表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

109/127

第百六歩「語彙力低下」

―ヤバイ、まじでヤバイ


 いや、おっさんもね。別にもう若く無い訳なんすよ。

傭兵キンド・キョーゴク。この稼業を始めた年齢と同じ位

もうずーーっと殺したり殺されそうになったりしてる訳。

これでも落ち着いたナイスミドルな訳ですよ。

それがもー、なんかちゃらっちゃらウェエエエイな若造みたいな

感想が出るなんて恥ずかしくて仕方ない訳なんだな、ほんと。


 ただ、ヤバイ。現状はとてつもなく端的にヤバイ。

コレはおっさんの頭が悪い訳では断じて無い。ほんとだぜ?

それを丁度説明してたのが昨晩だ。時間を半日位戻す。

おっさんがあのガキエルフに投げ飛ばされた襲撃も終わり

いよいよ、明日の段取りも決まったってテントの中で

坊主こと〘ゴーレム・オペレーター〙のリーマ・チェワードに

薬草湿布を背中に張られながらも愚痴と講釈を垂れていた。


「しかし、なんなんです? 賢者の学び手ロシカ・スチューデントって」

「あぁ、伝説の傭兵集団でな? あいつ等が気張り過ぎて

 もうおっさん達ふつーの傭兵はお払い箱になったのさ」

「どういうことです?」


 おっさんは爺さん連中から恨み節の様に聞かされた話を

今でも思い出す。傭兵は〈ケントゥリオ勇国〉にも昔は沢山居た。

常備軍ってのは金も掛かるし、戦う以外の事をやらせるとなると

育成や教育に時間も掛かるし、手間がクソ掛かる。

普段は農民やらせとくか?ってのだとあんまし意味がねぇ。

単純な戦力としてはそりゃ日頃は鍬や斧振ってる奴らや

狩りしてる奴だって遜色は無いさ。


 しかし、意識や連携行動、規律だ士気だのって話になると

多少なり“解ってる奴”と“ソレしか能が無い奴”が扱い易い。

傭兵は実際は裏切るし、逃げ出すしだったが頭数揃えるにゃ十分だ。

そう、そんな便利な捨て駒すら要らなくなった時代があったんだ。


「くだくだ長く語ってもあれなんで解り易く言えば強過ぎた。

 んで、忠義はないからよっぽど悪どい事してねぇー限り

 高い金で雇う所に転ぶ。品行方正に貢げってのが信条らしい」

「なんだか、余計揉めそうですけど?」

「揉めねぇさ。結局、あいつ等を雇った所が勝つ。

 金策に領地経営に精を出して金を積まねぇと勝てない。

 んで、金を持つと金を失いたくなくなるから、下手な喧嘩もしねぇ」

「金持ち喧嘩せずって奴ですか。平和そうですね」


 そう、ある日突然、古の賢者様が貴族連中に傭兵を売り出した。

出来高払いと身辺調査が必要だがまぁーべらぼうに強いらしい。

相手の[ゴーレム]はぶち壊すわ、城や砦はあっという間に落とすわ

暗殺となれば、その日の夜に対象と側近連中含めて次の日は首の

山を作って来る。噂に尾ひれが付いたか、そういう伝説を賢者が

でっち上げて貴族から金を巻き上げたか。

昨日まではおっさんはそんな認識で賢者の学び手ロシカ・スチューデント

バカにしていたのだが、実物に投げ殺され掛けた訳ですよ。


「あはは、そうなりゃ良かったんだがな。

 結局、傭兵なんて腕っ節と殺して稼ぐ事しか考えねぇ連中だ。

 この国で仕事がねぇなら他所の国に行く。

 そして、経験のある傭兵がごろごろ居るってことは

 ソレを使おうと野心が疼く。結局どこでもそーなっちまうのさ」

「あー、なんか荒れてた時代があったと聞きましたが」

「結局、流れ着いた傭兵使ってドンパチしたくなっただけだな。

 ま、おかげでたんまり稼がせて貰ってた訳だ」


 おっさんの先祖が傭兵になったのは別らしいが少なくとも

この国を離れた理由はその〘賢者の学び手ロシカ・スチューデント〙に違いない。

まぁ、ある意味隣国が荒れたおかげでおっさんが生まれる位には

稼業として成り立ってくれた。こうやってこの歳でも

刀を振るう場所に困らねぇってのは助かるもんだ。

〘深魔海〙も居るおかげで武力自体はいつまでも求められる。

ひでぇ時代にはひでぇ奴が生きる様に出来てんだよな、悲しい事にな。


「それで、結局[百英傑]二人はその〘賢者の学び手ロシカ・スチューデント〙にやられたんですか?

 まぁ、僕は見てませんけど、かなり強そうなのはわかります」

「うんにゃ、聞いた話だと違う。なんでも女の化け物らしい。

 多分、おっさんの勘だとありゃ[妖かし]だな」

「[妖かし]……西の島国に居る化け物でしたっけ?」


 そして、話はおっさんの血族の話に移る。

こっちは稼ぎとしては[魔獣]駆除と対して変わらんが

それなりに重宝されている。おっさんがこうやってふらりと

国を跨げるのもそういった需要もあって東西南北どこでも

仕事になるからだ。ま、持ちつ持たれつって奴なのかね?


「ああ、こっちでいう[精霊]や[妖精]に近い。

 畏怖や恐怖、不安に魔力がくっついて体を為す。

 そして、一番厄介なのが女の姿をした[妖かし]だ」

「女の姿の? なんでです?」

「女の姿ってのは単純に油断はするし、男は甘くなり

 そして、子供も無防備になっていく。

 要するに“そういうもん”だと人を理解してやがる」

「……うー、なるほど」


 そう、そんなおっさんの飯の種の一つである[妖かし]。

人の心情を理解し、人情を装い、同情を誘い、劣情を煽る。

情け容赦無いってのは実に恐ろしい事でな?

息を吸う様に嘘を吐く、人や亜人類以外がどれだけ害悪か。

坊主に言った様に戦略的に美人の女の姿を得る奴は特にヤバイ。

理解し、利用するって事を覚えたのなら後は経験と

能力を活かしていくとドコまでのし上がってくる。


「〘妖かし殺し〙って言う専門の一族が古くからあってなー」

「西の島国出身でしたよね」

「おっさんのご先祖もなぁ。そりゃまぁー酷い目にあった。

 [妖かし]用のスキルや武具やら色々使ったもんさ」

「そうなんですか?」

「おう、おっさんも一応会得してるぞ。コッチでも出るからな。

 まぁ、大抵は[アンデッド]やら[死霊]とかと区別が付かんけどな」


 ただ、こっちの国というか大陸側ではやっぱり[妖かし]は

イレギュラーな存在って事でな。そもそも、被害にあった事すら

解らずにやられちまう。なんでも力やスキルを行使して

屈服させるのがこの地域では多くて絡め手をするのは珍しい。

結局は〘深魔海〙の縄張りに引き篭もってる所為かねぇ?

おっさんの背中に伝わる冷たい塗り薬と共にしみじみと感じ入る。


「いいか、[妖かし]なんてのは人を騙し、怖がらせる為に

 存在が出来てるよーなもんだ。見つけたらぶった斬る。

 下手に喋らせたり、同情すると惑わされる。放って置くと

 自分ひとりでどうこう出来る範囲じゃなく被害が出るぞ」

「そんなにですか? ただの[悪魔]みたいなものですよね?」

「単純に肉体が強いとかスキルが強いってんじゃねーんだ。

 確実に一つの目的を為す為に存在してるから

 一度やられ始めると、あっという間に国一つ飲み込まれるぞ」


 だから、坊主にはきちっと念を入れていかねぇと不味い。

〘ゴーレムオペレーター〙の手隙な奴は少ないから

まさかこんなガキまで連れて来る事になっちまった。

まして〈第四勇者軍〉なんて国威啓発も兼ねている軍で

子供を見殺しになんて一大事だ。戦闘で巻き込むのは勿論

うちの軍でその[妖かし]に狙われる雑兵はリーマを含めて

数人居る少年の〘ゴーレム・オペレーター〙だろう。

故に担当の警護部隊は死ぬ気でこの坊主を護らなきゃならんのだ。

全く、傭兵の仕事かねぇ? とてもじゃないが柄じゃねぇや。


「あれ、それって昔、聖龍が滅ぼした国も[妖かし]が?」

「あー、おっさんの先祖はあの時この国には居なかったが

 アレはどーも違うらしい。つーか、おっさんからすりゃ

 [妖かし]もそうだが、滅ぼした龍や飛竜の方がこえーよ」

「龍がですか? ええと、昔はこの国の守護をしてた位で

 危険性ってのはあまり感じたことはありませんが」


 そして、話は飛び火する。ま、管を巻く様な話なんてのは

大抵こんなもんだろう。話の目的はなく、話を続ける事が

目的になるなんてのはよくある話。女を口説くのと変わらん。

別にこの坊主を口説いてる訳じゃないがな。


 貼り終わった湿布をあまり布で固定しつつも

文字通り、飛び火した飛竜へと考えを巡らせていく。

此処の地域と他国では実は飛竜に対して決定的に認識の差がある。

なんでも物珍しく人間や亜人類を保護してる龍が

そりゃー、うちらが産まれるずっと前の大昔から

この地域を仕切っていたらしい。西の島国でも龍信仰は

全くない訳ではないがはっきり言っちまえば

此処の地域の龍信仰は異常だ。龍なんざ信じるもんじゃない。

たまたま此処の龍が気が狂った変わり者だ。

平穏と平和なんて求める嗜好なんて異端過ぎる。

それを心理に刷り込まれて、居なくなって百年以上経って

産まれたガキですらこんな無抵抗の意識を根付かせてやがる。


「んーとだな、飛竜ってのはアレは要するに蜂と一緒だ」

「えー、蜂とは違うでしょう?」

「いんや、龍を女王にして、切磋琢磨する働き蜂だよ」

「うーん。まぁ、それは似てますけど」


 イメージに囚われているっていうのは危険だ。きっと坊主を始め

此処の地域の連中は飛竜種=正義の執行者って事になっていた。

此処百年はそのなりもすっかり引っ込めて

今だと[天使]だか[天女]が広めているのが定着しつつあるが

それでも昔ながらの習慣としての龍信仰は未だに根深い。

だから、まず龍だと意識せずに別のモノに置き換える。


「それにこの地域に居る龍が人間や亜人類の味方だったが

 あいつ等は自分達だけが通じる言語で一切交渉をしない。

 龍もべらぼうに強い上に大抵は一番奥で指揮を取ってる。

 これがどういうことか解るか?」

「ええと……? ちょっと」

「龍が方針一つ変えれば人間を殺すのに躊躇しない。

 交渉も命乞いどころかそもそも話も通じない。

 全体の方針を握ってる奴は一匹で

 個体としても強い上に人前に姿を出さない。

 その間、飛竜達は終わるまで命令を実行し続ける」

「…………うわぁ」


 そう、龍の善悪とか嗜好はこの際関係無い。問題視するのは

飛竜種における絶対的に覆る事がないと言われている封建意識。

龍は飛竜達の王であり、命令一つで生命を賭して実行する。

人や亜人類と交じらう事を拒否し、自分達の独自の言葉だけで

時々人里に来たと思ったら無理難題を携え、力と数を背景に

交渉主は表には出さぬまま、希望をゴリ押していく。

それが他の地域における龍と飛竜の大まかなイメージだ。

当然、討伐したい位に迷惑だが討伐出来る奴がそもそも居ない。


「解ったか? 確かにその滅んだ国はやばかったかも知れないが

 ヤバイからって実際に滅ぼすまで一人残らず殺す事を

 “実行出来て、誰も止められない”事が一番怖いんだよ」

「そう言われると確かに」

「この国の昔は龍の箱庭で人と亜人類は愛玩動物みたいなもんだ。

 まぁ、龍自体もこの箱庭を気に入ってたのかも知れないし

 実際に平和は担保されて奇跡みたいなもんだったんだろう」


―そう、これだけおっさんは子供相手にご高説を垂れてた訳だ。

 そして、昨日のおっさんが今の現状を見たら吹き出すのは確定だな。


「ちっ、昨日のガキエルフといい、今日の飛竜といい

 なんでこの森の奴はこんなヤバイのしか居ねぇんだよ!

 どんだけ魔境なんだよ、ここは!」

「■■セ■、ク■■! 死■■セ!!!」


賢者の学び手ロシカ・スチューデント〙の伝説。

うん、目の前で殴り合ってるこの雌エルフは確実にその血族だろう。

昨日のガキエルフ共よりも弱いが、それでも半年か一年

みっちり仕込んだらあっという間におっさんを追い抜かされる天性を

感じさせていく。あの狼にぶん投げられるムーブはどうかと思うがな。


「あ、てめぇ待て! くそっお前は邪魔だ!

 しつけぇ女は嫌われるぞ! 男もだが!」

「余■見■■■ジ■■ェエ■■!」

「メスガキが! お前がうるせぇんだよ!!!」


 やっぱり、何言ってるかさっぱり分からん。

多分〘古代エルフ語〙か? あの発音はほんと聞き取れん。

ったく、そんなことよりもしなきゃリーマがやられる!

勿論、子供が目の前で死ぬのは良い気分じゃねーし

護衛部隊に入ってたおっさんがみすみす見殺しにしたんなら

処分される未来が待っている。そんな思惑を打ち消す様に

この雌エルフの拳が頬をえぐっていく。くそ痛ぇ。


「……(くそっ! おっさんは何処で間違えたんだ!?)」


 空を駆ける飛竜達との戦闘はまだ終わっていない。

女子供や老人だろうと容赦なく殺す奴だ。森の中に逃げるのは

エルフとの接敵は考えられたが、まだ話し合いが通じるだろう。

なら陣地に逃げ帰るより、一度森に入るのは間違いではなかった筈。

〘ゴーレム・オペレーター〙なんて真っ先に狙われるだろうしな。

そんな甘ったれた思考を消し飛ばす様なスキルを女の化け物が使ってきた。


「嗚呼、アレはヤバイ」

「■変ワ■■、キメ■■キル■ナ」


 再びおっさんは語彙を失う。あの[召喚]はヤバイ。

影から伸びてくる白い手。恐らく〘舟幽霊〙とかと一緒だ。

あの世まで引き摺り込む系のかなーーーり嫌な雰囲気と

見た目をしている。今しがたも木を一本丸々腐らせやがった。


「な、符を無理矢理剥がすってか!」


 肉の弾ける音と何かが焼ける音が聞こえてちらりと

視線を向ければ、白煙に包まれながらも例の女の化け物が

折角、封じた符を剥がしに掛かっている。

アレは貼られた本人にはしばらくは触れない様にはしているが

それを[使役召喚]使って無理矢理やってやがる。


 考えはこの女の化け物にも向かう。符がかなり有効だったので

見たことはねぇが[妖かし]系の存在なのは確定だろう。

[百英傑]を二人退けたと言われているが、近接戦はド素人。

ただ、底が知れねぇ。途中でおっさんの刀を捕ろうとした。

最初は〘猫騙し〙みたいな威嚇系スキルかと思ったが

ありゃ違う。確か、あのスキルは剣術系派生の

かなり秘伝なスキルな筈だぞ? 普通やろうと思わねぇ。

なんで、そんな高度なもんを野良の[妖かし]が知ってやがる?


「生命力の強さを前提とした戦術……面倒な事だな」


 おまけに凄ぇしつこいタイプだ。この雌エルフが来る前に

ぶんぶん大振りで威嚇しながら、戦意を削いでいっているのに

全く逃げる気を起こさない。最初に符で能力を封じてもだ。

多少、言動から見て知恵がある筈だから損得勘定で

でかいダメージを叩き込めば逃げ帰るかと思ったが

さっきから重い奴を何発食らっても決して逃げなかった。

当たり前だ、アノ程度食らってもすぐに回復してたしな。


「まぁ、あんだけ生命吸ってりゃそれも余裕か」


 理由は解る。コイツは初見でビビったが、取り込んでる

生命力の量がヤバイ。見た目もそこそこデカイ巨女だが

純粋に魂か生命力を食っている量をスキル〘魂魄視〙で見た所

2~30人分以上を吸ってやがる。

単純におっさんがこの[妖かし]を滅するには

2~3日、下手すりゃ一週間延々と殺し続けねぇと滅しきれない。


「あーーーっ! クソ、目の前の雌エルフ!

 飛んでる飛竜! あの化け物から坊主も助けなきゃなんねぇ!

 考える事とやらなきゃならん事が多過ぎんだよ!

 おっさんはなんで此処に居るんだ!」


 そして、女の化け物はおっさんの苦悩と叫びを他所に

リーマへと腰を屈めて何かをする様だ。いかん、もう間に合わん。

狂った時は介錯してやるしかないか。すまねぇ、本当にすまねぇ。

           第百七歩「そして、ご破算」に続く

〘魂魄視〙[視認][生命力]

西の島国に主に伝わる単純な気配と相手の生命力を簡易的に読み取るスキル。

精度が低い反面、習得が比較的安易であり、常人以上の生命力を所有したり

生命力の塊でもある[妖精]や[妖かし]系の存在を探知するのに向いている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ