第百十三歩「目覚めのキッスは苦い味」
【思念体からの隔離にはリソースと時間が足りません。
目標接触します】
「…………QR*……W……#……」
「……(ひぃっーー!? コッチ来たよー!)」
遠方から光の爆発が見える。システムさんが迎撃しているのは
私の精神世界であろうこの真っ暗な虚空に入り込んだ別の存在。
多分、あのシルエットと展開の流れを考えるにアレは
リティカ様の亡霊と見るのが順当なところだろう。
以前、シィナさんの亡くなった魂とうっかりエンカウントし
話し込んでしまった事を考えるに、今回もその線が濃厚だ。
「……(ただ、コレ危ないよね!? だって、生前殺された亡霊だったら
全力で攻撃してくる流れだよね、コレ!)」
「……#……*“……W……」
あわわわ、怖い! なんか口をパクパクさせて声を発してるんだけど
明らかにバグっているっぽいので、何を言っているかさっぱりわからない。
いやーー! システムさんはもう色々と一杯一杯みたいだし
かと、言って私にどうにか出来るの? 精神汚染に気をつけてって
具体的にどう気をつけたら良いのよ!?
「……(システムさん、教えて! 今はスキル使えないの?)」
【現在、再生にリソースを割いている為
補助修正や多数眷属のコントロールは不可能ですが行使自体は可能です】
「……(うむ。〘ヨミちゃん〙を呼ぶのは辛そうか)」
「……QR*……W……#……*……」
そもそもどっから出すのかって話にもなってしまうとか
考えている合間にいよいよと眼前に迫ってきた……って!
無理無理無理!? 何、このUFOみたいな機動!
どういう動きしてんの! 直角に曲がるな! 物理法則!
物理法則さんが息をしてないの! 物理法則さん戻って来て!
いや、此処は私の精神世界だからそもそも物理より心理か!
難しいことを言いなさる! そんなん学校で習わないでしょ!
「……(ひぃぃーーー! 掴まれたーーー!)」
「#*“……W……B……_X……セ……U……」
【精神体ユニットへの接触を確認。対象思念体の行動を分析中。
情報流入及び精神波長の同調を試みていると推察します】
遂にはシステムさんの弾幕は私の後ろから放たれてなんだか
私がシューティングゲームのボスみたいな弾幕展開も虚しく
直角で機動を描く稲妻みたいにぶっ飛んできたリティカ様らしき
亡霊さんは私の両肩を掴んで、そのまま漆黒の床部分に叩きつける。
がくんっと視界が揺れつつも、なんか摩擦と火花で背中が
えらい事になっちゃいそうな勢いで私を押し倒しては床に擦り付けていく。
いや、コレ現実にやられたら背中ずる剥けって話じゃないですよ。
「ぽぽぽぽっ。ぽぽっーーぽっ! ぽぽーぽっ、ぽっーぽぽぽぽっ!
(あわわわっ。スタ―――プッ! プリーズ、クールダウン!)」
私は肩で息をしながらも、床部分へと押し付けられた視点から
リティカ様の亡霊を見る。うわっ、目玉が無い。
眼球があるべき本来の部分は真っ暗な感じで怖過ぎる。
そんなんで顔を寄せないでくんなまし! いや、整ってはいるんだけども!
怖いから、ガチで怖いから! うぉぉっ! 目玉を!
あのなんだかガラス玉か真珠珠みたいなお目々を戻して!
おまけになんだか頭の中をうぞうぞとこうなんて言ったら良いかな。
美容室にそろそろ行かなくちゃなーって感じで妙にボリューミーになってる
髪の質量を感じる位に頭が重い。これはなんか頭に入れられてるの?
流石にリティカ様の思念やら情報は入ってきては居ないが
妙にごわごわっとした重さを感じてくる。
「……ケテ……ナセ……デ」
「……(あら?)」
なんだか、馬乗りになっているリティカ様の亡霊は口をパクパクと
何度も開いては閉じて、声にもならない音を発していたのだが
段々とそれが聞き取れる様になってくる。私が聞き取れる様になったのか
それともこの亡霊さんが声を発せられる様になったのか
解らないがとにかく何かを伝えたい様だ。
うう、怖いけど此処まで来て振り払ったら逆に怖いよね?
よしファイトだ、私! システムさんの対抗手段構築の時間を稼ぐよ!
【対象が一部スキルを閲覧、言語設定の調節を行っている模様です。
精神汚染に注意して下さい。現在、ワクチンプログラムを作成中】
「……(だから、注意言われましても!)」
「……げて。……助け………殺さ……い……」
なんだろうか、命乞いみたいな感じなのかな?
亡霊さんは体を震わせており、よくよく見ればもう体は穴だらけの
服も体もボロボロでヒビが入って今にも崩れそうである。
ソレほどまでにシステムさんと激戦を繰り広げてきたのかな?
なので私はその亡霊さんの話を聞くことにした。
またさっきの猛烈なタックルを喰らうのはそれはそれでイヤだし
今のところ体に害は無い様だ。もとい、もう色々手遅れだろう。
多分、呪われてるとかもうそんな状態になってると思うよ。
「……助け……て……あげて……殺……ない……で」
「ぽぽぽっ?(あら?)」
「助けてあ……げて……殺させ……で」
「ぽぽぽっ、ぽぽぽっ?(ええと、誰を?)」
なんというか想定していた言葉と少し違う。
これは自分への懇願ではない。誰か、別の存在を何とかして欲しい。
そんな事を殺されたであろうこの聖龍の亡霊は願っているの?
一体、それは誰? ワイバーンさん達位かな?
リトモさん達やセイレーンちゃん達とは違うだろうし
それともリティカ様が必死に護ろうとしてたこの国の人達のこと?
「……可愛い……愛しい……子……殺させない……で」
「……(愛しい? 誰か好きだったのかな?)」
「誰も……もう死んで……くない……吾……殺す……いや……」
リティカ様の亡霊は握りこぶしを作っては私の服と一緒に握り込む。
悲痛な叫びの様で、悲しみに打ちのめされた嘆きの様で
そして、暖かい親心の慈愛の様なその感情がうねる願いが
私の耳へと呟きかけられていく。段々と私を抑えつける力も
呟き発する言の葉の大きさも弱まっていっていく。
終いには、その体はボロボロと崩れ始めていくのを見れば
コレ、放って置くと勝手に自滅しちゃうんじゃないかな?
「ぽぽぽっぽっぽぽぽっぽぽっぽぽぽっ?(私に何が出来ますか?)」
「……止め………吾………滅ぼす………ゴホッ……コホッ」
解らなかったら聞く! 人見知りも亡霊見知りも良くない!
それしかないよね?って事で聞いたわけなんですがなんだか
言葉が不明瞭って言うよりもコレはもう体力的に限界なのかな?
体のボロボロと崩壊していくのは止まらないし
咳き込んだ拍子に片腕が取れて、砕けたんですけども。
この世界、腕とか頭とか取れすぎじゃない?
【ワクチンプログラム再度完成、目標への効果適応率上昇を確認】
「……(システムさーん、この子、入ってきたってことは
此処に留められます? それとも消えちゃいます?)」
【ワクチンプログラム起動停止。
質問に対する解答の為、一時プログラム運用を停止します。
質問内容を検討。解決方法を検討。プラン提示を検討】
「……(あぅ、これはちょっとわがままだったかな?)」
なんとかシステムさんが対照する時間を稼げたっぽいが
私としては逆に亡霊さんの話というか目的を聞きたくなってしまった。
これで八つ当たりだの本当に死にたくなかったーとか
後悔の念だったら成仏させて上げたくはあったが、事情が違う様だ。
幸い、私の元に辿り着くのに全力を出してしまった様で
馬乗りになるリティカ様の亡霊さんは口を動かす事すらままならない。
【対象思念体の凍結及び解析、修復は理論上可能です。
しかし、膨大なリソースと情報量が必要な為修復は現状不可能です】
「……(時間とか力とかがあれば助けられるのかな?)」
【[パーストポータル]からの過去情報の模倣復元。
[レガシーピース]よりのスキル情報の疑似再現などは可能ですが
オリジナルの状態よりは著しく劣化した状態での復元になります】
「……(記憶とか感情は元通りになる?)」
【対象思念体の接収によりコアデータは確保可能です。
パーソナルは最終的には完全な修復が可能と判断します】
私は数度のシステムさんとの問答を繰り返す。
ふむ、要するに元の魂みたいなのが目の前のこの亡霊さんだから
なんとか直せば、あの超強力な聖龍よりは劣るけど
元通りになるってことなのかな? それはありがたい。
正直、私とシステムさんの関係はイケヅキ君達には話せないから
やっぱり、こういった事での協力者は必要だとは思っていた。
こっちの世界の情報とか知ってるのは心強いだろうし?
「……(なーーんてね! そんな理屈、柄じゃないでしょ?
私に取り憑かせたままにする感じでお願い!)」
【受諾。対象思念体の有害ウイルス指定を解除。
データ凍結を開始します。一時的に対象を拘束します】
「……(あ、ちょっとその前に……スキル発動っと)」
そうして、意気揚々とリティカ様を助ける事を決めた。
助けられるなら、助けなきゃ女が廃るってもんよ!
虚空から発光して淡い黄色に光るリボンの様なものが
ゆっくりとリティカ様の体へと巻きついて包帯の様に包まり
そのまま、私の元から離されようとする。
っとと、いけないいけない。折角聞いたのだから、アレを試してみよう。
暫く私の中で居続けるならこれくらいしないとね?
【神秘スキル〘愛念の抱擁〙を発動しました。
神秘スキル〘愛念の抱擁〙がLevel2に上がりました】
「……(お、此処でLevelアップは嬉しいね!)」
「……嗚呼……Aa……#LT“……S……$」
【拘束完了。対象思念体に対して、凍結プログラムを履行します】
「……(それじゃ、また治ったらお話しましょうね。正義の聖龍様)」
私はリティカ様の亡霊を抱きしめてはスキルを発動する。
柔らかい光と共にその今にも崩れそうな体を抱き止めて
自らの光と共に虚空の中で輝いていく。
声を出すのも辛そうだがなんとなく、言っている事は解ったかも?
ま、ソレくらい自惚れてもバチは当たらないでしょう。
最後の最後、目玉がスキルで再生されたのか
仄暗い闇しか無かった眼底には美しい真珠の様な瞳が戻っていた。
「……(さて、まぁどしたもんかな)」
まさかの亡霊とのエンカウントは予想外だったけど
これで時間は潰れただろうか? 後は他に見落としないよね?
そんな事を考えているとふとなんだかからの奥底から
暖かくなっていく様な感覚を覚える。アレ、どうしたんだろう?
リティカ様の亡霊の影響かしら? 何、お土産でも残してくれた?
【現在、外部からの[回復]スキル及びアイテムの影響により
肉体の復元が進んでいます。予定時刻よりも早い段階での
視界確保と頭部の稼働が可能となりました】
「……(お、まじで!? 解った! すぐ戻して)」
【現在肉体と精神体との再接続処理を続行中。
痛覚の一部停止及び、肉体の稼働処理を停止。
運用を頭部のみの限定覚醒とします。
また、本体に何か危険が迫ったと察知した場合
肉体保全プログラムを履行します。宜しいですか?】
「……(はい! お願いー!)」
【肉体との再接続を開始します】
あら、誰か助けてくれたのかな? スルスミちゃんかな?
そんな期待と共に私の仮初の肉体はがくっと力が抜けて
意識は再び暗中へと引きずり込まれていく。
体は経験しているか解らないが全身麻酔みたいなもんだろうか。
ふと、段々と感覚が戻っていくのだが触感が戻った段階で
私の意識は飛び起きそうな程にびっくりしてしまう。
「……(んぐっ!?)」
生暖かい感触が口の中へと入っていくのが解る。
そして、妙に苦々しい。ねっとりと舌先をなぞる様な
肉の感触とざらついた触感は既視感を思い起こさせる。
喉元にはどろっとした液体が入り込んでは舌の根元まで
塗りつけられる様な苦味が更に濃く喉と胃を焼かれている様な
錯覚を感じさせる。端的に言うと苦いし、不味いし、もう要らない。
「……(イケヅk……じゃねぇ!?)」
「お、目醒めたみたいだな」
「良かった! 死んでなかったんですね!」
私が目を開くと思いっきり唇を重ねている相手は!
スルスミちゃんでした! 残念! くっそ、弟と姉に揃って
ファーストとセカンドのキッス奪われちゃったよ!?
何なの私はこの姉弟のペットか何かですか!
視界はにじみながらも取り敢えず、見えてきた顔は
スルスミちゃんでした。めっちゃ近距離だから
びっくりな訳ですよ。まぁ、キッスしてるんだから当然か。
「……な、言ったろ? アタシだと最初は絶対驚いた顔して
お前の方が良かったってのを隠そうとするって」
「ぽぽぽぽっぽぽぽっぽぽぽっ!(めめめっ、滅相もない!)」
「[回復]スキルは僕の方が得意なので姉さんにやって貰いました。
取り敢えず、良かった。意識は戻ったんですね」
意識は朦朧というか別方向からのショッキングさで
軽くパニックにはなっている。馬乗りになっているのは
亡霊ちゃんからスルスミちゃんに代わり口元を拭っている。
やっぱり、あのディープキッスな感覚はスルスミちゃんだったのね。
まぁ、確かに順当に考えればスルスミちゃんが目の前で
イケヅキ君にキッスをさせるなんてありはしないよね。
逆に譲られたらそれはそれで気が引けてしまうよ。
そんなどったんばったんな目覚めを経ながらも
此処が例の大樹の根元だというのは解る。
タワラに運んできて貰ったのだろうね。助かったよ。
よく見るとタワラの傍らには白蛇のトゥータまで居る。
私の体は上半身ぶつ切りの状態で左腕も無いみたいだ。
此処も安全とは思えないが……うーん。状況が解らない。
「ぽぽぽっ、ぽぽっぽぽぽっぽぽっぽぽっぽぽぽぽっ?
(ええと、結局あの後どうなったの?)」
「僕もざっくりとしか解らないんですが」
「族長が森の外の奴を攻撃中だ。ま、見た方が早いだろう」
そう言うと問答無用でトゥータが私の襟首を咥えこんでは
そのまま、ずるずると木の上へと這いずる様に上がっていく。
凄いな、蛇としては対して珍しくない木登りっぷりなんだろうけど
実際に半身程度しか無い私を咥えたまま登れるもんなのか。
後からイケヅキ君とスルスミちゃんがそれを追って支える様に
登っていく。ずるずると視界がどんどんと上がっていく景色は
中々、乙な感じがするのではあるが正直、私の視界に
“アレ”が映ってしまうともうそれどころではなくなってしまった。
「……(うそ、あれって……骨の山が動いてる?)」
第百十四歩「百の英雄譚 Episode11 "太陽の贄"」に続く