第四十三頁
―――その時これまで外部の明るさすら届かなかった暗闇に、久々に輝きが舞い戻ってきた。それと同時に内部で響き渡る足音の音量も、徐々に増していくのを彼らは感じ取っていた。
その時暗闇を照らし出す松明を掲げるアティンデを先頭に、七組の“勇者達”全員が足並みを揃えて坑道内を進んでいた。これまで閉鎖されていたこの場所で発生する問題を解決する為、そして現在彼らに課せられた“第一の試練”を攻略させる為に…………。
「…………ううっ、にしてもここは恐ろしい位に冷え切ってるなぁ。ここまでの肌寒さは経験がねぇから、オレの身体がついて来れてねぇぜ…………」
その時これまでと同様に七組の先頭を務めるファメルであったが、今回はいつもの明るさが乏しく、寧ろ全身を小刻みに震えさせながら辛そうな表情を浮かべていた。そんな彼を心配した傍らの光やすぐ後ろを歩く晴児が声をかけ、どうにかして元気づけようとしていた。
「確かに君は砂漠の中の町出身だったもんね。だから暑さは平気だと思うけど、こんなにひんやりとした空間には慣れていないのも、何だか僕も分かる気がするよ」
「心配すんなよファメル。この問題が解決したら、ロークに頼んで美味いもん食べさせてやるからよ。頼むぜ、ローク!」
「は!?」
突然相棒の晴児が思いもよらない約束を交わした事により、自らがこれまで発した事のない声で驚愕するローク。それでもすぐに元の冷静さを取り戻し、渋々ながら自らの首を縦に振る決心をした。
「…………分かった。晴児の言う通りこれが済んだ後、何か用意する事にしておく」
「ホントか?じゃあ約束だぞローク!待ってるからな!」
その時親指を立てて満面の笑みを見せるファメルの姿と、それを何度も頷いて約束するロークの姿があった。そしてそんな二人の一部始終を耳にし思いを巡らせる人物の姿と、それを心配そうに見つめる相棒の姿もあった。
(解決したらロークさまの美味しい料理を味わう事が出来る……その為にも何としても乗り越えなくっちゃ!)
「リビィ、涎出過ぎだよ」
こうしてそれぞれが何らかの思いを抱きながら、全員は長々と続く行動の内部を進み続けていった…………。
「…………着いたぞ、ここだ」
その時これまで“勇者達”の道案内を続けていたアティンデが、とある地点に差し掛かった瞬間に足を止めた。その背後を離れず付いて来ていた彼らを停止させるアティンデの声が、その場で不気味に響き渡る。
「かなり広い空間ですね…………」
光がそう感想を述べたように、徐々に視界が晴れてきたのと声の響き具合がこれまでよりも大きくなった事から、自分達が今いる空間の様子がある程度予想がついた。
ここでそれを聞いたアティンデは自らが持つ松明を、手が伸びる限界の高さまで掲げてみた。するとそれにより現在地の細部に至るまで照らし出され、ようやくその全容が明らかとなった。
「これが問題の坑道の内部か。光の言ってた通り、想像以上の広さだぜ…………」
その時ファメルが相棒の感想に納得したように、現在地の様子に関して、彼だけでなく他の六組の“勇者達”もまた、その状況を十分に理解出来るようになった。
辺り一面に使い古した掘削機が点在するこの場所の至る所に、更に奥へと続きそうな穴が多数見受けられる。おそらくこの穴を掘り進めた先に鉱石が眠っているという事が、ここにいる“勇者達”全員に理解出来た。
「でも、何だか様子が可笑しいよ。ほら…………」
「どれどれ……あ、本当だ…………」
その時光がそう言って指し示し、その先に目を向けた他の“勇者達”も、彼の言葉に納得せざるを得なかった。
幾つも掘られた穴の一つ一つを確認してみると、そこには明らかに異様な形で残された爪痕らしき痕跡が残されていたのだ。確実に細心の注意を払って掘り進められたはずの坑道に、何の容赦もなく傷つけられた岩肌が実に痛々しい程であった。
「かなり酷く削られてる。もしかしてこれが…………」
そう呟いた光の一言に、アティンデは首を縦に振って答えた。
「君の言う通り、この坑道に突如出現したモンスターの最大の特徴といえるのが、この痕跡なんだ。何せここではこれまで見た事のない奴だったからな、誰一人抵抗する事すら出来なかったんだ。久々に来てみたはいいが、まさかこんな有様だとは…………」
「で、でも、一体何が…………」
その時だった。
「…………!?」
その時その場にいる全員の耳に飛び込んできたのは、坑道の至る所を無造作に動き回る何者かの足音であった。その足音に加え岩盤が無造作に削られていく音までもが、少しずつ音量を上げていく。
「な……何か、来る…………!」
ここで光は“勇者達”のリーダーとしての役割を果たすべく、率先してメンバーの指揮を執った。
「皆、アティンデさんを囲むように構えて!それから集中を切らさないように!」
ファメルや他の六組はそれに応え、彼の指示通りにアティンデを取り囲む形で陣形を組み、着実に忍び寄るモンスターへ向けて身構える。それぞれの額に湧き出る汗が、彼らの知らない合間に硬い地面へと流れ落ちていく…………。
「…………うわっ!?」
その時緊迫した状況の中、何者かが発した悲鳴が坑内に大きく響き渡った。それと同時に硬い地面を叩きつける衝撃音も発生し、他の“勇者達”は一斉にそちらへと目線を向けた。幸いにもともに冒険をしていく中で、たとえ姿が見えなくても、声を聴いただけで誰なのかは全員が理解出来た。
「シャオッグ!」
「何があったの!?」
「わ、分かりません!でも何かがボクの脚に…………」
すぐさまアティンデは所持する松明を、先程の声の発信源に向けた。そこで固い地面へ尻餅をついていたのは、シャオッグであった。すぐさま彼がこのような状況に陥った原因を探るべく、照らされた明かりを頼りに、全員が揃って彼の足下に目を向けてみる。
「何だろう、これ……糸……かな…………」
よく見てみると彼の片足に、一本の謎めいた白い糸が絡まっている。そしてその糸は一直線で坑道の奥へと続き、現時点では未だに正体がはっきりとしない。
「で、でも、何でこんな所に…………」
謎の糸の正体を探る為“勇者達”が頭を抱える中、独りアティンデだけが何かを思い出したかのように呟いた。
「この糸…………まさか!」
すると次の瞬間、
「…………っ?うわあっ!」
「っ!?シャオッグっ!」
その時糸の影響で体勢を立て直せなかったシャオッグの身体が、突如として坑道の奥へと続く暗闇へと引っ張られていったのだ。それも物凄い速度で、今にも闇の中へと飲み込まれてしまいそうな勢いだ。
「やばっ!」
相棒のこの危機的状況に対し瞬時に反応し、彼の両腕を強く握ったのは輝吉であった。彼が必死の思いで抑えつけてくれた事で、相棒の身体はぎりぎりの段階でどうにかその場に止められた。それでも糸の力は未だ健在で、輝吉一人の力のみでは限度が感じられた。
「皆!一緒に腕を引っ張ってくれ!」
ここで輝吉は仲間達の協力を得る為、そこから大声で救援を要請する事にした。それに対し彼らはすぐさま応じ、幾つも増した掌がシャオッグの両腕を握り締める。そして全力で引っ張り続ける事で、どうにか彼が引き摺られていくのを防げた。
「よしっ!後は誰でもいい、この糸を切ってくれ!」
「おっしゃ!オレに任せろっ!」
続く輝吉からの頼みに名乗り出たファメルが、すぐさま自身の剣を素早く引き抜いて、それと同時に高々と呪文を唱える。
「<エファイレ>っ!」
その時暗闇をものともしない鮮やかな炎を纏った剣が、ファメルの頭上へ力強く振り翳される。
「はあっ!」
気合の詰まった雄叫びと同時に、刃は一直線に仲間の脚に絡みつく不気味な糸へと向かっていった。彼の気合と同等の熱を帯びた刃先はその糸を真っ二つに分断し、残された分もしっかりと燃焼させて消滅させていく。
これによりようやくシャオッグは自由を取り戻し、久々に体勢を整えさせられるようになった。
「はぁ、はぁ、た……助かりました…………ありがとうございます、皆さん…………」
未だに声を荒らげながらも外れかけた眼鏡を直しつつ、他の仲間たちに感謝を述べるシャオッグ。そんな彼の気持ちをしっかりと受け止めた上で、相棒の輝吉は一言告げる。
「どういたしまして。だけどまだ落ち着いてばかりはいられないぞ」
すると輝吉は自らの人差し指をそっと伸ばし、相棒の背後へと指し示してみせた。それに合わせてシャオッグが後ろを振り向くと、その理由がすぐさま判明した。
その時何処までも続く暗闇の向こうから、こちらへ近づいてくるような形で足音が聞こえてきた。坑道の堅い地面を何本もの鶴嘴で削り取っていくような、非常に不気味な足音だ。それが坑内に響き渡る度に、その音量が少しずつ増していくのであった。
「…………さあ、主役のご登場のようだな」
その時そう呟いたファメル達“勇者”の目前に現れたのは、彼らより何倍も巨大な図体を成す一匹の蜘蛛であった。光達の住む“世界”のそれと同様の特徴である複数の視線が、全て一直線に彼らの方へと向けられている。一方で全身を宝石で覆い尽くしているように思えるその姿は、光達がよく知るそれとは大きく異なる。
「な……何て大きさなんだ…………!」
「幾ら何でもこれじゃ……き……気持ち悪いわよ‥‥………!」
「な……何だろう…………何か妙な気配が…………っ!」
このようにそれぞれが目前のモンスターの巨体に若干怯んでしまいそうな雰囲気を漂わせる中、彼らの先頭に立つ光が何かに気づき、その点に向けて素早く指差す。
「あれって、もしかして…………!」
「おおっと間違いねぇ、どうやらありゃあ…………!」
その時光が指差したモンスターの額に埋め込まれていたのは、暗闇の中で松明よりも遥かに輝きを放つ、橙色の宝石であった。そしてこの事実が一体何を表しているのか、“勇者達”は全員即座に理解出来た。
「あの宝石を手に入れさえすれば、この鉱山での“試練”も達成出来るんだね…………」
「ああ、そうみてぇだな…………」
光とファメルが改めて自分達に課せられた“試練”を声に出して復習すると、他の六組も素直に頷いた。するとここでそのファメルから、一つの質問が全員に投げかけられた。
「…………さてと、今回は一体誰が、あれを取り戻しに行く役目を果たしてくれるんだ?」
そしてふと尋ねられた彼からの問いに、自ら手を挙げて答える二人の姿があった。
「それなら俺達に任せてくれ。パートナーを酷い目に遭わせたあのモンスターを、許す訳にはいかないからな」
「ボクだってこのまま怯えている訳にはいきません。選ばれた“勇者”の一人として、負けてなんていられないんです」
その時モンスターの討伐を名乗り出たのは、佐久間輝吉とシャオッグのコンビであった。互いにトレードマークといえる眼鏡をかけ直して、そのレンズの奥で闘志に満ちた瞳を燃え上がらせる。
するとここで彼らのすぐ傍で様子を窺っていたアティンデが、目前のモンスターに関する注意点を二人に伝えた。
「油断するなよ二人とも。あの図体や特徴からして、彼奴は『クリスタルスパイダー』に間違いない。奴の吐く糸はとても硬く鋭利で、下手をすれば全身が八つ裂きにされる可能性もあるから、そこは注意して戦ってもらいたい」
「へぇ、そりゃあ恐ろしい事で…………」
アティンデがそう語った恐ろしい情報に、思わず冷や汗を一筋流す輝吉。それでも二人は互いに向き合うと、しっかりと覚悟を決めたように頷く。そしてともに装備している武器を掴むと、早速目前の「クリスタルスパイダー」へ向けて構える。その時輝吉が握っているのは草木のように鮮やかな緑色に染められた鋭い槍で、またシャオッグの武器も色違いの槍であった。
「この<緑槍(りょくそう)>の力とお前の吐く糸、どっちが強いか勝負しようぜ!」
輝吉は力強くそう言い放ち、目前のモンスターに宣戦布告してみせる。するとそれに応じるかのように、「クリスタルスパイダー」は不気味に輝く口から彼らに向けて何かを吐き出した。
「っ!?」
自分達にとって明らかに有害な物であると感づいた二人は、咄嗟にその場からの回避を試みる。瞬時に互いの反対側へと跳ね除けた事で直撃は逃れたが、その代わり再び元いた場所に目線を向けた彼らは、思わず息を呑んだ。
「ひえーっ!おっかねーっ!」
「これが、アティンデさんが仰っていた…………!」
その時二人が先程まで立っていた場所に、何か鋭利な刃物で切りつけたかのような直線的な傷跡が残されていた。どうやらこれこそが先程アティンデが注意を促していた「クリスタルスパイダー」の必殺技らしい。
「こんな物真面に食らったら、本当にバラバラにされちまいそうだ。お互い気をつけて戦おうな、シャオッグ」
「はい輝吉さん、精一杯戦いましょう」
そして二人は改めて互いに頷き合うと木ゼノモンスターに視線を移し、早速突撃を開始した。その時対する「クリスタルスパイダー」もまた、かかってこいと言わんばかりに迎え撃つ準備を進めていた。