第九頁
その時光とファメルの二人は、神殿の入口に立ち止まっていた。そこで二人は感慨深い表情を露わにしながら、しみじみと呟く。
「改めてこうして見てみると……」
「す…凄い出来栄えだね……」
何時誰がどのように造り上げたのかは二人とも理解出来ないでいる。それでもこれ程までに壮大な建造物を間近で見て、そう呟かざるを得なかった。
巨大な大理石を幾つも繋げ合い、重ね合わせて造られた外観。長きにわたりこの地に留まり、月日を重ねて周囲を見守ってきた事を感じさせる風格。二人の目に映るその全てが、彼らの心を引き寄せる不思議な“何か”を感じさせていた。
「……って、このままじゃ日が暮れちまうじゃねぇか!」
「ひゃあっ!?」
ふと我に返って大声で叫び、ようやく自身の心を取り戻すファメル。それを至近距離で耳にした光が甲高い悲鳴を上げ、すぐさま耳を両手で塞ぎながらファメルに声をかける。
「い…いきなり大きな声出さないでよ。何かが爆発したかと思った……」
「わ…わりぃわりぃ……」
ばつの悪そうな表情で光へ軽い謝罪の言葉をおくるファメル。
「……そ、そうだった!ま、まずは、も、持ち物を確かめなきゃな!」
自身の行為を誤魔化そうと、慌しく自分の持ち物を確認し始めるファメル。そんな彼の振る舞いを目の当たりにし、光も微笑みながら自分の持ち物を確認する。
「えっと、まず水と非常食はあるな?」
「うん、この通り!」
二人はそう言って、今まで背負い続けていた革のリュックサックを地面に下ろす。そしてその中から、取りしたのは、大きめの硬い木の実で作られた水筒と、何枚もの植物の葉で包まれた食料だ。
「よし!勇者たる者、いつでも食い物をキープしておくのは基本だぞ!」
ファメルのその言葉に光は首を縦に振る。
「んで、装備もバッチリだし……」
今度はともに自らの身体を確認する。二人とも皮革の鎧を身に纏い、腰のベルトに備わっている鞘からは、剣の柄が突き出ていた。
「!…そうだ!」
ここでファメルはある物の有無を光に確認する。
「光、勿論持って来てるよな、“あれ”を?」
「勿論!えっと……」
そう言って光は自身のリュックサックの中に手を突っ込み、暫く中を探る。
「えっと…………あっ、あった!」
そして光は徐に、探していたある物を取り出す。
「“これ”の事でしょ?」
「おう、それそれ!」
その時光の手に握られていたのは、彼が“この世界”に来るきっかけとなった、例の赤い“日記”だった。
「その本は光みたいな“勇者”にとっては、どんな冒険においても必需品なんだ。だから絶対なくさないでくれよ!」
「うん、分かった」
そう答えてから、改めて“日記”を強く抱きしめる光。
「それじゃ、まずは出発前に、何か一言でもいいから書いといてくれるか?オレ達にとって記念すべき最初の冒険って訳だし、まずはその意気込みとかでも書いといてほしいんだ」
「そうだね。分かった、何か書いておくよ。ちょっと待ってて……」
すると光はその場に座り込み、リュックサックからペンを取り出すと、早速文章を記し始める。その様子をすぐ脇から静かに見守るファメル。
「……うん、これでよし!」
「どうやら書き終わったみたいだな。さてと、これで準備はいいな?」
その言葉に対し光は強く頷くと、すぐさま立ち上がり、置いていたリュックサックに“日記”を挿し込み、それを背負う。
「じゃ、行くぜ!」
「うん!」
そして二人は同時に歩き始め、神殿の内部へと進んでいった――――。
その時二人は神殿の入口部分にあたる広間を進んでいた。二人とも周囲を見渡してみると、その壁面には、古代エジプトの象形文字を彷彿とさせる奇怪な文字が一面に刻まれている。
「やっぱり中も広いねぇ……」
「ああ、オレの想像以上の広さだぜ……」
こうして互いに発する彼らの会話が、この神殿の内部で大きく響き渡る。
そして二人は広間の最深部にある壁面で立ち止まる。
「何だよ、ここで行き止まりか!?」
「ううん、それは違うと思うよ。だってこの壁、他の壁と違うもん。ほら!」
そう言って光は、前方にある壁面とそれ以外の壁面を交互に指差していく。
「…………あっ、そうか!」
ここでようやくファメルは気づいた。
他の壁には解読不能な文字が隙間なく刻まれている。しかし前方の壁にはそれが一切見受けられない。その代わり壁全体が、よく見ると人の顔をかたどって造られている。
「確かに他と違うな……って、とっ当然オレは気づいてたけどな!おっお前を試してみたんだよ。ゆ…勇者たる者、これぐらいの変化に気づいておかなくちゃ!」
突然顔を赤らめ、無理矢理にその言葉を放つファメル。それを受けた光はここで一つ、照れ臭そうな彼に向かって尋ねてみる。
「ホントに?」
「……ああ」
もう一度尋ねてみる。
「ホントに?」
「……だから気づいてたって…!」
もう一度尋ねてみる。
「ホントに?」
「…………ああっもう!しつこいぞ、光!ああそうだよ、気づいてなんかなかったよ。これでいいだろ……」
「ごめんごめん……」
ばつの悪そうな表情で平謝りする光。
「ったく……って、何だこれ?」
その時突然自身の足元を指差すファメル。それを受けた光も指された先に目を向けてみる。
そこにはこの神殿の他の床とは全く異なる部分が二つ並んで存在していた。その殆どが長方形の石材が敷かれた床なのだが、その部分の石材だけが、なぜか正方形を成していたのだ。しかもそこには、彼らの両脚がすっかり収まりそうな足型が刻まれている。
「…………」
「…………」
それを暫くの間無言を貫いたまま、じっと見つめ続ける二人。やがて互いの顔へと視線を移し変えると、ファメルが先に光へと話しかける。
「…………なあ、光」
「…………えっ、どうしたの?」
ファメルは急に恥ずかしがりながら、何かを尋ねたい様子を見せる。
「あのさ……もしかしてだけど…さ……」
「……?」
そして数秒経過してから、ようやく一つの疑問をぶつける。
「お前ってさ…まさか……オレと同じ事を考えてなかったか……?」
「…………」
ここで光もまた、あっさりと答える素振りは見せないでいた。ファメルと同様に数秒経過し、ようやく呟くように答えを声に出す。
「……多分一緒だと思うよ」
「そうか…それじゃあ……」
二人は一つ深呼吸し、今度は互いに合わせて頷く。その後二人とも少々膝を曲げて構える、今にも遥か前方へと飛び跳ねる体勢に。
「せーのっ――――!!」
その時二人は同じ掛け声を放った直後、その場から大きく跳ね上がり、ある一点に向かって着地を試みる。そこには、今まで二人が見つめていた、他と異なる正方形の床があった。
そして二人がそれぞれ持ち合わせている両足で、勢いよく正方形の床を踏みつける、それもその床に刻み込まれた足型にぴたりとはまるように。
「よしっと!さて、これから何が起こるんだぁ…?」
もはや我慢出来ず、既に興奮状態に陥るファメルだった。だが……。
「……ってあれ?」
「何も…起こらない……」
光が呟いた通り、何の変化もないままであった。あまりに予想外だった回答に、ファメルは肩を落とし溜息を一つ漏らす。
「何だよぉ…何にも起こらねぇじゃねぇかよぉ……」
そう呟き、まるで自らの全体重を一気に足元へ移し変えるファメル。その様子をすぐ脇から眺め、光もまた深く溜息を漏らす。
その時だった。
「…………!?」
突然二人がいる広間の空間全てが、小刻みに、やがて大きく揺れ始めた事に、二人は気づいた。
「じ…地震か……!?」
ファメルが叫んだ次の瞬間、今度は光が大きく叫ぶ。
「ファメル…あ…あれ……!」
そしてそのまま自身の人差し指を、ある一点に向けて指し示す。
「ど…どうした、ひか……!?」
彼が指す方向に目を向けたファメルは、一切驚きを隠しきれず、自身の台詞を中断させた。
光が指し示した先にあった物、それは今まで二人が不思議そうに眺め続けていた壁面だった。その壁面が、ゆっくりとではあるが、上方へ向けてせり上がっていくのである。
「じゃあ何でさっきまで、全然動かなかったんだろう?」
そう呟き首を傾げるファメルに対し、光は自分が考え出した答えを口にする。
「もしかしたら、さっきファメルが落ち込んだあの時、地面に体重がかかって、それで何かのスイッチが入ってこうなったんじゃないかな……」
「そ、そうか!そういう事か……」
光の予想にすぐさま納得するファメル。
やがてせり上がる壁面が大きな衝撃音とともに天井へと上がりきる。そして今までその壁が立ち塞がっていた場所には、大きな通路が出現していた。いったい何処まで続いているのか解らない程の奥行きが、漆黒の空間からでも感じ取る事が出来た。
(まさか…こんなに奥まで繋がってたなんて……)
そんな新たな進路をじっと眺め、改めて息を呑む二人。
「…で、でも、これでやっと先に進めるようになったんだね!」
「…お、おう、そうだな!」
しかしこの時、ファメルには一つ気になる事があった。
(な…何だ…この“感じ”?…凄く…不気味な…この“感じ”……)
その時思わず自身の胸元に手を当てたファメルからは、大量の冷や汗が滲み出ていた。
「…?どうしたの、ファメル……?」
そんな彼の不自然な様子に気づき、声をかける光。
「何考えてるの?早く進もうよ……」
そう言いながら、今にも歩み始めようとする。
「まっ待ってくれ!」
焦燥感に満ちた声を発しながら、光の腕を掴み歩みを妨げるファメル。
「うわっ!?な、何でそんなに行かせないの!?」
「何だか…嫌な予感がするんだ……だからもう少し様子を見ようぜ!このまま進んじゃ危険だ!」
今までにない焦りの表情を見せるファメルが、光に強く懇願する。さすがにこれ程の様子で自らに迫る彼を不思議に思い、彼の言う通りその場に留まり、そのまま様子を光。
「…………」
「…………」
その状態が暫く続いたその時だった。
「…………!?なっ何、この音!?」
その時二人の耳に飛び込んできたのは、実に不気味な音だった。まるで岩石を細かく削っていくような、不気味な音だ。その音が徐々に大きくなってきている事に、二人はすぐに気づいた。
「何かが…近づいてきてる……」
ファメルがそう呟いた次の瞬間、
「!?」
その時二人は目の当たりにした、何処までも続く通路の奥底から彼らを怪しく睨みつける、赤く不気味な眼光を。
全身の震えを抑えきれないでいる光。一方ファメルはというと、未だに冷や汗が止まらないではあるものの、冷静に眼光の様子を確認し続ける。どうやら彼には把握出来たようだ、その眼光の正体が何であるかという事を。
「光…剣を抜いて構えてろ!」
「わ、分かった!」
ファメルに命じられた通り、自身の鞘から、事前に彼から譲り受けていた剣を引き抜き、その切っ先を眼光へと向ける。
ファメルもそれを確認し、こちらも剣を引き抜き構える。
「…………」
「…………」
徐々に大きさを増していく眼光に目を向け続けながら、いつの間にか口内に溜まっていた唾を一気に飲み干す二人。
やがてその瞬間が、二人の集中が途切れずにいるうちに到来した。
「……!来たぞっ!」
ファメルが大声で叫ぶ。その直後、不気味な物音の主が突如として出現した。
「…………!?」
その姿を目の当たりにした光は、思わず息を呑んだ。
二人の目前に姿を現したのは、一匹の茶色い鼠であった。しかし勿論ただの鼠ではない。二人を通路の奥から睨みつけていた二つの瞳は不気味な赤で塗られており、持ち前の四本脚の先から生えた鉤爪は鋭く尖っている。そして何より最大の特徴は、その体長だ。見た目こそ鼠に似ているものの、その大きさは二人のそれと大差なかった。
「こ…これが…僕らの最初の敵……?」
「どうやらそうらしいな……」
光は未だに震えた声で問い、それに対しファメルは至って冷静に答えを口にする。
「な…何で…どうしてそんなに…落ち着いていられるの……?」
より一層声を震わせて尋ねる光。そんな彼に、ファメルはなるべく小さな声で応じる。
「いいか、オレの話をよく聞いといてくれ……」
その言葉を静かに受け取り、軽く頷く光。
「あのモンスターの名前は『スナネズミ』。あんな図体の割りにはそんなに強くはねぇ。あの時の練習通りに戦えば、絶対に勝てる」
「わ、分かった。じゃあまず僕が……」
そこから暫くの間、二人による小声での作戦会議が始まった。ただし当然ながらその間も、スナネズミへの注意を怠る事なく、じっとそちらへの視線を外さないままでいる事を心がけながら。
「……ホントに大丈夫かな?何だか不安になってきちゃった……」
「大丈夫。後はオレの言う通りに動いてくれりゃ問題ない」
その言葉の直後、二人は会話を止め、改めてスナネズミの方向へと視線を向け直す。
「…………行くぜっ!」
「う…うん……!」
二人が気合いのこもった叫び声を放った次の瞬間、彼らは行動に出た。
その時二人はそれぞれ正反対の方向へと駆け出す。彼らの突然の行動に、思わず混乱してしまうスナネズミ。最初のうちは互いに駆けていく方向に視線を移し変えていったのだが、やがてたった一人の姿に視線を集中させる。
そこにいたのは、光だった。
「…………!」
不気味な赤い視線を感じ、その源が存在する方向へ顔を向けてみる光。二本足で立ち上がったまま今にもこちらへと駆け出してきそうな状態のスナネズミがそこにはいた。
「っ!…………!」
その恐ろしさにおののき、一瞬だけ速度が遅くなるも、すぐさまそれを元に戻す光。未だにスナネズミからの視線は変わらず、彼に向かい続けている。
「おーいっ!」
突然、光の反対側に駆けていったファメルの呼ぶ声が、広間全体に響き渡った。その大きな呼び声は、光は勿論の事、今まで光のみに目を向け続けていたスナネズミの耳の中にまで入り込んでいった。
すると今度はその声の源であるファメルの方向へと目線を変更するスナネズミ。いきなり大声を聞かされて機嫌を損ねたのか、その表情や息遣いはすっかり荒くなっていた。
「こっちこっちーっ!お前の相手はこのオレだよーっ!」
明らかに敵を挑発させる呼び声とともに、全身を使って興味を引き付けるファメル。ますます息が荒くなるスナネズミに対し、畳み掛けるように罵りの声をぶつけていく。
「悔しかったらかかってこーい!」
その言葉の直後だった。
「……っ!?」
突如として、二人の耳を貫く甲高い鳴き声が、広間全体に響き渡った。
「う…ぐうっ……!」
今にも鼓膜が破れそうな程の叫び声に、思わず目を閉じ、両手で強く耳を塞ぐ二人。
「…………ファメルっ!」
自分の反対側にいる光からの声が幽かに聞こえ、もう一度正面を向き直すファメル。
その視線の先には、真っ直ぐにこちらへと突進してくるスナネズミがいた。もはやいかなる制御も不能といえる、赤く不気味な眼で彼に照準を合わせながら。
「そっちへ行ったよ!」
「おう!任せとけ!」
光の言葉に応じてから、ファメルは手にしていた大剣の切っ先を、襲い掛かるスナネズミへと向ける。そして大きく息を吐きながら、それを上部へと移動させていく。
そんな彼に近づくと同時に、鋭く尖った鉤爪で飛びつこうとする目前の敵。
その時だった。
「……はあっ!!」
その掛け声とともに、ファメルは握り締めた大剣を、強く振り下ろす。
その瞬間、スナネズミの口から絶叫が放たれ、広間に響き渡る。それと同時にその口と腹部から、どす黒い飛沫が前方に飛び散り、そのまま仰向けに倒れこむ。腹部には大きな切り傷が刻まれている。ファメルが振り下ろした大剣の刃が、見事に命中した証拠である。
「っしゃあ!」
そのすぐ脇に立ち、大きくガッツポーズを見せるファメル。彼の鎧にも多少の赤い“汚れ”が付着していたが、それを気にする素振りなど一切ない。
「す…凄い……」
遠目からではあるが、モンスターの襲撃からここまでの一部始終を目の当たりにした光はそう呟く。そして彼は感じた。
(やっぱり…ファメルって…強い!)
その時だった。
「光!」
突如としてファメルの口から自身の名が叫ばれたのに気づき、改めて前方に視線を送る。
「……!?」
先程ファメルにより深い傷を負い倒れ込んだスナネズミが、ゆっくりと立ち上がろうとしている、しかも今度は光自身の方へと目線を変更して。
「う…嘘…あれだけの傷を負ったはずなのに……」
たちまち声も震えて、そのまま二、三歩後退りしてしまう光。そんな彼を睨み続ける相手の注意を逸らそうと、もう一度大声で叫ぶファメル。
「おーいっ!こっちだって!」
それを聞き入れる耳など、今のスナネズミには存在しなかった。敵も少しずつ、光へと近づいてくる。
(ちくしょう!全然聞こえてねぇ!…しょうがねぇ、こうなったら……!)
そしてファメルは向こう側にいる光へ、大声で一言伝える。
「光!もうオレの掛け声じゃそいつを制御出来ねぇ!だからお前がそいつにとどめを刺してほしいっ!」
「え、ええっ!?」
彼の予期せぬ言葉に、動揺を隠せないでいる光。
「む…無理だよぉ…こんなの…勝てっこないよ……」
「大丈夫!あの時練習した通りに身体を動かせば、お前だって倒せる!」
徐々に弱気となっていく光に対し、必死に励ましの言葉を送り続けるファメル。それでも彼は未だに身震いを抑えきれずにいる。
「で…でも……」
「…………」
暫く広間には、スナネズミの唸り声のみが響き渡る。一歩ずつ目前の標的に向かってくるスナネズミ。一方の光は、もはや後退りする余裕すら失っていた。先程までファメルとの特訓を行い、少しは緊張も恐怖心も払拭出来たとばかり考えていたのに、気づいたら自身の瞳はすっかり湿っている。
(な…情けないよ、僕……あれ程練習してきたのに、何でここにきて、こんなに……)
あまりの不甲斐なさに、強く両目を瞑る光は思わずその場に崩れ落ちそうになる。
その時だった。
「光ぅっ!!」
「!?」
自分の反対側から聞こえるファメルの声に気づき、光はそちらに視線を送る。その直後、再び向こうの彼が叫ぶ。
「信じてくれ、自分を!“勇者”に選ばれたお前なら、勝てない事なんてねぇ!!」
その言葉を受けて、光は自らの心に言い聞かせる。
(そ…そうだ…僕は…選ばれたんだ……)
やがて剣の柄を掴む彼の握り具合が、自然と強くなっていた。
(こんな所で…挫けてなんか…いられないんで……!)
その直後、もう一度スナネズミの突進が繰り出された、先程までとは打って変わって、今度は光の方へ向かって。
「光!行ったぞ!」
ファメルが遠くから光に向かって大きく声をかける。
「…………」
彼からの反応がない。心配そうな表情でパートナーを見つめるファメル。
スナネズミの巨体が刻一刻と迫ってくる。もう誰も止める事など出来なさそうな様子である。
「…………やあっ!!」
その時光の口から、大きな掛け声が放たれた――――。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
その時光の吐く息は、酷く荒れていた。
その握り締めた剣の刃は赤く染められ、彼のすぐ脇にはスナネズミの巨体が横たわっている。息も、心臓の鼓動もない。
「ぼ…僕…倒したのかな……?」
「やったじゃねぇか、光!」
未だに信じられない様子でいた光の元に駆け寄ったファメルの表情は、満面の笑みに包まれていた。
「見事な剣捌きだったぜ!あの時のお前、マジでカッコよかった。ま、オレの奴にはまだまだ敵わないけどな!」
「あ…有難う……」
ファメルによるあまりの褒め具合に、恥ずかしさからか少々顔を赤らめる光がそこにはいた。
そんな彼を気にする事なく、ファメルは元気よく声をかける。
「……さて、邪魔者もいなくなった事だし、さっさと奥へ進む事にしましょうか、勇者様?」
「あ…そ、そだね!行こうか!」
そして二人の歩み始める姿が、徐々に通路の奥へと消えていく。やがてそれが完全に消失したその時、広間に残されていたのは、モンスターの巨体のみだけだった。