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別界記  作者: 星 陽友
第三章 “試練”の時 一
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第三十六頁

「“勇者”の皆さん初めまして、ようこそ≪リーアム村≫へ!ワタシは村長のアイリャックでございます。どうぞよろしく!」

「あ……はい……よ……よろしく……です……」

 その時光とファメルはかなり緊張した面持ちで、村長が差し出した手を握り、苦笑いを浮かべた。しかもそれは二人だけではない。彼らとともにこの≪リーアム村≫へと辿り着いた“勇者達”のほぼ全員が、二人と同様の表情を露わにしていた。

 それもそのはずである。なぜなら彼らと村長アイリャックが握手を交わす地点の周辺一帯に、おそらくこの村の住民全てが立ち並んでいるからだ。光達にとっての≪真界(リアル・ワールド)≫に生息する、キリンによく似た面構えの人々が、“勇者達”の一挙手一投足を楽しみに待ち構えている。

「ほらね!オレッチの言った通りでしょ!この村に住むジャラフィー族は、皆心優しい人々だって!」

 その時取り囲むジャラフィー族の人々に一切動じず、かなり自慢げに笑みを浮かべるエジャイルの姿があった。目前の“勇者”から語られたその言葉は、アイリャックの表情を尚更嬉しそうなものへと変化させた。

「我々ジャラフィー族をお褒めいただき、大変光栄です…………」

 すると今度は自らの手を、ある一カ所へと指し示した。そこには他にはない豪華な装飾が施された、一軒の建物が存在する。

「外はかなりの暑さですし、長旅でお疲れの皆さんをこのまま立たせておく訳にはいきません。早速この中へとご案内致しましょう」

 アイリャックはそう言うと、その言葉通りに“勇者達”を、豪華な建物の内部へと案内し始めた。そして彼らを笑顔で送る視線を浴び続けながら、その背中を追っていく。

 外側から見た限り明かりがなく真っ暗闇の為、未だに全容は判別出来ていない。それでもアイリャックは“勇者達”を組ごとに分け、それぞれの場所へ移動するよう指示を与える。やがて全員が特定の位置まで辿り着いたところで彼らを地面に座らせ、高々とこんな一言を発した。

「それでは我々からのおもてなしを、存分にお楽しみくださいませ!」

 そう口にしたアイリャックは、自らの指を鳴らした。するとその直後に室内の照明が一斉に点灯し、ようやくその全貌が明らかとなる…………。


「こ……これは…………!」


 その時彼らの目に飛び込んできたもの、それはもしかすると彼らだけでは消費しきれないかもしれない程に用意された、豪華料理の数々であった。肉や魚、そして色とりどりの野菜を使った豪華料理が、彼らが囲む中心に用意されていたのだ。

「≪リーアム村≫には様々な美味しい食材が手に入ります。そんな我々から皆さんにご用意出来るものといえば、やはりこのような物しかございませんので…………」

 村長は若干申し訳なさそうに語ったが、今の“勇者達”の耳には届いていない模様であった。特にファメルに至っては、口の中に準備されてあるはずの“ダム”が既に決壊し、キラキラと輝く瞳とともに大量の唾液が溢れ出ている。

 そんな彼らの様子を受け、アイリャックはまだ残る謝罪の言葉を、ここで途絶えさせる事に決めた。

「…………どうやらこれ以上、皆さんに余計な言葉をぶつけるのはいけないようですね。それでは早速ですが、お召し上がりください!」

 その時その一言を待ち望んでいた“勇者達”は、すぐさま自らの両掌を重ね合わせた。そしてその直後、彼らの口からはっきりと、この場面で欠かせない“あの一言”が発せられた…………、


「いただきまーすっ!」


「ごちそうさまでしたーっ!」


 その時彼らの目前に存在していたご馳走は、全て彼らの胃袋へと移されていた。全員が満足そうな表情を浮かべながら、自らの膨れた腹を擦り続けている。

「美味しかったぁ、どれもこれも」

「本当!こんなに美味しい料理、生まれて初めてなんですけどぉ」

「ね!オレッチの言った通りでしょ?この村の料理は、サイッコーの美味しさだって!」

 用意された料理の美味しさにすっかり心奪われた“勇者達”は、揃ってその感想を口にしてばかりであった。そして彼らの喜ぶ姿を受け、まるで自分の事のように誇らしげに語るエジャイルの姿もあった。

 ただ一人、今にも破裂しそうな腹を抱え、物凄く苦しそうな表情の()だけを除いては…………。

「う…うぷ……く…食い過ぎた……腹痛ぇ……」

「おいおいファメル、いくら何でもそりゃ食い過ぎだって!」

「晴児の言う通りだ。折角の美味い料理が、全て台無しになってしまうぞ」

 苦悶の表情を見せるファメルに苦言を呈する晴児とローク。その三人による一部始終を目の当たりにした光は、思わず苦笑いを浮かべる。

「…………あっそうだ!」

 その時光はとある大切な用事を思い出し、ふと我に返る。そしてこれまで彼の隣で“勇者達”の様子を微笑みながら眺めていた、村長アイリャックの方へ視線を移した。

「村長さんにお尋ねしないといけない事がありました。すみません、食べるのに夢中で、すっかり忘れてしまってて…………」

 自分がすべき事を忘れてしまっていた事を、前もって報告し謝罪する光。それでも別に気にはしていないような素振りを見せ、無言で首を横に振った彼に、改めて光は質問をぶつけた。以前彼を含めた“勇者達”全員が耳にした、一つの情報を交えて…………、


「ここ最近、何か変わった事とかってなかったですか?例えば……何か不思議な物が落ちてきたり……とか…………」


「…………」

 その時彼からの質問に対するアイリャックの返答を、他の“勇者達”も固唾を飲んで見守っていた。全員が口を堅く閉ざし、暫くの間屋内から“音”が消失する。

 そして数秒間その状態が続いたところで、ようやく村長は語り始めた…………。


「…………我々ジャラフィー族が暮らすこの≪リーアム村≫は、以前から良質の食材が収穫される村として、国内で広く知られていました。その最大の要因といえるのが、ここから少し離れた場所にあるオアシスです。そこでは常に高品質の栄養素が生み出され、それを源として、このように上質な食材が手に入るのです。ところがある日の真夜中、空が急に明るくなったので見上げてみると、一筋の流れ星らしき輝きが、オアシスへと向かっていくのを確認しました。様子がおかしくなったのはそれからです。オアシスに生息するモンスターが突如として凶暴化し、食材の収穫が困難なものとなってしまったのです。先程皆さんが召し上がった料理の材料も、苦難の末に手に入れる事が出来た食材でした…………」


「…………」

 その時村長の話を聞いた“勇者達”は、全員揃って申し訳なさそうな表情を浮かべた。そしてその表情のまま、目前に置かれた空の皿に視線を送った。

「……村の皆さんにとって貴重な食べ物を、僕達の為に沢山使用させてしまったんですね。ごめんなさい……」

「いえいえ、とんでもない!遠路遥々お越しくださった皆さんですもの。盛大におもてなししないと」

 そう答えたアイリャックの表情は、言葉と同様の温かさを感じさせた。振舞われた料理を残さず食べ尽くしてくれた“勇者達”を、嫌な言葉で責めようという気持ちなど毛頭ないようだ。

「…………」

 その時誰もが一言も発しないまま、数秒の時間が経過した。全員が俯いたままの状態で、話すべき言葉を探っていた。

「…………オレ達が」

「?」

 やがて真っ先に声を発し、これまでの無音状態を打開させる“音”を生み出したのは、ファメルであった。全員がそちらへ視線を向けたところで彼は立ち上がり、自らの思いを吐き出させる。

「今こそオレ達が力を合わせて、この村の皆を救い出すべき時なんじゃねぇかな?皆にとってとても貴重な食材を、オレ達の為に振舞ってくれたんだ。勇者たる者、困っている人を救うのは当たり前だし、厚いおもてなしに恩返しをするのも当たり前だ。それに……」

 ここでファメルは一旦言葉を中断させ、一回大きく深呼吸する。そしてそこから声を更に強調させる形で、再び語り始める。

「さっきの村長さんの話を聞いたか?流れ星みたいな輝きが、オアシスに向かっていったって。それってもしかして、あの時館長さんが話してた、『砂漠の花』の一部の事じゃねぇかな?」

 するとその話を聞いていたアイリャックが、突如として傍らの光に話しかける。それもとても驚きを隠せないような表情を浮かべながら。

「『砂漠の花』とはもしや、クァスダム博物館で厳重に保管されている、あの宝飾品の事ですか……?」

「はい、そうなんです。実は…………」

 その時光は目前の村長に全てを語った、「砂漠の花」に起こった不思議な出来事、そして館長ザムファから託された、重要な任務についてを…………。

「…………まさかそんな事が起こっていたとは……それで“勇者”の皆さんは、こうして≪リーアム村≫へと足を運ばれたのですね?」

 光は無言で首を縦に振った。そして彼は相棒と交代するような形で、自分達の思いを村長へ語る。

「そして今僕達には、『砂漠の花』の一部を見つける他に、もう一つ大事な使命が増えました。オアシスに起こった異変を解決し、困ってる皆さんに笑顔を取り戻す。そんな使命が…………」

 その時その場にいた“勇者達”全員が彼の意見に賛同し、凛々しい表情で揃って頷いた。それを確認した光はもう一度アイリャックと視線を合わせ、自分達への協力を要請する。

「なのでお願いです。僕達をオアシスへ案内してください!僕達が必ず、皆さんを救ってみせます!」

 自分達の決意を表明した際の彼らの瞳から、熱く輝く“何か”を感じ取ったアイリャック。改めて目前に揃った“勇者達”の姿を確認すると、彼は腕組みをして、その場で暫く考え込んだ。

「…………」

 その間またしても室内から“音”が失われた。村長の考え事に口を挟まないよう、“勇者達”も何も言葉を発しようとはしなかったからだ。そしてようやく考え事が終了し、村長が最終的に下した決断、それは…………、

「…………分かりました。皆さんがこの村を訪れてくださったのは、この国や人々の救済に繋がる事です。ここでそれを阻んでしまっては、それこそ皆さんのやるべき事が台無しとなってしまいます。ここは是非とも皆さんのお力をお借りして、この≪リーアム村≫に平和な日々を取り戻してください」

 そう答えたアイリャックは発言を終えたと同時に、自らの片手を光の目前へ差し出した。それを確認した光もまた片手を差し出し、この時二人の間で固い握手が交わされた。その時の光や傍らのファメル、そして他の“勇者達”全員が、逞しい表情を示していた…………。



 …………その時出発の支度を済ませた“勇者達”七組は、再び≪リーアム村≫の入り口付近に集合していた。彼らがこれから向かう場所は、探し求めている「砂漠の花」の欠片が存在し、現在モンスターの凶暴化が止まらないままである、オアシスと呼ばれる場所だ。その出発の瞬間をこの目に焼き付けようと、またしても村人全員が目前に集合していた。

「こ……こうして大勢の人に見られると、何だか緊張しちゃうな……」

「う……うん……そだね…………」

 何処となく感じる不思議な緊張感は、光もファメルも変わらず飲み込んでいた。しかもそれは、どうやら他の六組にも言えたようであった。

 そんな大観衆の中から一人の人物が突如としてその場を抜け出し、光達“勇者”の目前へと近づいてきた。何やら抱えきれないくらいの大きさの“何か”を、その両手で運びながら。

「…………?」

「…………あ……あの!」

 かなりの緊張感が混ざった声で彼らに呼びかけたのは、一人の幼い少女であった。緊張のせいで手足が震える中で、彼女は手にした“何か”をそっと差し出し、再び声を発する。

「こ…これ……皆さんの為に……お母さんと作ったお弁当です……ど…どうか持って行ってください……!」

 かなりの勇気を振り絞って言葉を発した少女の瞳は、堪えきれない物で溢れてしまっていた。

 すると突然彼女の両手から、これまであったはずの重みが失われた。ふと目前へ目線をずらしてみると、一人の“勇者”が少女の抱えていた弁当箱を受け取っていた。彼女が自身に目を向けたのを確認すると、一方の手をそこから離し、少女の頭を優しく撫でた。

「ありがとな。その思い、しっかり受け取ったぜ!」

 そう語ったのはファメルであった。彼が弁当箱を受け取り感謝の言葉を送り届けた事で、少女の表情は満面の笑みへと変化していった。

 その時彼女は瞳を滲ませながら、背後の群衆へと駆けていく。するとそんな彼女を両腕で優しく抱き寄せ、彼女とともにファメルへ深々と頭を下げる、一人の女性の姿があった。どうやら少女の母親らしい。

「…………嬉しそうだね、あの親子」

「ああ、そうだな」

 自分達の思いが“勇者達”に伝わり、喜びに満ちた表情を見せる少女と母親の様子を確認し、光とファメルは微笑みを浮かべる。そしてファメルは両手で抱えた弁当箱を強く握りしめ、胸の奥に生じた一つの“決意”を、自らの相棒へとぶつけてみせる。

「絶対に取り戻そうぜ、この村の平和を!」

「…………うん!」

 そしてその時“勇者達”はオアシスへと歩み始めた。自分達の目的を果たす為に、≪リーアム村≫の平和を取り戻す為に――――。

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