第百十六歩「踏み出す足を取り戻して」
「……(うっそ、あのシルエットってひょっとして)」
私の眼の前にはゆっくりとした足取りで森の外へと
向かう巨大な骨の龍が居た。山より大きいという比喩を実感するサイズ。
単純にこの巨木が田舎のビル位はある中、それの3倍近く高く見える。
白い茨に彩られたその巨体は中身がスカスカの割には単純な質量感か
物体としての圧を感じる。でかい、でかいのが進んでる。
そんな骨の龍の進撃を私は何度目かに訪れる巨木の観測拠点で
眺めていた。怪獣映画みたいなその光景はこの幻想的な世界とは
また別の違和感を醸成しており、理解が追いつかない。
「ぽぽぽっ?(アレは?)」
「知らね。ただ、あの丘から頭が出てアタシ達が篭ってた所から
体を這いずりだしたから、森に前から埋まってたんだろうな」
「ワイバーン達が動かしてますね。茨は多分、族長達のスキルでしょう」
まるで操り人形の様に茨の糸を垂らしては手足を動かしているのか。
イケヅキ君は見ていないから解らないのだろうが、アレは恐らく
リティカ様の成れの果てなのだろう。確か、最期の瞬間は
黒の茨に飲まれて骨だけの姿になり、それすらも侵食されていたが
今、殆ど体の形を復元されている。うーん、死体を隠すなら山林って事?
そんな事をボケっと見ているとシステムさんから声がする。
【〘聖茨骸龍〙の情報を取得しました】
「……(複合書店のカード売り場で一枚2~3,000位しそうな名前だ!?)」
中々のレアリティを感じる名前を聞かされて驚いている間
その〘聖茨骸龍〙は立ち止まると羽を大きく広げていく。
あの美しかった羽衣の様な翼膜はビリビリに破れて……というよりは
再生してあの状態まで戻したことになっているのだろうか?
地面の中で復元されてたのかな。
「あ、止まったぞ」
「……何か魔力反応が凄い! 伏せて!」
「ぽぽぽっぽっぽぽぽぽっ!?(伏せてって言われても!?)」
私は襟首をトゥータに咥えられたままだったので
そのまま拠点の床面に寝かされる様に押し付けられる。
うう、なんか制圧させられた不審者さんみたいになっているよ?
それと同時に僅かな閃光が頭の上の方で光っているのが確認できた。
「ぽぽぽぽっ?(なにごと?)」
「おー……おーー!」
「あの骨の龍がスキルを使いました。結構な大穴開けてますね」
「ぽぽぽっー(見せてー)」
そう言ってトゥータに再び襟首を咥えられたまま持ち上げて貰えば
……ちょっと待って。尋常じゃないスキルじゃないですか!?
地面がかなり抉れてるよ! しかもどろどろの溶岩になってるじゃん!
立ち込める煙の姿は確認できるし、熱風が僅かに肌を一度凪ぐ程度には
その威力を体感出来た。アレ食らったら一瞬で殺されちゃうよね?
「爺共が……ありゃ長く持たんぞ」
「族長、そんな!?〈第四勇者軍〉と相討ちするつもり?」
ううむ、流れとしてはその線がとても濃い気配がする。
私の体を消し飛ばしたスキル使いが居る相手に対して
出せるだけの手札がアレということなのかな?
足や翼の関節にエルフのご老人達が手綱を引く様に白い茨を
操作しているのが遠目に見えている。かなり大変な作業の様で
若干、引っ張り返されて制御がギリギリな様にも見えた。
あれはご老体にはきついんじゃないかなぁ?
「ぽぽぽぽっぽっぽぽぽっぽぽぽぽっぽぽっぽぽぽっ?
(〈第四勇者軍〉悪い人たちなのかなぁ?)」
「一応、あの人達が居ると盗賊とかは暫く大人しくなるのと
大きい事件を起こす前に潰すのがお仕事らしいですけど」
「まぁ、あの骨の龍を見りゃ、そりゃ危険視すんのは解らんでも無いがな」
ふーむ、彼等の諜報能力って奴がよく解らないが
リティカ様を殺したのがリトモさん達であること。
その死体が此処に埋まっていた事を嗅ぎ付けたというならば
彼等が執拗にこの森を攻撃するのは理由としては合点が行く。
あのぶっ放されたスキルを見れば、放置をするのは逆におかしい。
「……ぽぽっ、ぽぽぽぽっ?(ううっ、どうしよ?)」
「どうしよ?つってもお前もそんな体だし、誰がアレ止めんだよ」
「ううん。僕達に何か出来る事も無いよ」
スルスミちゃんはぎりぎりと奥歯を歯ぎしりさせては忌々しげに
〘聖茨骸龍〙を見つめている。
あの引き絞った矢の様な性格のスルスミちゃんが腰胡座を掻いて
未練タラタラに眺めていっるのをまさか見ることになるとは。
まぁー、アレはサイズ的にも物理的にも止められないよね。
「むっ。向こうも召喚陣で何かするみたい!」
「ぁん? ……ってこれ結構ヤバイぞ!?」
「ぽっ?(ふぇ?)」
イケヅキ君とスルスミちゃんは何かを感じ取ったのか立ち上がり
〘聖茨骸龍〙の行末を見つめていく。
遠くなので詳しくは解らないが
何やら草原の上に金色に光っている様にも見えた。
ふと、何やら頭に響く様な声が……アレ、この声?
「その想いはもはや姿も見せず、作法も見せぬが美しく伝えていく
彼の者を信ずる心はたとえ、土の中に埋められども鳴り響く
嗚呼、その身は我が太陽の前に曝け出しその力の一端を遣わし給え!
おいでませ! 神話スキル〘|信仰を鳴り潜め響く土塊神〙」
「……(この声は太陽の君!?)」
「ちっ、詠唱がこんだけ響くって事はそれだけ大規模な魔術か」
「神話スキルってえーと確か伝説になる位凄いって聞いた事あるけど」
声はまるで直接脳へと囁きかける様に広がり、伝播させれていく。
詠唱らしき言葉がつらつらと聞こえたがどうやらイケヅキ君と
スルスミちゃんにも聞こえている様だ。そして、それに戸惑っている
私達を嘲笑かの様に森の中まで響き渡る地響きが起これば
真っ白い森の中、青銅色と言えばいいのだろうか?
青と緑の中間みたいな濃い色が白い森の先に僅かに見えたかと思えば
その姿に私は驚嘆することになる。
「ぽぽぽっぽっぽぽぽっぽぽぽっ!!!(遮光器土偶ですか!!!)」
「シャコ……なんだソレ?」
「あのでっかい[ゴーレム]みたいな奴の事ですか?」
そう、装飾とか色合いとか、そもそもサイズがおかしいが
あれは紛れもなく遮光器土偶。歴史の教科書に載ってた
あのクソインパクトのある土偶だ。それがでかい。
それが物凄くでかいだけで怖いんですけど!
思わず、声に出してしまった。うん、仕方ない。
だって、遮光器土偶だよ!? それがビルよりでかいんだよ!?
「ぽぽぽっ、ぽぽぽぽっぽぽっぽぽぽっぽぽぽぽっ。
(なんかうっすら覚えてる人形に似てる)」
「そうか。まぁ、けど……アレ、動くのか?」
「足の可動は歩くのは無理そうだし、あの図体で飛ぶの?」
イケヅキ君達にすらあの姿は奇異に映る様だ。
まぁ、私もアレをいきなりぼんっと出されたらそれは驚くだろう。
〘聖茨骸龍〙も動きが止まっていて睨み合っている。
骨の龍とでかい遮光器土偶の睨み合いっなんだよ、ほんと!?
ただ、あのでかい遮光器土偶は何をするんだろう?
イケヅキ君の言う様にアレ、動けないよね?
いや、どっか可動するの? 頭とかグルッと回るの?
そんな風に不思議に思っていると段々と
何やら隣町の盆踊りみたいな微妙な音の流れが聞こえてくる。
うん? これ、なんの音だろう?
「……なんか鳴らしてるな? アレ? イケヅキ、アレ見えるか?」
「ええと、スキル使ってみますね。〘ピューマ・アイ〙」
「……(ん? アレって)」
私はトゥータに襟を咥えられたままの状態でその様子を眺めているが
段々と音が大きくなって、近付いている様な錯覚を覚える。
イケヅキ君のスキルで目を周りを僅かに発光させながらも
あの遮光器土偶の方を眺めていた。
「見えた! ええと……子供が……踊ってる?」
「子供? スキル使ってる奴か?」
「……(詠唱の声と良いひょっとして?)」
私に嫌な予感がよぎる。多分、あの詠唱の声は太陽の君だ。
だから、必然的にそれを呼び出したのは誰かと言われると
正解は一人しかいない。私は胸の中で小さく、非力に願う。
彼でない様に……だって、そうなったらリトモさんと戦うんだよ?
あの小さい男の子が、リトモさんと……そんな。
「ええと、褐色の肌で……体に紅い紋様が入ってます」
「誰だそりゃ? 知らない[百英傑]か?」
「……(ああ、やっぱりそうか)」
私の淡い願いは打ち砕かれた。恐らく、あの子だ。殺し合うの?
あんな小さい子があんな優しいお爺ちゃんエルフを乗せた龍を?
解らない。確かにその……アレは危ない。
一度、放ったあのスキル。アレが制限無く撃って暴れまわったら
大勢の人やエルフ、森が焼かれて沢山死人が出るだろう。
けれど、それでも殺さなきゃダメなのかな?
リティカ様を殺そうとしたのがリトモさん達だとしたら
それはそうしたくなる人が出て来るのは心情的には共感出来ないが
理屈としては理解出来る。それほど、大切だったのだろう。
あのリティカ・レコネクトと呼ばれた龍は。
「……(でも、だからって)」
「また、骨の龍がスキルを放つみたいです!」
「ちっ、なんでおとぎ話みたいな化け物の戦いをこんな辺鄙な森で
やらなきゃならないんだよ! 伏せるぞ!」
「……(やっ! それはダメだって!)」
再びトゥータに私は床面へと降ろされてはへばりつく。
骨の龍の挙動は先程と同じく大きく翼を広げては口を開いていく。
口の中に貯まる紫色の炎の塊。骨の関節からも紫炎が上がり
今にも爆発しそうな程に膨張したそれは目の前に現れた
巨大な遮光器土偶、そしてそれに乗っているであろう
太陽の君へとぶつけられる。私は思わず、目を伏せてしまった。
「……うそだろ?」
「無傷って」
「ぽぽぽぽっ!?(えええぇっ!?)」
轟音と熱風と煙を上げて、遮光器土偶は回避動作すら
見せていなかった。そして、その煙が晴れた後も
悠然と何事も無かったかの様に遮光器土偶は立ち続けている。
どういうことなの? あの地面が溶岩になる位の高火力が効かないの?
属性的な相性の問題か、単純な耐久力かは解らない。
ただ、現実として遮光器土偶は無傷で立っていた。
「……どういう事だ。防護スキルか?」
「何か障壁でも張っているのかも?」
「ぽぽぽっぽぽぽぽっ?(耐えられるものなの?)」
「いや、あの威力を耐えるってのは、よほどのスキルでないと」
イケヅキ君達でもこの状況は解らないらしい。
3人で首を傾げている中、茨で牽引しているのとは別個体の
ワイバーンさん達数匹が遮光器土偶へと飛び立っていくが
近付くのすら困難に見える。次の瞬間、あの薄めが開くと
何かが一瞬光った。それが目くらましになったのか
ワイバーンさん達の飛行は制御を失いかけており
やや、離れた位置で放たれたやけくそ気味のブレスも
当然、遮光器土偶に傷をつける事が出来なかった。
「あの巨像見掛け倒しじゃないな」
「…………〘ハッシャクサマ〙」
「ぽっ? ぽぽぽっ?(ん? 何?)」
私がその様子をハラハラしながらも見ていると私の残された右腕側の
袖の部分をイケヅキ君が引っ張る。本来だったらちょっと肩口が見えて
セクシー案件になってしまうのだが、もはやそれどころじゃない
私の体の状態からそれはスルーされている。
嗚呼、いやーん♥とか言ってみたかったかなぁー。
「気になります? あの巨像もそうですが、乗ってる男の子」
「ぽぽぽっ、ぽぽぽぽっ(勿論、そうだけど)」
「また、お前の趣味か」
「ぽぽぽっ、ぽぽぽぽっぽぽぽっ!(いや、そういう訳では!)」
私の気持ちがざわついて全く落ち着いてない様子を当然の如く
見抜かれてしまっていた。うん、正直なんとかしたい。
残っている右手をばたばたと振って見せる中、スルスミちゃんは
いつもより鋭い視線で悪態をついてツッコミを入れられた。
普段から大抵、彼女は悪態なのでそれはもう愛想が悪い状態だ。
「姉さん。〘ハッシャクサマ〙は悪意でそう見てる訳じゃないよ?」
「わぁってるけど……なぁ、まさか」
「ぽっぽぽぽっぽぽっ?(どういうこと?)」
スルスミちゃんはなんとなく事の顛末が読めるのか。
すっごい嫌そうな顔をしている。ううむ、さすが姉弟の絆だね。
リアルおねショタも嫌いじゃないよ! ま、それは置いといて。
イケヅキ君は真剣な表情でスルスミちゃんを説得している。
ううむ、どうしたいんだろうか?
「〘ハッシャクサマ〙。僕の体力をスキルで吸って下さい」
「ぽぽぽっ(なんですと!?)」
「………っ」
「スキルを使えば、体も直るんですよね?
さっきからちょっとずつ再生してるみたいですし」
そう言って、イケヅキ君は私の体を指していく。
まだまだ、体の殆どは失われているがそれでも腹部位までは既に
体は再生し始めている。下半身と左腕は全然治っていないが
少年であるイケヅキ君から体力を吸えば、かなりの効率で
回復するのは見込める、見込めるけど。私の視線は泳ぐ中
スルスミちゃんは視線を逸しながらも言葉を続ける。
「ぽぽぽっ(け、けどぉ)」
「……アタシは反対だが、此処で見てるだけは納得いかん。
かと言って、アタシ達では骨の龍も巨像に乗ってるガキも
手も足も出せない。第一、族長達を止める理由もないしな」
「ぽぽぽっ(そ、それはちょっと)」
スルスミちゃんは骨の龍から視線を外しては不満そうにしながら
顔をそらして吐き捨てる様に言い放つ。
うう、なんかクールなのかそれとも認められないのか
胡座で頬杖を着いており、それに寄り添う様にイケヅキ君は
最早、覚悟を決めた顔をしていた。
「別に冷血に割り切ってる訳じゃない。
アタシは馬鹿だが族長達は考えた結果、こーしてる事位は解る。
何よりアタシでもあれに首突っ込んで来れる程の力は無い」
「それでも体が治っていたら〘ハッシャクサマ〙は何とかしようと
走り出していたと思うんです。結果はどうなるか解りませんが
僕はそれでも後悔が無い様にして欲しいです。これは僕達を信用し
協力してくれた事への恩返しだと思って下さい」
申し出が! 申し出がとってもありがたい。
私としてもやっぱり、あの太陽の君が誰かを殺すのを見たくないし
出来るなら止めたいからね。どんな理由があっても
どんな決意だとしても、子供が老人を殺すなんてのはダメだよ!
殺される方も殺す方もそんな気分の悪い別れはダメなんだ。
だから、やっぱり、私は止めたいんだよ。
「ぽぽぽぽっ。ぽぽぽっぽぽぽぽっ。(解った。お願いするね)」
「はい。どうぞ」
【〘魂を削る愛撫〙を発動します】
そうして、私はイケヅキ君へと触れてこの事態へと踏み込む決意を固める。
第百十七歩「窮地へと射られて」に続く