第四十二頁
――――その時果てしなく広がる砂漠の上を、一台の馬車が颯爽と駆け抜けていた。巻き上がる砂埃にも全く怯む事なく、これまでと同様に只管前進を続けている…………。
…………その時ワゴンの内部では、これまで攻略した“試練”で得た二つの宝石を囲んで、改めてその姿を確認していた。その二つは日差しを遮られたこの場所においても、未だにその強い輝きを保ち続けていた。
「不思議な輝きだね。あまりに綺麗過ぎて恐ろしい位だよ…………」
「ああ本当だ。知らぬ間に心を奪われちまいそうな輝きだぜ…………」
改めてその凄まじさに度肝を抜かれ、素直な感想を漏らす朝日奈光とファメル。
「あの博物館で一番のお宝だったからな。これ程までの輝きなら、そりゃ間違いないだろ」
「ああ。これ程の輝きを見るのは、オレも初めてだ」
宝石が放つ輝きに曽根晴児だけでなく、普段物凄く冷静なロークでさえも驚きを隠せずにいる。
「あのロークさまがこんなに驚くだなんて……アタシも超吃驚なんですけどぉ」
「…………ど……どうやらこの宝石以上に、もっと君の気を引く事があったみたいだね…………」
その輝きよりも意中の人物の反応が気になるリビィと、それを苦笑いの状態で確認する岸川陽音。
「うーむ……これ売るとしたらどれ位の価値があるんだろう…………」
「ボクは成分が気になりますね。出来れば細部まで調べ上げて、詳しく知りたいです…………」
真剣に見つめる佐久間輝吉とシャオッグは自身の眼鏡を輝かせながら、宝石の詳細を知りたい様子だ。
「これが俺達の力で取り戻せたなんて、未だに信じられないな…………」
「何言ってるんだ照太。お前の力があったから二つ目の宝石を見つけ出せたんだ。もっと自信を持ってくれ!」
少々自信なさげな表情の瀬戸照太を元気づけようと、ティレングは彼の肩をニ、三回叩く。
「これで私達が探してる宝石はあと五つ。一体どんな物なのかしら?」
「それはまだ分からないが、きっとこれらに匹敵する位の代物に間違いはなさそうだ」
次に入手する宝石の正体が気になって仕方がない志摩明乃とルルーゴ。
「一刻も早く宝石を全部回収して、館長さんに届けないとね!」
「そうだな昇!どんどん探し出してやろうぜ」
「その為にも我々はより一層、皆さんを全力でお手伝いしなければいけませぬ!」
「ワタシ達に出来る事があれば、いつでもサポートするつもりですよ」
「お……オイラもちょっと怖いけど……とりあえず頑張るよ」
美濃部昇がこれからに向けての意気込みを語り、チェティス、ビンニ、シャイカ、ヴァリンティの四人もそれに同調した。
そんな仲間達の様子を確認したエジャイルが、まるで光からリーダーの座を奪い取ったかのような堂々とした口調で、彼らを鼓舞する言葉を投げかけた。
「よおし皆、一緒に力を合わせて、この“試練”を乗り越えていこうね!」
その時彼の呼びかけに応じて、他の“勇者達”は揃って気合を入れた。その思いはワゴンの中では狭過ぎたようで、外に広がる砂の大地にも伝わっていくように感じられた…………。
「…………それにしても」
「ん?どうしたの、ファメル?」
その時これまで取り戻した宝石の鑑賞を終えた“勇者達”の中から、ファメルが突如としてそう呟き、傍らの光がすぐさま反応した。
「…………」
そこからファメルは急に口を塞ぎ、そのまま黙り込んでしまった。彼の身に一体何が起こったのか分からず、心配そうな表情で彼を見つめる光。
やがてそこから数秒間無言のまま経過した次の瞬間だった。
「…………っ!」
その時ファメルの塞がれた口から、突如として大量の唾液が溢れ始めてきたのであった。その異様な光景に驚愕する相棒を他所に、ファメルは徐々に表情を緩めていく。
「今回もオレ達、また物凄いご馳走を振る舞ってもらったよなぁ。今思い出してもあの時の美味さが、鮮明に蘇ってくるぜぇ――――」
――――その時前回の目的地である≪ナミエイタ市≫での“試練”が無事達成され、街中に襲い掛かる強烈な突風が吹き荒れる様子はなくなっていた。そのお陰でそれまで屋内で避難せざるを得なかった人々が開放され、失われていた活気がすっかり元通りとなっていたのだ。
そんな≪ナミエイタ市≫の様子を目の当たりにした市長ラミダナは改めて目頭に熱いものを浮かべながら、何度も頭を下げて彼らに感謝の思いを伝える。それは今にも頭が落下してしまいそうな程の勢いで、“勇者達”は思わず苦笑いを浮かべながら、市長の動きを制止させようと試みた。
やがてラミダナは我に返り、もう一度“勇者達”の方へ視線を移すと、今度は彼らをとある場所へと招待した。そこには長方形のテーブルと全員分の椅子が用意されていて、それぞれ数種類の食器まで用意されていた。
そして特にファメルが満面の笑みを浮かべながら暫く待機していると、今度は何人もの縞馬顔の給仕らしき人々が、着席した“勇者達”一人ひとりの目前に、大きな蓋で覆われた皿が用意されていった。その隙間から魅力的な香りが漂い始めたのを感じながら、彼らは静かに目前の蓋を凝視する。
その時一斉に蓋がその場から外され、その中に用意されていたのは――――、
「――――あれは本当に最高の瞬間だったよなぁ。どれをとっても超一流の味で、オレの胃袋も大満足だぜ。あれだけの絶品を作り上げる為に、きっと国中の一流料理人が雇われたんだろうなぁ。な、光!」
「えっ!?そ、そうだね。ははは…………」
その時冒険の末に辿り着いた豪勢な食事に思いを馳せ、舌なめずりが治まる気配の見えない相棒からの問いかけに、光は苦笑いを浮かべながら首を縦に振る事しか出来なかった。
そんな中光は少し話題を変えてみようと、“勇者達”を連れて砂漠を突き進むディアルへと話しかけてみた。
「ところでディアル、僕達が次に向かう目的地って、一体どんな所なの?」
それに対し案内人はしっかりと聞き受けた上で、丁寧にこれからの事について説明を開始した。
「これから皆さんには山岳地帯に向かっていただきます。皆さんが次に訪れる目的地は、≪デミウィン鉱山≫という場所です」
「ほぉっ、≪デミウィン鉱山≫か!オレッチ達“勇者”にとって物凄く縁のある所が、まさか次の目的地になるなんて!」
その時大きな驚愕とともに興奮を抑えられずにいたのは、エジャイルであった。そんな相棒の言動を不思議に感じた昇が、すぐさまエジャイルに尋ねてみる。
「どうしたんだいエジャイル?そんなに興奮しちゃったりして。それに僕達と縁があるって言ってたけど、“勇者”と一体どんな関係があるの…………?」
それに対しエジャイルは、
「関係大ありだよぉ!仮にもしあの鉱山がなかったとしたら、モンスターと闘う事なんて不可能になるんだよ!」
そこで彼は一旦興奮を抑え、自身の持ち物の中からかなり大きめの地図を取り出し、その場に広げ始めた。そして先程自分が口にした言葉の意味を、地図のあちこちを指差しながらきちんと説明していった。その時彼が語った説明に、昇だけでなく他の“勇者達”もまた、注意深く耳を傾けていった…………。
今オレッチ達が冒険しているこの≪リートゥン大陸≫は、昔から色んな鉱物が採れる事で有名なんだ。ここで採れたそれらは専門の職人によって、様々な方法で加工されていって、“この世界”のあちこちで使われていくって訳なんだ。
その中でもオレッチが生まれたこの国でよく採れる鉱石は、武器を作るのにピッタリな代物でね。現にオレッチ達が使っている武器も、この≪ティサールの国≫の鉱石が材料として使われているんだよ。そしてこれから向かう≪デミウィン鉱山≫という場所が、その鉱石が最も多く取れる場所。だからさっきオレッチが言ったように、そこと“勇者”は深い繋がりがあるっていう訳!
「…………詳しく教えてくれてありがとう、エジャイル。なるほど、だから僕達とその鉱山には、深い繋がりがあるって事なんだね」
その時相棒である昇からの感謝の気持ちに、大きく頷いて対応するエジャイル。その間にもワゴンから見える目的地の姿が、少しずつ大きさを増していった。その光景を少し窺ってから、今度はファメルが自信満々に、≪デミウィン鉱山≫に関する補足情報を付け加えた。
「ちなみにその≪デミウィン鉱山≫では鉱石だけでなく、極上の山の幸も数多く収穫出来るんだ。もしまたそこでの大仕事を澄ました後にゃぁ、今回も素晴らしいご馳走が用意される筈だから、皆楽しみに待ってろよ!」
すると突然光が失笑し、自信を持って語り続けた相棒に一言ツッコミを入れる。
「もうファメルったら!そこでのご馳走を一番楽しみにしてるのは、ファメルの方でしょ?」
「へへっ、バレちまったか。流石はオレの頼れるパートナーだぜ!」
そう答えてから舌を出し、無邪気に照れ笑いを浮かべるファメルに、光は思わず頬を膨らませた。その際若干不満げな表情を浮かべたがそれもほんの一瞬の事で、すぐさま吹き出し腹を抱えて笑い始めてしまった。しかもその笑顔は他の六組にも伝染し、あっという間にワゴンの内部は明るい笑い声で溢れていった。
その時“勇者達”の余韻が残る轍を砂上に刻み付けていきながら、彼らを乗せた馬車は険しい山脈へと差しかかっていくのであった――――。
――――その時剥き出しとなった岩山の至る所から、様々な音が生み出されていった。鶴嘴で山肌を削る音、大掛かりな重機を操る機械音、そしてあちこちで働く職人達の声…………。それら全てが空気中で一つに混ざり合う事で、独特な音楽を奏でているような感覚に陥る。こうしてこの日の≪デミウィン鉱山≫では、今日も順調に採掘が続けられていたのであった。
その時そんな鉱山の採掘現場に、光をはじめとする七組の“勇者”全員が誰一人欠かさず集結した。そしてそんな彼らを迎え入れていたのは、まさに「職人」という言葉がよく似合う面構えの、猿のような顔をした男性であった。
「今日はこの≪デミウィン鉱山≫を訪れてくれて、本当にありがとう。ここの職人達を代表して、“勇者達”の皆に感謝する。ワシの名前はアティンデ。クァルダ族で構成される鉱石の発掘隊で、隊長を務めておる。もしこの鉱山について知りたい事があれば、何でも訊いてくれ」
「初めましてアティンデさん。それじゃああの、早速ですが、ここ最近になって何か不思議な事とかはありませんでしたか?ほんの些細な事でもいいんですが…………」
自らの呼びかけに応じ、早速届けられた目前の“勇者”からの質問に、両眼を閉じて片手を口元まで運び、深く思い返してみるアティンデ。
「不思議な事か。そうだなぁ…………」
対する“勇者達”も固唾を飲んで見守る中、暫くして彼はようやく何か思い出したようであった。そしてとある一点に視線を集中させた状態で、ゆっくりと語り始める。
「…………あれは確か採掘作業が一区切りして、一旦休憩に入ろうとした時だったな。鉱山の向こう側から強い輝きが差し込んできたかと思えば、そこから隕石のような物体がこの採掘場に向かってきたんだ。全員で慌てて避難した直後にそれは一ヶ所の坑道の中へと吸い込まれていって、そのまま輝きも治まっていったんだ。誰もが鉱山の無事を確信して、改めて仕事に取り掛かったのだが…………」
ここでアティンデは一旦話を中断させ、いつの間にか荒れてしまっていた呼吸を十分に整える。その時周囲で働く作業員の中には、説明を続ける彼の様子が気になり、仕事の集中出来ないでいる者も少なくはなかった。
やがてようやく落ち着きを取り戻したところで、彼は再び説明を開始させる。
「…………状況は大きく変わってしまっていた。これまで順調だった鉱石の採掘量が突然減少し、今までこの地に存在しなかったモンスターまで、急に現れるようになった。そのせいで作業員達はすっかり恐れをなしてしまい、この地から活気が失われていった。このままではこの鉱山の作業員が恐れてこの地を離れ、やがては閉山に追い込まれるかもしれないのだ…………」
その時状況を説明し終えたアティンデは、かなり寂し気な表情を浮かべながら採掘の様子を眺めていた。そしてそんな彼の様子を間近で目の当たりにした“勇者達”は、自らの思いを声に出して伝える事に決めた。
「…………そんな事させません」
その一言を耳にしたアティンデが目の当たりにした彼らの表情には、より一層真剣な眼差しが含まれていた。
「もしここが閉山してしまったら、世界中の沢山の人々が困ってしまいます。それにここにいる皆さんが生き甲斐を失って、心に大きな傷を負う事も考えられます。そんな風になってしまうなんて、僕達は認める事なんて出来ません!どうか僕達にこの問題を解決させる、手助けをさせてください!」
その時光が熱意を持って伝えた思いを、アティンデは目を閉じてしっかりと聞き入れた。そして暫く考え込んだ末に彼は一回首を縦に振ると、目前の“勇者達”に返答する。
「…………分かった、君達に任せよう。今から問題の場所へと案内するから、ワシの後について来てくれ」
「はい!」
それを聞いた“勇者達”は全員揃って頷くと、早速彼の案内に合わせて進み始めていった…………。
「…………さあ皆、着いたぞ。ここが例の坑道だ」
その時アティンデが立ち止まった場所には、確かに一本の坑道が存在していた。彼の案内で辿り着いた“勇者達”は、改めてその様子を窺ってみる。
入り口が巨大な鉄格子で厳重に封鎖されたこの坑道は、ここまでの道のりで彼らが確認した他の坑道よりも大規模な構造となっていた。そして現在地から奥へと続く道もかなりの長さがあるようで、その先がどのような状態になっているのかは全く判明出来ないでいる。
「どうやら相当な長さがあるみてぇだな。向こう側が暗過ぎて全然見えねぇや」
ファメルは目を凝らして内部を確認しながら、ふとそう呟いた。この先がどのような構造になっているのかが分からない為、“勇者達”の中には少々恐怖心を抱く者も現れた。
「は、陽音……何だかアタシ、怖くなってきちゃった…………身体の震えが、とまらないんですけどぉ…………」
「安心してリビィ、いざとなったら私が君を守るから…………」
そんな彼らの様子を確認したアティンデは、ここで改めて確認を取る事にする。
「いいか皆、ここから先もワシが中を案内する。しかし例の一件以来ワシも中へ潜り込むのは久しぶりなんだ。この先に一体何が待ち受けているのかさえ分からないんだ。それでも来てくれるかい?」
それに対する彼らの答えは、実に単純明快なものであった。ここでリーダーの光が代表して、それを彼に伝える。その時彼が疲労した表情は、先程と同様に真剣なものとなっていた。
「勿論です!それを覚悟で僕達はここまで来ました!」
そしてファメルや他の六組の“勇者達”も、同時に首を縦に振って決意を表現した。またそれを確認したアティンデも頷き、彼らの思いをしっかり受け取った。
「…………分かった」
彼はそう言うと懐から鍵を取り出し、鉄格子の鍵穴へと差し込む。何処か不気味にも感じる金属音が坑道内に広がる中、封鎖されていた鉄格子がようやく解放の時を迎えた。
そして“勇者達”とアティンデは内部へと潜入し、暗闇しか見えない奥へと向けて進んでいった。その時彼らの後ろ姿が消えていく時間は、それほど長くはかからなかった―――。