第十四話 ニートにも事情があるんです
思いの外、真面目な話になっちゃいました。覚悟しましょう。
「さぁてとぉー。二つ目の質問やっちゃうぜ。」
2個目のチキチキ肉に噛り付きながら、俺は質問をぶつけていく。
「俺の種族である、サージェントウルフについて、詳しい情報が欲しいッス。」
「まさか本人からその質問がくるとは思わなかったよ。まぁいいや。まず、サージェントウルフの基本的な強さのランクはBだ。この辺りでいえばだいぶ強いと言えるだろうね。しかし、サージェントウルフには大きな特徴があってね。それは、個体による強さの差がバラバラな事だ。基本的に、同種族間での個体はそこまで強さの差は出ない。しかし、サージェントウルフはかなり差が激しい。Cランクの者もいれば、稀にAランクもいる。君は希少種だからどの程度の強さかはわからないけど、おそらく通常種のAランクを超えると思うよ。」
「なんだ、おれって結構強めなんだ。そういえば、なんか人間の商人とすれ違った時、めっちゃビビってたなぁー。」
「それはそうだよ。そもそもサージェントウルフというのは好戦的な魔物で、出会った瞬間襲うような奴らだよ。どういうわけか、君は例外的に大人しいけど。」
「俺は紳士なオオカミだからな。」
「紳士ならひとの家でボヤ騒ぎを起こさないよ…。」
返す言葉もない。
「まあそれで、個体値がバラバラな事、出会うと襲われる事から『強制くじ引きウルフ』って呼ばれてるんだ。」
「なにその二つ名。」
やばい、全然厨二くさくない二つ名だ。だせぇ。
「それと、分布は主に北で、割と南寄りのこの辺りでは普通見かけない。」
「えっ、俺は?」
「君はまぁ、あれだ。希少種だから。」
「希少種って言葉が便利になってきてると思うんだけど。」
まぁ、もともと俺は人間だし、トイレ行ったら狼になってる時点で普通じゃないよなぁ…。
「あぁ、あとちなみに君の背負っているそのポーチ。」
そう言うとフィルは俺のポーチを指差して、
「その毛皮はこの辺りに紛れ込んで来た『四腕巨熊』のもので、そいつのせいで最近このあたりに新米冒険者と一般人が来れなくなってたんだよね。」
「えっ?まじ?」
「うん。といってもランクはDだけど、この辺りの平均ランクがE〜Fであることを考えると破格でしょ?」
「まぁ、そう考えるとな。割と楽勝だったけど。」
「希少種だからね。」
「流行語かよ。」
「つまり、君がそいつを倒したとなると、脅威が去って再び冒険者や一般人が君の住んでるエポナの森に来るわけなんだ。」
「あ、やばくね?」
「これから大変だねぇー。まぁ、手紙にも書いたとおり、できるだけひとに見つからないようにがんばってね。」
「えー、まじかよー。」
「話はそれたけど、サージェントウルフに関しての説明はこれくらいでいいかな?」
「あぁ、このくらいでいいや。ありがとう。あ、それと。」
俺は寝ているルーペを見て、
「クイントドラゴンについての正確な情報が欲しい。ルーペに言ったような子供騙しのような説明じゃ駄目だ。」
「……やっぱり気付いていたんだね。」
そう言うとフィルは、真面目な顔をして言った。
「クイントドラゴンは警戒心が強くて姿を見せないといったね。あれは嘘なんだ。」
「おおよそ、人間の乱獲などによって数を減らされた…といった感じか?」
「その通りだ。彼らクイントドラゴンの素材は、人間にとって極上の物なんだ。硬く、軽くて見た目も美しい緑。武器や防具にも使えるが、装飾品としてもかなりのものなんだ。人間からみればね。」
「魔物から見れば仲間の死体が切り刻まれてるようにしか見えないだろうけど。」
「その通りだ。……人間の欲望は無尽蔵でね。その欲望のままに狩り尽くされた彼らは、あっという間に数を減らした。しかし、絶滅はしなかった。」
「竜種は頭がいいんだっけ?」
「そう。彼女、ルーペちゃんが子供であるにも関わらず、しゃべれている事がいい証拠だろう。そして、強さもAランクでかなりのもの。そんな頭のいい彼らは人間を警戒し、ひとまとまりになって人の近づけない場所へと隠れたんだ。」
「それでも、人間は絶滅したとは思っていないのか?」
「一時期は思われていたさ。最初にルーペちゃんに説明したようにね。でも、人間は道具を作り出す。今まで行けなかったような場所に行けるような乗り物が、発明されてしまったんだ。」
「空でも飛ぶのか?」
「当たりだよ。それは『飛空舟』と呼ばれている。運転手を含めて、4人ほどしか乗れないものだけど、空を飛べるというだけでかなりの利点だ。そんなある日、一隻の飛空舟がたまたま通りかかった山奥に、ドラゴンのような影を発見した。見たひとの証言から、それがクイントドラゴンである事が確定したんだ。」
「ついてないな。」
「そう、本当についてない。そもそも、彼らの運命を嘆くのなら、人間が誕生したその瞬間から嘆くべきだろう。それから、クイントドラゴンの存在が知れて、また素材を手に入れようとする者たちがでてきたんだ。」
「ルーペを人に見られるわけにはいかないな。」
「うん、その通りだ。彼女を守りたいんであれば、全力で隠すんだ。そうしなければ、捕獲され、見世物にされ、最後は殺される。」
なんかラブストーリーみたいなセリフだな、とは言わずに、
「わかった。場合によっては相手を殺さなければいけないかもな。」
そうかぁ…ルーペを守るためには人を殺さなくちゃいけなくなるのか…。まぁ、ここは地球じゃないし、俺はオオカミだし、仕方ないといえば仕方ない。しかし、いよいよラブストーリーみたいだ。
「ルーペに正しく説明しなかったのは、ルーペを怖がらせない為か?」
「それもあるけど、その前にまず、人間不信にはなって欲しくなかった。」
「何故だ?人間に狙われているのに?」
「すべての人間がそういう人種ではないんだ。僕がそうであるように、彼ら竜種と共に生きていきたいと思っている人間も多くいるんだ。クイントドラゴンも例外ではない。だから…。」
そして彼は一呼吸おき、
「身勝手だけど、まだ少し僕たち人間を信じていてほしい。」
「嫌ですね。」
「!?」
「な、なに?ルーペ!?いつから起きてたんだ!?」
「飛空舟のあたりからですね。」
となると、話のほとんどを聞かれていた事になる。くそ、寝ていると思って油断していた。
「そ、そうか…。全部聞かれていたんだね。」
「ええ、そうですね。もっとも、最初の説明から嘘だとわかっていましたが。」
「一体なぜ…?」
「それは…」
少し迷うような仕草をした後、ルーペは言った。
「私の親は、人間に殺されたからです。」
「なにっ!?もうすでに狩られ始めているのか!?」
「えっ!?だっておまえ、親離れって…。」
「実際のところそうでしょう?まぁ、かなり強引な親離れでしたけど…。」
その後の話を聞くと、弱い魔物に襲われたというのも嘘で、親を殺した人間から逃げている途中、別の人間に見つかって襲われたらしい。
おれが最初に出会ったとき、ルーペの体についていた傷は人間によるものだったのだ。たしかに、魔物がつけたにしては傷が直線的だったし、一つ一つがそれなりに深かった。幼くても、ルーペはドラゴンだ。それも、成体になればAランクの。弱い魔物がたくさんいるからって、あそこまでの傷をつける事はできないだろう。
そして、逃げている途中でおれの洞穴を見つけ、中で休み、目が覚めると傷が治っていて、目の前にサージェントウルフこと俺がいた、と。
実は、護郎があの時ルーペにかぶせてあげた四腕巨熊の毛皮には体液が付いていた。それは傷の回復を促進するものであり、四腕巨熊の回復力の高さの原因でもある。それ故に、一晩それを被っていたルーペは傷が治ったのだ。また、回復力が高まるという事は細胞が活性化するという事であり、そのおかげで脱皮もしたというわけだ。
「なるほど、つまり君の存在はすでに人間に知られていると?」
「その通りです。近々私を探す人間が森にくると思います。今の私には人間を追い返すほどの実力はありません。ですので、強いかたに守っていただきたくて…。」
そういうと、ルーペは俺の方をちらっと見た。
そうか、だから俺が出会った時あんなにニートしたがってたのか。なるほど、謎は全て解けた。
「わかったぜルーペ。だからニートせざるをえなかったんだな?」
「いえ、もともとニートしたかっ……いや!そうです!ニートにならざるをえなかったんですよ!」
こ…こいつ…。そこしでも見直そうとしたおれがバカだった。
そして少しの静寂の中、
「それだけの事があったら、人間の事なんか信じる事はできないよね……」
フィルが寂しそうに、ぽつりとそう呟いた。
次の話も真面目スタートです。
さて悲劇のヒロイン、ルーペ!いったいフィルにどう答えるのでしょうか。