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別界記  作者: 星 陽友
第一章 はじまりの時
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第七頁

  その時三人は、一軒の建物の入口にいた。

  ファメルとミミーの住む家からこの場所まで来る途中、大小様々な家が設けられていた。どれもが藁のような細長い植物で作られており、その頂は巨大な木の葉で覆い被されてあった。

  そして現在三人の目前に設けられている建物も、一見すると他の家とは特に変わった様子はない。ただ少しばかり異なっていたのは、その建物がこれまで確認されてきた家に比べると一回りも二周りも大きく、その入口には樹木の幹を加工して作られたトーテムポールのようなオブジェが、扉の両端に据え置かれてあった事であった。

  そんな他とは異なる雰囲気を漂わせる扉の傍に、ミミーが一人近づいてくる。そして扉に顔を寄せると、壁をすり抜けて内部へ到達してしまう程の大声で語りかける。

 「長老様、ミミーです!重要なお話があって来ました!」

 「おお、入りなさい」

  ややしわがれた男性の声が扉の奥から聞き取れたのを確認すると、ミミーは早速その扉を開かせる。

  そして三人が家の内部に入り込み、最後に入ってきた光がその扉を閉める。外にはまだ強い日光が大地を照らしていたのだが、いざ家の内部に到達すると、差し込む幾つかの日差しが程よい明るさと室温をもたらしていた。

 「そこに腰掛けなさい」

  そう言われた三人が視線を下げてみると、ちょうど部屋の中央部に何枚か木の葉が敷かれてある。その内の三枚をそれぞれ選び、扉から見て右側に光、左側にファメル、そして中央にミミーが腰掛けた。

 「それで何かのぅ、話というのは……」

  そう声をかけ薄暗い部屋の奥から三人の座る方へゆっくりと近づいてきたのは、“長老様”という呼び名に相応しい、大層風格のある外見を誇る、一人の老人だった。

 「はい長老様、つい先程の事なんですが…ほらっ光くん!」

 「はい!」

  今までの不安など一切見せつけず勢いよく返事をした光が、“長老様”の目前に移動する。

 「この子の名前は朝日奈光、今回“勇者”として選ばれた“向こうの世界”の少年です!」

 「ほほぅ、この子が……」

  大まかな光の紹介を受け取り、暫く彼の図体を確認し始める“長老様”。突然の身体検査らしき行動を目の当たりにし、思わず冷や汗を浮かべる光。

  暫く彼の全身を確認し、軽く咳払いしてから話しかける“長老様”。

 「なるほど……」

  するといきなり“長老様”の掌が、光のすぐ傍まで差し出される。

 「ワシの名はヤップ。我々ノイル族が暮らすここ《タルスト村》の村長を務めておる」

 「あ、朝日奈光です。は、初めまして……」

  緊張気味ながらも挨拶が無事済まされ、ヤップの掌に自分の掌を近づける光。やがて二人の掌が一つに重なり合ったその時、それらは強く握り合わさる。

 「こちらこそ初めまして、光くん。君の噂は村の者から聞いているよ。もう疲れは大丈夫かのぅ?」

 「はい!ミミーさんのお家で眠っていたのと“お水”のお陰で何とか……」

  それを聞いて安心した表情を見せるヤップ。そして二人の掌がゆっくり離されると、彼はその手を下方に向けて光に声をかける。

 「さぁ、座りなさい」

 「はい」

  言われた通りすぐさまその場に腰を下ろす光。

  そしてまた一つ咳払いした後、ヤップは光に質問をぶつける。

 「さて光くん、今のこの状況について、二人から話は聞いておるかな?いきなりの話でかなり驚いたはずじゃが……」

 「はい、おっしゃる通りです。それこそ最初は本当に訳が分からなくて……」

  すると今度は逆にヤップに向かって、光からの疑問が投じられる。

 「あ、あのぅ、村長さん……」

 「すまぬが“長老”と呼んでくれぬか?この村の皆からはそう呼ばれておるからのぅ」

  そんなヤップによる訂正を受け、光は改めて疑問をぶつける。

 「長老様、教えてください!ここはいったいどういう世界なんですか?僕はいったい何をすればいいんですか?」

  光の疑問を静かに耳にするヤップ。それを全て聞き終えると、彼は再び咳払いを済ませ、ゆっくりと答え始める――――。


 「我々が住むこの世界を《真界リアル・ワールド》、そして君が住む向こうの世界を《別界アナザー・ワールド》。ワシらはそう呼んでおる。逆に君から見れば向こう側が《真界》、こちら側が《別界》となる。ややこしくなるがそう位置づけられておる」

  三人は一言も口出しする様子はないままでいる。ヤップの話は続く。

 「そしてこの世界では数年ごとに、“不穏な空気”が世界中に広がる時が来る。その度に様々な種族から一人ずつ、“勇者”として戦う事となる者達が選ばれる。そこにおるファメルも、選ばれた少年の一人なのじゃ」

  そう聞いて思わずファメルのいる方へ目を向ける光。それに合わせて、ファメルは首を縦に振って応える。

 「しかしいくら大勢の“勇者”をかき集めたとしても、どうしても“不穏な空気”に敵う者は現れなかった。どうやら我々の力だけでは足りなかったようなのじゃ……」

  それを聞き静かに頷くミミー。

 「そんな時我々の祖先は見出したのじゃ、こことは異なるもう一つの世界、つまり《別界》の存在をな。そして彼らはこう考えた、もし《別界》の者達の力とこの世界の者達の力を合わす事が出来たの  なら、この“空気”を滅ぼす事が出来るのではないか、と……」

 「それで、僕が選ばれた……」

  思わず声を漏らす光。そんな彼の一言に対し、ヤップは無言で頷く。

 「時代が繰り返される中で、これまで様々な《別界》の者達が選ばれ、この地で戦い続けてきた。君もまたその内の一人として選ばれた……」

 「何で僕が選ばれたんですか?」

  今度の光からの質問には、今まで事細かに教えてきたヤップの首は横に振られた。

 「すまぬがそれはワシにも分からぬ。何せ我々が勝手に選ぶ訳ではないからのぅ。ただ……」

 「ただ?」

  その時ヤップは少し話を中断させ、一息ついてからそれを再開させる。

 「唯一判明しているのは、“この世界”に降り立った時、皆が揃って“本”を所持しておる事じゃ」

 「“本”って…これの事ですか?」

  早速光は自身の傍らに置いていた例の“本”を、ヤップに差し出す。

 「おおっこれじゃ!この本をどの勇者も所持しておるのじゃ。どうやってこれを手に入れたのか、ぜひ聞かせてくれんかのぅ?」

 「ええ。でも僕、未だによく分からないんです。偶々これを見つけて、気がついたら拾ってて、知らないうちに日記に使ったら“この世界”に来ちゃってて……」

  無理矢理思い出そうとしてまたしても混乱に陥りそうな光に気づき、ヤップはすぐさま落ち着かせる。

 「頭を痛くさせてすまんのぅ。分からないのならそれでいい」

  すると今度はこんな事を尋ねてくる。

 「君はさっきこの本を『日記に使った』と言っておったな」

 「は、はい。元々日記を書く事が僕の趣味だったんですけど、この本を見てて思ったんです、日記に使えるんじゃないかなって……」

  ほほぅ、と優しく反応するヤップ。そして再び語り始める。

 「今までの者達がそうだったのじゃが、どうやら皆がその本を日記として使っておる。それの皆違った経緯で手に入れているとは聞いておるが…」

 「そうか…それじゃ光が“勇者”に選ばれたのは、偶然っていう訳じゃなかったって事だな!」

  突然ファメルが二人の会話に割り込んでくる。彼のその発言の理由を尋ねる光。

 「何でそうなるの?」

  するとファメルは自慢げに答える。

 「だってお前は日記を書くのが趣味なんだろ?もし書くのが嫌いだったら、そんなもん全然気にしないはずだよ」

 「いや、そうでもないらしい」

  ヤップからの冷静な“否定の言葉”を受け、思わず素っ転ぶファメル。

 「な、何でだよ長老様……?」

 「どうやら日記の好き嫌いに関係はないらしい。光くんのように書くのが好きな者もおれば、特に興味もなかった者もおったようじゃからのぅ」

  その時ちぇっ、とファメルの口から残念がる音が鳴る。ここで再びヤップの咳払いが入り、再度彼は語る。

 「とにかく光くん、君には暫くの間“この世界”で生活し、様々な試練を乗り越える必要がある。それには悲しい事や辛い事など、時に心折れそうになる事も数多く待ち受けておるはずじゃ。それでも君には立ち向かえる覚悟はあるかのぅ?」

  ヤップの問いかけの後、暫くその場の音が消え失せた。

 「…………」

  やがてそれまで堅く閉ざされてあった光の口が、ようやく開かれた。

 「…………はい」

  その時光はヤップに視線を向けた、この世界に降り立ってからは一度も見せる事のなかった、澄み切った瞳で。

 「僕、やります!どっちにしろここでずっと動かない訳にはいかないですし、それに……」

 「それに?」

  そして光は何の迷いもない表情で、一言言い放つ。

 「僕には、本当に頼れそうな“パートナー”がいますから!二人一緒ならきっと何でも乗り越えられるはずです!」

  その言葉の直後、光は隣に座るファメルの方へ視線を送る。

 「ねっファメル?」

 「光ぅ……」

  その時ファメルの瞳が、僅かながらの潤いを見せる。それをすぐさま拭いながら、彼は思わず苦笑いを浮かべる。

 「へへっ情けねぇ、また目から汗が出てきやがったぜ……」

 「ははっ、意外と涙もろいんだね、ファメルって」

 「う、うるせー!」

  何気ない会話の後で互いの顔を確認し、いつの間にか両方とも失笑していた二人。そしてそれにつられて優しく微笑むミミー。

  そんな彼らの様子を静かに見つめていたヤップが、もう一度咳払いして三人の注意を引き付ける。

 「成る程、君達の仲のよさがよく分かったよ。これなら安心して送り出せそうじゃ!」

  するといきなりヤップがその場から立ち上がり、扉の方へ向かってゆっくりと歩き始める。その脚で一歩ずつ前へ進みながら、三人へこんな頼み事を伝える。

 「ワシと一緒に来ておくれ、ぜひとも君達の事を皆に教えておきたいからのぅ……」

  その時三人は暫く間を置いてから、同時に同様の返答を彼に送った。

 「……はい!!」



 ――――その時光もファメルも、二人揃って星空を眺めていた。

「……綺麗だね……」

「ああ……今日の空は特にな……って」

 するとファメルが今度は光の脇腹を軽く小突く。それに反応した光が咄嗟に彼の顔に視線を移すと、その人差し指が光の真正面に置いてあった大皿を指しているのに気づいた。

「折角のご馳走なんだ、さっさと食えよ。このままじゃ冷めちまって美味い物も美味くなくなっちまうぞ」

「え…あ…そうだった……」

 光もまた自身の大皿を改めて確認した。そこには中心までしっかりと焼かれ、贅沢に分厚く切られた肉の塊が置かれてある。

「これは『スナイノシシ』っていうモンスターの肉でさ、スッゲー美味いんだけど中々姿を現さねぇんだ」

「ふうん……」

 ファメルからの説明を聞きながらその肉を凝視する光。

(これって確かあの時、僕に襲い掛かってきたモンスターだよね…まさかこんな姿に変わっちゃうなんて……)

 あれ程の獰猛さを誇っていたモンスターの変わり果てた姿に驚いたまま、暫くそれを眺め続ける光。

「…………」

「……おーい!」

「……へ?……ひっ!?」

 横から自分に呼びかけてくる声に反応し、その音源の方向に顔を向けてみる光。そこには尋常でない程の涎を垂れ流した状態で、光の肉を凝視するファメルの姿があった。その不気味過ぎる様子を目の当たりにし、思わず悲鳴を上げる光。

「な…なぁ…お前がいらないって言うんなら…代わりにオレが食ってあげても…いいんだぜ?」

 するといきなり光の腹の虫が、大きな鳴き声を上げる。途端に極度の空腹感に苛まれ、光は自身の腹部に両手を当てる。

 そしてその状態のまま、涎の流出を抑え切れないでいるファメルに視線を向ける。一瞬申し訳なさそうな表情を浮かべるものの、光はすぐに意を決した。

「い…いただきますっ!」

 そう叫び、目前にある肉の塊に勢いよく齧り付く光。自身の前歯を思い切り食い込ませ、その一片を力一杯引き千切る。そして奥歯でじっくりと噛み始める。

「…………」

 暫く噛み続けていたその時だった。

「…………!?」

 突然光の表情が急変した。明らかにこれまで見せる事のなかった驚きの表情だった。それを目の当たりにしたファメルが心配そうな表情で尋ねる。

「お、おい…どうした!?」

「…………お…………」

 その時光の表情は、徐々に緩んできた。

(美味しいいいぃぃぃいぃぃいぃぃ!!)

 心の中で生み出されたその一言と同時に表現された、満面の笑みと彼の頬を伝う一筋の滴。

「何これ!?凄く美味しいよ!」

 噛んで噛んで噛み続け、飲み込んでは再び齧り付くという一連の動作が、もはや止まるところを知らなかった。そんな彼の様子を見届けていたファメルの表情も、それにつられていつの間にか綻んでいた。

「だろ?」

 光は無口のまま首を縦に二回振る。

「もしまだ食いたかったら遠慮しないで言いな!お前が満足するまで持って来てやるからさ…」

 その時ファメルの目前には、既に何も残っていない大皿が差し出されていた――――。



 その時二人を祝う盛大な宴は、既に幕を下ろしていた。それ程涼しくはない夜風が吹く中残っていたのは、先程まで住民達に囲まれていた、今なお高く燃え続けている炎だけであった……。


 その時光はファメルとミミーの家の入口で、独り星空を眺めていた、彼が“勇者”に選ばれた証であるあの赤い日記に、この日自身が遭遇してきた出来事を綴りながら。

「…………」

 すると突然、入口の扉がゆっくりと開く音が聞こえてきた。

「?」

 光がそちらへ振り向くと、そこにいたのは木で作られたコップを両手に持ったファメルだった。

「あっファメル!」

 ファメルは光の傍にコップを置くと、今度は彼のすぐ隣で、大きな欠伸を披露しながら胡坐をかく。

「何してんだよ?もう真夜中だぞ……」

 光は自身の人差し指で日記を指し示す。

「日記をね、書いてたんだ」

「あっそうか、わりぃ……」

 早速光が指し示す先にある日記を見つめながら、ばつの悪そうな表情を浮かべるファメル。

「大丈夫だよ、ファメル」

 その時光は、何だか複雑そうな思いが詰まった暗い表情を見せる。それに気づいたファメルは、その理由を尋ねてみる事にした。

「どうしたんだよ光?そんな暗い顔なんかして……」

「…………」

 暫く沈黙を続けた後、光はその理由を語り始める。

「…………ホントはね、怖いんだ……」

「…………」

 そして光は再び頭上に広がる星空を見つめ直す。一方のファメルは無言を保ちながら、光の言葉一つひとつに、しっかりと耳を傾け続ける。

「こんな真夜中になっちゃったから、今頃父さんも母さんもかなり心配してるだろうし、第一この世界にいる事がまだ信じきれてないしね……」

「そうか…そうだよな……」

 ファメルはそう呟きながら、生暖かい砂の地面に大きく寝そべってみせる。その直後彼も一言、相当寂しそうな声で呟く。

「いいなぁ光は。心配してくれる“家族”がいてさ……」

 その時光はファメルの意味深な発言を耳にし、実は密かに抱いていた一つの“疑問”を思い切ってぶつけてみる事にした。

「そういえばファメルの家族にまだ会ってなかったっけ。何処かに出掛けてるのかな?」

「…………」

 暫く黙り込むファメル。それを見てますます頭上に疑問符が浮かぶ光。

「……オレの家族は……」

 その時ほんの一瞬だけだったが、その場を吹いていた夜風が止んだ。それに合わせるかのように、ファメルの閉ざされていた口が静かに開く。



「…………死んだよ」

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