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別界記  作者: 星 陽友
第三章 “試練”の時 一
39/45

第三十九頁

 ―――その時治まる気配のない砂嵐の中を、一台の馬車が駆け抜けていた。容赦なく襲い掛かる砂の弾丸を物ともせず、唯只管後部のワゴンを引っ張り続けている…………。


 …………その時そのワゴンの内部では、搭乗している者達からの声が完全に失われていた。なのでそこには外から入り込む砂嵐の音と、ワゴンを引っ張る足音、そして何か文章を綴る筆の音しか聞こえないでいる。乗客の誰一人自らの声を、社内に響き渡らせる事はない。

「…………」

 何故ならこの時搭乗していた七組の“勇者達”全員が、これまでの出来事を自身の日記にしたため続けていたからだ。所謂“人間の少年少女達”七人が筆を動かし、“それ以外の者達”がその様子を傍らで見守る。そういった形となっている。

「…………」

 そんな現在の状況にとうとう我慢出来ず、遂に一人の“勇者”が相棒へ声をかける為、ようやく重い口を開けさせる。

「…………なぁ、光」

「ん?何だいファメル…………」

 そう言って返答した光は、日記への記述を邪魔された事に抗議するような事は一切なかった。彼とコンビを組んでからある程度日数が経過した事もあり、相棒であるファメルの性格についても、少しは理解していたからだ。

「日記書くのって、そんなに楽しい事なのか?さっきからお前、かなりニヤニヤして書いてるから、そう思ったんだが…………」

「え?そ、それって本当…………?」

 その時突然思いがけない言葉を耳にし、光は思わず動揺する。しかもそれはファメルからだけではなかった。二人の間に入り込んできた人物、それは光の親友にあたる彼であった…………。

「俺もそれについては、ずっと前から気にはなっていたんだ。確かにファメルの言う通り、あそこまでニヤニヤされちゃあ、そりゃ誰でも怪しく思うはずだ」

「せ、晴児くんまで!そんなにニヤニヤなんてしてないよ!た、確かに、笑顔だったかも、しれないけど…………」

 親友の曽根晴児からも相棒と同様の言葉をぶつけられ、何とか反論しようと試みる光。しかし彼の顔面が徐々に赤く染め上がっていく事から、二人の指摘が間違っていないという事が明らかになってしまった。その証拠に光の口調が、段々と弱々しいものに変化していくのを、彼自身も自覚していた。

「…………な、何かすまなかったな……」

「べ、別に悪気があった訳じゃないんだ…………」

 そんな光の様子を見て、思わず申し訳ない気分に苛まれてしまったファメルと晴児。そして彼へと頭を下げようとする二人に対し、光は慌ててそれを制止させる。

「あ、謝る必要なんてないよ!…………え、えっと確か、僕が日記を書くのを楽しむ理由……だったよね?」

 その時三人揃って落ち着きを取り戻したところで、光は相棒と親友からぶつけられた疑問に、素直に返答する事に決めた。何故自分がここまで、日記を書く事に夢中になってしまったのかを…………。


「…………僕がこうして日記に夢中になるようになったのは、多分両親の影響だと思ってるんだ。元々父さんも母さんも日記を書くのが趣味で、小さい頃からそれを見ているうちに、いつの間にか僕も日記を書くようになってたんだ」

「へえ。両親二人とも日記が趣味だなんて、とても珍しいな」

「俺も光の両親に何度も会った事があるけど、まさかそんな趣味を持っていたとはな!」

「ま、まあね……でも日記を書くのって、そんなにきつい事ではないんだ。その日に起こった出来事を自分の言葉で書いていくのも面白いし、前に書いた出来事を読み返して、こんな事があったのかって振り返るのも意外と楽しいんだよ」

「言われてみれば確かにそうだ。俺だってそりゃ最初のうちは面倒臭がってたところもあったんだけど、今にあると実は楽しくなってたんだ」

「でしょ!」

「じゃあさ!当然あの事も書いておいてくれよ。オアシスのモンスターを倒した後に、オレ達が≪リーアム村≫に戻った時の事。オレ達の帰還とオアシスの問題解決を祝したパーティーを、村中の皆でまた開いてくれた事をさ!ただでさえ旨かったご馳走の数々をあんなに沢山用意されたら、流石のオレの胃袋も絶対に爆発しちまうところだったぜ!」

「ははっ!勿論だよ、しっかり書いておくよ!…………」


 こうして自らの素顔が二人にも十分知られたところで、光は晴児とともに、再び執筆活動に取り掛かった。その時そんな二人を傍らで見つめるファメル、そして実はこれまでの三人の会話を聞いていた他の“勇者達”が、いつの間にか笑みを浮かべていた。



「…………皆さーん、見えてきましたよーっ!」

「!」

 その時そんな彼らに向かって、ワゴンの操縦士を務める案内人ディアルが呼び掛けてきた。その声に合わせて全員がワゴンから顔を出すと、地平線の向こう側から少しずつではあるが、新たな目的地が見えてきた。しかもその街並みから、何処までも広がる砂の大地において想像もつかない程に、かなりの発展を遂げた街だという事に“勇者達”は気づかされる。

「…………あれが」

「新しい……目的地…………」

 その時ディアルが彼らに向かい、高らかな声でその名を伝えた――――、



「あの町が皆さんの新たな目的地、≪ナミエイタ市≫でございます!」



 ――――その時ようやく目的地に足を踏み入れた“勇者達”は、目前に広がる街並みを信じられずにいた。自身の瞳に映る光景を真実として受け入れられず、全員が異口同音に呟いていた。

「す……凄過ぎだろ…………」

「こ……こんな町があったなんて…………」

 その時彼らの目前に広がっていたのは、彼らが冒険を開始してからの間全く訪れる事のなかった、凄まじい発展を遂げた街並みであった。アスファルトと同様の素材で舗装された道路の両側には高層ビルが隙間なく聳え立ち、それが何処までも途切れる事なく続いているのである。まさに「大都会」と呼ぶに相応しい光景だ。

「この≪ナミエイタ市≫は今オレッチ達がいる≪ティサールの国≫で最も繁栄している都市なんだ。オレッチもずっと憧れてはいたんだけど、まさかこのタイミングで来れるなんてね。ホントビックリだよ!」

 そう言って初めて訪れた大都市の様子に驚愕し、あちこちに立ち並ぶ建造物を見回すエジャイル。それは勿論彼だけでなく相棒達五人、そして他の六組も同様の行動をとっている。

 するとそんな“勇者達”に対し、いつの間にか元の姿に戻っていたディアルが、文字通り案内人らしく呼びかけで、自らの方へと注目させる。

「まず皆さんにはこのまま進んだ先にある、市役所を目指してもらいます。そこでこの都市の市長にお会いして、“試練”の内容を伺っていただきます」

「っしゃ!それじゃあ早速向かおうとしようか!こういうのは手っ取り早く済ませた方がいいからな。なっ光?」

 ディアルからの言葉を受けたファメルからの熱意を感じ、光は首を縦に振った。

「そうだね!それじゃ皆、出発しよう!」

 その時“勇者達”のリーダーにあたる光が合図を送ると、残りのメンバーも元気よく掛け声を上げ、そのまま一歩ずつ進み始めていった。目的地は目前の街道を直進した場所に存在する、≪ナミエイタ市≫の市役所である…………。


「こんなに栄えた街の役所って、一体どんな建物なんだろう?」

 その時市役所に向かう途中、“勇者”の一人でありエジャイルの相棒にあたる美濃部昇が、唐突にそう呟いた。それを聞いたエジャイルが早速彼の傍に近寄り、その答えを伝える。

「オレッチも本物を見た事はないけど、見た人は全員同じ事言って驚くんだって。そりゃそうだろうなぁ、あれは市役所と言うより、むしろ…………」

「?」

 相棒の答えははっきりしないままではあったが、昇はあえてそれ以上追究しなかった。百聞は一見にしかず。彼にしつこく問い詰めるより、自分自身の両眼で実物を確認した方が手っ取り早い。昇はそう考え付いたのだ。


 …………その時暫く歩き続けた末に、ようやく目的地に辿り着く事が出来た。そして目前に聳え立つ市役所を目の当たりにしたエジャイル以外の“勇者達”全員が、同様の第一声を放つ事となった。

「こ、これが市役所ぉ!?」

「ねっ!吃驚したでしょ?」

 あまりの驚きで文字通り開いた口が塞がらない他の“勇者達”に、エジャイルは微笑みながら声をかける。

 彼らが驚愕するのも無理はない。その時“勇者達”の目前には、確かに≪ナミエイタ市≫の市役所が存在していた。この町を訪れてからこれまでに確認してきた高層ビル群を、間違いなく更に上回る大規模な施設として。一見しただけでは到底行政機関とは思えない程豪華絢爛な様子は、まるで…………、

「こ、これじゃあ役所と言うより、まるでお城じゃねえか!」

「そだね、お城って言った方が正しいかもしれないな」

 あまりの豪勢さに思わず絶叫しまったファメルに対し、エジャイルはまたしても落ち着いた様子で対応した。ファメルはそんな彼の態度にも驚きを隠せずにいた。

「おいエジャイル、お前やけに落ち着き過ぎやしねぇか?さっき聞こえたんだが、お前本物の市役所を見た事がねぇそうだな?なのにそこまで落ち着いていられるのは、何か理由があるはずだが…………」

 エジャイルは素直に答えた。

「…………実はオレッチの故郷からこの町へ出稼ぎに来る人が結構いて、たまーに里帰りしてくる度に街並みや市役所の話をしてくれたんだ。それを沢山聞いているうちに、何だかワクワクしなくなってきちゃったんだよ…………」

「成程、だから冷静でいられたんだな」

 相棒がそう語ったお陰で抱えていた疑問が解決し、一転満足した表情を浮かべるファメル。そして彼が十分納得したのを確認したエジャイルは、まるで立派な城門のような市役所の出入り口を指差し、他の“勇者達”をこう促した。

「さあ皆、早く中に入っちゃおうよ!そうしないとこの町に来た意味がなくなっちゃうよ」

「あっ!それもそうだね」

 その時彼からの言葉により、リーダーにあたる光は重要な事に気づかされた。そして相棒のファメルと発起人のエジャイルを両脇に、残る“勇者達”に力強く呼び掛ける。


「それじゃあ皆、中に入ろう!」


 …………その時“勇者達”は非常に広々とした空間の中に佇んでいた。

 立派な赤い絨毯が敷き詰められ、壁や天井は全て金色に輝いているので、両眼を覆い隠さずにはいられない。そこに飾られた絵画や照明も一際豪華で、この場所が明らかに他とは異なるものだと証明していた。

 その時そんな空間にいる“勇者達”の目前に、一人の男性が笑みを浮かべた状態で待ち構えていた。縞馬のような面構えで、部屋の明るさに負けないくらいに輝く金色のスーツを身に纏った人物だ。

「ようこそ“勇者”の皆さん。ワタクシがこの≪ナミエイタ市≫の市長を務める、ラミダナと申します」

「初めましてラミダナ市長さん。僕が皆のリーダーをしている、朝日奈光です」

 見た目はそれ程年老いてはいないように思える市長だったが、この挨拶から判明した彼の口調は、かなりの落ち着きを感じさせるものであった。そんなラミダナと光が自身の自己紹介を終えると、互いの片手を目前に差し出し、握手を交わした。

 するとここで光の口から、この≪ナミエイタ市≫の街並みに関する率直な感想を、市長のラミダナに伝える。

「…………それにしてもこの町は本当に繁栄していますね。広い砂漠の中に、まさかこんなに立派な町が出来上がるなんて!」

 ラミダナは嬉しそうに答える。

「お褒めいただき、誠にありがとうございます。元々この辺りの土地には、他の箇所と同様に、砂以外全く存在していませんでした。しかし我々マーラウ族の先人達があらゆる技術を応用し、やがてこの≪ナミエイタ市≫を完成させたのです」

 こうして市長本人から町の成り立ちを教わったところで、光は自身が最も聞きたかった質問を彼にぶつける事にした。

「…………ところで市長さん、この歴史ある≪ナミエイタ市≫に関して、何か困っている事はありませんか?僕達はそれを解決する為に、こうしてこの町に来たんですけど…………」

「おお成程、そういう事だったのですね…………」

 その時彼からの質問を受けたラミダナは、これまでの微笑みを一切消去させた。そしてそこから後ろ手を組み、傍らにある大きな窓の向こう側を見つめ始めた。そこから見える街並みは、先程語られた通りの繁栄ぶりが映し出されている。

「それでしたらもう少しすれば、皆さんにもお分かりになると思いますよ…………」

「?」

 この時“勇者達”は彼が呟いた言葉の意味を理解出来ずにいた。そして全員は全く訳も分からないまま、ラミダナと同様に窓の外を眺めた…………。


 …………だが次の瞬間、その言葉の意味が判明した。

「…………うわっ!」

 その時目前の窓が小刻みに震え始め、やがてそれが今にも割れてしまいそうな規模へと変化した。全員が慌てて外の景色を眺めると、すぐさまその原因が判明した。

 先程まで通り過ぎていた町の街路樹が、物凄い勢いで揺れ続けていたのだ。更に外に置かれていた全ての品物が、町中の至る所へ吹き飛ばされていた。そんな外の様子が屋内にも伝わっているかのように、“勇者達”とラミダナがいる室内の品物もまた、震えが治まらないままであった。

 その時この状況でも落ち着きを保ち続けたまま、ラミダナは“勇者達”に語り始めた…………。


 …………この町に突如としてこのような強風が吹くようになったのは、つい数日前の事でした。この日は特に大きなトラブルもなく、平和な一日が過ぎようとしていました。

 ところがその日の深夜、丁度新しい日付になろうとしたその瞬間、それは突然起こりました。暗い夜空が急に明るくなり、見てみると一筋の流れ星のような輝きが、町の外れへと消えていったのです。その時は何も変化はなかったのですが、翌朝になってからこのような風が吹きつけるようになったのです。町の人々はすっかりこの風に怯えてしまい、今では日中であろうと滅多に外出をしようとしなくなりました…………。


「…………ファメル!」

 その時市長からの目撃談を聞き終えた光は“ある事”を瞬時に確信し、傍らの相棒を呼び掛けた。それは≪ナミエイタ市≫を襲う強風が発生するようになった、その最大の要因についてであった。

「これって、もしかして…………!」

「ああ、間違いねえ…………!」

 光もファメルも大きな確信を持って互いを見つめ、同時に頷いた。それは他の“勇者達”も同様で、すぐさま二人に合わせて首を縦に振る。

 そして光は再びラミダナの両眼へと目線を移し、そこから力強くこう語った。

「…………市長さん、その流れ星が消えていった場所へ、僕達を案内してください。僕らがこの町を訪れた最大の理由と、大きく関係しているかもしれないからです!」

 光がそう頼み込むと、最初に彼が頭を下げ、徐々に他の“勇者達”も頭を下げていった。自分達の目的を達成させる以上に、この町の悩みをいち早く解決させたい、そういった思いが彼らのこの行動に込められていた。

 その時ラミダナは彼らの行為を受けて、すぐさま自身の首を縦に振った。

「…………皆さんの思いは確かに受け取りました。この町に再び平穏を取り戻す為、皆さんを現地へご案内致しましょう。それでは早速役人に地図を用意させます…………」

 市長からの返答を受け、下げていた頭を上げた“勇者達”の表情は、より一層真剣なものへと変化していた。市長や市民の平穏な暮らしを取り戻させるべく、何としても解決に導こうとする決意が滲み出ていた。


 その時≪ナミエイタ市≫全体に吹き荒れていた強風は既に治まっていた。まるでこれから駆け付ける“勇者達”を、しっかりと迎え撃つ準備をするかのように―――。

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