがほぼ、垂直に立ったまま
私を見ている。私はと言えば、急に起き上がった腰骨に
手を掛けるのが精一杯だ。老人たちは私へと手を伸ばして
助けようとしてくれるが……此処で私は考える。
このままでは落とされてしまうか助け出されて落とされる。
それでは来た意味がない。そして、飛んで居るということは
あの遮光器土偶に飛び乗れるチャンスがあるかも知れない。
私は震える足を抑えて、飛び上がり滑空する体制へとなれば
首筋へとそのまま走っていく。うねり動く背骨を走り続けると
数人のエルフのご老人を見掛けたが、既に座り込んでおり
この〘聖茨骸龍〙の維持による
体力の消耗が激しさを物語っていた。
「ナッ、オ嬢チャンナンデ居ルト!?」
「ぽっ、ぽーぽぽっ(あ、どーもー)」
「早ウ降リンシャイ!」
「ぽぽぽっ! ぽぽぽぽっぽっ!(あわわっ! 危なかった!)」
私は上空を寄り添う様に飛んでいたワイバーンさんに会釈と挨拶をしつつも
ずるっと転けそうになった所を丁度目撃されてしまった。
全く、上がったり下がったりが激しいけど、なんとか胸の辺りまで来れたかな?
其処では数人のご老人達が武器を携えたまま私を待ち構えていた。
既に〘霊話〙で私が上がってくるのは解っていたか。
「ワイバーンがお嬢ちゃんを下ろすことは出来る」
「此処は通せぬぞ?」
「ぽぽぽぽっ、ぽぽぽっぽっぽぽっぽぽぽっ?
(それでも、やっぱりダメでしょ?)」
「もう、言葉での制止はこれで終いじゃ!」
そう言っては数人のご老人が私へと携えた武器を構えて
斬り掛かってくる。現在、上空を旋回中だと言うのに
ご老人達の足はぶれる事なく、そのうねる背骨を走ってくる。
私はおっかなびっくり腰を屈める事しか出来ないが。
此処でも頼らせて貰うね!
「……(〘ヨミちゃん〙手伝って!)」
【怪異スキル〘黄泉より追い縋る手〙を発動します】
「前見た命を吸う白い手か!」
「ほぅっ! やりおる!」
流石に真剣白刃取りやら受け止める事はできなかったが
熟練の戦闘職であるご老人達は突然影から出て来た白い手達に
思わず仰け反って距離を取ってしまう。流石に傷付けられたらとは
思ったが彼等の場数と経験則を信頼してよかった。
その隙を突いては包囲を突破していく。彼等としても白い手は
何をするか解らぬ様で距離を取り合ったままだ。
数人は意図には気付くがワンテンポ遅い間に不安定な背骨の上
消耗している体では追い付くことは敵わぬ様で関心した様子も見えた。
賭けなんて柄じゃないけど、やるだけやってみるもんだね!
「ぽぽぽっ! ぽぽぽっぽぽぽっぽぽぽぽっ!
(大丈夫! 子供を止めるだけだから!)」
「ええいっ! 兎に角、生きて帰ってくるのじゃぞ!」
「ぽぽぽっ!(はーいっ!)」
〘黄泉より追い縋る手〙達は老人達を牽制しつつも私は
肩の包囲を突破すれば細い首の骨、此処はもうおっかなびっくりに
進んでいく。途中でスキルは当たるは姿勢が変わるわで
其の度に私は首の骨へと抱き付いては何とか振り落とされない様にする。
こりゃ、酷いアトラクションだよ、本当に。
映画館の4DXよりもハラハラ・ドキドキを味わう事になるとはね。
何よりも上空から降り注ぐスキルをこの巨体で躱しながらも
あの遮光器土偶に口から放つブレスを当てているんだから
ご老人達の制御はそれほどに凄いのだろう。それでも被弾しては
再生してを繰り返しているこの骸だが……正直、多分何人かは
既に死んでいるのだと思う。それはとても認めたくない現実で
だって、それはあの子が、太陽の君がエルフ殺しをしているという事。
子供にそんな事をさせちゃダメなんだよ。
「……むぅ、報告は受けていたが来たか」
「ぽぽぽっぽぽっぽっ!(こんにちはっと!)」
「ふむ。大分言葉も上手くなったもんじゃな。
初めて逢った時は良く分からん化け物じゃったが」
「ぽぽぽっぽっぽぽっぽぽぽぽっぽぽぽっぽっぽっー?
(いきなり弓とか撃たれて怖かったよー?)」
頭蓋の中心に待っていたのはワイバーンさん数匹に護られながらも
陣頭指揮を取っていたリトモさん。周りのエルフのご老人数人は
他の所より屈強そうにも見えるがそれでも消耗はかなり激しい様で
息を切らしながらも鋭い眼光と戦意だけで対峙している様に見える。
私はやっぱり両手を上げる初手降伏スタイルで話を持ちかけた。
「はははっ、まぁお嬢ちゃんがイケヅキと最初にもうちょい
上手くやっとりゃよかったが、今言ってものぅ」
「ぽぽぽっぽっぽぽっぽぽっ(面目ないです)」
「ま、なぁに。最初から上手く行く事なんて無い。
ワシ等だって色々な失敗を経て此処に来ている」
リトモさんはいつもの様に思慮深く、若き日の面影を残す快活さに
それでも僅かに疲労の色を滲ませて顔色も悪い。
ただ、言葉はお互いに何度か話した時の延長に過ぎない。
世間話、光の柱が足元の龍を焼き溶かし、その龍事態も
空中を滑空し、豪炎を吐きつけて居る中でなんとものんびりしたものだ。
「ぽぽぽっぽぽっぽぽぽっぽぽぽっぽっぽぽぽぽっ?
(この聖龍を殺したとかですか?)」
「……知っておったか」
「ぽぽぽっぽっぽぽぽっぽぽぽっぽぽっ。
(解ったのはほんのさっきです)」
その言葉に周囲の空気は変わる。リトモさんは一度まぶたを閉じて
すぅーっと長く息を吸い込んだ後、まるで紫煙を吐き出すかの様に
ゆっくりと吐息を長く吐き続けていった。
その言葉から感じるのは向こうも薄々と可能性を感じていたらしい。
あのお年だし、過去の動向を見ればそれなりに聡い方なのは解る。
今はその風貌も合わせれば、ロシカさんよりよっぽど賢者っぽい。
「何が望みじゃ? 何のために此処まで来た」
「ぽぽぽっぽっぽぽっぽぽぽっぽぽぽっぽぽぽぽっぽぽぽっ。
(あれに乗ってる子供に誰も殺させない為です)」
「……ふっ。お嬢ちゃんはいい性格をしておる。嫌味ではなくてな?」
「ぽぽっぽぽぽっぽぽぽっぽぽっ(ありがとうございます)」
その僅かな言葉のやり取りだけでリトモさんは理解し
そして、私もやっぱり言葉だけでは説得になりえない事を悟る。
リトモさんの瞳の確固たる意志は私のスキルなんかよりよっぽど怖い。
そのまま、手をかざせば、周りのエルフのご老人達はすっと一歩下がり
〘聖茨骸龍〙の制御へと戻っていく。
「ならば、力ずくでなんとかしてみせよ!」
「ぽぽぽっぽぽぽぽっぽぽぽぽっぽぽぽっ!
(力無くてもなんとかします!)」
その覇気ある掛け声と共にリトモさんはかつての若々しい肉体へ
変貌を遂げていく。はぁ、見た目だけなら可愛いんだけどね!
第百十九歩「夢のある未来」に続く