第四十頁
―――その時これまで間近で眺められた≪ナミエイタ市≫の街並みは、彼らの背後で徐々に小さくなっていった。そして彼らが進む道なき道のその先から、生暖かい風が襲い掛かっていた。それは最初のうちは大人しく、そして次第に強烈となっていきながら………。
………その時市長ラミダナからの依頼を受けた“勇者達”は、彼や≪ナミエイタ市≫の市民達を悩ます問題を解決する為、その原因とされる場所へと向かっていた。全員が自身より一回り大きい外套を身に纏い、襲い掛かる強風から全身を守り抜いている。そしてそこからの僅かな隙間から、≪ナミエイタ市≫周辺の様子が記された地図に目を通していた。
「段々風が強くなってきてる……目的地は近いみたいだね…………」
「だな……それにしても矢鱈と手荒い歓迎だな…………」
その時“勇者達”の先頭として他の六組を率いる光とファメルのコンビは、強烈な風により集中力を切らさないよう、互いの会話を絶やさないでいた。そしてそれは彼らだけでなく、その他の六組も同様に会話を続け、意識を途切れさせないよう取り組んでいた。
「物凄い風だな……何だかリアルに冒険してるって感じられるぜ。なっ、ローク?」
「…………意味が分からん」
“青い本”の持ち主である曽根晴児は深く被ったカウボーイハットの内側からふざけてみたものの、相棒のロークは冷静に処理するのみであった。
「もーっ、この風ホントきついわ。嫌になってきたんですけどぉ!」
「まあまあ落ち着いて。私達が問題を解決させたら、この風も少しは治まるはずだよ」
“黄色い本”の持ち主である岸川陽音は襲い掛かる風の勢いに逆らいながら、相棒のリビィを落ち着かせるのに精一杯であった。
「いやぁ、これぞまさしく“試練”って言葉がぴったりだなぁ……」
「輝吉さんのおっしゃる通りですね。ボクも覚悟はしていたんですが、まさかここまでだったなんて…………」
“緑の本”の持ち主である佐久間輝吉は少々冗談交じりに呟くと、相棒のシャオッグが彼の性格通り真面目に対応した。
「……わ、悪いなティレング……また変な迷惑かけちまって…………」
「気にするな照太。とりあえず今はオレの背後だけ注意してくれ。もしここでモンスターに襲われると、今のオレじゃ対応できないからな」
“橙色の本”の持ち主である瀬戸照太が、自分を強風から身を守ってくれている相棒に申し訳ない気持ちを示す。しかし当の本人であるティレングにとってそれは当然の事で、気にする様子など全くなかった。
「皆の言う通り風が強過ぎ……でも私、これくらいで諦めるつもりはないわよ!」
「その意気だ明乃。オレはそんなお前とコンビを組めた事を誇りに思うぜ!」
“白い本”の持ち主である志摩明乃が自らを鼓舞し、強風にも全く動じない様子を、相棒であるルルーゴは高く評価していた。
「さあ皆、目的地までもうすぐだ。頑張ろうね!」
「ああ、分かってるぜ昇!こんなとこでへこたれるようじゃ、“勇者”の相棒なんか務まらねえからな」
「リーダー殿の仰る通り!今こそ我々が力を合わせて、この“試練”を乗り越える時でござる」
「そうですね。皆さんの力を一つにすれば、どんな敵でも倒せるはずです」
「お……オイラはそんなに自信はないけど……と……とにかく頑張るよ!」
「どうやら皆の気持ちは同じみたいだね。さあ行こう!ゴールまでもうすぐだよ!」
そして最後に“黒い本”の持ち主である美濃部昇が送り届けた激励の言葉を、相棒であるチェティス達五人はしっかりと受け止め、砂漠を歩み続ける原動力へと変えていった。その中でも特にエジャイルに至っては、五人の先陣を切って進んでいく。
こうして“勇者達”は会話を続ける事で、目的地へと向かう間集中力を切らさないよう、それぞれのやり方を駆使してきたのであった。
その時これまで自分達を苦しめてきた強烈な砂嵐が徐々に治まっていき、それと同時に視界が晴れてきた事を彼は感じ始めた。こうした環境の変化にある事を思い出し、光はふと呟く。
「確か市長さんが言ってたっけ。さっきまでの砂嵐を過ぎて青空が見えるようになった所に、僕達が行くべき場所があるって…………」
「ああ、そうだったよな。つー事は…………」
相棒の呟きに反応したファメルは、ここで足を止めた。他の六組もそれに合わせて、同じ場所でで立ち止まる。そこにはこれまでの厄介な砂が、既にその存在を消失させていた…………。
「ここが僕達の…………」
「“目的地”…………」
…………その時“勇者達”の目前に姿を現した光景、それは大量に積もった砂から一ヶ所だけ露出した、巨大な地層であった。しかもその至る所には、まるで機関銃の一斉射撃を食らったような、大小様々な穴が開けられている。
「町の人はここの事を、“風穴(かざあな)”って呼んでるんだ。そして情報によると、どうやらここから≪ナミエイタ市≫に向かって一直線で、あの時のような強風が吹きつけるんだって」
「へえ、そうなのかあ。それにしてもこいつぁちょっと厄介だな。これだけたくさん穴が開けられちゃあ、何処をどうやって攻略してきゃいいのか見当もつかねえや…………」
エジャイルからの情報は十分役には立っているようだが、それでもファメルは困った表情で頭を抱えた。そして彼はその状態を維持したまま、改めて“風穴”の全体に目を通した。確かにファメルが困惑した通りで、彼の目前には数多くの穴が存在している。それ故最初に何処から攻めていけばいいのか、或いは何処を中心に攻撃していけばいいのか、全く答えを見出せずにいた。
そのまま一向に何の展開も見えない状態が続いたせいで、ファメルのイライラがとうとう限界に達してきたようであった。突然彼が装備する剣を思い切り振り抜くと、早速戦闘態勢を構えたからである。
「…………ええいっ!ボーっとしてても仕方がねぇっ!勇者たる者、こんな所で油を売ってる暇なんてねぇんだよ!」
「あっ!ちょっ!ファメル!」
その時高らかに自身の思いを叫んだファメルが、風穴に向かって突進を開始した。光が慌ててそれを止めに入ったが、最早手遅れだった。
「ま、待って!そんな勝手な事しちゃ!」
「うおおおおおっ!!」
あまりにも大音量の叫び声に、相棒の声は全く通用しなかった。まずは目前に見える風穴に向かい、ファメルは一直線で駆けていく。
するとその時、
「…………うっ!?」
突如として風穴の向こう側から強烈な風が吹き出し、“勇者達”に襲い掛かってきたのである。その勢いに対し光達はその場で我慢比べをするしかなかったが、問題は先陣を切って飛び出していったファメルだ。
「う、うあっ!?うわああっ!!」
「ファメルっ!」
その時風穴からの暴風をまともに直撃したファメルの身体は、成す術もなく宙を舞ってしまったのだ。やがて彼の身体が浮上を止め、少しずつ重力を取り戻していく中で、ファメルはある事を思い出した。
(…………あ……この状況……オアシスでモンスターに襲われた“あの時”みたいだ……確かこの後…………)
「…………危ないっ!」
突如として相棒の叫び声が聞こえたその時、ファメルの身体は砂だらけの地面に向かって急降下を開始した。彼が思い出した通りこの展開は、以前立ち寄ったオアシスで出会った「ファウンテンラフレシア」に襲われた時と酷似していた。
その為だろうか。今回はその時とは異なり、ファメルの口から悲鳴が発せられる事はなかった。寧ろ彼の表情には、若干の冷や汗を帯びた微笑みが浮かび上がっていたのだ。何故なら彼は信じていたからだ。またあの時と同じく、“彼”が救いの手を差し伸べてくれる、と。
(…………ほらな)
彼の予感は的中した。自身の身体はまたしても地面に直撃する事はなく、ギリギリの所で何者かに抱かれているという温もりを感じた。
「ありがとな光。またお前に助けられちま…………」
そう呟いて照れ笑いを浮かべながら、温もりの正体をゆっくりと確認するファメル。また相棒が自らの危機を救ってくれた、そう確信しながら…………。
「…………ってねえええっ!」
その時彼の確信は、脆くも崩れ去った。その時ファメルに救いの手を差し伸べたのは光ではなく、エジャイルであった。自らの予想が大きく外れ衝撃を隠せないファメルと、そんな彼を優しく抱えながら照れ笑いを浮かべるエジャイルの姿がそこにはあった。
「君の期待を裏切らせてごめんね、ファメルッチ。君の頼れる相棒があまりにも羨ましくて、オレッチも“勇者”らしい事をやってみたかったんだ」
そう言って陳謝するエジャイルに対し、ファメルは一回溜息を吐くのみで、一切の反論を口にしなかった。
「…………ま、まあ、助けられた事に変わりはねえからな…………あ……ありがとな…………」
ほんの少し頬を赤らめながら発せられた彼からの感謝の言葉を受け、エジャイルは満足そうに大きく頷いた。そんな二人の会話が終了するのと同時に、二人は他の“勇者達”が駆け付けた砂の大地へと降り立つ。そこでは相棒の様子が心配でたまらなかった光が、既に待ち構えていた。
「だ、大丈夫、ファメル?」
「ああ、オレは大丈夫だ。こちらにいらっしゃる“勇者様”のお陰でな」
その時満面の笑みを浮かべるファメルが親指を向けた傍らで、彼の窮地を救った“勇者様”がピースサインを示していた。そんな二人の様子を浮かべて安堵の表情を浮かべる光だったが、すぐさまその表情が険しいものへと変化した。
「…………それにしてもどうしたらいいんだろう?このまま穴の中にいられちゃ一体どんなモンスターなのかも分からないし、さっきみたいにまともに攻め込んだところで、ファメルと同じような目に合ってしまいそうだし…………」
そういった今回の戦い方については、傍らの二人も同じことを考えていたようだ。
「光の言う通りだな。敵の姿が分からなきゃどうする事も出来やしねぇ…………」
「しかもここには無数の風穴があるからね。適当に攻撃するばかりじゃ、無駄に体力を消耗するだけだろうし…………」
そうやって三人が思い悩む中、他の“勇者達”もまた作戦を練り続けていた。全員がなかなかいい方法を編み出せずに、無言の時間が砂とともに何処かへと飛ばされていく…………。
「…………皆、ちょっと聞いてくれないか」
「ボク達に、考えがあるんです…………」
その時突如として発言し、他の仲間達の注目を集めたのは、佐久間輝吉とシャオッグのコンビであった。二人が思いついた考えを、彼らは素直に耳にする事に決める。
「どうやらようやく道が開けそうだな。それじゃ教えてくれねえかな、二人が思いついた考えって奴をよ!」
その内容がどうしても気になるファメルが催促すると、二人は早速頷いて作戦を口にする。その時他の“勇者達”はそれを一言一句聞き漏らす事のないよう、しっかりと自らの耳に叩きこんでいった…………。
…………その時風穴から吹き出される風は、より一層勢いを増しているように感じられた。相変わらずその源は穴の奥に隠れているので、未だに姿形を確認する事は出来ないでいる。
それでも吹き付ける強風に立ち向かうような形で、リーダーにあたる光とファメル、そして輝吉とシャオッグの四人を中心に、“勇者達”は横一列に並んでいる。これは輝吉とシャオッグのコンビが編み出した、今回の敵を倒すための作戦を実行する為に考案された布陣である。
「…………よおし皆、どうやら準備万端のようだな」
「それでは皆さん、先程申し上げた作戦通りにいきましょう…………」
二人は他の“勇者達”へそう伝えると、鋭く輝くそれぞれの眼鏡をほぼ同時にかけ直した。
「本当にこの作戦がいいんだな?二人とも相当自信があるみてぇだが…………」
考案者である二人へ念の為に尋ねてみるファメル。
「任せてください。きっと効果があるはずなんです」
「とりあえず、俺達を信じてくれ!」
シャオッグは笑みを浮かべて、そして輝吉は親指を立てて返答した。それを受けたファメルもまた、改めて彼らに期待感を寄せた。
「分かった。お前らを信じるよ。勇者たる者、仲間の言葉を常に信頼する事を忘れちゃいけねぇからな」
するとここで他の仲間達もまた、立て続けに二人へ向けて期待を込めた笑顔を送り届けた。それに対して輝吉もシャオッグも頷いて、その思いをしっかりと受け取っていく。そして最後に思いを送った曽根晴児からは、こんな一言まで添えられた。
「よっ、期待してるぜ!シャオッグ!そしてテルキチ!」
「はいっ!」
「おうっ……って、テルキチ言うなっ!」
晴児からの声援をシャオッグは素直に受け止めた。しかし一方の輝吉はそれが出来ず、顔を真っ赤に染め上げて怒鳴り声を上げた。どうやら何処か気に食わない箇所があったらしい。その様子を目の当たりにした他の“勇者達”は、思わず苦笑いを浮かべた
「…………ってこんな事してる場合じゃなかった。早速始めようか」
「そうですね。それじゃあ光さん、そしてファメルさん…………」
その時どうにか心を落ち着かせた輝吉の言葉に従い、シャオッグは傍らの二人へ声をかけた。彼のこの行動が何を表しているのかは既に承知していて、光もファメルも自信を持って頷く。
「…………お願いします!」
その時シャオッグが高らかに号令を発した瞬間、二人が構えた剣の先端に、高温の熱が集まっていく。そしてそれが限界の域に達してきたところで、彼らは力強い声量で叫んだ…………。
「…………≪エファイレ≫!!」