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糾弾

「リアリーゼ・メイベル。貴女との婚約を今この時をもって破棄する!」


 学院の卒業式の後に開かれる夜会。卒業生にとっては学院に来る最後の日。

 在校生にとっても明日になれば春休暇のため故郷へ戻る者も多い。

 実行するならこの夜会。

 ダンス等が一段落した今はタイミングとして上々。


 何事か? と周囲から視線が集まり自然に人の輪ができていく。


「何を仰っているのですか、殿下?」

 すべて分かってはいるが、一応聞いておく。


「聞こえなかったのか?貴女との婚約を今この時をもって破棄する。そう言ったのだ」

 眉間にしわを寄せた殿下がもう一度同じ言葉を口にする。

 隣でこの事態に戸惑いオロオロしているぽい感じのメイサ嬢の腰を引き寄せる。

 見ている全ての者に「これでどういうことか分かるだろ?」と言っている。


「では、私からも予てより申し上げている言葉を今一度」

 衆人環視の中、一歩進み出て口を開く。


「公的な場所での発言はよくお考えになれてからするべきです。もしくは原稿を読む以外はしない方が宜しいかと」

「何んだと?」

 端的に言えば「あんたバカなんだから発言に気をつけなさい」という事だ。その真意は伝わったらしく殿下の眉間のしわが深さを増し数も増える。


「なんと無礼な」「殿下に対してなんという物言い」「いかに公爵家の者とはいえ」

 私の物言いに殿下の背後に控えていた者達が騒ぎ出す。


「……」

 ブーブー言っている者達を冷めた目で眺める。

 何も言わずただ眺めているだけの私に周囲もだんだんと静まっていく。


「ハァー。分かっていらっしゃらない方が多いようなので説明しましょう」

 静まり返った周囲を見渡し大げさに溜め息を吐いて話し始める。


「これが、市井の者の「結婚しよう」「はい、喜んで」なら気が変わったという事だけでも結構なのでしょう。当人同士の話しです。しかし、私と殿下の婚約はルイス・ルーメリウスとリアリーゼ・メイベルの婚約ではなく、ルーメリウス王家三男とメイベル公爵家次女の婚約です」

 それは王家の三男に公爵家の次女が嫁ぐという両家の間での約束。

 それが偶々ルイスとリアリーゼという名の人物だったというだけの事。


「王家と公爵家の約束を殿下の一存で解消できると、本気でお考えですか? 今の発言は第3王子殿下は気分で正式な約定すら覆す。と思われかねませんよ?」

 貴族、特に上級貴族の婚姻とは個人の物ではなく家と家との物。

 いくら王子殿下といえども個人の感情で破棄など出来ない。出来ては困るのだ。


「もし、どうしても、というのであれば国王陛下と公爵閣下の御許可をお持ち下さい。であれば私に異議はございません」

「クッ」

 フフ、まさにぐうの音も出ない。という所か。

 気になるのは殿下の隣にいるメイサ嬢の表情。劣勢だとは思ってもいないようだ。


――何かあるわね。

 必勝を期した手でもあるのかしら?


「詭弁を弄するな! そこまでして殿下の婚約者の座に居座りたいか!」


 怒りの声を上げたのは殿下の後ろに控えた者の一人、ボルケス公爵家の嫡子グラハム。

 別に彼は殿下の味方ではない。むしろ敵、恋敵だ。

 それ以上に我がメイベル公爵家の長年の政敵なのである。と言っても一方的に敵視されているだけで、こちらは歯牙にも掛けていないのですがね。

 殿下とメイサ嬢の恋を応援しているのではなく、メイベル家と王家の繋がりを切り、王国ナンバー2独走中の我が家(建前上ナンバー1は王家)に何とか追いつきたいのだろう。

そのついでに殿下に恩を売っておこうという所か。当然メイサ嬢の事を諦める気もないのでしょうけど。


「グラハム様、私がいつそのような事を申しましたか? 両家の許可があれば婚約解消に応じると申し上げているのですが?」

「それが詭弁だと言っている。そもそも、殿下が婚約破棄に踏み切ったのは貴女が殿下の婚約者に相応しくないからだ」


――来た!


 茶番と飽きはじめていたが、その言葉に目を見開く。

 ここでグラハム様が食い下がるとは予想外だった。


「何の事ですか?」

 手を握り締め、グラハム様を睨みつける。

 重要なのはここから。慎重にいかなければいけない。


「貴女がこれまで行ってきたメイサ殿への数々の嫌がらせ。いや、嫌がらせと言うには度が過ぎている。脅迫、不法侵入、器物破損、傷害……いや、これはもはや殺人未遂と言った方が良いだろう。そのような人物に殿下の婚約者を名乗る資格はない!」

 殊更大きな声を出すグラハム。ホール中にいる生徒に聞かせようとしているのだろう。

 それを聞き周囲の者達がざわめきだす。

 全く無駄に声が大きい。やはり頭の中の空洞が大きいと大きな声が出るのだろうか?


「……身に覚えがありませんわ」

「ほう、では2月前、白花の月の14日。メイサ嬢が何者かに階段から突き落とされたという事件があった。犯人がどなたかご存知なのでは?」

「……知りませんわ」

 目線を逸らし言葉少なく答える。

 この態度をどう見るか? 観察力が試されている訳ですけど?


「ウソですね」

 答えたのはこれもまた殿下の後に控える者から。腕の良い魔術師を数多く輩出してきた名門の出である1学年下の天才魔法少年サイアス・ルック。

 と言っても「久方ぶりに」という説明が頭に付く事になる。

 ここ数代はパッとしない一門の期待を背負った、背負わされたかわいそうな子だ。

 色々面倒見てあげたのに、そっちに付くとはお姉さん悲しいわ。


「メイサ様が突き落とされた現場を僕は見ました。といっても少し距離がありましたけど。走り去る赤い制服を着た赤い髪の女性の姿を見ました」

 赤い制服を着ることを許されている者は少ない。生徒自治会の役員や特別に認められた人物。今年の学院で言えば20人も居ない。更にその中で赤い髪の女となれば、それは私1人。


 その事を察した周囲からざわめきと非難の視線が飛んでくる。


「……」

「更に寮のシーゼル嬢の部屋で彼女の服が何着も切り裂かれていた。という事件も起きている。どれも殿下が彼女に送られた物ばかりだそうだ。そして犯人は室内で暴れたのだろう室内の有様は酷いものだった。だが、暴れた際に落としたのだろう、これが落ちていたそうだ」

 更に現れた証人は学院の風紀を預かる学院騎士団の次期団長候補、ロックシェード伯爵家のロイド・ロックシェード。

 観察力に長けた切れ者で剣の腕前は2年にして学院屈指。

 まぁ、私がいる限り随一には成れないでしょうけど。

 そんな彼の手には1つの髪飾り、銀色に輝くバレッタ。

 彼はそれをこちらへと見せる。


「彫られた家紋がどこの物か、貴女に説明する必要はないな」

「……」

 彫りこまれた家紋はメイベル家の物に間違いない。


「そして、私に近づくな! と脅していた。とも聞いている」

「それは!」

 流れに便乗し殿下が前に出てくる。


「事件の目撃者がいる。証拠もある。言い逃れ出来ると思うな」

 殿下が指を私に突きつけてくる。

 自信に満ちた表情、後の者達もどこか私を見下している感がある。

 周囲の者から私を擁護するような声は出ない。


「……」

「大した物ではないが、細々とした悪事ならまだ幾らでも把握しているぞ」

 無言の沈黙にここぞとばかりにグラハム様が出てくる。

 その表情は「何なら全て明るみに出そうか?」と言っている。


「もう止めて下さい」

 静まりかえった場に澄んだ声が響く。

 声の主はメイサ・シーゼル嬢。周りを守るように固めていた男子の生徒の間を抜けて前に進み出てくる。


「私達はリアリーゼ様を貶めたいのではないのです。全てはもはや過ぎた事。それを責めても何にもなりません」

 メイサ嬢の演説が始まった。

 私被害者ですけど、広い心で許しますよ。的な感じで自分に酔ってない?


「いつも美しく毅然としたお姿のリアリーゼ様は私たち女子生徒の憧れです。どうか立場や肩書きなどに固執なさらないでください。そういた壁を乗り越え、皆が望んだ場所に立てる。そんな世界にしたいのです」

「……メイサ様」


「どうだ、リアリーゼ? メイサの優しさが、心の広さが分かるか?」

 再び殿下がメイサ嬢の髪を撫でながら微笑むように隣に立つ。

 グラハム様は若干苦い顔だが目元が緩んでいる。

 ロイド様やサイアス君もウンウンと頷いている。


「これ以上むだな糾弾を続けるか?」

 勝ちを確信したような顔で殿下は話しかけてくる。


「いえ、もうこれ以上は結構です」

 よく分かった。もう無駄だ。

 彼らが何を把握しているのかは十分に分かった。


 つまりは、終わりだ。


 ガックリと肩を落とした私に勝ち誇った顔の殿下が近づく。


「観念したか」

「えぇ、もはや無駄だと悟りました。私が愚かでした」

「そうか、では……」


「ここまでバカしか居ないとは」


 完全に予想の上を行っていた。

 全く何も把握できていない事が十分に分かった。


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