第百十二歩「そして、正義は朽ち果てて」
「よし! 〘ケイオス・タール・エルフ〙は全員走れ!
周りの者は逃げろーーー! 飲み込まれても助け出せん!」
リトモさんの掛け声が大きく周囲へと響き渡れば、生き残った
セイレーンちゃんとワイバーンさん達が包囲から離脱し始める。
鬼さん達だけ鎖を掴んだまま取り残されている者が多いが
……どうやら、立ったまま絶命している様だ。
すると私の視界の位置も動かされていく。ふよふよと浮いたまま
体を動かされるのはお人形さんになった気分でなんとも不思議だ。
「……(ずっとこの準備をしてたんだ)」
視界を移動すると今回のスキルの全貌が解ってきた。
斜め上の遠方からだとリトモさん達はリティカ様の背中を
傷付け走っていたのだが、それは幾何学的な魔法陣を描いており
その円の中心からぬらぬらと虹色に乱反射の光を見せる茨が
リティカ様の体から生えては、その肉を喰らう様に縛り上げている。
先程まで必死になって作っていた傷口や広げられた部分へと
茨は体を埋め、何もない白い鱗を肉の下から砕き貫いていた。
遠目から見れば、芽が出てしまったかじゃがいもみたいだ。
「ガッ……ググッ……体が……動け」
「この茨は血肉を啜り絞っては増殖していきます。
一度発芽したが最後、周囲に血肉がなくなるまで増え続ける。
それが体内から喚び出されとあっては、不死身の貴方様でもね?」
そう説明しながらもリトモさん達エルフは背中の上を駆けていく。
ずっと見続けていて解ったが、この茨は呼ぶだけ呼んだら制御は
出来ない様で先程からエルフの数人も追われている――いや、違う。
わざと開いている傷口の方へと茨を誘い込んではリティカ様への
侵食を進めているのか。時折、捕まっているエルフも居るが
他の種の犠牲も考えれば、コレくらいはやって当然って事?
なんというか犠牲前提の作戦過ぎないだろうか、今回。
「これが……誰の入れ知恵……でしょう?」
「おや、俺達の傭兵としての名を忘れましたか?」
「……賢者ロシカですか。彼もま……た吾を」
「いえ、アドバイスと戦略の手伝いを頂いただけです」
「あの人は最初から誰の味方でもありませんよ。僕達ですらね?」
リティカ様は翼をはためかせれば、力尽きた鬼達は鉄の像として崩れ
残った鉄の茨を引きちぎろうとする。だが、中に蠢いている黒茨の影響か
飛ぶことも満足に出来ずに空中をふらふらと浮いた後、再び落下してしまう。
もはや、あの黒茨から逃げられそうにもないだろうか?
そして、これを仕組んだのがロシカさんなの?
リトモさん達はその事については逃げつつもやけに否定をしている。
これから死ぬかも知れない相手にわざわざ庇う理由がよく解らないけど
やっぱりそこら辺は拘りなのかな? わざわざ否定する程に
ロシカさんの信頼はまだ厚いってことなのだろうか?
「この程度……で、吾が……朽ちるなど……」
「やはり、貴方様はそうなんですね。
最期の最期まで足掻き、諦めるということを知らない。
それ故に、だからこそ、此処で一度終わりましょう」
ひょいひょいとエルフ達は迫り来る黒茨を避けて
その先端は勢いを殺す事なく、リティカ様の傷口を抉り続ける。
それでもリティカ様は飛び立とうと翼をはためかせ、足を大きく上げ
周囲へと紫炎の息吹を吐き散らかしながらも足掻く、足掻き続ける。
冷静な口調や見た目の印象とは打って変わってその様子は
執念、妄執、どの言葉で汚そうとしても、清らかに見えてしまう。
「……ガッ……〘パニッ……シュ……〘パニッシ……グハッ」
「まさか、一度肉体を自身のスキルで焼き切るつもり!?」
「再生する可能性がある! ……くっ、止めねば」
リティカ様の朽ちた翼はボロボロの穴だらけになっても尚
光を放ち続けていた。これはさっき周囲へと放った光の雨の奴か!
それに気づいたのかエルフたちは一斉に逃げていた挙動を止めて
リティカ様へと全員で駆け上っていく。シツネ君の言葉通りの思惑なら
一度、全部自分にスキルをぶつけるの? いや、それで再生するって
またどんだけ不死身なのよ。まぁ、現在体の3分の2失いつつも
再生でなんとかなる私が言うのもなんだけども!
「此処まで来て失敗する訳には!」
「兄さん!」
他のエルフは心臓やら足やらを狙って誘導を掛けていたが
炎を吐き散らし続ける頭部周辺は流石に誰も手を付けていなかった。
それを追い続ける黒茨は数人のエルフを突き刺してはそのまま
リティカ様の背中へと磔にしていく。いよいよ、エルフたちの被害も
増えて来た。それでも離脱の動きだけは早いがそんな中
リトモさんが首の方へと駆け上がり、それをシツネ君が追い掛ける。
って、喉笛辺りから既にわらわらと黒茨出てるんですけど!
彼等目掛けて、黒茨は大きく束ねってはリトモさんを追い掛ける。
よく見るとリトモさんは腕をわざと切ったのかぼたぼたと走る度に
その血だまりを落としていって、黒茨を誘い込んでいる様だ。
「シツネ! オマエは逃げろ! 後は任せたぞ!」
「兄さんまだ、そんな事を! 兄さんは僕達の頭領でしょ!」
「それも今回で終いだ! オマエには森でシィナさんが待ってるだろ!」
盛大な口喧嘩というか、この兄弟は[レガシーピース]で
初めて若い姿を見た時からずーーっとこの調子だったのかな?
そんな事をまさかこの決戦の終わり際にやるとは思わなかったけど。
二人とも黒茨を避けながらもリティカ様の首を駆け上っていく。
喧々と叫び合う声はリティカ様の痛みの声で掻き消されているが
まぁ、あの様子なら何を言い合っているかは解るだろう。
後、やっぱりシィナさん待たせてたのか。
「……この……解らず屋!! 〘ブランブル・バインド〙!!」
「なっ! 馬鹿!」
「後は僕がなんとかします! 誰か兄さん捕まえて!」
そう言うと並走していたシツネ君の手から今度は普通の緑色の茨が出ては
リトモさんの足元を掴み上げてはそのまま空中へとぶん投げていく。
セイレーンさんとワイバーンさん達が数匹それを空中で捕獲するのを
見届けるとシツネ君一人が首を駆け上がっていく。
流石に一直線だと速度で負けてしまうのか、黒茨に追いつき捕まってしまう。
何とか引き千切り歩を進めても数歩歩けば再び黒茨は足へと絡みつく。
その様子に気付いたリティカ様は大きく首をもたげては口を開く。
「〘ケイオス・タール・エルフ〙……オマエは……な……ゼッ」
「こういうのに理由も考えも要らない時もあるんです。
良いじゃないですか、漠然と話を聞いて、助けたくなって
その為には殺さなきゃいけなくて、そして自分が犠牲になるのも」
「愚かです。この黒い茨と共に滅びなさ……い。
〘パニッ……シュ……メ――」
「させませんよ。命にかえてもね! 〘パペット・ブランブル〙!」
再び白く発光するリティカ様の体。あのスキルが出る。
そう思った最中、シツネ君の体へと緑の茨が絡みつく様に伸びていく。
それと同時に黒茨も完全にシツネ君を捉えて大きな波を作る様に
襲い掛かる。そんな中、彼は自らの刃をその首筋に当てた。
――そして、彼は自身の首を切り落とし、残った体が首を投げる。
黒茨が投げた首を追い掛ける様にその先のリティカ様の頭へと
襲いかかっては口と目を塞ぎ貫いていく。
視線を戻せば、シツネ君の首の無い体は黒茨へと飲み込まれて
もう跡形も無く、そして頭に集中的に黒茨が覆いかぶさった
リティカ様はその黒茨を振り払おうとしてもままならず
羽と尻尾を垂らしては徐々に動かなくなっていった。
「シツネええええぇぇぇぇぇぇ!!!」
「……(え? 死んじゃったのシツネ君? 嘘!? 此処で!?)」
そりゃ、何時かは死ぬと思っていた。リトモさんが今を生きているけど
シツネ君らしき老人は〈封印の白き森〉には居なかったし
お墓も見た覚えがなかったけど。あ、どうしよう。
私、泣きそう。いや、面識のないエルフさんなんだけどね。
此処まで色々と見てしまって、終いには最期を見るとなると……ね。
「……皆、まだ終わってへんよ!」
「リティカ様……ようやくやなぁ」
この戦いにおいて口数の少なかったワイバーンさん達の声が
ようやく漏れ始めた。その言葉には彼等なりの永い付き合いが
あったのだろう。感慨とか腐れ縁とかもうなんだろうね。
言葉にならない想いが一つ一つ口から漏れている。
そんな言の葉を贈られる先は黒茨に飲み込まれていくリティカ様だ。
あの巨体からもはやおびただしい程の茨が巨大な一つのドームを作る様に
骨を砕き、肉を絞り、血をすする捕食音だけが生々しく静寂の中響く。
「リティカ様……ほんま……ほんま………なっ」
セイレーンちゃん達はさめざめと泣いている。あふれる涙は
もう漫画の様で生き残った者たちだけで必死に抱き合ったり
息絶えた同族やワイバーンさん達に寄り添いながら泣き続ける。
これが勝利と言えるのだろうか? 湖に一度沈め落ちて
冷静さを取り戻させられたリトモさんは膝をついて
その黒茨の塊を眺めていた。シツネ君を見ていたのか
それともリティカ様を見ていたのか、あるいか両方か。
徐々に茨の規模は小さくなっていく。
自分達に伸びようとしてくる分はワイバーンさん達が
紫炎で焼き防いでおり、生き残った者達まで届く事はない。
「リトモよ。此度はご苦労であった」
「……引き受けた仕事ですから。傭兵は金の為ならなんでもします」
「そ、その……弟さんの事はなぁ……すまん、うちらの力足らずや」
「犠牲者は〘ケイオス・タール・エルフ〙だけではありません。
むしろ〘ボーダー・ブロケイド・オーガ〙達はかなり無理を」
「気遣いはいらん。こっちも恩義だけって訳でもないべ」
リトモさんの周りにはセイレーンちゃん、ワイバーンさん
鬼の代表たちだろうか一匹ずつ彼へと言葉を掛けながらも
周りの生き残り達はそのまま押し黙っている。
リトモさんの言葉も震えた声ながら毅然としていて
言葉も背筋も曲がることはなく、黒茨の塊をまっすぐ見つめている。
「ええぃっ! 勝ったのに辛気臭い!
後、悲しいのはちゃんと溜め込んだらあかん!
泣きたい者は泣く! 喜びたい者は泣く! これは種族関係あらへん!」
「そうばい……ウチも旦那が死んで以来やからようやく泣くる」
「そうです……ね」
そう言ってセイレーンちゃんの代表の一匹の言葉に
せきを切ったかの様にその場に居たものがセイレーンちゃん達以外も
皆、泣いた、笑った、喜んだ、悲しんだ。なんでこんな事をしたのか
解らないし、悔やんでいる様にも見える者達も居る。
ただ、誰もこの結果に不満を叫ぶものは居ない。
生き残った事を喜び、死んでしまった事を悲しむ。
鳥も、飛竜も、鬼も、エルフもあの正義の象徴であった
リティカ・ルコネクトと名を付けられた白き聖龍を謀殺した。
コレが……コレこそが彼等リトモさん達の
〘隠蔽されし森人の罪〙って事なのかな?
「……(アレ、コレって)」
私は悲喜こもごもに感情を吐露していく周りの様子を眺めながらも
黒茨がずるずると溶けては残されたモノを見る。真っ白く
地面へと突き立てられたそれは……どこかで見た様な?
【精神干渉を感知しました。対象、[パーストポータル]内に侵入。
コチラへと向かっています。現在、迎撃プログラム展開。
この[レガシーピース]を停止します】
「……(え!? このタイミングで?)」
私は感傷と疑念と既視感が一度に押し寄せているのを咀嚼していた中
突然、システムさんの声が頭に鳴り響いてくる。
それと同時に目の前の光景は黒い闇へと溶けていく中
何やら遠方で光がバチッバチッと弾ける音が聞こえてくる。
何かを突き破る音や銃が発砲したのかの様な光の点滅が見える。
あ、ソレがどんどんと近付いているのかな? 光と音の距離が
大きくなっていく感覚にようやく自由になった私の体が身構える。
まぁ、正直この精神空間でどうしたら良いかさっぱりなんだけども!
【現在、情報干渉及びコチラの累積データを読み込まれています。
[パーストポータル]との切断処理中ですが、相手から再接続されています】
「……(ええと、私に手伝える事無い?)」
【ありません。精神状態の平定と追加命令の自粛で十分です】
「……(あぅ、はっきり言われてしまった)」
初めてだろうか。システムさんが何かと格闘している様に聞こえる。
はっきりと言われた事もそうだが、私がシステム側に干渉する事は
一度も出来た事はないがそれでも何も出来ないのはなんとももどかしい。
ようやく、体も動いた事だし何かしたかったのだけどね。
って、コレはアバターだから本体じゃないか。
絶賛再生中だもの私の生身の方のボディー。
なんか、こっちの空間でもしっかりと動いてくれるから思わず忘れて
しまいそうになる。今、結構リアル世界でピンチなんだよね。
【現在、侵入した思念体への拘束プログラムを敢行中、突破されました。
対応策を検討、施行……失敗しました。再検討します】
「……(システムさんが此処まで苦戦しているなんて)」
【対象思念体を有害ウイルスと断定。ワクチンプログラムを作成します。
現在、施行中……効果確認できず。改良検討開始しま――緊急警告】
「……(えぇ!? 大丈夫、システムさん! 何があったの?)」
【対象思念体が接触します。精神汚染に備えて下さい】
「……(ええっ!? そのなんか凄いのが来るの!?)」
遠くからの光が私へとまっすぐ近付いて来る。
そして、私のその姿に思わず私は目を見開いてしまう。
きっと汗を掻く事が出来たら手汗がびっしょりだったろう。
あのシステムさんがほぼ、敗北を認めた形に等しいその存在は
白い髪に白い素肌、少年の様で少女の様にも見えるその姿は。
「……(嘘……アレってリティカ……様なの?)」
先程まで死闘を繰り広げていた聖龍の人化した姿が今、私に迫っている。
ちょ、待って!? リティカ様の亡霊かなにか来てるって事!?
第百十三歩「目覚めのキッスは苦い味」に続く
〘パニッシュメント・レイ〙[聖属性][範囲]
救世聖龍リティカ・レコネクト以外での使用が確認されていない稀有スキル。
大出力の聖龍の息吹を己の力を持ってして一つ一つを収束、再展開する上に
更には光速で落ちてくるその一撃一撃を綿密にコントロールすると言う
有り体に言ってしまえ、チートスキルと称するに等しいスキル。
このスキルは大変コントロールが難しい為、自身の肉体を含めた
ほぼ周囲の射程でしか放つことが出来ずにコントロール外で余った
エネルギーはほとんど自身に直撃する。
このスキルの真に恐ろしいところは綿密なコントロールと出力の調節により
自身を含めて誰一人、今までこのスキルによる死者を出していない事であり
正に懲罰と戒めの為に肉体を負傷させるだけに用いられている。