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別界記  作者: 星 陽友
第三章 “試練”の時 一
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第三十八頁

 その時全員が自らの“武器”を構える“勇者達”と、今にも襲い掛かってきそうな状態で彼らを見つめるモンスターとが、互いに目前の敵を睨みつけていた。互いに準備を整わせ、何時でも戦闘開始に持ち込める状態にあった。

「あのモンスターの名前は『ファウンテンラフレシア』。このオアシスの主で、中央の口で何でも飲み込んでしまうんだ」

 張り詰めた緊張感の中でモンスターの説明を行ったのは、彼らがいるこの≪ティサールの国≫の出身である“黒の勇者”エジャイルであった。身に纏う鎧と同色の黒いハンマーらしき武器を構え、彼もまた何時でも戦闘を開始出来そうだ。

「なるほどな…………それなら話が早いな!」

 その時エジャイルの説明を受け、今すぐにでも戦闘を開始させたい“勇者”が一人いた。それは目前のモンスター「ファウンテンラフレシア」に対して、最も因縁の深い人物であった。その人物とは…………、

「さっきはよくもオレを喰っちまおうとしやがったな!このお礼は何万倍にして返してやるぜ!」

 それは先程このモンスターにより、一時的に恐怖のどん底に叩き落とされてしまっていた、ファメルであった。今はあの時の恐怖心は一切なく、むしろ自分に対して犯した仕打ちに、相当な怒りを覚えているようだ。

「行くぞ光!ぜってーにぶっ倒してやろうぜ!」

 その時怒りに満ちたファメルは表情を変える事なく、何としても目前のモンスターを撃破しようという気持ちを、傍らにいる相棒の光へ率直にぶつけてきた。

「え……お、おう…………」

 先程自らの“武器”である<紅剣>を振りかざした瞬間に、表情や口調が全くの別人に変化した光であった。そんな彼でも相棒の怒りを直接ぶつけられて、流石の彼も思わず怯んでしまった。

 それでも光が引きずる事なく、すぐさま<紅剣>を構えたところで、早速ファメルによる“復讐劇”が開始される。その為まずは“勇者達”の先陣を切る形で、ファメルは彼らの先頭に立つ。その表情は未だ怒りに満ち溢れ、敵意剥き出しのままであった。

(だ…大丈夫か?完全に我を忘れてる……まだ相手がどんなモンスターなのかさえ分かってないのに…………)

 その時相棒の言葉を受けた光は、馬車での移動中に聞いた“この世界”の常識を思い出した。そこでファメルから教わったのは、彼らがこれから冒険していく上で覚えておくべき、重要な事柄についてだった…………。


「…………なあ光。お前達にとっての≪別界(アナザー・ワールド)≫、そしてオレ達にとっての≪真界(リアル・ワールド)≫といえる“この世界”には、大きく七つに分けられる≪属性魔法≫が存在する。前にそう教えたのを覚えてるか?」

「僕らの最初の冒険が終わった後の事だよね。勿論覚えているよ。僕らが持ってる<炎>を始めとして、晴児くんとロークの<水>、陽音さんとリビィの<雷>、照太くんとティレングの<地>、輝吉くんとシャオッグの<風>。そして<特殊属性>と呼ばれる、明乃さんとルルーゴの<(ひかり)>と、昇くんとチェティス達の<闇>。この七つだよね」

「大正解!そこまで覚えていれば問題ないな。それでオレが光に教えたかったのは、そのうち五つが特定の<属性>に攻撃を仕掛けると、その威力を倍増させる事が出来るという事なんだ」

「それってどういう事?」

「例えばオレ達が使える<炎>属性は<風>属性に強く、<水>属性に弱い。同じようにその<水>属性は<炎>には強いけど、<雷>には弱い。こういう風に属性が繋がっていて、<雷>には<地>、<地>には<風>、そして<風>には<炎>と、まるで円を描くような関係となっているんだ」

「そうなんだあ…………そういえば残りの二つは?残った<光>と<闇>には、一体どんな能力が備わっているの?」

「実は<光>属性と<闇>属性の二つには、勿論単体で攻撃出来る能力はある。それに加えてこの<特殊属性>が持つ面白い能力ってのがあってな。さっき説明した五つの<属性>の能力を増幅させる事が出来るんだ。それぞれの<属性>に<光>が加われば光の力、<闇>が加われば闇の力がプラスされる。その分使う魔法が強化される、って訳なのさ」

「成程、その二つと僕らの<属性>を上手く組み合わせていければ、その強さを最大限に発揮させられる、って事だね」

「その通り!…………でもな、この二つを使う上で事前に知っておかなきゃいけねぇ“注意事項”ってのがある」

「注意…事項……何それ……?」

「この二つの<特殊属性>は同時に使おうとするとな、互いに力を打ち消しあって、折角の強さが元通りに戻っちまうんだよ……ま、相手がもしこれを繰り出してきた場合なら、その威力を減少させる効果もある。これさえマスターしとけば、戦いを優位に進めていけるっと事だ。ぜひ覚えておいてくれ」

「分かったよファメル。しっかり頭の中に入れておくね…………」


 …………その時光は相棒から教わった、それぞれの“勇者”が使用出来る≪属性魔法≫に関する情報を、自身の脳内で繰り返し思い描いていた。先程ファメルから新たに教わった情報を元に、想定される様々な予測を彼なりに浮かべていたのであった。相手がどのような<属性>を持ったモンスターなのか判明していない分、より慎重に対応しなければならないと考えていたからだ。ところが、

「…………おい光」

「っ!」

 突然自らに向かって呼び掛けてきた声に、これまで夢中で考え続けていた光は驚愕してしまった。その声の発信源へ目線を向けると、そこには痺れを切らして今にも動き出しそうなファメルの姿があった。すると彼は突如として、自身の戦闘に関する流儀について熱く語り始める。

「確かに色んな事を想定して戦いに挑むのは間違っちゃいない。だがな、このままずっと考えてばかりいちゃあ、折角の攻撃のチャンスがなくなっちまうんだぜ。そのチャンスを感じ取ることも大切なんだぞ…………」

 あまりにも熱心に語り続ける相棒を落ち着かせる方法を、この時の光は見出せずにいた。何の言葉も発することさえ出来ず、ファメルの答弁を聞き入るのみの彼がそこにはいた。

「…………さてと!」

「?」

 ここでようやくファメルが答弁を終えると、すぐさま自らの剣を振りかざし、目前の「ファウンテンラフレシア」を鋭く睨みつける。そして傍らの光へ向けて、力強い声で再び声を上げる。

「つー訳で、彼奴にゃ早速オレの“炎”を食らってもらうとするかな!」

「…………はぁっ!?」

 その時彼の意気込みを受けた光は、不気味な焦りを感じ取った。このまま相棒を放っておいてはいけない、彼は瞬時にそう感じたのだ。

「まっ待てファメル!むやみに攻撃しちゃ」

「≪エファイレ≫!」

 遅かった。光が相棒を制止しようとした頃には、既に呪文を唱え終えたファメルの剣の、その先端から火球が放たれていたのだ。

「あんな植物タイプのモンスター、オレの炎で燃やし尽くしてやるぜ!」

 そして火球はモンスターへと近づいていき、間もなく本体に直撃する…………はずだった。

「…………なっ!?」

 その時ファメルが放った火球は、「ファウンテンラフレシア」の寸前で脆くも鎮火されてしまったのだ。その時モンスターの目前にあったのは、オアシスの水で生み出された障壁であった。

 それだけではない。水の障壁がそこから不気味な渦を巻き上げ始め、やがてボウリング球程度の大きさの球体を作り上げる。

「な……何だあれ?」

 その時だった。

「…………があっ!?」

 突如としてファメルの腹部に、とてつもなく強烈な衝撃が加えられた。まるで時間の進み具合が遅くなったようなその瞬間に目線を向けてみると、先程モンスターが生み出した球体が自身の腹部に直撃していた。

(ま……まさかこんな…………!?)

 ここで遅れていた時間が、再びこれまで通りの流れを取り戻す。するとその瞬間にファメルは球体とともに吹き飛ばされ、傍に生えている大木に幹に激突する。新たな衝撃が加わった為、絶叫と吐血を同時に味わう事となったファメル。

 そんな相棒の元へいち早く駆け付けたのは、光であった。そして未だに苦悶の表情を隠せないファメルを抱きかかえると、すぐさま安否を確認する。

「大丈夫か、ファメル!?」

「あ…ああ……何とか」

 呼吸はまだ乱れたままであったが、それでも彼は相棒を心配させまいと、どうにかして笑顔を作り上げる。それが今のファメルに出来る、唯一の行動だったのだ。

 ところが直後に発せられたのは、普段の光からはまず信じられない程の叫び声であった。

「何やってんだ馬鹿野郎!」

「っ!?」

 あまりの大音量だった為ファメルだけでなく、他の“勇者達”も耳を塞がざるを得なかった。それでも光の言葉は続く。

「さっきのお前は完全に理性を失っていた!相手の特徴をまともに確かめようとせず、無理矢理な攻撃をしてたんだぞ!もしかしたらお前だけじゃなく、他の皆に危害を加えていたのかもしれないんだぞ!もっと考えて行動するようにしろ!」

「う、うん……悪かったよ、ごめんな…………」

 その時光の言葉を受けたファメルは、ようやく落ち着きを取り戻した。これまで経験したことのない相棒の変貌ぶりに、彼には何の反論も出来るはずがなかった。

「…………でも、お前のお陰ではっきりした事がある」

「えっ?」

 突然そう口にした光の言葉の真意を、この時のファメルは上手く理解出来ずにいた。彼がそれをようやく理解したのは、相棒の次の一言を耳にした時であった。

「ファメルが攻撃した時、あのモンスターは水で防御し、水で反撃してきた。という事は彼奴の持つ<属性>は、自ずと分かるはずじゃないか?」

「…………そ、そうかっ!」

 そして光から受け取ったヒントを頼りに、ファメルは離れて戦闘態勢をとる、一組の“勇者”の名前を大声で呼び掛ける。

「陽音っ!リビィちゃんっ!」

 すると彼の呼びかけに素早く反応し、黄色い服装を身に纏った<雷の勇者>岸川陽音とリビィの二人は、すぐさま光とファメルのいる箇所へと目線を向ける。それを確認したファメルは彼女達に向けて、再び大声で呼び掛ける。

「此奴の<属性>は間違いなく<水>だ!だから<雷>の二人が同時に魔法を使えば、モンスターにかなりのダメージを与えられるはずなんだ!オレ達が合図を出したら、同時に彼奴を攻撃してくれないか!」

 その時彼から伝えられた頼み事に対し、陽音とリビィが反抗するような事は勿論なかった。ファメルからの合図を待つように、二人はその場で動きを止め、相手や光達の様子を窺う。そしてそれに合わせるかのように、他の五組の“勇者達”も余計な手出しをしなくなった。

「よおし、二人とも聞き入れてくれたみてぇだな。それじゃあ“勇者殿”、オレはこの後に一体どうすりゃいいんだ?」

 陽音達の様子を確認し、そう言ってこれからの指示を待ち望むファメル。それに対し傍らの光は相棒の耳元で、これからの行動について小声で説明する。勿論目前の「ファウンテンラフレシア」に、自分達の情報が盗み聞きされる事のないように……。

「…………成程。そいつぁあ名案だな!それじゃあ早速…………」

 その時どうやらいい作戦を思いついた光と、それに逆らう事なく聞き入れたファメルの二人が、そろって自らの剣を構え、魔法を繰り出させる準備に差し掛かる。そしてそれに気づいた「ファウンテンラフレシア」もまた、彼らの攻撃に立ち向かう体勢をとる。

「よおし、準備オッケーだな…………」

 そう呟いて余裕のありそうな雰囲気を見せるファメルであったが、流石の彼でも重い緊張感を隠せずにいた。笑みを浮かべる面構えや剣の柄を握る両手から浮かび上がる尋常でない量の汗が、それを証明している。そしてそれは彼だけでなく、光や陽音とリビィのコンビ、更には他の“勇者達”にも同様の事が言えた。

「…………」

 その緊張を取り除く為に、深く息を吸って吐き、目前のモンスターを睨みつける光。そして、

「…………行くぞっ、ファメル!」

「おっしゃあ!」

 光からの力強い合図を受けて、同じく力強く返事するファメル。そして二人は同時に呪文を唱え、自らの剣先に灼熱の火球を生み出す…………。


「≪エファイレ≫っ!!」


 …………その時二人の力で生み出された火球を、彼らはモンスターには直接狙わず、敢えてその上部へ向けて放たれていった。同じ場所へと向かったそれぞれの火球は、モンスターの中心に位置する位置で組み合わされ、更にその熱を上げていく。

「はあっ!」

 二人は同時に掛け声を放ち、合わさった火球を「ファウンテンラフレシア」の脳天目掛けて叩き落す。それに対しモンスターは再び水の障壁を作り上げ、それにより火球は勢いを失っていく。

「今だっ、二人とも!」

「っ!」

 その時光とファメルは、まさにこの瞬間を狙っていたのだ。そしてファメルは間髪を入れず、相棒が低慰安した作戦を陽音とリビィに伝える。

「今出来た水のバリアとこの泉の水に、片方ずつ魔法をぶつけてくれ!二人が使う<雷>の力なら、絶対に此奴へ大ダメージを食らわせられるはずだ!」

 それを聞き入れた二人は、すぐさま自らの首を縦に振る。

「分かったわ!やってみる!」

「少し待っててね!あんな奴絶対に倒してやるんだから!」

 その時返事した陽音とリビィの声にも、強い意気込みが感じられた。そしてその言葉の直後、二人は揃って自らの“武器”である杖の、その先端をモンスターに向けて構える。陽音は上部の障壁へ、一方のリビィは泉の水面へ向けて…………。


「…………≪レサンディ≫っ!」


 その時二人の掛け声は発せられた直後、それぞれの杖から強力な電撃が放出された。それは発生源である杖の向きに従い、障壁と水面を目指して、ほぼ一直線に突っ込んでいく。

 やがてその電撃が二か所に直撃すると、泉全体が一気に電流で覆われてしまっていく。それと同時にこの水を直接受け皿にしていた「ファウンテンラフレシア」にも直撃し、モンスターは強力な攻撃を受けていた。

「いっけええええっ!」

 泉から離れた場所でその様子を見守るファメルから、二人を鼓舞するような雄たけびが響き渡る。それに合わせて陽音とリビィからの電撃が、更に勢いを増していった。

「っ!」

 二人の魔法が威力を増した事で、モンスターを覆う輝きも一層強まり、あまりの眩しさに全員が目を瞑る。

「…………」

 全員の視界が全て黒一色に染め上げられる中、放たれる電撃の音のみが彼らの鼓膜を揺らす。その状況がしばらく続いていくと、今度は何か巨大な物体が水面に叩きつけられる音が飛び込んできた。その原因を突き止める為、“勇者達”は閉ざしていた瞼をゆっくりと開かせていく…………。


「…………!」


 …………その時彼らの視界に映り込んだ光景は、未だ高温を保った焦げ目を持つ木々と漣の治まらない泉、そしてそこに浮かんだまま動かない「ファウンテンラフレシア」の姿であった。聞こえてくるのは生まれ続ける波の音と、彼ら自身が漏らす荒い息の音のみだった。

「…………か……勝ったのか……オレ達…………」

 いまだに呼吸が整わないまま、ファメルは傍らの光に問いただしてみる。

「…………そ……そうみたい…………」

 光もまた呼吸が整わないまま、相棒の問いかけに返答する。

「…………あれ?」

 その時そんな二人の目前に、不思議な光景が飛び込んできた。それはようやく漣が収まった泉の中央部に浮かび上がった、謎の輝きであった。その泉の水よりも透明感のある、青く輝く宝石のようだった。



「あれって……もしかして…………」

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