逆転(後半)
「白花の月の14日。これが何の日か心当たりはありませんか?」
問いかけるように周囲の者に視線を送る。
「あっ、学術発表会」
ざわつく人の輪からちらほらと答えが聞こえてくる。
「その通り。正しくは『魔法錬金学術研究発表報告会』ですね。魔法専攻のサイアス殿は参加して感想レポートの提出がされていたと記憶していますが?」
「あっ……」
私の言葉にサイアス君の顔から血の気が引いていく。
その会場と学院は往復すれば馬でも半日かかる距離。
参加しているのであれば、昼の事件を目撃していないという事になる。
本当に事件を目撃したというのなら、参加したと虚偽の報告をした事になる。
「サイアス殿?」
「……発表会は……途中で抜けました。開会式と閉会式に出たぐらいです。レポートは配布資料を見て書きました」
「それが何を意味するか分かっていますか?」
魔法科の特待生である彼の次年度の特待生継続条件の1つに『学術発表会の参加』がある。
発表もしくは参加しその感想レポートを提出する事。
参加していないとなれば、特待生の資格剥奪もありえる。
「はい」
覚悟を決めた顔つきでサイアス君は頷く。
素晴らしい! 女の為に自身の名誉を捨てる。中々出来る事ではない。
彼のメイサ嬢への想いは本物なのだろう。
まぁ、彼の実力・才能は本物なのだから問題視するような事でもない。
というか、配布資料を見ただけであのレポートが書けるなら、もうそれで良いんじゃない。
「それで? だからどうしたというのだ? それは貴様の無実の証明にはならんだろうが」
バカが未だに息巻いている。
どうしてこの流れで強気に出られるのかが理解し難い。
周囲も「え? コイツなに言っちゃてんの?」的な顔付きの者ばかりだ。
最後まで言わなきゃならんのだろうか?
「私も学術発表会に参加しているのですが?」
「だから?」
おい、誰かこのバカをどこかへ連れて行け。
「確かにあの会場に行くには時間がかかる。ルックが最初と最後しか出られなかったようにな。だが、ご自慢の飛竜を使えば僅かな時間で往復できるのだろ? 竜騎士も真っ青な腕前らしいじゃないか」
おぉ、思っていたほどバカでもないのか。
だが、バカはバカだ。
「私、議長だったのですが?」
「なに?」
「私が最初から最後まで会場に居た事は、多くの参加者が証言してくれますよ」
周囲でも参加したのであろう人が頷いている。
そもそも、飛竜なんて使えば目立つに決まっている。それで密かに抜け出せるとか、考えられない。
バカがあんぐりと口を開けてアホ面をさらしている。
バカなのかアホなのか、どちらかハッキリして欲しいものだ。
「私は無実だという事で宜しいでしょうか?」
「クソッ」
グラハムが悔しそうに、更には恨めしそうに睨んでくるが、もはや負け犬でしかない。
「私への疑いは晴れた。という事で宜しいですね?」
「……」
「……」
再度の念押しに殿下の取り巻き一派は沈黙する。
周囲の人の輪もいつの間にか私の背後が厚くなっている(気がする)。
「いや、まだだ」
沈黙する周囲にあって1人、未だに強い視線を放っていたロイド・ロックシェード。
グラハム様ほど直情バカではなく、サイアス君ほど純粋でもない。清濁併せ呑む切れ者。殿下の右腕的存在で彼を侮る事は出来ない。
と、昔なら思ったでしょうが、メイサ・シーゼル嬢に陥落させられた後は、的確な計算力で無意味な計算をしている優秀なバカとなってしまった。
「これは勘違いでも見間違いでもない。揺るぎない物的証拠があるのだからな」
その手の髪飾りを誇示するように見せびらかす。
「ロイド様。その髪飾りはいつどこで見つかったのですか?」
「ふむ、先月の12日にメイサ・シーゼル子爵令嬢の荒らされた部屋で見つかった物だ」
取り出した手帳を確認しながらロイドが答える。
「私から学院運営事務局に遺失物の届出をしています。これがその控えです」
再び亜空間の収納から一枚の紙を取り出す。
書かれた日付は先月の10日。遺失物の内容は髪飾り、銀のバレッタ。裏にメイベルの家紋入り。現在ロイドの手にある物と一致する。というかそれの事だ。
事務局に行けば本紙がある。虚偽かどうかの照合は簡単だ。
「む、……」
受け取った遺失物届の控えを見ながらロイドは押し黙る。
「私が10日に届け出た失くし物が12日にメイサ様のお部屋で見つかるとは、不思議な事もあるものですね」
見つかったのが届け出の前であれば痛かった。良かった早めに届け出ておいて。
「それにどうやって私がメイサ様の部屋に入れたというのですか?」
貴族や名家の子女を預かる学院の寮は万全の防犯体制が敷かれている。
特に今年は魔法研究の最先端を走る王国開発局が生み出した最新の施錠システムが使われている。
そのおかげか、例年でも数件は出ていた盗難届が年間通して0件となっている。
そこには多少物が無くなっても気にも留めない貴族独特の感覚もあっての事でしょうけど。
「シーゼル嬢は11日に部屋の鍵を失くされたそうだ。その日は友人の部屋に泊めてもらい、翌12日に事務局で予備の鍵を貰い部屋に行ったところ、室内が荒らされていたそうだ」
「つまり犯人はメイサ様が落とした鍵を拾い部屋に侵入したと」
「拾ったと言うより、盗んだと言う方が正しいのだろうな」
ロイド様は一度話を区切りこちらを見ている。なにやら良い証拠を握っているようだ。
「11日、貴女は女性用のポーチを拾い事務局に届けているな?」
「さぁ、どうでしたかしら?」
「これがその控えだ」
先程とは逆にロイド様の出した紙を受け取る。
そこには確かに11日という日付と私の名前。届けた物はポーチ。
「あぁ、そういえば、そんな事もありましたわね。日付までは覚えていませんでしたけど」
「そのポーチの持ち主がシーゼル嬢で、ポーチの中に部屋の鍵が入っていたそうだ」
なるほど、わざと私の目に付く所にポーチを置き拾わせ、中の鍵がなくなった事に。
その日の内に部屋が荒らされれば、鍵を拾った(盗んだ)者の仕業としか思えない。
きっと私がポーチを拾った所を偶々見た目撃者も用意されていたのでしょう。私が事務局に届け出た事で意味がなくなってしまったのだけど。
中々手が込んでいるじゃない。
意外とこの子が一番優秀なんじゃないのかしら?
そんな視線をメイサ嬢に送ると、怯えた風に殿下の後へと逃げ隠れた。
チラッと出した顔には勝ち誇ったような笑みがあった。
結構。多少はやりがいがあるじゃない。
「この髪飾りも、誰かが自分に罪をなすり付けようとしているかの如くに見せる偽装だろう」
さすがロイド様。的外れな位置で素晴らしい推理力を発揮されている。
もしその通りだとすれば、とんだヘボ計画だ。その状況で私ならそんな偽装はしない。
敢えて自分と事件を繋げるとかバカでしかない。バレッタを残さなければ容疑者になる事すらないのだから。自作自演は失敗フラグにしかならないものよ。
さぁ、それじゃあ、そろそろ反撃に移ろうかしら。
「ところでメイサ様、その後に鍵はどうされておりますの?」
「え? その予備の鍵をそのまま使っていますけど?」
「まぁ、それはお気の毒に。心休まる日が無いでしょう?」
「え? なにが?」
「部屋を荒らした犯人がまだ鍵を持っているかもしれないというのに、鍵の交換がされていないなんて、またいつ侵入されるか不安な日々をお過ごしでしょう? 事務局は何をしているのでしょうね?」
「え??」
驚いたような顔のメイサ嬢。普通であれば心配な筈。空き巣に入らたらドアの鍵を直ぐに交換するのが当たり前だ。
しかも、今回は部屋の鍵を犯人が持っているのという状況なのだから尚更。
それを考えていないのは、犯人が二度と部屋に侵入する気がない事を確信しているから。
犯人の心の内を知っているのは犯人自身だけ。
つまりはそういう事。
「話をすり替え有耶無耶にする気か?」
冷たい視線をメイサ嬢に送っていると、ロイド様が再び見事な推理力を発揮された。
「いえ、そんな気はまるでありませんが」
「事務局の不手際は確かだ。しかし、それとこれとは別の問題だ」
いやいやいや、貴方ももう分かっているでしょ?
何が何でも私を断罪したいわけ?
あんまりしつこいと潰しちゃうわよ?
「貴女の疑惑が晴れない限り、追求を止める事はないと思え」
OK、潰しましょう。あなたの面目まるっと丸潰しに。
「ロイド様は私がメイサ様の鍵を盗み部屋に侵入し、服を破き室内を荒らした。そう疑われているのですね?」
「違うな。『疑い』ではない。『確信』している」
オウ! そうハッキリと言えば言うほど惨めになるのに。残念な方ね。
「サイアス殿」
「は、はい」
「それはありえないと説明して差し上げて下さい」
「そ、それは」
「貴方でなくとも説明できる人はいます。渋っても時間が無駄になるだけですよ」
そう、サイアス君が断ろうとも別の人でも説明は出来る。ただ、あちら側の君が説明する方が効果が高いというだけなのだよ。
「ロイド先輩。それはないんです。いくら鍵を手に入れても他人の部屋に入る事はできないんです」
「どういう事だ? 何故だ?」
「鍵に採用されているのが『魔力波長照合システム』だからです」
その通り。本来鍵は溝の位置や山谷の形状で答え合わせをしている。勿論、正解以外は鍵を開けることは出来ない。
だが、学院寮で使っている鍵は持っている人間の魔力波長を伝える媒体でしかない。鍵の形状は何でも良い。隣の部屋の鍵でも使っている人の魔力波長が登録されている物と同じなら鍵は開く。
つまり、部屋の鍵は登録されていない者には開けられない。という事。
「壁や扉を壊さずに中に入れるのは登録者のみ。という事です。これが覆るとなると、王宮の宝物庫や、重要な機密書類の保管庫などに使われているこの施錠システムが欠陥品だという事になります。開発局の局長以下何人かの首が飛びますね」
比喩表現ではなく文字通りスパッと空を舞う事になる。
そうなると、この事件の真相は、俯き今度こそ本当にプルプルと震えているメイサ嬢の自作自演以外にはありえない。
何か妙な確信を持っていたロイド様もばつが悪そうに俯いている。
「ハァ、茶番でしたね」
せっかく準備に色々と時間をかけて頑張ったのに無駄に終わってしまった。
「私の努力を返して欲しいですね」
思わず漏れ出てしまった本音。だがその意味を理解できる者はいなかった。
そう、近くには。
「なら、その努力にしっかりと報いてあげましょう!」
それは更なる逆転劇の幕開けを告げる声だった。