第百八歩「光の柱」
「『再度』『通達します』『〈第四勇者軍〉』『撤退します』
『光を見上げて』『集まって下さい』」
〘霊話〙による呼び掛けが続いている。軍勢事態を引き上げないか
ワイバーンさん達との闘争が終わり、一度戦線を引き直したいのだろうか?
空を見上げて見れば、たしかに森の奥へと飛翔するワイバーンさん達の姿を
時々確認出来ている。大分やられた様だがまだまだ数は居るみたい。
私はスルスミちゃんと共に森の中を駆けていく。
流石、全速力のタワラは凄い早いので私も追いつくのが精一杯かと
思ったが、どうやら私がさっき抱えたおかっぱ少年を目標に
追っているのが解ると、私の速度にタワラは合わせてくれた。
うむ、影は最近薄いが出来た狼ちゃんだ。
「ぽぽぽぽっ、ぽぽぽっぽぽぽぽっ?
(そう言えば、こっちに来た用は?)」
「ン? 嗚呼、オマエラ迎エ二行ッタラ、イケヅキカラ聞イタ。
トゥータジャ遅イカラ、タワラヲ借リテ来タ」
「ぽぽぽぽっ。ぽっ、ぽぽぽっ?(成る程。で、どうする?)」
「アレヲ見テ何ノ情報モ無ク帰ッタラ、次デウチラハ全滅ダ。
見テクル必要ハアル」
そう、さっきみた丸焦げワイバーンさん。アレは恐らくスキルか
何かでやられたのは間違いない。単純に[百英傑]とかそのくらいの
強さなんじゃないかなと推測する。理由はあのワイバーンさん達を
二人がかりでも撃退するのに苦労している二人の[百英傑]の
空中戦の進展を見ているからだ。確かに一時的な打倒は
出来ているのだろうけど、とどめを刺せて居ない様子で
落下しては再び空中へと上がるワイバーンさんも何匹か見ている。
「ぽぽぽっぽぽっ(丸焦げはねぇ)」
「アア、アノワイバーンハブッチャケ、飛竜種デモカナリ上位二属スル
強イ種ダ。野良ノ奴ハモット弱イ」
なんだか、この眼の前のスルスミちゃんやら出逢ったコアタルちゃんと
ラナス君もそうだが、私はいきなり世界の上位種と逢ってばっかりじゃないか?
もっと、こー慣らして良いのよ? 弱いスライムだのなんだのと
徐々に強くなるのを眺めて己の成長とか脅威を知りたかったのに
なんで全員が全員、スタートダッシュ決めてる様な猛者ばっかりなの?
何、この森はラストダンジョンなの?
私は無駄なため息と共にそろそろ森を抜けるのが近く感じると一度止まる。
そして、制止させる様に手を出したのをタワラも見れば止まる。
此処で怒鳴らない辺り、スルスミちゃんと大分信頼が結べてるのかな?
まぁ、若干不機嫌そうなのは見なかったことにするよ!
「ドウシタ?」
「ぽぽぽっ、ぽぽぽぽっぽぽぽっぽぽっぽぽっ……ぽぽぽぽっ。
(私、隠遁スキルあるから……ちょっと様子見てくる)」
「ソンナノアルノカ。アタシハ逃ゲラレル前二シ仕留メルカラ
ソウイウノハ使ワンナァ……マ、頼ム」
「……(よし、隠遁スキル二つを発動っと!)」
【〘気配隠遁〙、〘遮音隠遁〙を発動します。
現在、スキル効果により[隠遁]状態にあります】
うむ、流石のスルスミちゃんのカチコミスタイルは置いておいて
タワラと共に身を潜めるスルスミちゃんを見た後、私はスキルを発動する。
まさかこの図体でスニーキングミッションの真似事をする日が来るとは
思わなかったがまぁ、無いよりはマシ程度に考えておこう。
傭兵のおじさまにも一発で見破られたし、スキルもLevel1だしね。
「……(うーんっと、おお。森の外に人集り?)」
遠目の木々の合間から人の群れが見えて来た。
恐らく、数千人単位でたむろっているので解るが
それでも森からそれなりの距離が離れている。
ううむ、なんというか圧巻な光景だよね。
映画とかニュースでも中々この人数が居る光景って見ないよ?
ライブとか行ったらこれくらいの人とかはあるのかな?
野外アリーナの記憶とかあったとしても今の私だと
その辺りの記憶がごそっと抜け落ちているのでなんとも表現が難しい。
「ぽっ?(んっ?)」
そんな中、ふと足元の感触が変わった事に気づいては
その通り過ごした場所へと振り返る。其処には焼け爛れていく
赤黒い地面と炭になった木々が一直線に並んでいた。
ひぃっ!? 結構森の奥まで食い込んでいる様で先が見えない。
これがワイバーンさんの丸焦げを作ったスキルだろうか?
一直線に何かが放たれたのか、やっぱ魔術とかのスキルかな?
ワイバーンさん達の炎と違って、これは直線的に
何かの炎か熱で焼いた痕跡なんだろうけど凄い威力だ。
地面もちょっと炭化していて熱いし、残り火も見える。
「……(こんなの当たったら死んじゃうよ)」
地面をつまんでみればボロボロとこぼれ落ち、手を黒く汚していく。
対抗手段は無いにせよ、どうやってこの状態を作ったのか調べないと。
そうすれば、回避方法、あるいはそれを理由に
降伏だって出来るかも知れない。だってもしこのまま説得しても
『よくわかんないけど一杯死ぬスキルだから負けを認めましょう』
じゃ誰も首を縦に振らないものね。本来、そういった理性的な一線は
きっとエルフのお爺ちゃん達もワイバーンさん達も超えている。
特にエルフのお爺ちゃん達はこれを目の前で見てる筈だ。
森からは出ずにひたすら茂みの中を人間の群れている箇所へと
迂回しながらも近付いて行くと、その集まりが熱狂である事が解る。
猛る人の声、踏み鳴らす足音、大きく振り上げる拳。
ワイバーンさん達を追い払ったことでの勝利宣言か
あるいは演説をぶって士気を上げているのかと思った。
が、そんな予想が陳腐化する様な衝撃が私の視界へと飛び込んでくる。
「……………………………………………………ぽっ?(はぃ?)」
思わず声が漏れてしまえば、慌てて口元を覆い隠す。
なんだか、大きい[ゴーレム]なのかな? 少しシンプルだけど
お腹が大きく凹んでいて、ドコかであの形状に見覚えがあると思った。
なんだか高く組まれたのは演説台かと思ったんだ。
そう、それらを組み合わせるととんでもない結論になってしまった。
「…………(なんでこんな所でライヴしてはるんどすか!?)」
あまりの驚きと衝撃に私の出身地が行方不明になる。
出身も何も解らない所だらけだが少なくとも京都ではない筈だ。
いや、それよりもね? なんかね“太陽の君”が見えるんだ。
あの褐色の小さい背と綺麗な銀髪もそうだがなんとなく直感で
私にはあの子がそうだという確信があった。
“太陽の君”は舞台で舞っている。後ろの[ゴーレム]の形状
アレは凹んでいる部分は何処かで見たと思ったらスピーカーだ。
うっすらと音は聞こえていたのだがようやく動作と配置の全てが繋がる。
兵隊さん達が手を上げて叫んでいる。熱狂の渦の中、かすかな歌声と
舞の所作の一つなのだろう。ゆっくりと彼が指先を曲げて
外へと放る様に指を伸ばしては顎を上げる。その滑らかな動作と
艶めいた指先に遠目から見ているのにドキドキしてしまう。
ただ、それは瞬時に命の危機に対する胸の高鳴りへとなった。
「……(ってええええ!? 何か来た!)」
そう、まるでスポットライトを浴びる様に光の円が地面へと
浮かび上がってくる。それは太陽の君の指先の動きに合わせる様に
まっすぐと森へと伸びていくのだが、ようやくその異変に気付く。
燃えているのだ。草原の人集り、それを飛び越える様に光が
濃く集まると同時に地面と草を焼いていく。
まるで、その光指す領域が飲み込む様にあっと言う間に
草は炭となってはらはらと風と共に炭粉となって空へと舞う。
アレが、丸焦げスキルの正体か!って気付いたのは良いけど
それがこっちへと向かってくる。“太陽の君”を中心に
扇形に広がるその焼けただれる光の領域は森へと向かって
何重にも増えては放たれていくので私からすると発光する
光の柱がまるで隊列を組んで押し潰す様に迫って来ていた。
「……(ちょっ、コレは無理だっ……逃げな……)」
私はもうちょっと“太陽の君”の舞を眺めたい気持ちを押し殺して
撤退を決意しようとするが――既に遅かった。
ジリジリと迫り来る様に近付いていた柱だったがある一定距離を
越えると、まるで既にその箇所は予め運命づけられていたかの様に
あっと言う間に通り過ぎて、周囲は炎が燃え広がって炭となっていく。
私を追い越す様に光の柱は森の奥へと伸びていく。
―その時、私の体は既に3分の2が炭となっていた
痛いとかそういうのじゃない。もう気付いた瞬間に体は傾いていて
右腕と右胸と頭と残す以外は炭となり崩れ落ちていく。
視界が一気にぐしゃっと言う音とともに落下していく様は
スローモーションに見えたのだけど、その驚きは一瞬だった。
【人体パーツの65%以上の損失を確認しました。
現在、肉体の再構成プランを模索中。
肉体崩壊を防ぐ為一時的に肉体を凝固させます。
最大効率でのプランを検討……再検討、再々検討、採用。
肉体の再構築を開始します】
システムさんを焦らせるとか半端ねぇなおぃ!?
私は思考がびっくりを通り過ぎてもう何も考えられないで居た。
ええと、生きているのかな? 多分、生きてる。
手を動かす事も瞬きも出来ない。不思議なのは帽子が外れない事。
そんな事以外、考える事も出来ずに肉体は放り投げられて
空を眺める事しか出来ない。幸い五感はまだ残っている。
痛みは無いが耳と目は機能しているし、ぱさぱさとした
炭が頬へとくっつく感触もわずかながら残っていく。
「――ィッ」
「……(あ、来ちゃダメ)」
「ウオォォイッ! 生キテルカ!」
「……(格好いいなぁ、まるで物語の主人公みたい)」
炭と化した森の一部の中、タワラに跨ったスルスミちゃんが
駆けて来る。もう一度、あの光の柱が来たら危ない。
うう、今日でこうやって助けて貰うのは二回目だね。
全く、私はそんなヒロインって柄じゃないし
スルスミちゃんも王子様って柄じゃないよねぇ、ほんっと。
けど、スルスミちゃんで良かったかも知れない。
もし、これがイケヅキ君だったら彼は泣いてたかも知れないし。
「っーーー!? 取リ敢エズ持ッテ帰ルゾ!」
「ガウッ!」
スルスミちゃんは地面へと投げ捨てられた様になっている
私を見つけては目を見開いていく。だらしなく伸びた私の右手を掴んでは
背負い投げる様にタワラの背中へと載せてくれた。
私にはもう握力が残っていないのでタワラについている
鞍の様な皮の装具に無理矢理絡め、括り付けてくれた。
スルスミちゃんは併走しながらも革紐の調節していく。
意外と器用なんだよね、この子。やっぱエルフ補正なのかな?
「イ、生キテルカ? 死ヌナヨ? オィッ!」
私はわずかにほとんど体が動けない状態だが頭を
僅かにかくんっと下げていく。多分、私の意志ではない。
たまたま、それっぽく首が走っていく中の振動で倒れただけだ。
う、うん。やっぱり肉体の凝固だっけ? それのおかげなのか
体の痛みは無いが、それでも流石に体のほとんど無い感覚は怖い。
「……(し、システムさん……く、口だけ動かさせて)」
【現在、最高効率での肉体の再構築中です。
肉体の行使は若干の遅延が発生する可能性があります】
「……(ちょっと、ちょっとだけ。お願い)」
【検討……一時的に肉体凝固を中断させます】
私はシステムさんの言葉と共にようやく口を開くことが出来た。
同時に体の中からどろどろと何かが漏れ出す様な感覚に陥る。
あー、これ完全に魂とか体液とか諸々漏れてますわ。
タワラは驚いた様子を一瞬垣間見せるが走り進んでいく様子は変わらない。
やっぱり出来た狼君だよ、偉い偉い。さて、ソレよりも伝えなきゃね?
「……ぽぽぽっ(聞いて)」
「っ!? バカ! 生キテルナラ喋ルナ!」
「ぽっ……ぽぽぽっぽぽぽっ(い……良いから聞いて)」
【言語スキル〘古代エルフ語〙がLevel2に上がりました】
あ、その本当にシステムさんありがとう。
いや、システムさんがやったという訳じゃないんだろうけど
此処で言語スキルのLevelが上がるのはとても助かる。
あー、口の中ぱっさぱさだよ。炭がじゃりじゃりする。
それよりああ、ええと。見たことを伝えないとね。
ええと、なんて言えば良いんだろう。
頭が全然働かない……ってのは前からかな?
「ぽぽぽっぽっ……ぽぽぽぽっ……ぽっ。ぽぽぽっぽぽぽっ。
(踊り子が……光の柱を……出す。ソレが燃やす)」
「ぁ? 踊り子ってなんだよ? って、オマエ言葉が」
「ぽぽぽっ……ぽぽぽぽっ(ちょっと……頑張った)」
「格好つけてんじゃねぇよ! 死にそうだぞ! 大人しくしてろ!」
なんとか口を開く。痛いと言うよりもぎこちない。
なんだかスルスミちゃんも驚いたり泣きそうだったり、怒鳴ったり
この子は表情がほんっと解りやすいよね。きっと誰も騙せない。
まぁ、それは良いや。ええと、そうそう。アレは怖い。
明らかにジリジリと近付いて追い詰めるのもそうなんだけど
多分、発生した距離と角度の関係なのかな?
ゆっくりと広がってたのがびゅっと一気に一筆で書いた様に
光の範囲が広がっていった。アレは初見はもちろん、意識しないと
避けるのは相当難しいと思う。
「ぽぽっぽぽぽぽっ……ぽぽぽぽっぽっ。ぽぽぽっ、ぽぽぽぽっ。
(最初遅いけど……あっという間。だから、出始める前に)」
「くっ……だから、黙れ……てっ!」
「……ぽぽぽっ。ぽぽぽっ、ぽぽぽっぽぽぽぽっ……ぽぽっぽぽぽっ。
(……聞いてっ。多分、踊りと音楽に……合わせてる)」
スルスミちゃんは私の辛うじて残っている右手を握りしめる。
痛い程力強いはずなのだけど、今の私にはそれすらも感じ取れない。
ただ、震えながらも、荒ぶりながらもこの子はやるべき事をやる。
そして、泣きそうになりながらもしっかりと話しは聞きつつ
私の事を案じては黙らせようとする。
矛盾を孕んでいる子なんだけど、それがどれもまっすぐで。
うん、悩める主人公って感じだよね、この子は本当に。
「オマエが死んだら……イケヅキが悲しむだろぅがぁああ!」
「ぽぽぽっ……ぽぽぽっぽっぽぽぽっ……ぽぽぽぽっ。
(それでも……死なれるよりは……良いから)」
「いや、ほんっと……なっ!」
「がうっぅ」
タワラも呆れた様な鳴き声を出す。普段、大人しく静観してるのに
珍しく同意の声を上げるなんてね。ふーむ、こりゃ私相当まずいのかな?
あー、イけない……段々、意識ガ……えート……後、伝エるのハ?
「……って! 何だアレは! ったく、次から次へとぉぉ!」
「ガゥ!」
スルスミちャン、騒ぐ。私、瞳ダけ向けル。
……骨? でっかイ骨が居ル。凄い……山みタイニ……まッスぐ
進んでルノハ森ノ外………アレ……コレ………化け物?
【[レガシーピース]〘正義の終わる夜〙を取得しました】
ア……ウン……コレモ後デ見ナ――
第百九歩「混濁する虚ろの中で」に続く