第十歩「美少年エルフの食レポ」
「ぽぽぽっーーー!?(なんだこれーーー!?)」
私はびっくりしている。ほんと、マジでマジで。エルフ君の腕を掴んだと同時に
喉に、お腹に、脳に、ものすごい栄養が入ってくる感覚に襲われる。
これはそう、例えるなら甘みの抑えたビターチョコレートに
砂糖控えめの生クリームを載せて頂いている様な感じだ!
ほんのり甘く、それでいてくどくない幸福感はたまらない。
噛みごたえこそはないが、口の中に溢れている唾液はナニかを飲み込む時と同じ。
それと共に爽やかな甘味が乾いていた喉を潤す。なんて中毒的な味だろうか?
さっきの川の水とはまるで比べ物にならない。やっぱり、甘味は必要だ。
「……ハ■……■テ」
【〘セイント・シール・エルフ〙の少年を倒しました。経験値96獲得。
怪異称号〘少年狂愛〙により経験値が384に増加します】
ぁ!? しまった、なんかエルフ君がすっごいぐったりしている!?
ってか、システムさん的には私、このエルフ君を倒してしまったのか!
これヤバイんじゃないだろうか。顔も青ざめてるし、唇の色も青白い。
誰だ、誰がこんなひどいことを!? 私か!? む、あれ、なんかこれ?
「ぽぽっ!(危ないぃ!)」
小さな気付きがあったのだが、それを打ち消す様に力なく倒れるエルフ君は
ずるっと枝から落ちそうになっている。慌てて、掴んでいた腕に力を込めれば
そのままひょいっと持ち上げる。おおぅ、腕力パネェな、今の私。
取り敢えず、このまま掴んで木の根元に下ろしてあげる。
エルフ君は意識を失っており、瞼を閉じたまま寝込んでいる。
寝顔がとってもキュートなので据え膳状態である。唸れ、私の理性と平常心!
「■■ヅ■――――――! ダ■■■ウ■―――!?」
「ワオぅウッーーー!!
む、なんか狼の鳴き声と……ぁ、やばい。
こう森の奥から、ものすごい焦ってるっぽい女の人の声が響いてくる。
何を言ってるかは解らないが恐らく、このエルフ君を心配しているのだろう。
いかん、こんなん事件現場じゃん。デカイ化け物女にぐったりしてる少年エルフ。
事案不可避ですよ!? え、え、私、捕まるの! お、お巡りさーん。
【〈封印の白い森〉は日本国の警察機構の活動範囲から外れています】
ぁぅー。システムさんに突っ込まれてしまったと言うかそういう知識は
判定範囲に入っているのか。よし、お巡りさんに捕まらないなら安心だ。
……って何も安心できないよ!? どうしよう、私は言葉解らないし
ジェスチャーで伝えようにもう自分がやった事には変わらないじゃん!?
これはまずい、まずいですよ私。と、とにかく、私が近くに居ると
このエルフ君は周りが警戒して救助に来れないという理屈で逃げる!
狼がまた出る様なら睨んで追い払うとして暫く遠目から観察しよう。
私は伝承スキル〘少年渇望〙の名前を思い浮かべつつも離れていく。
なるほど、エルフ君は音こそはしないがピコーンピコーンっと頭の中で
存在を発信してくれている。一応、まだ生きてるんだろうか?
離れるほどその音は小さくなるが音の方向は解る。
私はスキルの音を頼りに、気付き辛くなる範囲まで離れる。
このくらいまで隠れていれば、問題無いだろう。
狼から隠れる時と同じ様に口を塞いで音を立てない様にしている。
多分、スキルの〘気配隠遁〙と〘遮音隠遁〙は発動してるだろうか?
片手でウィンドウを開く。時間つぶしというかもう作業してないと落ち着けない。
あ、ウィンドウの端っこで発動中スキルの項目を発見!
どうやら、〘少年渇望〙含めて3つ発動中の様だ。
「……(うーん、項目が一気に増えたなー。どれから見ていこう)」
取り敢えず、私はこの原因となった怪異スキル〘魂を削る愛撫〙の項目を開く。
字面だけでなんとなく想像は付くがさてはて。
【〘魂を削る愛撫〙Level1 [怪異][接触]
手で触れた対象から生命力を奪うスキル。射程及び範囲が掌の接触を
必要としているがその分、即時発動させられ威力が高い】
なるほど。うっかり発動させてしまったが、エネルギー吸収的なノリか。
つまり、触った相手から命を吸っている……ってエルフ君大丈夫!?
え、死んでない? うっかり殺人ってかなりのうっかり度合いだよ!?
裁判とかあったら絶対に情状酌量出来ないレベルだよ!?
【殺害人数確認。現在、人類及び亜人種の殺害人数は0人です】
おぅ!? し、システムさーーーーーん。良かったよー、ほんと良かった!
エルフ君生きてる! 私は殺してない! 一応、それだけでも今は喜ぼう。
私は木の物陰に隠れたままガッツポーズを取る。殺ってないからやったぜ!
しかし、亜人類って事はエルフとかは人類とは別カウントなのか。んー?
ドコまでが亜人類なんだろうか。私は亜人類じゃないんだよね?
カテゴライズがよくわからないなー。まぁ、些細な事なんだけどね。
そして、そんな一喜一憂をしている中、エルフ君の気配が移動しているのが解る。
あ、誰か救助に来てくれたのかな? 少し近づいてはそろーりと先ほどの
木の根元を見ると同族らしいエルフの女性がさっきのエルフ君を介抱している。
良かった-。狼さんだったら襲われていただろうし、助けに入る必要があった。
そこで私はちょっと迷う。ココで伝承スキル〘少年渇望〙を使って
このまま、エルフ君の住処まで追跡するという手がある。
出来れば里なり集落が解れば、接触が今後しやすくなるが
反面、その際に私が見つかって捕まる、最悪退治される可能性もある。
エルフ君が最初に私を見つけていたという事は他のエルフも
当然、私を見つけられるということだし、向こうが多人数なのは確実だ。
「……(仕方ない。一旦諦めよう)」
私はチキンな判断をする事にした。言い訳としてはさっき発現したスキル関係。
それらの情報を素通りして今に至る訳で、これを見返さないとヤバイ気がする。
うっかり、吸い取り倒してしまったスキルもそうだ。
これで下手にスキルが発現して、誰かを殺めたりしたら取り返しがつかない。
むしろ、今のこの状況で済んでいるのはラッキーな方だ。
「……(エルフ君。そのごめんなさい)」
取り敢えず、さっきの川岸へと戻ろう。
魚もあるし、今の私はどれほどの脅威となってしまったのか確認しないとね。
私は森の中を〘気配隠遁〙〘遮音隠遁〙を使いながら歩いて行く。
しかし、森って言っても都合よく木の実とか落ちてない。
そりゃ、野生の動物さん達が先に食べちゃうのは当然といえば当然か。
私はさっきの川岸へと戻ってくる。飛び跳ね回っていたが意外と
すんなりと元の場所へと帰れたのは自分でもびっくりした。
さっきのスキル発現ラッシュで化け物度が上がってしまったのだろうか?
うう、なんかアレか。やたら、サバイバル能力が低い割に
対人系のスキルだけ伸びと揃いっぷりがいいんだよね。
多分、これは種族的にというか〘八尺様〙という存在がそういう傾向なんだろう。
今まではエルフ君みたいな人型の存在とまったく逢ってなかったから
本当に無能な長身女だった。だが、さっきのアトラクションばりの機動といい
本来はそういう化け物としての動きの方が、この体に合っているということだ。
「……(んな事言っても、別に私は化け物なんてやりたくないよ)」
私は大きなため息を吐きながらも、さっきの定位置になりつつある石に座って
再び己の確認をする事にした。うん、なんか謎のルーチンを感じる。
ただ、項垂れて滅入っていても何の解決にもならない。気持ちを切り替えていこう。
「……(うう、取り敢えずこの〘怪異称号〙ってのを見よう)」
項目が鍵付きになっていてほんと良かったよ。いっぺんに覚えられないもん。
第十一歩「怪異として」に続く
〘ピューマ・アイ〙[身体強化]
豹の目とも呼ばれる狩人などが主に取得する身体強化スキル。
動体視力と視力を強化するスキルで対象の動作を追視するのに使用され
街中や森林などで役立つ事が多く、使用者が動くと効果が低くなる。
似たスキルで〘ホークス・アイ〙があるが
こちらは高速移動中に行動したりする目標を追視するスキルで
グリフォンやハーピィ等、飛行する種族が取得している事が多い。