第百十五歩「目覚めし罪の逝き先は」
「いよいよか、全くワシがくたばる前で良かったわい」
「族長、右翼部隊封印解除作業が終わったぞ」
「左翼部隊封印解除から魔力注入作業の目処がたった」
“コイツ”の頭の上でワシ等〘セイント・シール・エルフ〙が陣取って数時間。
続々と報が入っていくる。既におおよその封印解除の作業は
終えているが万全を期さねばならない。なにせ死にかける程に弱り
散々寝かしつけて、なんとか眠りこけていたのを叩き起こす訳だ。
そんな寝起きに不手際が合ってはしまらないだろう?
「左後ろ足の封印解除難航。少し遅れそうじゃ」
「おぅ、キリキリ急がせろ。最期がトチってしまったら
ワシ等は末代どころか次世代も潰されちまうぞ」
「わあってるわぃ」
リトモ族長として我が生まれた里に帰ってから大分経ってしまった。
それは年数にしてはたかが150年だが永い日々であったものだ。
種族の名前も今生の内に、3回変えるハメになるとは思わなかった。
普通のエルフでも転居の際や難民化すると性質も少しは代わるとは
聞いていたが、ただの〘フォレスト・エルフ〙だったワシ等が
随分と遠いところへと来たものだ。
おまけに地へ還るのが生まれ育ったこの森となるとなれば
今日ほど死ぬには良い日はそうそう来ぬであろう。
「ノトキコ、飛竜達は行けそうか?」
「大分、落ちたが[百英傑]は追い返した。手足を動かすには十分やろ?」
「そうか。まさか、飛竜と心中するとはのぅ」
「私だってエルフと共に逝くなんてなぁ……おっ。
腹の方に居たウチ等やエルフの子等も避難終わったそうや」
空を舞う飛竜達もその数はおおよそ30に満たぬ程には減っていた。
まぁあの[百英傑]の子供等を消耗させるには十分であろう。
流石にあんな子等を爺共のわがままで殺す訳にはいかん。
指示を出すノトキコを傍らに全ての足に大体3頭を割り当て
他を余剰戦力とする。〘霊話〙が飛び交っては
各々の報告が交錯するが目的は決まっている。
いよいよ封を開けてしまうのか。ワシ等の罪の残骸が。
「腹部の封印解除終了! 魔力注入作業も終わるぞ!」
「尻尾も終わっとるよぉ。ま、ほんとは隠してやるのが情けかねぇ」
「尾を引いたらいつまでも終われんじゃろうて」
「はははっ、それもそうかの」
「おーい、族長。腹部と後ろ足は終わったそうじゃ。もう行けるぞ」
今でも瞼を閉じれば思い返せる。そう、最初はかなり驚いたものだ。
まさか、弟のシツネを始めとした多くの犠牲を払ってまで
討伐した筈の救世聖龍リティカ・レコネクトが
“まだ殺し切れていない”なんてのを知ったのは、討伐した次の日の事だ。
なんでも骨の一欠片まで焼かれても百年足らずで復活した事もあるという。
ワシ等はロシカ様と相談し、あの巨体を如何に隠すか
そして、如何やって滅ぼすかをずっとずっと模索しておった。
「この森に封じ続ける日も今日で終わりか」
「喰うに困らん日々であったがな」
「むしろ、封じられていたのはワシ等であったかも知れん」
老人共の思い思いの言葉が漏れていく。
そう、ワシ等は“この森に聖龍を食わせ続ける”事にした。
骨が生えれば、ソレを叩き折って粉にして大地へと撒き、川に流す。
肉が生えれば、剥がして焼いて、自分達や動物達で食っていく。
木々を始めとした植物が永遠と力を絞り上げては復活を阻止していく。
ワシ等がくたばる前に終わらせる事が出来そうで良かったわい。
森も動物達もワシ等自身も白くでかくなって目立って来た。
そろそろ隠しきれなくなってきた頃だがそれは言い訳に過ぎん。
次世代の何も知らん子供等に因果を背負わせるなど、阿呆の所業だ。
「さて、老人どものうだうだとした話も終わらせようかの。
ノトキコも号令を出してくれ」
「あいよ」
「全〘ケイオス・タール・エルフ〙に告ぐ。今日が最期の罪滅ぼし。
力を得て楽しんだ快楽、沈んだ悲哀、時が止まり動けぬ今日。
ソレも全て終わらせる、救世聖龍リティカ・ルコネクト。
今日という日、この場所にて解き放つ!」
「「おおっ!!!」」
地響きが森全体へと響き渡る。まず、地面を砕き割るは
わし等の足元。この森を見通せる丘より這い出るは白き龍の頭蓋。
あの美しい瞳は既になく、ぼんやりとした紫炎の灯りだけが
頭蓋の奥底よりその存在を知らしめていく。
立派な牙も数本抜け落ち……否、それだけしか再生していない。
それでも随分と復元されたものだ。
続いては楽園を覆いし、あの〈骨の柱〉の群れが
大きく浮き上がっては周りに積もっていた土岩を払いのける。
あの湖もなかなか綺麗ではあったがもうそれも終わるかと思うと
一抹の寂しさとやらも湧くものだ。
「よし! 今のウチに縛り上げろ!」
「「「〘パペット・ブランブル〙!!」」」
木々の根を払い除けて両足と尾、そしてあの翼が這い上がる。
翼膜こそは再生しないものの既に羽の骨組みは完全に出来上がっていた。
此処まで再生されたとなるとこのまま、封印が終わってなかったら
コイツが外へと飛び立っていた事になったかと思えば、恐ろしい事だ。
号令と共に各部署に展開しているワシ等の部隊がその骨に飛び乗っては
茨で縛り上げていく。下手に崩れ落ちてそれを元に再生されても困る。
白い茨が骨同士を繋ぎ合わせ、縛って動きを封じて行く中
報告の声が次々と入ってくる。
「各員報告せよ!」
「右翼部隊完全に拘束完了!」
「左翼部隊も同じく、動かせん様にしとるわい!」
「尻尾部隊も問題ないのぅ」
此処までは大丈夫か。腹部の封印解除も終わり
ワシが現在陣取る頭部から肩部に関しても問題ないであろう。
しかし、あの態度と図体のでかい聖龍は普段はこの眺めを見ていたのか。
見える見える。外の人間の部隊がまるで麦粒や虫けらの様だ。
そりゃ、こんなに普段から小さく見える相手に敬意やら諸々を
きちんと持てと言うのは難しい話。リティカ様はよくやってたものだ。
「両足の部隊、準備は出来ておるの?」
「「承知!」」
「よし、ノトキコ。“飛竜達を両足とつなげるぞ”」
「「「ぐぉぉぉおおおおっー!!」」」
「「「〘ブランブル・バインド〙!!」」
傍らに居るノトキコは大きく吠え上げれば飛竜達は一斉に
低空飛行を始め、その骨の足へと距離を詰めていく。
ほぼ同時に大地から一斉に茨が天へと舞い上がって
飛竜達の体を縛り上げれば、それに動じる事もなく空へと上がる。
頭蓋に居る飛竜にも茨は飛び、文字通りの陣頭指揮はノトキコが行い
彼女にも茨は容赦なく、体を締め付けていった。
飛竜達はその白骨の足と繋がった茨を携えてゆっくり、ゆっくりと
それを上げては下げて、死に至った聖龍の骨を前へと進ませていく。
まるで赤ん坊が地面を這い上がり進む様に
少しずつその山の様に白い巨体を前へと進めていく。
「動かす分には支障はない様だ」
「ここいらで一度、試射するかの。口部開放! 魔力経路接続開始!」
「口部開放始め!」
「魔力経路開放及び術式開始! 射出方向はどうするんじゃ?」
「目標はあの草原らへんでいいじゃろ? 一発決めておかんと
向こうがだらだら動いて犠牲が増えても困る」
顎が外れそうになっていく頭蓋を白茨のクツワの様にさせて
無理矢理こじ開けて、喉元の方へと魔力を集中させていく。
骨同士を繋ぐと紫光を僅かに輝かせながらも羽を大きく広げさせた。
次の瞬間、口部に小さい紫の星が出来始めていく。
バチバチと放電と熱を放ちながらも、口部へと貯められる魔力量は絶大。
あ、こりゃ予想よりも再生が進んでおるの。
早めに撃たないと相手の軍勢にも被害が出てしまうやも知れぬ。
「いかんな。魔力充填はこの段階で切り上げろ!」
「射出軸固定、魔力充填完了。撃って良いかの?」
「よし、念のため、もうちょい奥へと狙おうかの」
「射出軸微調整開始! もうちょい首を上げさせろ」
茨の絡みついた飛竜達へと〘霊話〙で合図を送っては
聖龍の首が軽くのけぞっては口の向きを変えていく。
まるで馬の手綱の様に茨を左右から引っ張っては位置を調節して
さっきよりはもっと遠方へと狙いを定めていく。
ここらへんは日頃狩猟で鍛えた、射撃勘の生かしどころか。
「こんなもんかのぅ。良し、撃て」
「号令確認! 目標、前方南南東、草原、撃てーーー!」
そう言って、聖龍の口から紫に輝く星が吐き出されたと同時に
それはあっという間に残光を残して何もない草原のど真ん中に着弾。
轟音と共に周囲の土を掘り返し、草木を焼き切っては僅かに雲を動かし
焼けた匂いを漂わせては最後に残るの赤黒く燃える大地。
その音に微動だにしないあの軍勢はどういう事だろうか?
演説を聞いているのかも知れないが忠誠心という訳ではなさそうだ。
「ふーむ。凄いのぅ……ノトキコ」
「これでも1/10位しか威力は無かねぇ。衰えとーんな仕方なかが」
「一つ良いかの?」
「なんね?」
うむ。改めて実際に撃ってみると威力が凄まじい。
これだけの火力を出す魔術師はもう伝承、伝説クラスだろう。
これでは[ゴーレム]が束になっても飛竜が百匹居ても勝ち目なんぞ無い。
ワシ等が襲った時は力を大分消耗していたとはいえ
よくこんなもん相手に戦いを挑もうと思ったものだ。
近くでその様子を眺めているノトキコを始めとする
飛竜達はかつての主のスキルに皆感慨深げに眺めている。
「なんかお前の所で恨みある種族とかないか?
これかなり楽しいんだが、ぶつける相手がワシ等にはおらん」
「うちらもおらんよ。うち達ん男ん子は一時期、皆そう思うて憧るー。
やっぱ、どん種族でも変わらんのやばい」
「そうか、こういうのはやはり童心をくすぐるもんじゃな?」
「全く、お前たちは最期まで楽しそうばい」
はっきり言ってしまうともう心が踊って仕方ない。
やはり、男子たるもの、でかい爆発とかは心躍ってしまうのだろう。
飛竜達の雄の子達もキラキラと目を輝かせてこの高威力を眺め
そして、忠誠と敬愛を深めていったのだろうか?
実際に力を振るって見るとこの高揚感は何物にも変えられない。
ただ、流石に恨む相手でも居なければこんなのを見ず知らずの者に
ぶつける気にもなれないのが本当に悔やまれる。[百英傑]の子等は勿論
〈第四勇者軍〉の者達もこれで壊滅させては後で何をされるやら。
ま、その前には全て終わるのであろうが。試射も終わったので
聖龍を前進させていく。木々を押しつぶしていくのは心苦しいが
最早、このサイズとなれば一々気にしてたら何も出来ない。
「しかし、静かじゃな」
「うむ。ちょっと静か過ぎる。大慌てで逃げる様子も見しぇんし
あん場から動かんのも……むっ」
こちらの地響きをまるで揺らし返すかの様に大地は揺れ動く。
大きな輝きと共に、放物線を描いは光の線が草原へと刻まれていく。
これは召喚陣か! しかもサイズが尋常ではない。
高速で展開される召喚の術式は妨害を思案する間もなく
大地に紋様を刻み込めば、其処から大量の魔力を放っていく。
「その想いはもはや姿も見せず、作法も見せぬが美しく伝えていく
彼の者を信ずる心はたとえ、土の中に埋められども鳴り響く
嗚呼、その身は我が太陽の前に曝け出しその力の一端を遣わし給え!
おいでませ! 神話スキル〘|信仰を鳴り潜め響く土塊神〙」
そして、あちらも見たことのない様な意匠の[ゴーレム]を……待て。
あのサイズを召喚したのか!? 恐らく、土で作られたのは解る。
魔力の波長は確実に[ゴーレム]に似た土塊の存在のはずだが
山程に大きいこの聖龍の亡骸に匹敵する大きさだと?
薄目で覗き込む様な大きな目の形に手足が短く
腰と肩の幅が異様に広い寸法はとても格闘向きとは思えないが
体中に刻まれた紋様と突起がその複雑な術式の証だ。
勿論、術式の設計図と方式は予め組んでいるのであろうが
“それを為す為の魔力を一体何処から調達した?”
「リトモ。……あれは」
「ノトキコ、ワシの勘じゃがあれは強い。ただ、あれでは終わらん」
「本命は別?」
「であろうな」
「ちっ、次から次へと」
あの土塊の巨像は動く様子を見せない。不気味だ。
ひたすら不気味なまでにただ、悠然と立ち尽くすその巨像。
段々とその正体が垣間見え始めた。ずんっずんっと耳の奥底へと
響く音に最初は胸の動悸かとも思った。だが、その音に釣られて
森の鳥たちはより一層騒いでこちらの方を過ぎ去って
森の奥へと逃げ帰っていく。空気の流れが変わり
風が向こうから吹き付けているかの様な錯覚すら覚えてくる。
「なっ! あれは……巨大な音響型[ゴーレム]か!」
ワシ等は死の間際に気付かされた。舞台に上げたつもりだったのは
あの小さき子ではなく、ワシ等の方だったのだと。
第百十六歩「踏み出す足を取り戻して」に続く