第百四歩「それは助けに行かないと」
「……(むっ、コアタルちゃんとラナス君が戦闘に入ったか)」
私とイケヅキ君は大樹の枝からその様子を眺めている。
以前、二人と対峙したときは狭い森の中の地上戦だったが
今は森と外の草原の境界辺りで見事な空中戦を繰り広げていた。
水龍の動きは悠然とはしているが、受け流すかの様な
繊細な動作でワイバーンさん達の火炎を水龍の体をうねらせては避け
水龍から吐き出す水鉄砲で牽制する。ラナス君のグリフォンは
ワイバーンさん達の通常の飛行速度に比べて大分遅いが
小回りと急加速を駆使し、体当たりや槍や召喚した霊体での
刺突を繰り返していく。段々とワイバーンさんの数は減っているが
ふっ飛ばされている二人の姿も度々見受けられた。
「アレが[百英傑]。並の戦士では飛竜相手にあそこまで立ち回れませんよ」
「ぽぽぽぽっー(つっよいねー)」
「ほんと、よく生き残れましたね、あの二人相手に」
イケヅキ君は感心しながらもその様子を実況で説明してくれた。
術がどうとかあそこでスキルを使っているとか自分で対峙した時とは違い
遠目で見るとなんとも彼らの高度な動きというのがよく分かる。
私はもー、生き残るのとコアタルちゃんのお漏らし隠蔽で必死だったよ。
ワイバーンさん達は勿論心配ではあったのだが彼らの戦う理由も解らず
また、[百英傑]もなんで結局この森に侵攻しているのかさっぱりだ。
面子なのか、此処が重要な拠点とかになるのか、それとも此処から
更に別の場所に攻めるので不安を取り除きたいのか。
「ぽっ? ぽぽぽっ?(んっ? あれれっ?)」
「どうしました?」
「ぽっ、ぽぽぽっぽぽっ(ちょ、ちょっと待って)」
【遠方に少年の反応があります】
私は久方ぶりに〘少年渇望〙のスキルの発動に驚いていた。
此処の所は周りにイケヅキ君を始めとしたエルフの少年と
同じ場所で過ごしていた為、反応しっぱなしは疲れるので
システムさんが気を利かせて、一時的にオフの設定をしていたのだが
今回、逸れたりしない様に再び設定を入れていた。
そう、それで反応があったのだ。つまり、あそこの森の入り口付近から
少し奥に入ったところに種族や所属は解らないが男の子が居る。
しかも……あれ? あの子動かない? 隠れているのかな?
けど、上では結構飛竜の火炎やら水鉄砲やら飛び交っているんだけど
危なくない? いや、アレ下手したらワイバーンさん落ちて来て潰れない?
「ぽっぽぽぽっぽぽぽっぽぽぽぽっぽぽぽっぽぽぽっ?
(イケヅキ君以外に男の子のエルフは出てないよね?)」
「へ? あ、はい。子供は皆避難してますすが」
「ぽぽぽっ、ぽぽぽっぽっぽっ。ぽぽぽっぽぽっ。
(あっち、男の子が居る。スキルで解る)」
「スキルで? ええと、探知系のスキルですか?」
私は無言で頷きながらもその方向へと目を凝らす。
近くには傾いている木が見える。何より丁度さっきから
色々なスキルや落とされた飛竜達が落下している地点だ。
此処の森に〘セイント・シール・エルフ〙以外の男の子を見た事はないし
ワイバーンさん達も違うと思う。となると〈第四勇者軍〉の子?
うーん、なんか傭兵も居たっぽいから子供とか
若いエルフの傭兵さんとかも居るのかな?
「ぽぽぽっぽっぽっぽぽぽっぽぽぽっ?(相手に少年兵って居る?)」
「う、えーと。ココらへんでは児童の徴兵はあまり推奨されません。
まして、[勇者軍]は地域貢献と国威啓発の目的もあるので[百英傑]以外で
少年の戦士を前線というのはよっぽど、才能がない限り無いかと」
ふーむ、となると迷子? いや、こんなドンパチしてるど真ん中で?
[ゴーレム]が木を投げ飛ばしたりワイバーンさんが襲来してんだよ!?
うーん、騎士とか貴族の従者さんとか現地の案内役?
気になる。私とっても気になる! 特に男の子じゃなくても危ないよ?
「ぽぽぽっぽっぽぽぽっぽぽっ。ぽぽぽっぽぽっ?
(さっきから動かないみたい。死んでるのかな?)」
「どうでしょう。正直、僕も族長たちに聞いた話ばかりで
実際の〈第四勇者軍〉がどういったものか解らないです」
【〘少年渇望〙は遺体には反応しません。生命活動あるいは
[アンデッド]として活動している者に反応します】
「ぽっ、ぽぽぽっ。ぽぽぽぽっぽっぽっぽぽぽぽっ?
(う、ううん。ちょっと行って見て来て良い?)」
「そうです……ね。うーんっと」
システムさんとイケヅキ君の補足から考えるにあの少年は
少なくとも生きていて、動けない状況にある事はわかった。
んー、悩んでいても仕方が無い。罠だったとしても
あんな所に子供が居るのは危険過ぎる。いつ、上から何か落ちて
来るかも分からないし、単純に向こうの兵隊さん達に
間違って殺されちゃったりしたら、こう色々と取り返しがつかないし!
そんな訳でお留守番中なのでイケヅキ君に許可を取って見る。
いや、勝手に行っちゃっても良いのかもだけども
こういう報告・連絡・相談って大切じゃない?
私は多分、大切って習った気がする訳なんですよ!
「そ、その〘ハッシャクサマ〙って
男の子ならなんでも良いんですか?」
「ぽっ、ぽぽっ!? ぽぽっ、ぽぽぽっ、ぽぽぽぽっ、ぽぽぽっ!
ぽぽっぽぽぽっっぽぽっぽぽぽっ!? ぽぽぽっぽぽっぽぽぽぽっ?
(は、はぃっ!? いや、違う、そういうんじゃなくてね!
これは人道的って言うかね!? 単純に事故だと可哀想じゃない?)」
思わず咳き込みそうになりながらも私は反論する。
何を言っているのかしらこの子は! 全く、お姉さん怒っちゃうぞ!
そりゃ、私は比較的男の子に対しては心のハードルが低い上に
当たり判定多めな生前の残り香がある訳だけどね!
それとこれとは別なのよ。私は身振り手振りを交えてとにかくアピール!
イケヅキ君に『こいつ男の子なら誰でも食っちゃうんだ』とか思われたら
私死んじゃう! 精神的にOVER KILL & DESTROYされちゃう!
が、頑張るのよ、私! もう早口な時点で怪しさ満点だけどね!?
努力は大切なの! 想いは! 強く願えば! なんとかなる……かなー?
「けど、男の子を見つけるスキルがあるんですよね?
あんな遠くに居そうなのをびたっと当てちゃうんですよね?」
「ぽぽぽっ! ぽぽっぽぽぽぽっぽぽぽっぽぽっぽぽぽっぽっ!
ぽぽぽっぽっぽぽぽっぽぽぽっぽぽっぽぽぽっぽぽっぽぽぽっ!?
(違うの! これは生まれつきっていうか偶然手に入ったスキルなの!
便利かなとは思うんだけど、男の子漁ってる訳じゃないのよ!?)」
「へーーっ」
ああ、視線が痛い! ぶっちゃけ前に受けた槍とか矢より痛い!
スルスミちゃんのゲロイン転落パンチよりも痛い! 嗚呼、なんなの!?
何がイケヅキ君のドSスイッチを入れちゃったの!?
ドコにそのスイッチあるの? 背中? お尻? え、服引剥して
スイッチオフにしなきゃダメなの? もう、なんかその過程が犯罪だよ!?
どどどど、どうしたら良いの! 助けてシステムさん!
【現在[精神操作]系のスキルは所持しておりません。
[状態異常]系のスキルはありますが一覧を提示しますか?】
「……(そっちじゃねええええーーーー!?)」
違う、システムさん! それはある意味正解なんだけど
こう裏ルートと言うか、あんまし推奨したくない攻略ルートなんだよ!
そんな状態異常を受けている間に色々しちゃうなんてとっても破廉恥!
私は……嫌いじゃないけど、やっぱ、まだやっちゃダメだと思う訳よ!
もっと正規ルートを! ピュアとかトゥルーとかそんなルートを!
「ふふっ……ああ、ごめんなさい」
「ぽっ!?(はぃっ!?)」
「意地悪って訳ではないんですよ。気になっただけです」
私が頭の中でルート攻略に脳細胞をフル活用していると
イケヅキ君はいつの間にか笑っては傍らで見上げていた。
うん、よく考えたらこの身長差で身振り手振りは怖いね。
私は大きく深呼吸をしながら向き直る。落ち着こうか私。
そうだ、今はこう緊急事態だ。私の尊いとか性癖とかどうでもいい。
「ぽぽぽっぽぽっ?(どいうこと?)」
「いえ、やっぱり〘ハッシャクサマ〙は優しい方です。
そして、そういうのが隠せないのは安心します」
「……(バレてる!? 私の性癖がバレてるの!?)」
「解りました。ただ、約束して下さい。
ちゃんと生きて戻ってきて下さいね?」
「ぽっ、ぽぽっぽっ!(も、勿論!)」
これフラグだ! 絶対悪いこと起きるとか今生の別れのフラグだ!
私は折角素敵なイケヅキ君との約束シーンだと言うのに
圧倒的な程に約束された不幸な運命への叛逆しなければならない!
そう、可愛いんだよ、この赤面気味に約束のおねだりしたりとか
なんか遠くでは戦闘の音とか聞こえて、状況がドラマティックなの!
なのに、なんでこんなフラグに牙を向く決意をしてるんだろう。
ああ、こんな小さい手で握られたらお姉さんドキドキしちゃうのに!
「僕はギリギリまで待ってます。危なくなったら避難してますので
居なかったら、洞窟の方へ向かってくださーい」
「ぽぽぽっ(わかったー)」
しかし、此処はきちんと格好良くなくてもいいから決めないとね。
うん、何が起きているか解らないがやはり、子供が窮地に陥るなら
見過ごせないよ。私はそうして、そろりそろりと大樹を降りていく。
相変わらずワイバーンさん達とラナス君とコアタルちゃんとの戦闘は
遠巻きの音声のみだが続いている。私は〘少年渇望〙で迷う事はないが
飛竜の落下音か、はたまた水鉄砲の流れ弾か木々のへし折れる音に
ビクビクしながらも森の中を駆けていくと声が聞こえてきた。
「くそっ! 誰か居ねぇかーーーー!」
「……っ……あっ……」
声の主は二人、流石にいきなり来てびっくりさせちゃ不味いから
〘気配隠遁〙と〘遮音隠遁〙を使う。なんというかこれを使って
接近するっていうのは初めてだが、どれくらい効果的なんだろう?
相手からすれば見つかったら終わりだし、そもそもタワラ相手には
探り当てられちゃったんだよね。うっわ、思い出すだけで懐かしい。
【現在、スキル効果により[隠遁]状態にあります】
って、それよりも状況をよく見ないと。
私は木陰から徐々に接近して様子をうかがっていく。
上空ではコアタルちゃんとラナス君が飛竜達と激しい戦闘が続く。
「キョーゴクさん……僕は良いですから……」
「ばっか! おっさんは傭兵だぞ?」
ようやく状況が見えてきた。傍らには息絶えたワイバーンさんが一匹。
森へと落下しているのだが、その際に覆いかぶさる様に
倒された木が根元からへし折れて、その下敷きになっている少年が一人。
深緑色の髪のボブ・ショート眼鏡。なんだかポケットが
多い作業着の様な上着とカーゴパンツみたいなのを履いている。
見るからに技術職っぽいけど、こんな森の中で?
もう一人は……凄い。なんか皮鎧に汚れて傷んでいる具足。
背中には膝裏までアリそうな大きい日本刀?
柄が長いから多分、大太刀か長巻って奴なのかも知れない。
そして、ちょんまげだがポニーテールだか解らない後ろに髪を束ねた
無精髭なおじさま……いかん、私の守備範囲ではないが中々素敵だ。
そして、恐らく〘ケントゥリオ共用語〙で話しているのだろう。
大人の男性に見えるおじさまがちゃんと会話が聞き取れるのは
何故か知らないが〘ケントゥリオ共用語〙は日本語で話している様に
聞こえているからだ。うん、すごく懐かしい感じがする。
確か、コアタルちゃんとラナス君も最初はスキルが
溜まってないのに聞こえて驚いてたっけ。
「傭兵ってのはな! 夜の酒と女、そして明日の朝飯の為に
はした金で昼間は、あっちこっち殺してるんだ。
坊主一人助けるなんてのは契約の内だっての!」
「け、けどエルフや飛竜に見つかったら……に、逃げて下さい」
「うるせぇ、坊主! てめぇは自分が生きる事だけ考えてろ!
誰かーー! こっちで子供が倒れてるー! 誰かー!」
この二人の関係はよく解らないが、状況はこうだ。
あの長巻のおじさまは太い枝やらでテコの原理を使って
何とか木を浮かせようとしている。
ただ、それでも飛竜の巨体が覆いかぶさっている上に
下手に動かすとあの少年が潰れてしまうのだろう。
それで必死に声を上げて、周りに助けを求めながらも
少年が気を失わない様に声を掛け続けている。
うう、どうしよう!? 助けに行かなきゃだけど
今、出ていったらびっくりしちゃうよね? イケヅキ君を呼ぶ?
いや、けど事態は一刻を争う感じだしどうしよう。
次にまたワイバーンさん達や木が倒れてきたらあの少年は危ない。
「ぬっ!? 其処に居るのは誰だ! こっちで子供が倒れてる
手伝えないか!」
【相手の[気配探知]系スキルにより隠遁状態が解除されました】
「……(な、なんと!?)」
くっ、傭兵だとか言って居たが、探知系のスキルは
持ってるみたいね。此処で下手に隠れ続けたらあっちの不安を
募らせるだけだ。素直に出て行って人命救助しよう!
ええと、確か〘霊話〙なら通じるかな? 大丈夫かな?
ま、まぁ身振り手振りも交えれば! こう状況が状況だしね?
私は両手を上げて、ゆっくりと木陰から出る。
「……(『大丈夫?』『助けたい』っと。通じて!)」
「…………〘封じ符・墨轡〙!!!」
何やらおじさまが自分の腰元から紙の束を取り出すと
それが一気に私の方へと迫ってくる。ビタッビタッと
それが手足へとくっつけば、幾何学的な文字が書かれた
御札だと解る。いけない。アレ、指が……手が動かない?
ひぃっ! なんだか御札に書いてある文字がぞわぞわっと
私の手足の方へと伸びてミミズみたいに這いずり寄ってくる!
怖いっ、怖いって! どういう原理なのよ!
【現在、相手の[封印]スキルにより一部の身体機能及び
一部システムの機能とスキルが制限されつつあります】
システムさんまで警告に近い形で音声を語り掛けてくる。
おまけに目の前のおじ様が鞘から刀を抜いてきた。
しかもその刀もアレだ。普通の鋭い日本刀って感じじゃなくて
刃紋のある所に何やら文字が書いてあってぬっとりとした
なんかオーラっぽいモノを纏っている。
殺気が視覚化するってかなり怖いんですけど!?
「すまん、坊主。おっさんの仕事だ。もうちっと踏ん張れ」
「は……はぃっ」
「聞け、化け物よ! 我が名は、キンド・キョーゴク!
西の島国の血が流れし〘妖かし殺し〙の一族なり!」
ちょっと待って、なんでそんなピンポイントなの!?
後、私[妖かし]とか言うカテゴリーなの!? 妖怪なの?
なんでそんな如何にも妖怪ハンターみたいなのが
こんな森のど真ん中に居るの! 場違いじゃない?
もうちょっとそういうのって和風な町並みの中で
イベント起こさないと出てこない系じゃないの!?
私は段々と手足が動かなくなってくるが
それを振り払う様に首を左右に振っていくが
そんな様子を見ることもなく、おじさまは刀を構える。
「話を聞いて、もしやと思ったがやっぱりそうか!」
「……(『待って』『その子を』『助けたい』っと! 通じて!)」
「[妖かし]の言の葉は偽りしかあらず!
斬って捨てるが世の為なり! 覚悟せい!」
「……(ええええーー?!)」
ていうかおじさま聞いて! それどころじゃないんでしょ!?
そっちの子が! 大変なんだから、そっちをなんとかしましょうよ!
第百五歩「言葉の壁を超えて」に続く
〘妖かし殺し〙[職業][退魔]
西の島国を中心に様々な流派がある[妖かし]と呼ばれる
一部の[魔獣][精霊]等の存在を駆除、討伐する職業の総称。
一言で[妖かし]と言っても単純に大陸側で見られる
[オーガ]や[ミノタウロス]の様な獣人、鬼人系や
ただの変異した[魔獣]以外にも独特の法則を持つ種も存在する
それぞれの流派で得意分野などがあり
技術交流こそはないがお互いに連携した駆除討伐をしている
本来、コノ手の専門職はあまり連携が取れないイメージもあるが
何と言っても[妖かし]は田舎の村落程度は当たり前
下手すれば都すら傾けてしまう様な危険な種が存在し
何より頭目や王と呼ばれる存在が珍しく、統制もないので
ほっといたら気まぐれで国を滅ぼされてしまう事も多々あり。
それもあって各種流派の面子などが無い希少な組織形態になっている