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第百歩「百の英雄譚 EpisodeX "太陽の惑い"」

 ライコフの様子がおかしい。そう思って早くも半日が過ぎた。

彼が偵察として報告書にあった女の化け物を見てくると言って

勝手に陣営を飛び出して、帰ってきたのが昼過ぎ頃だったか。

普段、一切の動揺やああいった居心地の悪さを見せない彼なので

実にこの事態は興味深い。友人として、また信頼出来る相棒として

彼の事を粗末に扱っている訳ではないし、皇位継承者である“銀仮面の君”。

その立場を除いたとしても心配で居心地が悪いのは確かだ。


「ふむ。何があったか知りませんが重症の様だね」

「コレは別に怪我も病気もしていない」

「軍議にも顔を出さず、半日そうやってクッションに

 突っ伏しているのが正常だとしたら、君も怠惰な一面がある事になる」

「……むぅ」


 そう言うと僅かに無表情な彼の顔が歪む。見慣れた人形じみた雰囲気から

年相応の慌て振りはなんだか孤児院に居た頃の子どもたちを彷彿とさせる。

ふむ、こういう場合は無理に聞き出すのはダメだね。意固地になる。

と言っても彼が普通の子供と同じ訳でもない。

昔作った経験則でドコまで行けるかな? ま、やるだけやってみよう。

私は敢えて、彼の不調を無視する様に今日決まったことを振り返る。


「明日の攻撃が決まりました。当初の計画通りで行きます。

 [ゴーレム]の起動はもう始めています」

「敵の[ゴーレム]破壊への対処は?」

「傭兵の班分けと[百英傑]の護衛があれば十分でしょう。

 [ゴーレム]自体にも多少の加護を付けておきます」

「黙ってみるとは思えないけど?」

「それはそれで。ただ、どちらにしろ森の前で陣地形成の持久戦は

 食料や燃料を考えると私達が圧倒的に不利です。

 陣地が出来次第早期決戦をせねばなりません」


 淡々と話を進めていくと彼のやる気が戻っていくのが解る。

こうやって彼の心が乱れている時は頭を切り替えさせるに限る。

思考している間は感情が揺れない。

最善手を、最適を、最高効率を叩き出す為に彼の頭は

彼の心から切り離される。あまり、良いことだとは

普段思っては居ないがこういう場合、その性質は利用させて貰おうか。


「……ふむ。大分落ち着いた。感謝する」

「どう致しまして」

「迷惑ついでに聞いて欲しい。今ようやく正常になれたが

 戦の最中にアレと出逢ってこうなってしまうのは大変困る」

「ええ、とっても困るね。どんな化け物だったのだい?」

「やはり、そう推理するか」


 じとっとした視線を向けられると彼はいつもの調子を取り戻す。

アレとは当然、[百英傑]二名を撃退……否、戦意喪失をさせ

そのまま、ご丁寧に送り返した謎の女の化け物だ。

当然、ソレを察する位は僕にだって出来る。

なのに彼は珍しく怪訝な顔をして、その推理を嫌がる。

そんなに知られたくない事だろうか。まぁ、それもあって

半日も黙秘を貫いていた訳だから当然か。


「アレは恐ろしい……コレを子供扱いする」

「ブッ!」

「笑い事ではない。恐らく、あの子供に化けた老エルフ共との

 戦闘をあの化け物は見ている。少なくとも驚異的であると

 コレと〈第四勇者軍〉は見られている筈だ」

「クッ……そ、そうだね。確かにそれは能天気過ぎる」


 思わず吹き出しそうになる。まぁ、確かにライコフは

見た目は幼子ではあるが、僕の傍に居る立場や日常に加えて

彼をよく知る者は彼の物言いとスキルの脅威を知っている為に

とてもじゃないが彼を子供扱いなんてしない。

あの〘セイント・シール・エルフ〙の代表リトモも

彼に初見で危険性を認識した位だ。しかし、例の女の化け物が

それほどまでに彼の脅威を認識出来ないと言うのはおかしい。

少なくともこの時期に単身で乗り込んでくるなんて異常な事態に対して

子供扱いというのはある意味奇怪ではあるかな?


「おまけに心が読めない。コレのスキル〘お天道様はお見通し〙に

 一切の心根を明かさないのは初めてだ。

 [抵抗]効果のスキルを使われた形跡も無い」

「君のスキルが通じないのは珍しい……いや、初めてじゃないか?」

「うむ……それでだ。コレは何を話せば良いか解らない」

「ゴハッ!? ゴホッ、グフッ……ハァッ」

「笑い事ではない。危機的な懸念事項だ」


 思わず、色々なモノが決壊して咳き込んでしまう。

これでも抑えているのだが、彼の絶対零度の視線が

更に凍て付いているのを見れば、察してしまったのは明白だ。

まぁ、致し方ない面もある。此処は気付かない振りをしておこう。


 ライコフ・ジノゴの太陽スキル〘お天道様はお見通し〙で

対象の過去を全て知ることが出来るらしい。それは全知に限りなく近い。

対峙した瞬間に相手を見知る訳だから、本来はその知識を前提に

会話を組み立てていくのだが、これが通じないのは厄介だ。

勿論、彼が死活問題として取り上げるのは解る、解るのだけども!


「ライコフ。会話というのはね? 本来は他人が何を考えているか

 また、過去を知らないものだ。仮に話されてもその事象が

 正確かすら解らず聞いて、会話をするものなんだよ?」

「理屈としては理解している」

「うむ。となると単純に」

「経験不足だ」


 そう言って、彼は再びクッションに顔を沈めてしまう。

顔を赤らんでいるのか、屈辱に歪めているのか、あるいは両方か。

彼にしてみれば全てが解るのが常識であり

見知らぬ相手と言うのは本当に居なかったのだ。

故に解らないというのは合点が行く。さて、どうしたものか。

全てを知る存在が知れない恐怖を知るとこうなるのとはね。


「正直、君は並の[抵抗]スキルでは君のスキルを封じる事が出来ない」

「となると考えられる可能性は」

「過去が無い。根源が虚無であり、内在していない。

 そもそも、この世界に根ざして無いのかも知れない」

「異界の者なのだろうか?」

「可能性はあるね」


 本来はだ。この情報は驚異であり、率先して解決しなきゃならない筈だ。

なにせ、うちの軍師様みたいなライコフが読めない存在を

戦場に介在させている。おまけに排除も難しいし恐らくは

この寡兵と準備期間を経て、〘セイント・シール・エルフ〙と

友好関係を作っている事は予想できる。実際にライコフから

エルフの物見櫓の様な木に案内されたと言っている。

うん、困る筈なんだ。とても大変な筈なんだ。

しかし、ライコフ・ジノゴの唯一の友人を自称する自分にとって

彼の困った顔というの貴重であり、大切にしたいと思ってしまう。


「銀仮面の君よ。聡明な君はこういう時どうするのだ?」

「君は友達になってくるといい」

「……論拠を聞きたい」

「そうだね。まず、その女の化け物以外で君に心を見透かされない存在は

 現在、世界に確認されていない。まぁ、どっか居るかも知れないけど

 それは君も僕も知らない。故に彼女は希少だ」

「肯定する。うようよ居ては堪らない。外に出れない」

「ゴフッ……まぁ、となると経験を積むには彼女しか居ない。

 幸い、我が軍と明確に敵対はしていない」

「しかし〘セイント・シール・エルフ〙と敵対をする。

 友好関係の維持は難しい。嫌われてしまう」


 ようやく彼が助け舟を出してくれた。さて、此処からが本番だ。

考えて、なんとかしたいとモチベーションが上がるので気分が良い。

まるで、目の前のこの子が普通の子供の様に悩み、葛藤しているのは

とても良いことだと思う。故にその例の女の化け物と友好的な

関係を築くというのがベストではある。彼女の目的はなんだろうか?

本来は、ライコフが接触したタイミングで聞くべきだったのだが

まさかのスキルの無効化の事態に殆ど話せていない様だ。


「未知数、未確定な存在は戦場に脅威である。排除を優先したい」

「問題は倒し方すら解らないよ。[百英傑]二人が掛かっても

 現にその女の化け物は倒せていない」

「なら、友好化による行動の抑制は有益か」

「うむ。ということでここからは君も知恵を絞ろう。

 妥協点を見つけるんだ」

「……妥協点」

「たまには自分で折れる事も必要だよ?」


 再びライコフは考え込む。彼にとっては今までの人生は

0か100でしかない世界で生きて来た。いや、生きさせられていた。

50を分かち合うなんて初めての思考だし、必要無かったのだろう。

確かに今までの軍議や問答の中で一見それらしい意見はあったかも知れない。

しかし、それは必ず相手が丸め込める、あるいは強烈な弱点を刺激し

屈服させる為の選択肢に過ぎない。水に蹴落とし、藁を差し出す行為。

それと今回は全く違うことを求められている。


「リトモを始め、多くの〘セイント・シール・エルフ〙は死ぬ。

 コレが滅ぼす、跡形もなく」

「だろうね」

「女の化け物は悲しむ。怒るかも知れない」

「そうだろうとも」

「けど、これを止める事は出来ない」

「世界中の誰にも無理だろうね」

「……………どうすればいい」


 ドツボにハマっている。彼は再び、クッションに頭を沈めていく。

無論、彼の行為や選択と決断に難癖を付ける気はない。

きっと、彼は正しいし、また熟考し、最善手を提示している。

しかし、問題は彼が今までそれについて理解を得ようとしていないのだ。

彼が正しいとしても、間違っていなくて、利益を得ても

やはり、生命はわがままに独善的に好みで選んでしまうのだよ。

それは仕方ないことであり、また各々の生き方なんだろう。


「君はなんの為に滅ぼすんだい?」

「……この世界の為だ」

「それは詳しく聞いてないね」

「明日、全てを見れば解る」

「見て解って貰えなかったら?」

「…………むぅ。そんなのはありえない」

「本当に?」


 問いを投げかければ、顔をすくっと上げてすぐに答える。

彼は正解を解答するのは早い。それだけ普段から頭の回転が良いのだろう。

そして、彼が言うのだからそれはきっと明日になればこの森は

悲劇と共に彼の正しさを知る事になるのだろう。

けれど、それでも彼はそれで足りないと感じて欲しい。

いずれ、断罪されるであろう彼だけど、成長の喜びが無意味だとは

誰にも断定する事は許されないのだからね?


「だからね。話すんだよ?」

「女の化け物にとって大事な恩人かも知れない奴らを

 滅ぼすコレと会話がしたいのか?」

「さぁ、それは聞いてみないと解らない」

「コレはきっと罵倒されるだろう。襲われるかも知れない」

「その時は守ってあげるよ」

「…………滅ぼすのはコレだ。そして、我が君はコレより弱い」

「私は大人で責任者だからね。君のした事への罰を受ける位はさせてくれ」

「死んでは困る」

「死なないさ。殺されそうになったら、君が守ってくれるだろう?」

「結局、コレ頼りか」

「そうとも。君ほど頼りになる存在がこの世に居るものか」


 ライコフはいつの間にか私の胸元に蹲っている。

私は忘れてはいけない。彼がまだ年端の行かない子供であることを。

故に私は大人として彼の全ての責を担わなければならない。

こんな華奢で母親の影で世界を見上げている筈の子供に

日々新たな発見をして、目を輝かせていなければならない子供に

本来は日が落ちた後の夜闇に恐怖し、明日への希望を抱いて寝る子供に

私は命令し、多くの生命と目の前の白き森を滅ぼさなければならない。


 だから、こうやって言葉を投げかけ合う事はとても大切だ。

彼は心を有する事を放棄しようとする。当然だ。

並の心では彼の所業に耐えられない。まして、未成熟な子供の心だ。

それでも、私は書類の上でしか知らない女の化け物に

このライコフ・ジノゴを翻弄する初めての存在に

何か、希望の様なモノを抱いてしまっていた。


「では頼られたコレは考える。妥協点」

「約束はしている。滅ぼすのは老人達とそれに繋がる連中だね?」

「そうだ。彼らの子は事情をドコまで知っているか不明。

 知らない場合は、コレと我が君はただの殺戮者だ」

「気をつけないとね。まぁ、どんな事情があったとしても

 親族と故郷を焼かれる辛さを拭えないのは承知しないと」

「うむ……むぅ」


 ライコフの頭を撫でる。手のひらで頭が掴めてしまいそうな

まだ、本当に小さい子供であると示すその大きさの対比が

痛々しくも感じてしまう。しかし、それは私が担うべき痛みである。

だから、私は独善的に、無遠慮に彼へと提示しなけれいけない。

彼がそらし続けているであろう現実を突き付けてしまうか。

たまには嫌われ役もやらないとね。


「けれども、それでも君が望むなら。

 あの女の化け物は殺さず、そして話すんだ。

 ドコまで理解してくれるか。ドコまで同情してくれるか。

 ドコまで許してもらえるか。ドコまでが許されないのか」

「何故、あの女の化け物に手を焼かねばならないんだろうか」

「ん。君はまだ解っていなかったのかい?」

「どういうことだ?」


 まぁ、本来ならこんなのは早過ぎるんだ。

しかし、彼にそんなに時間があるとは思えない。

〘深魔海〙とのこともある。[百英傑]は日に日に成長し

来るべき日に対して備えている。全てが終わる日は着実に来る。

だから、私は悪魔的に彼の心を断定せざる負えないんだ。

彼がこのまま、その事実を知らず、死んでしまう事。

それは彼が恨み辛みと後悔のまま、化け物に落ちたとしても

必要だと私は断言しよう。


「それはきっと、君がその女の化け物に惚れたのさ」

「なっ! そんな訳が!」

「否定する論拠を述べよ」

「……………………………肯定出来る論拠がない」

「じゃあ、そこら辺も仲良くなって確かめないとね?

 曖昧で不確定な要素なんて君が一番嫌いじゃないか」

「っーーーーー!!! 今日の我が君は意地悪だ!」


 ライコフ、私はね。それが意地悪だと感じてくれる程に

君の感受性を刺激しているその女の化け物とのやり取りが

とても素晴らしく、また嫉妬の念すら抱いてしまうよ。

          第百一歩「戸惑いと焦燥の目覚め」に続く

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