第四十一頁
「…………≪エファイレ≫!!」
その時高らかと唱えられた呪文により、光とファメルが手にする剣の先端に、高温の熱が集まっていった。そしてそれは時間を追う毎に、周囲の熱気以上の勢いを誇る炎へと変化を遂げていく。
やがてこの炎の大きさが彼らの頭部を超えてきたところで、ファメルが傍らの輝吉へ確認を取る。
「これ位でいいのか、輝吉?」
「おう!丁度いいサイズだぜ」
相棒が口にしたその一言を受け、今度はシャオッグが光へ合図を送る。
「それでは皆さん、お願いします!」
「ああ、任せてくれ!」
すると先ずは光が、続いてファメルが炎を宿した剣先を、雲一つない青空へと向ける。既に頂点に達していた太陽と、剣先の炎が一つになったその瞬間、二人は同時に身体の奥底から気合を吐き出した。
「…………はあっ!」
その時二人は目前の風穴を真っ二つに分断させるように、自らの剣を横一線に振り抜く。するとその瞬間剣先の炎が次々にその場から放出され、大小様々に存在する風穴の内部へと入り込んでいく。
「まだまだこんなもんじゃ済まねえぞ!」
「おう!もっともっと炎をぶち込んでやってくれ!但し…………」
「さっき伝えた作戦通り、あの穴にだけは入れないでください!」
「了解!」
輝吉とシャオッグの掛け声を受けた光とファメルは、再び呪文を唱えると、先程と同様に剣先の炎を風穴へと送り込んだ。次々と二人の炎が投入されていき、内部の熱量は外の気温を既に凌駕しているように思われる。
「よおし、他の皆も準備を怠らないでおいてくれ」
「その時が来ましたら、僕らから合図を送ります」
その時二人の猛攻を見届けながら、他の“勇者達”へ要求する輝吉とシャオッグ。
そんな状況に陥っている風穴の中で、唯一炎の脅威に晒されていない箇所が存在した。それは現在“勇者達”が列を成す位置の目前にある、最も大きな風穴である。光とファメルは先程から闇雲に攻撃を仕掛けていたのではなく、敢えてそこだけを狙ってはいなかったのだ。
「よし!今のところ順調みたいだな、シャオッグ」
「はい、輝吉さん!ボクらの作戦通りですね…………」
その時二人は笑顔で互いを見つめながら、とある場面を脳裏に浮かべていた。それは先程彼らが他の“勇者達”へ、自らが考案した作戦を説明している瞬間であった。
広大な砂地に指で線を描き、考え抜いた戦術を表現していく輝吉とシャオッグ。それを他の六組が直接理解していき、所々で質問も交えていきながら、確実に頭の中へと叩き込ませる。
「俺達が咄嗟に思いついた作戦だったのに、誰一人反対の意見を出さなかった。ホント、皆には感謝しかないな」
「そうでしたね。この戦いが終わったら、改めて皆さんにお礼の言葉を贈りましょう」
「ふうっ、これ位燃やしておけば、丁度いいかな」
「後は彼奴が出てくるのを待つだけだな」
その時剣を鞘に戻してそう呟いた光とファメルの全身からは、尋常でない量の汗が噴き出していた。それは幾ら拭いきったつもりでも、次から次へと噴出し続けてきりがないほどであった。
そんな二人の視線に広がる光景、それは彼らが呪文によって繰り出した炎が燃え盛る風穴の数々であった。彼らの作戦により唯一手を加えなかった、中央にある最大の風穴を除いて。そしてその様子を静かに見つめ、その後の動向を確認する“勇者達”…………。
その時だった。
「…………っ!?」
突如として彼らの耳の中に、炎が燃える音とは全く異なる、何とも鈍い呻き声が飛び込んできたのである。何かに苦しみ悶える気色悪い鳴き声が、その音量を少しずつ上昇させていく。
するとこの瞬間に合わせて、輝吉とシャオッグのコンビが立て続けに指令を送った。
「よおし今だ!第二段階に移すぞ!」
「では照太さんとティレングさん!中央の風穴で準備してください!」
二人が高らかにそう叫んだ次の瞬間、一組のコンビが彼らの目前へと踏み出した。明るく鮮やかに染め上げられた橙色の手袋に力を籠め、頑丈な握り拳を作り上げた彼らは、瀬戸照太(せと しょうた)とティレングのコンビである。
「分かったよ二人とも。それじゃ行こうか、ティレング!」
「勿論だ照太。オレ達の力を見せてやろうぜ!」
そう言って互いの拳を軽くぶつけ合った二人は、早速風穴へ向かって駆け出し始める。そして中央の風穴まで差し掛かったところで二手に分かれ、それぞれが風穴の両端で動きを止めた。額から流れ落ちる汗にさえ気にも留めず、高温に包まれた内部の様子を注目する。
「…………」
やがて誰かが口内に溜め込んだ唾をごくりと飲み干した次の瞬間、静寂に包まれていた現場に大きな変化が訪れる…………、
「…………っ!」
その時“勇者達”は思わず肝を冷やした。既に覚悟はできていたはずであったが、その衝撃は予想外の大きさだったようだ。
その時高温に達した風穴の奥から出現したのは、不気味に輝く眼球を備えた二本の触手であった。外の様子を確認しているのか、あちらこちらへ視線を移し始めていく。そして風穴の両端にいる照太とティレングの姿を発見した時、鋭い眼光で彼らを凝視してくるのだ。あまりにも異様過ぎる光景に最初は二人とも動揺を隠せなかったが、やがて…………、
「二人とも、今だ!」
「おう!」
その時離れた位置から様子を窺っていた輝吉が号令をかけると、二人は高らかに返事を返した。そしてこれまで力を蓄えていた拳を使って、それぞれ目前の触手を強く掴み取る。
「せーのっ!」
彼らは声を揃えて気合を入れると、全く同じタイミングで、掴んだ触手を一気に引っ張り出す。
すると次の瞬間風穴から何かが抜き出され、二人の勢いで“勇者達”の遥か高く浮上させられる。この時はまだ影に隠れた状態で、一体何が出現したのか分からなかった。
しかしそれが地上へと叩きつけられ、ようやくその全容が判明したその時、突如として彼らは異常な反応を示す事となった…………、
「うわああああっ!?」
「きゃああああっ!!」
その時敵の正体を知った“勇者達”は、思わず悲鳴を上げずにはいられなかった。それは彼らが目の当たりにした存在が、想像を遥かに超える程得体の知れないものだったからだ。
その時彼らの目前に姿を現したのは、先程の風穴とほぼ同じくらいの太さで、新幹線の車両に似た体形を誇る、巨大な蛞蝓であった。全身から気色悪い粘液を噴出させ、まるで陸に投げ出された魚のように、巨大な胴体を暴れさせている。
「ひいっ!」
時折眼球つきの二本の触手と大口が目立つ顔面がこちらの睨みつける度に、誰もがどうしても及び腰に陥ってしまう。
「此奴は『サンドスネイル』だね。ここみたいに穴の開いた場所を好むとは聞いた事があるけど、まさかこんな大物が存在してたなんて…………!」
その時冷静な態度をとっていたエジャイルでさえも、どうやら流石に冷や汗を流さざるを得なかった。
「そ、そんな事どうでもいいから!とっととこんな奴倒しちゃおうよ!さっきからずっとうねうね動いてて、超気持ち悪いんですけどぉ!」
至って冷静なエジャイルに向かってそう叫んだのは、リビィであった。目前で繰り広げられている“悪夢”を目の当たりにしている彼女の瞳からは、既に数滴零れ落ちていた。
「そ、それもそうだね。それじゃあ頼んだよ、ヒカルッチとファメルッチ!」
「おっしゃあ分かったぜ!行くぞ光…………ってあれ?」
「えっ?」
その時「サンドスネイル」への攻撃を任され、早速剣を構えるファメルと光。しかし何か奇妙な点を見つけたらしく、突如としてエジャイルの方へと視線を移し替えた。そして光もそれに合わせる。
「ちょっと待ってくれエジャイル!確か彼奴って<地>属性のモンスターだったはずじゃねぇか。だったらオレ達よりも、輝吉とシャオッグのコンビの方が効果的なんじゃ…………」
「ふふふ……どうやらエジャイルさんも気づかれたようですね…………」
ここで突然シャオッグが自らの眼鏡を元の位置に戻しながら、何だか不敵な笑みを浮かべた。それを見たエジャイルもまた微笑みながら、その場で大きく頷く。
しかしながら光とファメルの二人はそれが理解出来ず、頭上に巨大な疑問符を浮かべる。そこで彼らにも分かりやすいように、シャオッグが丁寧に説明する。
「確かにファメルさんの仰る通り、『サンドスネイル』は<地>属性のモンスターです。なので本来ならボク達<風>属性の攻撃が効果的で、簡単に大ダメージを与えられます。しかし先程ファメルさんが攻撃を受けたように、あのモンスターに限っては…………」
その時シャオッグが物事の核心まで近づいたところで光は気づいた。彼が自分達に伝えたかった事実に…………。
「…………そうか!あの『サンドスネイル』は、<風>属性も備えてるって事なんだね!」
「あっ!そういう事かっ!」
「大正解です、お二人とも!」
その時光とファメルは改めて自らの剣を構え、目前でのたうち回る「サンドスネイル」に切っ先を向けた。
「それなら後は簡単だ!オレ達二人の熱い炎で、あの蛞蝓野郎をぶった切ってやろうぜ!」
「ああ!それじゃあ行こうか!」
そして二人は同じタイミングで深呼吸を済ませると、早速彼らが得意とするあの呪文を、高らかに叫んだ。
「≪エファイレ≫!!」
すると次の瞬間二人が構えた刃全体を、高熱の炎が包み込むように燃え上がらせていく。やがてその炎が今にも周囲を焼き尽くしてしまいそうな程の勢いに達したその時、光とファメルは互いに見つめ合って頷き、大きな掛け声とともに「サンドスネイル」の元へと駆けていった…………。
「たあっ!!」
「はあっ!!」
…………その時目前のモンスターに一撃を食らわせた二人の剣から、先程までの炎は既に消失していた。そして彼らが自らの剣を鞘へとしまい切った次の瞬間、
「…………っ!」
その時光とファメルの背後に存在するモンスターの巨体から、丁度彼らと同じ位置に一線が刻まれ、それに沿って炎が出現した。それと同時に肉体が少しずつ離れていき、いつの間にかモンスターは綺麗な三等分にされていたのであった。
「やったな、二人とも!」
二人の一撃を称える輝吉の声に、光とファメルは親指を立てて対応する。
やがて三等分された「サンドスネイル」の肉片は、彼らの繰り出した炎によって燃焼し続けていった。その身体は炭のように黒焦げになったかと思いきや、徐々に体積を減少させていき、二人の炎が治まった頃には、既にその姿は完全に消え去ってしまっていた。するとその時、
「ん?あれは…………」
その時「サンドスネイル」が存在していた箇所から、遠目からでもよく理解出来るくらいの輝きが出現した事に彼らは気づいた。まるでその周辺に草木が生い茂ったような緑色に輝くその正体に大体の目星をつけながら、最も近い位置にいる光とファメルが確認を試みる。
「ファメル、これは…………!」
「ああ、どうやら間違いはなさそうだ…………!」
その時ファメルが代表してその輝きの正体を手にすると、それを向こう側の仲間達にも示すように、それを高々と掲げた。それを目の当たりにした次の瞬間、彼らの表情は途端に晴れやかなものへと変化を遂げた。
その時ファメルの手中に握りしめられていたのは、先程よりは少し劣ったものの、それでも未だに強い輝きを放つ、鮮やかな緑色の宝石であった―――。
―――その時再び≪ナミエイタ市≫へと舞い戻った“勇者達”は、改めてこの都市の繁栄ぶりを思い知らされる事となった。
それまでは度重なる強風の影響で全く物寂しい風景と化していた市内に、いつの間にか大勢の縞馬顔の人々がごった返していたのだ。周辺の発展した建造物の数々に相応しいといえる程、数多くの人数があふれていたのである。
「こ、こんなに沢山……って事はもしかして…………」
光がそう呟いた次の瞬間、
「そうなんですよっ!」
「っ!!??」
突如として何者かの声が彼らの背後から飛びかかってきたのを受け、“勇者達”は全員揃って奇妙な悲鳴を思わず吐き出してしまった。非常に聞き覚えのある声だったので何の疑いもなく振り返ると、案の定そこにはこの都市の市長ラミダナがそこに存在していた。それも物凄く満足そうな面持ちで、笑みが全く絶えないままで。
「皆さんが問題を解決してくださったお陰で、この街から強風による被害が確認されなくなりました。そして市民達もそれを知って、徐々に街中へと舞い戻っていきました。それによりこれまで通りの賑やかさが、見事復活を果たしたのです!」
今尚喜びを抑えきれずにいるラミダナはそう言うと、改めて街の様子を“勇者達”に確認させた。至る所を往来する人々の表情は、その全てが市長と同様に笑顔を絶やさずにいた。
「こうして市民に笑顔が戻ってこれたのも、全ては皆さんのお陰です。本当に、ありがとうございました…………!」
その時“勇者達”に感謝の言葉を述べたラミダナの瞳からは、“溢れるもの”が滝のように止め処なく流れ落ちていた。それを目の当たりにした光は、慌てて言葉を返す。
「そ、そんなに泣かないでください!僕達は唯、“勇者”として当然の事をしただけですから…………」
すると彼の言葉を聞いたラミダナは、ようやく瞳の放水を中断させた。
「本当に皆さんは心優しい方ばかりですね」
そしてその直後に目前の“勇者達”へ向けて、とある誘い事を口にした。
「…………それでは皆さん、是非ワタクシとともにいらっしゃってください。実はこの先の特設会場にて、今回の強風問題の解決を祝した、盛大なパーティーが催される予定です」
「そ、それって本当か!」
その時市長の正体を聞き突如瞳を輝かせたのは、ファメルであった。
「そのパーティーって、美味いご馳走とかは出るのか?」
「はい勿論!厳選された≪ナミエイタ≫特産の食材を、一流の料理人が素晴らしい逸品に仕上げております」
それを聞いたファメルは、口から止め処なく溢れる涎を拭い、益々その瞳を輝かせる。
「そりゃあマジで有りがてぇ!丁度オレの胃袋が食い物を求め始めた頃だったんだ。さあ市長さんよ、早くオレ達を会場に案内してくれよ!」
最早制御不能に陥ってしまった相棒の傍らで、物凄く申し訳なさそうに何度も頭を下げる光。それでも一方のラミダナはというと、寧ろファメルの喜びを嬉しそうに受け止めてくれたようであった。
「…………それもそうですね。ここで話し込んでばかりでは、折角の料理が台無しになってしまいます。早速ですがワタクシについて来てください」
「わ……分かりました。それじゃあお言葉に甘えて…………」
光は改めて深く頭を下げ、案内役を買って出たラミダナの背後を進み始めた。そんな彼に合わせ他の“勇者達”も、リーダーの後を追う。その中で特にファメルの足並みは、これまでの疲れを全く感じさせない程に軽やかなものへと化していた。
その時彼らの背中を優しく押すかのように、穏やかで暖かい風が街中を吹き抜けていった―――。