第八頁
「…………!?」
その時光は言葉を失っていた、予想だにしなかったファメルの一言を耳にして。
「ど…どういう事!?し…死んだって…そんな……!」
「信じられねぇだろ?そりゃそうだよな、今までのオレの振る舞いをずぅっと見てきちゃな」
ファメルは苦笑いを浮かべながら冷静に話していたが、それでも光は未だに信じ切る事は出来ていないでいた。そのまま互いに何も語らず、暫くその場から“音”が消失した。
そして再び夜風が舞い戻ったのを二人が感じた頃、光は勇気を振り絞ってファメルに語りかける。
「ごめんね、ファメル……」
「?」
突然の謝罪の言葉を受け、素早く地面から起き上がるファメル。一方光は俯いた姿勢のまま話し続ける。
「僕はまだこの世界に来たばかりだ。だから僕はこの世界の事、ましてや君の事もまだ何も解ってない」
その時光の瞳が徐々に潤い始めてくるのに、ファメルは気づいた。
「だからといって僕がふざけた言葉を喋ってしまったせいで、ファメルを嫌な気持ちにさせてしまったなんて…僕…どうしたら……!?」
そこから先は何も話せないでいた。光は強く歯を食い縛り続けることは出来たのだが、その瞳から溢れ続ける物を抑える事は出来ないでいた。
そんな光の背中を軽く叩いた者がいる、他ならぬファメル本人だ。崩れかけた表情のまま光がこちらを振り向くと、ファメルは簡単な笑顔を作って披露した。
「オレの顔を見ろよ、いつそんな表情をしたっていうんだよ?」
確かに彼の言う通り、嫌がる気持ちを示す部分は一つも見受けられない。
「つ…辛くないの……?」
「ああ」
光の言葉に対し軽く頷いて答えるファメル。その理由もまた、彼は何のためらいもなく話した。
「いくら家族でも死んじまったもんは仕方ねぇし、第一オレが物心付いた時にゃもう誰もいなかったしな……」
「え!?」
その事実を知り、かなりの衝撃を受ける光。
「オレが産まれる前には親父がいなかったみたいだし、残った家族もオレが産まれてすぐ、流行り病で死んだってばあちゃんから聞いたぜ」
「そうなんだ……」
そしてまた二人は互いに黙り込む。
「…………」
「…………」
その時ファメルが自身の懐に手を突っ込んだ。それを不思議そうに見つめる光。
暫くしてファメルがある物を取り出した。それは見たところ何年も前に作られたと思われる、銀色のペンダントだった。
「ばあちゃんが言うには、とっても素晴らしい家族だったんだってよ」
するとファメルは徐に、ペンダントの先端にある丸いチャームに指を当てる。そしてそれを軽くずらすと、それは開いた。どうやらロケットペンダントのようである。
その中には一枚の写真が入っていて、それファメルは光に披露する。
「えっ…これって……」
それを見た光は静かにそう呟く。
写真に写っていたのはライオンの顔をした三人の人物だった。背景が砂漠だった事もあり、この三人もノイル族の人物であると光は考えた。
その三人とは左から、この中では一番背が高く勇ましい風貌を感じさせる男性、一番背が低いが活発そうな笑顔を見せる少年、そして二人の間にあたる身長で優しく微笑む女性。特に中央にいる少年は、その容姿をよく確認すると、何処かファメルに似ているように光は感じた。
「もしかして…この人達が……?」
光のその問いかけに対し、首を縦に振るファメル。
「オレの家族。他に写真とかもなかったみたいだから、これに写ってる顔しか分からないけど……」
そう語ったファメルは、静かに写真を見つめ始める。
「…………ばあちゃんが言うにはさ」
その時ファメルは視線を一切移す事なく、左側の男性を指差し語り始める。
「オレの親父も立派な“勇者”だったんだ。この写真を撮ったすぐ後、“別界”から来た“勇者”と一緒に旅立っていったんだ……」
次にファメルは左側の女性を指差す。
「お袋はいつも家族や村の皆の事を最優先に考える、本当に優しい人だったんだって。よくばあちゃんが言ってたなぁ、『こんなに素敵な人が母親だったのって、本当に羨ましい事なんだよ』ってな!」
母親を紹介した際ファメルが披露したミミーの物真似に、微笑んで返してみせる光。
最後に中央の少年を指差し再び語り始める。
「本当は兄貴も“勇者”になるはずだったんだってさ。親父譲りの勇敢さに、お袋譲りの優しさを兼ね備えた、まさしく“勇者”に相応しい少年だったらしいぜ。だからオレはそんな兄貴をお手本にして、これまでずっと身体を鍛えてきたんだ!」
「そうだったんだ!」
ファメルの家族について詳しく知る事が出来、その性格のよさに深く感心する光。
そしてファメルは再び写真を見つめる。
「そんなお袋も兄貴も、今はもうこの世にはいない。親父だってずっと帰って来てないから、多分もう……」
そこから暫く無言を貫くファメル。そんな彼に光は何も口出しせず、同じく黙り込む事にする。
「…………」
「…………」
「…………でも」
その時ファメルは光の方へ視線を移した、これまでの空気を晴らすかのような微笑みを浮かべながら。
「この写真を通して、家族の皆がオレを見守ってくれているって、いつでもそう信じてる……」
そして最後に話をこう締め括った。
「だから寂しくも辛くもない!たとえどんな困難が待ち構えているとしても、このペンダントさえあれば、ちっとも怖くなんかない!……って、オレはそう信じてる」
堂々と宣言しておきながら後から恥ずかしさを感じたのか、突然頬を赤らめ、苦笑いを浮かべるファメル。その言葉を聞き終えた光は一言呟く、より一層彼に感心する。
「……やっぱり凄いなぁ、ファメルは」
「…?どうしてそんな事を……」
不思議そうな表情でファメルは尋ねる。すると光はすぐさまその理由を語り始めた。
「本当の家族だっていない。これから先、どんな事が待っているかも分からない。それでも君はこんなに前向きでいれるなんて、本当に凄いよ。もし僕が君の立場だったら、ずっと塞ぎ込んでると思うよ……」
ファメルを称えるとともに自らを否定する光の発言。
「そんな事ねぇよ」
「えっ!?」
その発言自体を否定するファメルの一言に、意表を突かれてしまった光。ファメルはそのまま理由を語る。
「お前が長老様の前で決断した時の様子、オレは今も覚えてるぜ。あの時のお前、物凄くカッコよかった!『どれだけ険しい道のりだって、光なら絶対に乗り越えられる』、オレはそう直感した!だから……」
そしてファメルは光の元へと近寄る。傍に辿り着くと、早速自身の右手を光へと差し伸べるファメル。
「だからもうこれ以上、自分を責めないでくれ。そしてもっと、自分のチカラを信じてくれ!万が一お前に危険な事が近づいたら、その時は必ずオレがチカラを貸す。その代わりお前も、自分を信じて危険に立ち向かってほしい!それを約束してくれるなら、改めてオレと握手してくれ!」
「!?」
突然の事だったので、開いた口が塞がらないままでいた光。
「なっ、約束してくれ、頼むっ!」
「…………」
必死そうな表情で強く懇願するファメル。光の返答を心待ちにしながら、暫く時は過ぎていった。
「…………君は本当に凄いよ、ファメル」
「ん?」
その時光の口から呟かれた一言に、ファメルは頭上に疑問符を浮かべる。光は更に話を続ける。
「だって僕、全然強くなんてないし、ましてやこんな別世界でいきなり試練に立ち向かえる自信すらなかった。それでも君は、僕を信じてくれている。一緒に困難に立ち向かえる自信を持ってる。それを聞いて、こんなに嬉しく感じた事なんてなかった。こんなに自分に自信が持てた事なんてなかったんだ」
「光ぅ……」
そして光は語り続ける、彼自身の右手をファメルの右手へと差し出しながら。
「……だから僕は信じるよ、自分の事を、そして君の事も!君と一緒ならどんな事にも挑戦出来そうな気がしてきたよ!」
「…そう来なくっちゃ!よっしゃ、それじゃあ……」
その時二人は迷う事なく、互いの右手を力強く握り締める。
「約束な!」
「うん、約束!……って」
その時いきなり光の姿勢が一気に崩れ落ちた。その様子を目の当たりにし、不気味な笑みを浮かべるファメル。
「へへっ引っかかったな!」
「ああっ!まさか!?」
光はすかさずファメルの掌を指差す。そして彼も自身の掌を光へと見せ付ける。そこには彼の肉球がくっきり露わにされていた。
「勇者たる者、自身の“弱点”をしっかりわきまえておかなきゃ!」
「もう……」
そのまま互いの顔を見つめ合う。その時自然と微笑みを隠せなくなった二人が、そこにはいた。
「……ってヤバっ!?こうしちゃいられねぇ!光、お前も早く寝ちまった方がいいぞ!」
「わっ!?ど、どうしたの急に!?」
突然慌てふためくファメルに驚き、その理由を尋ねる光。
「いくら“勇者”に選ばれたって言ったって、今のお前じゃまだまだ“半人前状態”なんだ!まずはオレが朝から稽古をつけてやる。だから早く寝てくれ、寝ぼけたままじゃそれどころじゃねぇからな…!」
「そっそうだね、分かったよ!まだ“日記”書き終わってないから、終わったらすぐ寝るよ!」
その言葉の直後、光は大急ぎで“日記”に文章を記し始める。
「早くしてくれよ!じゃ、オレは先に寝かせてもらうからな!」
「うん、お休み!」
その言葉に対し軽く頭を下げ、ファメルは静かに玄関の扉を開き、ゆっくりと中へ入り込み、静かに扉を閉める。
暫く独りで外にいた光も、やがて“日記”と二人分のコップを手に、先程のファメルと同様の行動で中へと戻った。
その時広がる夜空からは、月に似た天体からの優しい輝きが、《タルスト村》の大地へと降りかかっていた――――。
その時広がる青空からは、太陽に似た天体からの力強い輝きが、《タルスト村》の大地へと降りかかっていた。“この世界”に新しい朝が訪れてきたのだ。
砂ばかりの大地と“こちら側の太陽”の影響で、夜が明けてからまだそれ程時間は経っていないにも関わらず、もう地面はじりじりと照りつけられていた。
そんな朝早くから外の空気を浴びながら、ひたすら身体を動かしている人物がいる。
「いちっ、にぃっ、いちっ、にぃっ……」
勢いよく上がり続ける掛け声の主は、ファメルだった。厳しい暑さを感じながら身体全体を動かし続けてきたようで、既に汗の量も少なくなかった。
(よぉし、だいぶ身体が熱くなってきたぞ!)
自身の運動が効率よく進んでいる事に手応えを感じるファメル。
「あとはあいつが起きるのを待つだけ……ん?」
自身の家の玄関が開く音が聞こえ、すぐさまファメルはその方へと視線を向ける。
「おっ起きたみてぇだな。おはよっ!」
ファメルの視線の先、玄関から外に出てきたのは、光だった。ファメルの掛け声を耳にし、光は返事する。
「お早う、ファメル!」
「昨日はよく眠れたか?」
「うん、お陰様で!」
笑顔でファメルと会話する光。
「中々似合ってるぜ、その格好」
「え?あ、これだね…あ…有難う……」
そう言ってファメルが注目した光の衣装が、これまでと変化していた。胸元には丈夫そうな皮革で作られた鎧。そして腰に巻かれたベルトの左脇には、何も納められていない鞘が備え付けられてある。
するとファメルはある事に気づく。それは……、
「お前、もう汗ばんでないか?何だか服が湿ってるみてぇだぞ」
「や、やっぱり気づいた?」
光は照れ笑いを浮かべながら、鎧と服の間に向かって片手で仰ぐ。確かにファメルの言う通り、彼の服や身体のあちこちに湿っている様子が見られる。
「まさか朝からこんなに暑いなんてね。それに・・・・・・」
「それに?」
そして光は、今まさに自分自身が身に纏っている鎧に目を向ける。
「今まで一度もなった覚えがないもん、こんな格好・・・・・・」
「あ…そうか…そうだな……」
光の語った理由に、何の文句も言わずに納得するファメル。
(まぁ後で水浴びしとけば何とかなるか……)
「ね…ねぇ……」
「ん?」
ここで光の口からこんな疑問が投げかけられる。
「そういえばあの夜、君言ってたよね?『今の僕じゃまだまだ“半人前”だ』って。それってどういう意味?」
「そっか、まだ言ってなかったな!」
光の質問で何かを言い忘れていた事に気づいたファメル。そこで彼は言い忘れていた“重要事項”を語り始める。
「光みたいに“別界”から来た“勇者”には、それぞれが持つ特別な“武器”があるんだ。オレらのような“こっちの世界”の人間とは違って、今のままじゃ魔法を使う事も出来ねぇし、第一まともに戦う事すら出来ねぇ。でもその“武器”さえ手に入れれば、魔法も使えるし、立派に戦う事だって出来るって事なんだよ」
「そうなんだぁ。それで何処にあるの?その“武器”って……」
「まあまあ、落ち着いて。それについては後でしっかり教えるから」
ここでファメルは“二人がよく知っている誰か”と同じく、一つ大きく咳払いしてから説明を続ける。
「勿論簡単にそれを手に入れられる程世の中甘くはねぇ。その途中には色んなモンスターが襲い掛かってくる事だけは、当然理解してもらいたい」
「分かった。そうだよね、そんな簡単に物事が進み過ぎちゃ、そもそも僕らの手助けなんていらないはずだもんね……」
光の言葉に対し首を縦に振り、それが正論だと認めるファメル。
「だからこそ、まずは少しでも戦闘に慣れておく必要がある。お前の“武器”が見つかるまではオレの剣を貸しておく。それを使って、これから戦いの練習を始めたいと思う」
そしてファメルが自身のすぐ脇を指差す。光がそこに視線を向けると、そこには砂の大地に突き刺さった一本の剣があった。
「この剣をお前に貸す。随分前から家にあったから、結構ボロくなってるけど・・・・・・」
剣に近寄った光が勢いよく引き抜くと、確かにその所々に錆らしきものがこびりついていた。それでも光は、何一つ文句を言う事もなく、その代わりこう語った。
「大丈夫だよファメル。確かに何もないよりは安心出来るし、それに僕には君がついているから・・・・・・」
「ありがとな、光。よぉしそれじゃあ……」
ここでファメルは自身のベルトに備わった鞘から、一本の剣を引き抜いて構える。その剣は彼が初めて光と出会ったあの時、襲い掛かるモンスターを倒した際に使われた物であった。
「早速始めようか!」
「分かった!最初にどうすればいいの?」
「そうだなぁ…じゃあまずは……!」
その時から二人の掛け声が、その場に大きく響き渡った――――。
「…………着いたぞ、ここが目的地だ!」
「えっ!?ここって……」
その時二人が到着したのは、光が“この世界”の降り立って最初に目にした、あの巨大な建造物だった。古代の神殿を思わせる外観は、その時と少しも変わらないままだ。
「この神殿の一番奥に、お前の“武器”があるはずだ」
(やっぱり、神殿だったんだ…ここ……)
ファメルの説明により、ようやくこの建造物の正体が判った光。その直後、なぜか胸の鼓動が高鳴ってきたのを感じ、自らの左胸に手を添える。
「…………」
「……緊張するか、光?」
光の行動に気づいたファメルが声をかける。
「うん。覚悟はしてたけど、こうして“その時”が近づくと、やっぱり……」
「そうか…だよなぁ。実はオレも緊張してるんだ……」
「えっ!?」
あまりに意外なファメルの一言に、思わず動揺を隠せないでいる光。
「実をいうとこれがオレにとっても最初の“冒険”ってなる訳でさ。何だか武者震いが治まらねぇんだ」
光が確認すると、確かに今まで勇ましく振舞っていたファメルの身体が、小刻みに震えている。
「そうか…“お互い様”だったんだね、僕達……」
「ああ、そうみてぇだな……」
そう言って互いの顔を見つめ、いつの間にか微笑み合っていた二人。
「じゃ、行くか!このままビビり合っててもしょうがねぇしな!」
「うん、行こう!」
そして二人はゆっくりと、神殿に向かって歩み始める。その時二人の背中を、砂漠の乾いた風が後押ししていった。