第百九歩「混濁する虚ろの中で」
【精神体の致命的な混濁状態を確認。処置を検討、採択。
一時的な干渉を申請。許可確認しました】
システムさんの声が聞こえる。お気に入りの声だ。
口調は平坦だけど、私をいつも助けてくれる。
誰か他の人とお喋りをしたり、一緒に居る時は不安になる程に
静かだけど、それでも私を見守り支えてくれる。
【対象の精神体と肉体の接続を一時的に解除。
引き続き覚醒処置を行います。Level1段階のメンタルショック発動。
効果確認。無反応を確認しました。処置を再検討、採択】
彼? 彼女? いや、そもそも生きているのかすら解らない。
人工知能? 人工生命? うーん、そこら辺はもうSFの領域だよね。
何のために私に囁くのか何のために私の傍に居るのか。
いや、そもそも傍に居るのかすらもよく解らない。
私の周りは本当によく解らないものばっかりだ。
自分もよく解らない、今居る場所もよく解らない。
なんで私がこんなになっているのかすら解らない。
【Level2メンタルショック発動。30秒毎に継続を判断。
一回目の発動、効果確認。無反応を確認】
システムさんが色々と準備はしてくれているんだろう。
[パーストポータル]に[レガシーピース]。
過去の入り口に入り、歴史の断片を拾い眺めて来た私だけど
それでも今を生きる時は絶え間なく疑問の波を打ち寄せる。
逆に何もない時は何もない時で楽園の様なアノ日々であって
普段の疑問を浮かべるという事から目を背けてしまう。
「……」
【再度、Level2メンタルショックを発動します。
二回目の発動、効果確認。無反応を確認】
まぁー、冷静に考えたらさ。人間がどれだけ解ってたのかって話よ。
そりゃ、先人、偉人の積み重ねた歴史のおかげで
自分の居た星も国がどんなのかは多少、教育で解っている。
昔の人なんておらが集落で産まれて農耕したり
もっと前はウホウホ吠えながら狩猟と木の実拾いをしてたんだ。
【Level2メンタルショック発動。30秒毎に継続を判断。
一回目の発動、効果確認。無反応を確認。
Level3への段階引き上げを検討、却下。再検討、再却下】
嗚呼、眠い。とても眠い。全く、怠惰な気分だよ。
うーん、これで良かったんかなぁ? うむむ。
私に出来る事はこれでよかったの? 誰か教えてくれない?
それを聞きゃ良くない? 誰に聞けば良かったの?
そんなの自分で考えなさいよ。普段はホイホイ素直な癖に
肝心な時にどチキンだなぁ、私。そのくせ考えなしに動くのに。
【精神体への呼びかけを提案。検討、採択されました。
現在、呼びかける内容を推敲中、確認、修正、再確認。
提案、内容監査。承認を得られました】
「……」
あー、とにかくこれはなんだろう。走馬灯なのかな?
いや、随分真っ暗っすね。まぁ、走り出したら
お馬さんが自分の尻に頭突っ込む位に短いもんね、私の今生。
ノートにしたら3ページ行くかな? 短えー、ほんっとさ?
セミだってアレ、地下で何年も頑張ってたのに私の今生短えー。
【貴女の選択は常に間違いを孕んでいる可能性がありました。
しかし、選択を迷いし、意志を決断し、行動する事は
事の成否よりも大きい意味があると認識します。
肉体の稼働は可能です。戻ってきて下さい】
「ぽっ、ぽぽぽっ!?(は、はぃっ!?)」
うわわわわっ、な、なにこれ!? ばっちり目が醒めた!
脳みそにずがーーーんっとシステムさんの声が聞こえた。
びっくりだよ! なんか声とか抑揚なくていつもの調子なんだけど。
なんか、びっくり、超びっくり! あ、もしかして起こしてくれた?
いや、なんかごめんごめん。私、死に掛けてた?
【精神体の覚醒を確認。肉体の再構成中につき
現在肉体の稼働を制限しています。
[パーストポータル]用のアバターを現在稼働中です】
「……(つまり、今はいつもの[レガシーピース]観覧モードな訳ね)」
相変わらず私の巨体と白い肌の肉体にワンピースと帽子の標準装備で
えーと立ってる? 浮いてる? 沈んでる? とにかく真っ暗な状況に居る。
まぁ、そうか。普段はあの暗い環境に書割みたいに背景がぼんぼん立って
過去の登場人物も描き足されて立体化される感じだったもんね。
この虚空に漂う感じはなんだか宇宙空間で遊泳してるっぽい?
まぁ、星がないからかなーり不安になっちゃうんだけどね。
しかし、派手に消し飛んだら私の肉体は大丈夫なんだろうか?
一応、システムさんが直してるっぽいがそこら辺も確認する?
おーい、教えておくれーっと。
「……(えーと、しばらく体は動けないのかな?)」
【現在、肉体の再構成は何の障害が発生しなければ
視界を得るだけなら残り約1時間30分、頭部を動かすには更に3時間程
全体の修復には30時間以上の時間を要すると計上されています】
「……(おおぅ、中々の時間経過っぷりだ)」
うーむ。丸一日以上掛かる訳ね。これ、下手したら体直治している間に
色々と終わっちゃうかも知れないね。記憶の最後の方を思い返すと
タワラに荷物として載っけられてあの場を離脱だったよね。
なんか見えた気もするんだけど意識が朦朧とし過ぎて覚えていない。
「……(再生中に攻撃とかされたらどうするの?)」
【肉体の危機が予見された場合、存在保全プログラムを行使します。
肉体との接続を戻したと仮定しても、感覚としての差異修正を
含んでの稼働は著しくパフォーマンスを毀損される可能性があります】
「……(うー、此処は無理に私が動かすといかんと)」
【事後報告になります。対象攻撃被弾時に感覚神経を
強制離脱及び貯蔵生命力の半分を応急再生に使用しました。
現在の効率ではこれが最速です】
「……(解った。ありがとう)」
【最適を模索し、施行しただけです】
システムさんから色々と聞いた結果を総括する。
うん、こりゃ私が私の体を動かしてたらとてもじゃないが
余計に時間が掛かるって事か。それもまた変な話ではあるんだけど
そもそもこの体を自分の体と言い張るのは些か違和感もある。
まぁ、流石に日数は経っているので今更疑い用も無いんだけどね。
「……(解った。それじゃ、目が開けれる様になったら教えて)」
【申請を検討、受諾しました】
ひー、しっかし此処までの事態って事はあの光の柱っぽいのは
ほんっとにきっつい攻撃だった訳ね。よく生きてたよ、私。
さて、まぁ落ち込んでもいられない。最悪目を再び開けたら
焼け野原状態でしたなんてのは十分に想定出来る。
その場合、私がやれることはあるだろうか?
指針としてはまず子供は助けたい。
エルフもそうだけど多分、〈第四勇者軍〉にも居る筈だ。
幸い、私は例の緑髪のおかっぱ少年を例に治療っぽい事は出来た。
となると、まぁー何らかの命を吸って分け当たる系の事はしたい。
その他の大人大勢もまぁー彼らなりにはなんとかするが
それでも私はやっぱり出来る事はしときたいかな?
エルフ達には恩もあるし、あっちの軍隊の人は
あの傭兵のおじさまみたいに話が通じれば良いんだけど。
ただ、向こうがどのくらいのモチベーションでこの森に
敵対しているのかさっぱりさんなので此処は慎重に。
「……(あ、そう言えば[レガシーピース]取ってたよね。
今、見る事は出来るのかな? 体の再生に影響出る?)」
【[レガシーピース]の再生は肉体の再生とは別処理になりますので
観覧は可能です。また、肉体の再生効率に影響はありません】
「……(お、そうなんだ。それじゃ折角だし
今の内に気絶寸前で取得した奴見ちゃおうか)」
私はそんなやり取りをしながらもステータスウィンドウを開き
更新履歴から取得した[レガシーピース] 〘正義の終わる夜〙を
再生する。きっとコレは見ておかないといけない奴だ。
何せあの土壇場窮地で取得した[レガシーピース]。
此処で情報を仕入れられるのは私位、何かの役に立てば!
【[パーストポータル] 〘終焉に向かう正義〙〘隠蔽されし森人の罪〙
に同時接続し、展開します。現在大規模情報取得中。
[レガシーピース] 〘正義の終わる夜〙を再生します。
舞台展開中。現在時刻より地球時間150年程遡ります。
詳しい年月日等は現段階では特定出来ません。
現在、データを読み込み、構築中です】
「……(なんと! 二個同時か)」
今まで[パーストポータル]というの必ず一つずつ
展開時に名前が上がっていったが二つ同時というのは初めてだ。
最初に取得した[パーストポータル]〘隠蔽されし森人の罪〙は
〘セイント・シール・エルフ〙を中心にした森の過去話。
[パーストポータル]〘終焉に向かう正義〙はどちらかと言うと
ワイバーンさん達の過去話と言った印象だ。
その二つが同時ということはなんらかの意味があるのだろうか?
「……(読み込み時間長いなぁ)」
今回、既にシステムさんは大規模情報と言っての通り
明らかに待たされている時間が長く感じられた。
まぁ、真っ暗な空間に待ちぼうけなんてそりゃ待ち時間は
長く感じられるのかも知れないが、なんとも落ち着かない。
「……(うわっ、ひっろっ!?)」
にょきにょきと這い出て来る風景は切り立った渓谷の様に見える。
空間としてはかなり広くて、これはワイバーンさん達が居た
楽園より数回り広くないか? きっちりと切りそろえられた様に
岩壁の上は真っ平らになっており、人工的に削られたのかな?
この領域だけ円で切り取った様にも見える。
そこそこ大きな湖が広がっており、蓮の葉と花が浮いていて
極楽チック具合がものすごい。此処は天国かなにかだろうか?
なんか白く磨かれた石造りの神殿っぽいのが
その中央の湖の中に浮いていて、同じ石で作られた桟橋が
まっすぐに岸からその神殿へと伸びてくる。
空を見上げるとなんだか真っ白くて半透明な薄いドームが
この領域全体を覆っている様で、結界か何かかな?
凄いね……凄いファンタジーな空間だよ、此処!
絶対、なんか偉い存在が居るよね。解る解る、造りで解るよ!
【データ読み込み終了。今回の[レガシーピース]は
視点はコチラでの姿勢制御を用いる形での再生になります。
再生を開始しますか?】
「……(姿勢制御って?)」
【展開される情報が巨大な為、地上からの視点ですと情報量が不足します。
こちらの指定コースになりますが空中視点にアバターを固定します】
「……(と、飛べるんすか。うん、お願いー)」
【[レガシーピース]〘正義の終わる夜〙を再生します。
視点を姿勢制御モードに切り替えます。
暫くは座標がこちらの操作管轄になります】
システムさんの言葉と景色が動き始めると同時に私の巨体は
ふわりと浮き上がってはすぅーっと桟橋の方へと向かっていく。
遠目からはよく見えなかったが黒い肌の集団。
これはアレか。リトモさん達かな? 一人だけ白い布地で
いかにも神官っぽいローブを着込んでいる眼鏡の女性が居る。
案内でもされているんだろうか。その女性の後ろをぞろぞろと
着いて行くが皆、一応に押し黙っている。
「どうしました?」
「……っ!」
「喋って良いぞ」
神殿の方から声がすると同時にそれは見覚えのある姿が一人。
真っ白い肌に真っ白い瞳、真っ白い服を来ており
まるで影と輪郭以外はその神殿に溶け込むかの様だが
確実に存在している。どうやら寝起きなのか
それとも病み上がりなのか、足取りは重く柱に手をついている。
服も以前のごてごてとした法衣とは違い、まるで寝間着か
死に装束の様に真っ白かつ薄い布で出来た服を来ている。
あ、これってもしかしてやばくない? え、これってアレだよね?
「申し訳ありません、リティカ様!
聖域に賊の侵入を許しました!」
「はい、おつかれ~。これ運んどいてね?」
「ぐっ! ……ティカ……まっ」
そういって神官の女性が叫ぶと同時に……この声は
リトモさんの弟のシツネ君かな? 随分、身長が伸びたのと
肌がまっ黒になっている事以外は完全にシツネ君だ。
うう、時間の経過は残酷だね。あんな清純初心そうな美少年の
シツネ君が黒肌で女性を無体に扱うなんて!
みぞおちに一撃入れた後、別の黒肌のエルフに渡しては
案内されていた神官の女性は岸の方へと運ばれていく。
その様子をじっと見つめている。
「〘ケイオス・タール・エルフ〙は確か、補給を済ませ次第
対〘深魔海〙の軍勢に加わっている筈ですが?」
「すいませんねリティカ様。こちとら傭兵でね。
戦が終わっちまうと稼ぎがなくなってしまう。それは困るんだ」
「後、僕達は最初に言った契約通り」
「『自分達に価値のあるモノを多く提示した相手に着く』でしたね。
成る程、謀反……いえ、そんな高尚さは無いでしょう。
“裏切った”と端的に評して問題ありませんね?」
「ええ、構いません」
「……(言っちゃったーーー!?)」
おおおぃぃっ! いつ雇用関係になったのか解らないけど
初邂逅にしか見えない私からすれば、突然の裏切り宣言ですか!
何があったの? お給料足りなかったの? 白い見た目の割に
労働内容がブラックだったの!? そんなベタな!
口調は淡々としつつも明らかにリティカ様の表情が変わる。
冷静沈着の鉄面皮から汚物を見る様に苦味を覗かせつつも
それを胸中に圧し殺す様に冷静さを上書きした様な
高圧的かつ刺々しい態度へと空気が一変した。
「貴方達は聡明であると思っておりましたが」
「はははっ、高く買い過ぎですよ。俺達は所詮、傭兵。
夜の酒と女、明日の朝の飯の為にお日様が出ている間は
殺し続けて食い扶持を稼ぐ。そういう輩でございます」
「聞かせなさい。何を差し出されました」
「女の涙を拭える英雄譚を酒の肴に
子供の幸福な未来という朝餉の好機を知れば
傭兵はそりゃ誰だって武器を手に取るものです」
「稼ぎ時を逃す訳無いじゃないですか。
その端金で走狗の様に殺し回ってるのが僕達ですよ?」
先程から会話をしているのは私の知っているリトモさんと
今は亡きシツネ君なのだろうか? 何処か退廃的で
なんだかすごく言葉の節々に残虐性を感じ
まるでそういった事を楽しんでいるかの様な印象を与える。
けれど、その言葉の内容はどういう事? 女の人絡みなのかな?
なんだか凄い詩的な表現の片鱗が見えるが
簡単にいうと女の人に泣き落とされて、上手く行けば
明日がハッピーって事だよね? 随分緩くね?
いや、案外裏切りなんてそんなもんなの?
この強敵を前にウキウキしてそうなリトモさんを見ると
なんだかどの推察も的外れに思えてくる。
「……(一体、誰に依頼されたんだろ?)」
〘マギカ・ミュータント・セイレーン〙辺りかな?
前の[レガシーピース]では確かに既にリティカ様には
不満がある様にも見えた。順当といえば順当だけどね。
さて、姿勢制御されている観点から私は両者の睨み合いを
まるでレフェリーになっているかの様に立っているけども。
取り敢えず、事の顛末は見守りましょうか。
「ふむ。愚者の見積もりが甘かった様です。
私も他者を見る目は未だに磨きが足りませんか」
「そんな事はございません。
俺達は兎も角、リティカ様も周りの支える人々も傑物揃い。
この機を逃せば、二度と無いでしょう」
「確かに今は[勇者]に力を託し、全力とは程遠いでしょう。
しかし……それだけで勝てる算段がつくとは。
随分と都合の良い数を弾く算盤をお持ちの様で」
リトモさん達が腰から得物を取り出していく。
皆、どれも高そうなきらきらと輝く刃に装飾が施されている。
それでもリティカ様は動じる事など微塵も見せない。
圧倒的な自信なのだろうけど、それほどまでに強い存在なのかな?
「こうやって、反旗を翻した者は貴方達が初めてではありません。
その愚かさは死を持って省みると良いでしょう。
〘セイント・サーヴァント・ワイバーン〙、賊を始末なさい。
一人は生かして、依頼主を割らせます」
そう言って、天を見上げた後、リティカ様が口を開ければ
まるでスピーカーの様に聞き取れない高音を発している。
アレでワイバーンさん達を呼んでいるのだろうか?
すると暫くして空を覆っていた薄い半透明の白い結界が解け
それと同時に紫炎の炎弾が空中からまるで雨の様に降り注ぐ。
「……(随分、派手なフレンドリーファイアだな、おぃぃっ!?)」
そう、それはリトモさん達を狙っていたのではない。
“全ての炎が小さい子供の背丈をしたリティカ様に注がれていた”
第百十歩「正義の終わる夜 前編」に続く