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第百七歩「そして、ご破算」

「……(よし、システムさん。〘愛念の抱擁〙を使うよー!)」

「くそっ! あの化け物め! 離れろ!」


【神秘スキル〘愛念の抱擁〙を発動します】


 私は木の下敷きになっていたおかっぱ眼鏡の少年を抱き上げる。

顔も青白くなっているし、さっきから呼吸が怪しい。

あんまし、激しく動かしちゃダメから慎重にやらないとね?

中年のおじさまが激しく噛み付いてくる様な言葉をぶつけるが

今は集中しないと。私の体が僅かに発行しつつも

手の中で抱きしめていく少年もその光が伝染していく。


【神秘スキル〘愛念の抱擁〙がLevel2に上がりました】


「……(お、此処でLevelが上がるのはラッキーかも?)」

「……!? あいつは何をしてるんだ?」

「イヤ、知ラン」


 私を纏う光はより一層強く輝きながらも少年を包む。

すっかり顔色も良くなっていった。おじさまもきょとんっとした顔だし

スルスミちゃんもきちんと空気を読んでおじさまへの暴行を止める。

よし、このまま止まっている間に全部済ませてしまおう。

私はそのまま抱きしめたまま、瞼を閉じてはスキルの使用に集中する。

私はちょっと体全体はけだるいし、頭がくらくらし始めたが

これで人間一人の命が救えるなら安いもんだ。


「……うっ……うぇ」

「ぽぽぽぽっ(大丈夫ー?)」

「……? ……うえええあああえっ!?」


 少年が目をぱちっと開けて視線を交わす。

私も私でにぃっと笑顔を作ってみるが……うん、起き上がった瞬間

突き飛ばされてしまった。まぁ、仕方ない。

でかいもんねー、私。き、傷ついてなんてないんだからね!

そんな発破を掛けつつも一安心。四つん這いで茂みへと逃げていく

少年の後ろ姿を見つつもほっと胸をなでおろしていく。


「……助けたのか? おぃ、坊主! 大丈夫か!?」

「は、はい! その痛みも全然なくなってます!」

「どうなってやがる……[妖かし]が人を助けるだと?」

「……(『ちゃんと』『言ったでしょ?』と。コレで少しは話せるかな?)」

「むっまた〘霊話〙か。……むむっ」


 おじさまが茂みへと声を掛ければ、恐る恐る顔を出す少年が

その声に応えていく。うむ、小動物っぽくて可愛い男の子だ。

改めて眼鏡とかこの世界でもあるんだね。

人間であってるのかな? そんな少年の回復振りを見ると

私も無茶をした甲斐があったというものだ。

するとしばし唸っては状況を飲み込もうとしていたおじさまが

刀を鞘へと入れると地面を蹴る様にして整える。

あ、この動作は私もやった記憶があるぞ。


「うむっ、なんぞ解らんが坊主の生命が助かったのは確か!

 此処は一度礼を言わせてもらう!」

「ぽっ、ぽぽぽぽっ(あ、いえいえ)」

「これからどうなるかは解らんが、ありがとう。

 この坊主が死んじまったらおっさんも処分されていた」


 そう言っておじさまは腹から声を出しては

その場でしゃがみ込み、額に地面を付けながらも礼を述べていく。

おお、なんというか武器も含めてなんともサムライちっく。

胡座をかいての土下座はどこか時代劇めいていた。

そして、その場で黙って見つめていたスルスミちゃんは

再び石刀を構え直している。流石に座って土下座している

おじさまに刀を振り下ろす事はないが、それでも戦意は消えていない。

私は目配せで止めようとするが逆に睨み返されてしまう。


「ン、コイツ等ガ木ヲブッコ抜イタンダヨナ?」

「ぽっ、ぽぽぽぽっ。ぽぽぽっ、ぽぽぽぽっぽぽぽっぽぽっ。

(ま、まぁまぁ。上の人の命令なんだから)

「ァー? ソレデモヤッタ事ニハ変ワランダロ!」

「ぽぽっぽぽぽっ。ぽぽぽぽぽっぽっぽぽぽっぽぽっぽっぽぽぽっ。

(そうだけどぉ。男の子は助けられたから、せめて送って貰わないと)」

「ムゥッ……ムゥゥッ!」


スルスミちゃんも激しい唸り声とともに眼光の鋭さは失わない。

ちっと大きな舌打ちと共に鞘は無いが一応、刀を引いて見せてくれた。

おじさまはまだ頭は上げない。ひょっとするとあの少年の逃げる時間を

作っているのかも知れないかも知れないが、少年は腰砕けなのか

それともおじさまを置いていけないのか茂みに座り込んでいる。


「ァー、コイツノ言葉解ルカ?」

「ぽぽぽっ(簡単には)」

「族長達、ジジイ共ハ話サネェ。聞イテクレ。

 コイツ等ハナンデ戦ッテンダ?」

「ぽぽぽぽっ(解った)」


 スルスミちゃんは苛立ちを隠しきれないのかつま先で

地面を何度も蹴りえぐっていきつつも私に話を振る。

ううむ、何時かこういう通訳を求められるかとは思ったが

こんなギスギスな空気でやるとは思わなかったよ。

そして、やはりスルスミちゃんもリトモさん達から

今回の事情を聞かされていなかった様だ。最初は小競り合いか

それとも彼らのプライド云々の問題かと思っていたが

ワイバーンさんまで命を賭しているのはどうにも腑に落ちない。

ということで、私はおじさまに〘霊話〙で尋ねてみる。

私自身も今回の顛末は気になっているしね。


「……(『戦う』『何故?』『知りたい』っと。どっちかに聞き出せれば)」

「ふむ。コチラの言葉はその化け物は解る様だな。

 命の礼には軽いが話すか。おっさんも詳しくはねぇがな」

「ぽぽぽぽっぽぽっぽぽっ(話してくれるって)」

「オゥ、解リ易クナ?」

「ガウッ!」


 後ろでタワラも吠えてはおじさまとおかっぱ少年を牽制する。

ううむ、冷静に考えるとコチラは形勢的に見れば

結構有利な状況なのかな? この森に辿り着いてからは

そんな状況になった事がないからおじさまが素直になったのが

ピンと来なかった。まぁ、何にせよおじさまは話始めてくれる。

特に渋々と言った様子もなくて明るくハキハキしているので

こちらも言葉が大分聞き取り易い。こういうのも経験からなんだろうね。


「おっさん等の雇い主“銀仮面の君”率いる〈第四勇者軍〉は

 この森には恐ろしい化け物が居ると踏んでいる。

 おっさんはお嬢ちゃんかと思ったがどうにも違うらしい」

「ぽぽぽっ、ぽぽぽっぽぽっぽぽぽっぽぽぽぽっぽぽぽぽっ。

 (えーと、化け物が居るから退治に来たらしいよ)」

「化ケ物ナンテ居ネーヨ。飛竜ナンテ、珍シイカ?」

「……(『それは』『飛竜ですか?』っと)」


 私はおじさまとの会話は〘霊話〙を用いていく。

最初に〘霊話〙でコンタクトを取ったのもそうだが

スルスミちゃんは話の流れでニュアンスが解ってくれるが

初対面のおじさまにそれを求めるのは酷だ。

なので、単語で的確に言葉を伝えていく必要があった。


 スルスミちゃんの言うとおり、その化け物というのが私以外だと

やっぱり楽園に居た〘セイント・フリード・ワイバーン〙位しか

他に候補は居ない。タワラもトゥータなどの[使役魔獣]も

まぁ白くてでっかいが、それでも蛇と狼で特段珍しくも無さそうだし

飛竜すら珍しくないのなら尚の事あの子達も一般的なのだろう。


「いや、違う。野良飛竜が居るなんておっさん達は聞いてねぇ。

 むしろ、エルフの爺共が匿ってるって話しだった」

「ぽぽぽっ、ぽぽぽぽっ(えーと、族長達が誰匿ってる?)」

「ンナノハ知ランシ、見タ事ネェナ。ムシロ、オ前ヤ[百英傑]位ダ。

 コノ森二最近踏ミ入ッタ他所者ハ」


  うーん、どうにも腑に落ちない。わざわざ飛竜狩りに来た割に

装備やら人員がソレ向きとは思えない。おじさまも強そうだし

[ゴーレム]も挑発には役立ってるがワイバーンさん達には無力だ。

そう考えるとおじさまの『聞かされていない』と言うのは

信憑性があるし、スルスミちゃんが言う通り

この森に私と前に戦ってしまった[百英傑]のラナス君と

コアタルちゃん位しか確かに外から客が来たと言うのは見ていない。


「……(『居ない』『化け物』『多分』っと)」

「となるとあっちの噂臭いな」

「ぽぽぽっ?(あっち?)」

「傭兵には〈第四勇者軍〉は死の軍団って噂があってな。

 まぁー、運用としては定石なんだが、傭兵があそこに入ると

 ごそっと死ぬんだ。それだけヤバイ奴を退治してるんだと思うが」

「……(『今の事』『エルフ』『説明する』っと。一端整理しよう)」

「おぅ、頼む」


 私はこのおじさまの言った言葉をスルスミちゃんに説明しながら

今までの顛末を説明する。まぁ、本来、兵隊さんがどこまで

戦の意味だの意義だのを考えながら戦ってるかってのもあるし

まして、傭兵なら聞かされているのも最低限だろう。

スルスミちゃんは当然、考えた素振りを見せたが

全く知恵が出ていない様子だった。うん、私は大人だから

其処は触れないでおくよ? 私も解かんないしね。


 おじさまの話も変な話だ。そりゃワイバーンさん達相手なら

並の歩兵やら弓兵は全部丸焦げになっちゃうだろう。

目の前で焼肉してる所を私は見ているから彼らの火力

そして、戦闘能力が高い事はなんとなく解る。

でっかいは強い。それは自然の理であろうしね。


 結局エルフ一人、化け物一体、人間二人、狼一匹が

唸った所でそれらしい『戦いの理由』は見つからなかった。

うーん、この規模の人数を動員してまで“銀仮面の君”は

面子かなすべき目標があるのかな?


「ぽぽぽっぽぽっ、ぽぽっぽぽっぽっ?

 (とりあえず、この子は返そう?)」

「ァー……マァ、今更ガキ殺シテモナ」


 ま、それは置いといても此処では見逃す事は決まったのだ。

上からは頻度は高くないがワイバーンさん達が落下しては

森の木々を圧し倒している音が遠くから聞こえてくる。

こんな状況で閃く方がそもそも異常だし、ということで

ちゃっちゃと男の子は返そう。[百英傑]って訳でもないのに

なんでこんな無力そうな男の子を連れてるんだか解らないよ。


「一個ダケ伝エテクレ」

「ぽぽぽっ(どうぞ)」

「次、森デ遭ッタラ殺ス」

「……(ええと『森の中』『見逃すの』『今回だけ』っと)」

「うむ、ありがたい! 感謝する!」


 スルスミちゃんの恐らく、口調と睨みつける仕草だけで

十二分に伝わったであろう脅し文句を私は丁寧にアブラートに包み

〘霊話〙で伝えていく。おじさまは再度深々と地面に額を付ければ

起き上がり額についた土を払っていく。コレで一時解散だ。

茂みの中の少年を連れては森の外に出ようと走り出した途端

ソレは轟音と共に落ちてきた。


「……っ!? 坊主、伏せろ!」

「ヤベッ! オマエ! 後、タワラモ伏セ!」 

「ガルッ!」


 まっ黒に焼け爛れて落ちて来た瞬間に炭となって砕けた

ワイバーンさんだった。その死体は尋常ではない。

完全にミイラの様に水分は蒸発し、まるで強火のオーブンに

放り込んだまま放置したかの様な丸焦げ具合である。

絶対焦げ過ぎてオーブンの掃除が大変な奴だコレ!


 うう、ワイバーンさんの死体は見慣れたと言う訳ではないが

あんだけでかい爬虫類が死んでるというイメージがまだ付かず

それ故になんとかそれを見ない様に会話のやり取りを

していたのだけどね。いざ、こうやって『もう助かりません』な姿を

晒されてしまうと言葉が出なくなってしまう。


「……ナンダコリャ!?」

「馬鹿な!? まだ、味方が居るんだぞ!?」

「え、キョーゴクさん!? コレってあの人のスキルですよね!?」

「ぽぽぽっ!?(これ何!?)」

「……っ! 悪いがおっさんは雇われの身。色々喋ったが

 コレについて言うのはおっさんと坊主の命が危ねぇ!」


 何か聞き出そうと少年とおじさまの方を眺めるが

先に先手を打たれてしまう。流石に聞きたがっているのは解るか。

うん、単純にこの威力は軍事機密ということなのだろう。

数分の沈黙の後、まるで蜂の巣を突いたかの様に

今いる登場人物だけで大パニックの様相を呈してしまう。


 初見である私やスルスミちゃんは勿論のこと

おじさまやおかっぱ少年まで慌てている様子と言うのは

これは本来、味方も巻き込むかも知れない危険な攻撃なのだろうか?

うぇ、確かにワイバーンさん達は脅威なんだろうけど

味方事やる程相手の軍隊は劣勢なの?

その割にはまだ[百英傑]の二人は空中で戦闘を続けているけれども。


「すまん、感謝はする! だから、生き残りたきゃ早く降伏しろ!

 このスキルをぶっ放し始めたって事はもう終いだ!」

「あ、えと。すいません! ありがとうございました!」

「チッ! ドウナッテヤガル!」


 足早にその場を去ろうとするおじさまは茂みに隠れ続けていた

おかっぱ少年の腰を引っ掴んでは走り始める。

おお、お荷物感覚で身軽だし、おじさまも腕力と脚力が凄い!

そんな驚きを他所に遠くからはワイバーンさん達の悲鳴に似た

鳴き声が響き渡っている。コレは空中戦に勝負が付き始めたか?

私はスルスミちゃんとどうしようかと視線を向けようとしたら

既に森の入口付近へとタワラを呼び付けては走っていく。

このまま、様子を見に行くつもりなんだろうか?

こ、これは不味い。折角拾った命だがスルスミちゃんが

死んだら本末転倒だよ!? 私は必死に後に着いて行って走る。

そして、そんな中ふと私の中に響く声があった。


「『〈第四勇者軍〉』『撤退します』『光を見上げて』『集まって下さい』」


 そう、その〘霊話〙は無差別に森全体に響いているのかも知れない。

そして、何よりもその声に私の思考はすべて止まり

その主の顔を脳裏に浮かべていく。


「……(この声は……“太陽の君”!?)」

           第百八歩「光の柱」に続く

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