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別界記  作者: 星 陽友
第三章 “試練”の時 一
44/45

第四十四頁

「はあっ!」

「やあっ!」

 その時二人の掛け声とともに、彼らが持つ槍の切っ先が、目前の巨体に向かって近づけられていた。“勇者”佐久間輝吉の<緑槍>と相棒シャオッグの槍が、目前で構える「クリスタルスパイダー」に一撃を与える為、今まさに鋭く向かっているところであった。

「っ!」

 しかし相手の「クリスタルスパイダー」も勿論このまま黙っている筈がなかった。何人もの輝吉が映し出された両眼が彼に狙いを定めると、モンスターは自らの口を大きく開かせる。そしてその状態から…………、

「いっ!?」

「輝吉さん!」

 その時開かれた口の中から飛び出した“何か”が、目にも止まらぬ速さで輝吉の頬を掠めていった。それが吐き出された事や自らの真横を通過していったのは本人にも理解出来たが、現時点でそれが何なのかはよく分からなかった。しかしそれはすぐに判明した。

 その時それが掠めていった彼の右頬がぱっくりと割れ、その周辺が一瞬にして真っ赤に染まったのだ。その直後に頬からの激痛を感じた輝吉は思わず体勢を崩し、モンスターへの一撃を中断させる。そして相棒の様子が心配でならないシャオッグもまた、一旦その場から後ずさりする。

「だ、大丈夫ですか、輝吉さん!?」

 最悪の事態を想定し一気に青褪めたシャオッグはそう叫ぶと、早速相棒の元へと駆けていく。どうやら幸いにも意識はあるようだが、その代わりに激痛の走った輝吉の頬からは、夥しい量の血潮が溢れ出ていた。

「ち……畜生……痛えじゃねぇかこの野郎…………!」

 どうやら自身に深手を負わされた事に、輝吉は激しい怒りを覚えたらしい。そんな相棒の落ち着かない様子に、シャオッグはまたしても青褪める事となった。

「て、輝吉さん!もう怒っちゃだめですよ!このままじゃ大量出血で命の危険が…………!」

 その時シャオッグはすぐさま後ろへ振り向き、彼らの様子を窺い続けていた“勇者達”の中からとある一組に向かって、大声で叫んだ。

「陽音さん、リビィさん!早く輝吉さんに回復魔法を!」

「う、うん!分かった!」

 その時彼に促された岸川陽音が、すぐさま輝吉たちに向けて自らの杖を向け、回復魔法を唱える準備を開始する。そして彼女の相棒であるリビィも同様の体勢を整えたところで、二人は同時に呪文を唱える。

「≪ロヴィーセ≫!」

 するとその直後、何処か優しい輝きに満ちた球体のようなものが、二人の全身をすっかり包み込んでいった。そしてその球体を作り出す煙のような物体が彼らの傷口に覆い被さっていく。

 その状態が数秒間続き、やがてそれが消え去った時、いつの間にか二人の全身に負わされた深手は、あっという間に消え去ってしまった。その時二人は一度深呼吸して落ち着きを取り戻してから、輝吉が代表して二人に感謝の言葉を贈った。

「ありがとな二人とも!お陰で痛みもすっかりなくなったぜ」

「いいえこちらこそ、二人の役に立ててよかったよ」

 そこへ更に二人の気持ちを鼓舞させようと、他の“勇者達”も声援を送った。

「二人とも、頑張って!」

「頑張れシャオッグ!そしてテルキチ!」

 その時光と晴児の応援を受け、輝吉もシャオッグも笑顔で頷いて思いを伝える。しかしここで一方が“ある事”に気づき、すぐさま訂正するよう笑顔で(、、、)忠告する。

「って、テルキチゆーなっ!」

 それから二人は改めて目前の「クリスタルスパイダー」を睨みつけ、再び自身の切っ先をモンスターへと向ける。

「今度はこっちの番だっ!」

 彼らはこの掛け声を合図に高々と跳ね上がり、モンスターの巨体へ向けて槍を振り下ろす。

「はあああっ!」

 その時彼らが気合の籠った大声とともに振り下ろした切っ先は、「クリスタルスパイダー」の眼球の一部に深手を負わせる事に成功した。

「やった!」

「いいぞ二人とも!」

 その一撃でダメージを与えられた箇所を押さえながらその場でのたうち回るモンスターの姿を受け、他の“勇者達”は思わず歓声を上げた。そして勝負が一気に優位な状況に変化し皆が大きく盛り上がりを見せる中、唯一彼のみ(、、、)が何一つ表情を緩める事はなかった。

「…………あれ?どうしたんですかアティンデさん、何だか不思議そうな様子ですけど…………」

「…………ああ、実はな、少し気になっている事があってな…………」

 その時光から様子を訊かれたアティンデは、再び首を傾げる仕草を見せた。そして何故自身がそういいった状態に陥ったのかを、ここで彼に打ち明ける事に決めた。


「以前仲間から『クリスタルスパイダー』について話を聞いた事があるんだが、その時に聞いたモンスターの特徴が此奴とあまり一致しないんだ…………」

「え……それってどういう…………」

「本来『クリスタルスパイダー』は鉱石を主食としていて、余程自らに危害が加わらない限り、他の生物に手出しする事なんてないらしい。現に今はこうして戦ってはいるが、それこそこちらから奴らに攻撃を仕掛けた訳ではないからな…………」

「そ……それじゃ、あのモンスターは一体何で…………」


 …………その時だった、

「っ!?」

 その時目前の「クリスタルスパイダー」が姿を現した坑道の奥深くから、またしても何者かの不気味な足音が聞こえてきたのだ。しかもどうやら今回は一匹だけでなく、複数のモンスターが忍び寄ってくるようである。

「おいおい勘弁してくれよ。ここにきて助っ人なんて卑怯だぞ!」

「あっ、ちょ、ちょっと待ってください!これって…………」

 それまでモンスター一体と対戦し続けていた輝吉とシャオッグは当初愕然としてしまった。しかしその正体が判明した時、二人は思わず困惑してしまう。

 その時廃りの目前に恐る恐る姿を現したのは、彼らの対戦相手と同様の三匹の「クリスタルスパイダー」であった。しかし目前のそれと大きく異なる点として、体長が明らかに小さすぎるというところであった。

 そんな三匹の小さな「クリスタルスパイダー」は二人の目前まで辿り着くと、先程深手を負った一体に対して非常に心配そうに見つめる行為に及んだ。そしてそれらの不可解な行動から、その場にいた全員が四匹の関係性について、ある事を確信する。


「もしかして……親子…………?」


 すると突然、モンスターは再び奇妙な行動を開始する。

「…………っ!」

 その時輝吉やシャオッグだけでなく、他の“勇者達”全員も揃って驚きを隠せずにはいられなかった。何故ならこれまでずっとこちらに敵意を向け続けていた「クリスタルスパイダー」が、自らの頭部を二人に差し出すかのように傾けたからである。しかもそこから全く微動だにせず、彼らに襲い掛かろうとする様子は一切見られなかった。

「もしかして……くれるって言うのか…………」

「額についている宝石を……ボク達に…………」

 まるで彼らの言葉を理解しているかのように、モンスターは軽く頷いて見せた。それを受けた二人は、これまでの戦いがなかった事のように思え少々気まずい表情を浮かべたが、ここはモンスターの行動を素直に受け入れる事に決めた。

「わ、分かった…………」

 そして輝吉はモンスターの行為に従って、勿論恐る恐るではあるものの、静かに額の宝石に向けて手を伸ばす。

「わ、悪いな。ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してくれ」

 そう言って目前の「クリスタルスパイダー」に忠告しておいた後、輝吉はゆっくりと額の宝石に手をかけ、それを一気に引っ張り出す。これまでに聞いた事のないような鈍い音とともに進行していくその光景に、全員が思わず目を背けてしまっていた。

 やがて数秒間無音のまま時間が経過したところで、彼らは輝吉の片手に向かって視線を移す。その時掲げられた彼の手中には、先程までモンスターの額に存在していた宝石が握り締められていた。暗闇の坑道に鮮やかな橙色の輝きを照らし出していく。

「や……やった、のでしょうか…………?」

 どうやら更なる激戦を予想していたシャオッグにとって、これは余りにも予想外な結末である事は言うまでもなかった。そしてそれは相棒にも同様の思いが伝わっていた。

「……そ、それにしても…………何でこんなに、あっさりと…………」


 …………その時だった、

「っ!?」

 その時坑内の至る所が、突如として小刻みに震え始めてきたのである。しかもその震えは時間を追う毎に度合いを高めていき、その影響で周囲の岩肌が、いとも簡単に崩壊を開始していく。

「な、何これ、地震!?」

「しかもこれ、かなりヤバイ奴だぞ!」

「皆!兎に角落ち着いて!」

 未だに揺れや崩落が治まらない中、光が率先して仲間達を落ち着かせようとする。更にそこへ、この緊急事態に関してこれから予測される出来事を逸早く察知したアティンデが、彼らに向かって大声で指示を出す。

「このままでは不味い!一刻も早く脱出しなければ!」

「は、はい!」

 その時“勇者達”は脱出の準備に取り掛かり、目前に見える小さな輝きに向かって駆け足で移動を開始した。その中でも特に輝吉に関しては、先程回収した宝石を手放さないように強く握り締め、そこから相棒に向かって脱出を促す。

「行くぞシャオッグ!早くしないと押し潰されちまうぞ!」

「は、はい!で……でも…………」

 彼がそう言って、相棒からの警告を素直に従えないのには訳があった。直後に輝吉もまた、それに気づかされる事となる。

 その時二人の目前には、戦闘の途中から姿を現した「クリスタルスパイダー」三体が、相当に怯えた状態で固まっていたのだ。どうやらあまりの恐怖によりその場から一歩も動けず、唯々二人を見つめる事しか出来ずにいたのであった。

「こ、このままじゃ三匹とも、岩の下敷きに…………!」

「で、でもどうすりゃいいんだ!?今になって皆を呼び戻して、こいつらを助ける訳にもいかねえぞ!」

 最早一刻の猶予もない中、必死になって最良の手段を考え抜こうとする二人。しかしそれでもこの状況の中で、思うようないい考えが浮かばないままであった…………。


 …………その時だった、

「えっ!?」

「何だ今の!?」

 その時あと少しで外の世界へと脱出を果たそうとしていた“勇者達”の頭上を、弾丸のような速度で通り越していく“何か”の存在に全員が気付いた。そしてそれは坑道の入り口付近で地面に叩きつけられ、それにより生じた強烈な砂煙が、彼らの行く手を阻む。

「ごほっ!ごほっごほっ……あ、あれって…………!」

 その時砂煙が呼吸器を襲い思わずむせ込んでしまった彼らの目に飛び込んできたのは、両眼が回って混乱状態の輝吉とシャオッグ、そして三体の「クリスタルスパイダー」であった。一体何が起こったのか全く理解出来ないまま飛ばされた事で、未だにバランス感覚を取り戻せない二人と、慌てふためく事しか出来ない三体の姿がそこにはあったのだ。

「こ、これって……一体…………?」

 余りにも突然の出来事に未だ混乱するばかりの中、光は恐る恐る二人に尋ねてみる。対する彼らのうち輝吉が頭を抱えながら、どうにか事の次第を簡単に説明した。

「わ、分からない……突然あの大きい方の『クリスタルスパイダー』が、俺達とそこの三匹を抱えて、ここまで一気に放り投げてきたんだ…………」

「えっ!?」

 その時それを聞いた光だけでなく、他の“勇者達”全員が坑道の奥に目線を向ける。

 坑道の崩落が未だ治まらない奥深くに、輝吉達二人と三体を遠ざけた母体が、その場から動こうともしないでいる。そしてそこから“勇者達”に向かって、視線を一点に集中させている。しかも遠過ぎてはっきりとは確認出来ないものの、その瞳にこれまで感じた事のない感情を彼らは感じ取った。

 それはまるで、二人とともに遠ざけた三体を彼らに託すという、まさしく親心のような温かい眼差しであった。

「やっぱり彼奴……“子ども達”の事を、俺達に…………!」

 輝吉がそう呟いた次の瞬間、

「…………!」

 その時内部の揺れが一層強まり、遂に“勇者達”でも容易に立ち上がれない程まで差し掛かっていった。更にそれと同時に一部の岩盤が粉々に砕けるような音まで彼らの耳に飛び込み、全員がすぐさま両耳を塞いだ。

「だ、駄目だ!このままじゃマジでとんでもねぇ事になっちまう!」

「い、一刻も早くここから脱出しないと!」

 ここで光とファメルが改めて全員に向かって早期の脱出を促し、彼らは揃って改めて出口へと向かおうと決意する。


「…………あ、あれ!」

「ああっ!」

 その時陽音が坑道の奥を指し示し、全員は再びそこへ視線を移した。

 その時先程まで彼らがいた空間が、いとも簡単に崩れ行く岩石に埋もれていくのが目の当たりにされた。それはごく短時間の出来事であったのだが、その間で広大だった全てが、瞬く間に姿を消してしまったのだ。そして当然その場に残っていた母体の「クリスタルスパイダー」もまた…………。


「…………」

 その時この一部始終を目の当たりにしていた全員が、すっかり言葉を発する事が出来なかった。寧ろこの場において余計な一言を口にしてはいけない、そのような空気が漂っていたのであった。

 やがて彼らは無言のまま空間に背を向け、改めて出口を目がけて駆けていった。自らの奥歯を強く噛み締め、そこから再び背後へ振り返る事は二度となく、唯只管に出口へと向かい続けた。最期に“母親”から全てを託された“子ども達”を、絶対に離さないようにその手で強く抱き続けながら――――。

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