第三十一頁
その時地平線の向こう側から差し込まれた陽の光が、≪キェイル≫の街を覆う闇を切り裂いていく。≪別界(アナザー・ワールド)≫に新たな一日が始まろうとしている。
その時この町の入口にあたる巨大な門の周辺が、少しずつ明るさを取り戻しつつあった。今はまだ誰一人出歩いてはいないのだが、もう少し時間が経過すれば、昼間の賑わいがまたやってくるはずだ。
そんな門を目前にした町の一角に、いつの間にか一人の人物が存在していた。全身を覆う白い布の両脇から腕を突き出し、差し込む陽の光を残さず浴びながら背伸びする。
「心地いい日差しですねぇ。今日も明るい一日が過ごせそうです……」
少しずつ上昇する太陽を眺めながら、一人呟き微笑む。
「…………おお、いらっしゃったようですね」
その時何者かの接近に気づき、自身の背後へと顔を向けるその人物。
そこにいたのは二人の少年であった。
一人は赤色の皮革で作られた防具を胸部に、そして取っ手が炎のような紅色で染め上げた剣を腰に備えた黒髪の少年。もう一人は白い布の人物と同じ背丈で、同じく腰に大剣を備えた少年。こちらの少年だけはもう一方とは大きく異なり、ライオンのような顔と身体がよく目立っている。
その二人が白い布の人物の目前まで接近し立ち止まると、その人物は彼らに向かって微笑みながら挨拶する。
「おはようございます、光(ひかる)さま、ファメルさま。お二方が一番乗りですよ」
「教えてくれてありがとう、ディアル。早起きした甲斐があったよ!」
「オレにもしっかり感謝してくれよ光!お前を起こしてやったの、何処のどいつか忘れちゃいねぇよな?」
「分かってるよ。ありがとう、ファメル!」
「どういたしまして!」
「ふふふっ……相変わらず仲がよろしいのですね、お二方は」
その時光と呼ばれた黒髪の少年と、ファメルと呼ばれたライオン顔の少年との仲睦まじい様子を、ディアルと呼ばれたその人物が微笑みながら実感する。
「…………おっと、ここで新たな“勇者”の登場かな?」
その時ファメルが放った一言で残る二人が目を向けると、今度は四人の人物がこちらへと向かいつつあった。
一人は茶色がかった髪を青色のカウボーイハットで覆う少年。その傍らには長身で、顔の両側に長く伸びた耳が目立つ少年。彼らとは異なる二人は、一人は魔女のような黄色い服装を身に着ける少女。そして彼女の傍らに存在する、猫のような顔と身体が目立つ少女である。
四人が光達の目前で立ち止まると、カウボーイハットの少年が突如として両手で頭を抱え、非常に悔しそうな表情を見せる。
「ちくしょー先越されたーっ!一番早くここに来ようと思ってたのにーっ!」
「仕方ないだろ。何時まで経ってもお前自身が起きてくれなかったんだから……」
「そ、それは言わない約束だっただろロークぅ!」
知らぬ間に垂らしていた冷や汗を拭いながら不機嫌そうに語る少年と、冷や汗を浮かべながらカウボーイハットで自身の顔を隠そうとする少年。
この状況を察するかのように、残る二人の少女が光とファメルに顔を向け、言い合う二人の分も含めて朝の挨拶を行う事にする。
「おはよう朝日奈くん。それにファメルくんも。朝からとても元気よさそう……」
「おはよう陽音(はるね)さん。リビィもおはよう。陽音さんも身体の具合、大丈夫?」
「うん、平気よ。“この世界”に来てから、全然具合が悪くならないの。不思議だわ……」
そう呟きながら、自らの胸元に手を当てる陽音。何事もない彼女の様子を見て、光は優しく微笑んでみせる。
「理由はどうであれ、陽音さんが元気なら僕も嬉しいよ!」
「ほ、ホント?あ…ありがとう……!」
その時彼からの言葉のお陰で、陽音は少々頬を赤らめながら、彼女なりの微笑みを披露した。互いに笑みを浮かべながら、二人とも互いを見つめ合う事しか出来ないようであった。
そんな二人の間に割って入ってくる形で、ファメルとリビィが彼らに声をかける。
「おやおや二人とも。そんなに仲がいいという事は、もしかしてぇ……」
「ちょっとぉ、朝早くからそんな…何だかアタシも恥ずかしいんですけどぉ」
確実にからかっている彼らの言葉に対し、光と陽音は慌てて否定する。
「あ、朝日奈くんはね、いつでもこうやって私を心配してくれてるの!いつもと違って元気でいられてる私の事を喜んでくれて、嬉しく思っただけなのよ。だ、だから二人が思っているくらいの関係ではないんだからね!」
自分達がそこまで深い関係に至ってはいないと必死に説明する陽音。そして彼女の言葉に合わせて、冷や汗を流しながら黙って頷く事しか出来ない光。そんな二人に向かって満面の笑みを浮かべるファメルとリビィは、ほんの一瞬だけ互いを見つめ合ってから、一言不思議そうに言い放った。
「えーっ?別にオレ達……」
「そこまでは言ってないんですけどぉ……」
「…………え」
その時これまでの動揺を一瞬で消し去る“平仮名一文字”を呟いて、その顔面全体を一気に赤く染め上げた、光と陽音の姿がそこにはあった。そんな二人の正面には再び互いに見つめあい、「ねーっ」という一言とともに相棒の様子を可笑しく感じる、ファメルとリビィの姿がそこにはあった。そしてそこから少しだけ距離を置いた場所で、この一部始終を無言で眺めていた晴児とロークの二人が、静かに微笑みながら言葉を交わした。
「うん、コンビとしての結束も強くなったみたいだな」
「ああ、そうだな…………」
「…………おーい」
その時彼らから離れた場所から、こちらに向かって強く呼びかける声が聞こえてきた。
「……おーい!」
時間が経過する度に音量を増していく呼び声。その声の発生源と思われる場所に向けて、すぐに視線を向ける七人。
そこにいたのは息を切らしながら速やかに光達の元へと向かってくる、四人の少年少女と、彼らとは異なる姿を見せる三人の少年であった。
その中から最初に光達へと声をかけたのは、急ぎ足によりずれた眼鏡を直し顔中の汗を拭う、緑色の武装を身に纏った少年と、同じように眼鏡をかけている、子犬を思わせる顔と身体が目立つ少年であった。
「いやぁわりぃわりぃ、ぐっすり眠り過ぎてついつい寝坊しちゃったよ……!」
「ぼ、ボクも全く同じです。つい、寝坊してしまって…本当にごめんなさい……!」
二人とも相当ばつの悪そうな表情で、目前の光達に向けて謝罪の弁を述べる。人間の少年は後頭部を片手で掻きながら、もう一方の犬顔少年は地面につきそうな程に頭を下げながら。
そんな二人に対する晴児からの言葉には、怒りを示す表現など一切含まれていなかった。
「別に謝る事はねぇよ。“こっちの世界”に来てから、ここまで沢山冒険を繰り広げてきたんだ。それにあれだけ寝心地のいいベッドだったら、ついつい寝過ごしちまうのも分かるしな。だからもう頭を上げてくれ、シャオッグ、それにテルキチ!」
その時晴児はにっこりと微笑みながら、目前の二人に頼み込んだ。
「あ、ありがとうございます晴児さん!貴方は本当に心優しい“勇者”なのですね」
最初に頭を上げた、シャオッグという名の犬顔少年。そして自分達に優しく声をかけてくれた晴児に、改めて感謝の意を述べた。それに合わせて人間の少年も、すぐさま頭を上げ声をかける。
「シャオッグの言う通りだ。ありがとな、晴児……って、テルキチゆーなっ!輝吉(てるよし)だからな、テ・ル・ヨ・シ!」
その時自ら輝吉と名乗った少年が不機嫌そうな表情で、晴児に文句をぶつける。相棒の様子が突如として変化した事に、シャオッグは心中で焦りを募らせた。もしかしたらこのまま彼の機嫌が悪い方向へと流れ、目前の仲間に手をだしてしまうのではないか。そう思ったシャオッグが慌てて、輝吉を宥めようと試みる。
「ま、待ってください輝吉さん!誰にでも間違いは付き物です。ここで機嫌を損ねてしまっては、これからの冒険が台無しになってしまいますよ!」
必死の思いで相棒を説得するシャオッグ。彼が一生懸命落ち着かせようとしている様子を見ているうちに、晴児も輝吉も揃ってばつの悪そうな表情を浮かべる。そしてすぐさま、二人はとある事実を打ち明ける事にした。
「あー、ごめんなシャオッグ。実はこのやり取り……」
「俺達にとってこれは、“恒例行事”なんだ」
「…………えっ?」
相棒からの突然の告白によって開いた口が塞がらないままでいるシャオッグに、輝吉は更に言葉を続ける。
「……『テルキチ』っていうのは俺の渾名なんだ。小さかった頃からそう呼ばれてたから気にしてなかったんだけど、晴児からの提案で、そう呼ばれたら突っ込みを入れてくれって頼まれたんだ。それからはずっとこのやり取りを続けてたって訳で……まだお前にはその事を、教えてなかったからな。誤解かけて本当にごめん…………」
「…………」
彼への説明が終わると、二人とも揃って頭を下げた。自分達にとってはごく当たり前だったやり取りで、彼に余計な心配をさせてしまった事を反省しながら。
しかしそれに対するシャオッグの返事は、彼らのこの行動こそが不要なものだと二人に認識させた。
「…………もー、驚かさないでくださいよぉ。本当にビックリしちゃったじゃないですかぁ。そういう事は早めに教えておいてくださいよぉ」
その時彼らの目前に立っていたのは、ほんの少しばかり瞳を潤すものを浮かべながら、苦笑いを浮かべるシャオッグの姿であった。彼の様子を確認してから、二人も同様に笑みを浮かべ、そっと片手を差し伸べる。
「その様子なら大丈夫だな!それじゃ改めて、これからよろしくな、輝吉、シャオッグ!」
「はい!こちらこそよろしくお願いします、晴児さん、テルキチさん!」
「よろしくな……って、お前もテルキチゆーなっ!」
その時固く手を取り合って笑顔で団結力を深める、晴児、輝吉、そしてシャオッグの三人の姿があった…………。
「…………どうやら向こうじゃ、“勇者”同士で固い絆が結ばれたみたいね。でも私にはわかんないなぁ、こーいう男の子同士の友情ってやつ。何かこう、暑苦し過ぎるってゆーか……」
「ふふふっ、志摩さんらしい考え方だね。私は好きだよこういうの。やっぱり仲よくするのが一番だと思うから」
「それも、陽音ちゃんらしい考え方ってやつね!」
その時晴児達の一部始終を確認してそれについて語り合い、ともに微笑みを見せる陽音と一人の少女の姿があった。陽音の黄色い衣装とは異なり、後ろで一本に束ねられた長髪と、白を基調とした衣装が特徴の少女だ。
「…………ってあれ?」
するとここで陽音はある事が気になり、目前の少女に尋ねてみる。
「志摩さんのパートナーの…ルルーゴさん、だっけ?あの人は、どうして…………」
すると彼女は二人のすぐ脇へと指差し、自らが気になった一つの疑問を、目前の少女にぶつけてみた。
「どうしてそこでじっと立ったままで、私達のお喋りに入ってこないんだろう?折角仲よくなれたんだし、ルルーゴさんともお話がしたいんだけど……」
その時陽音が指差した先にいたのは、ルルーゴという名の“勇者”であった。天を舞う鷹のような顔と背中の翼が特徴の彼は、陽音が言った通り、二人の会話に介入する事なく、その場で直立不動の維持し続けていたのだ。目と嘴を固く閉ざし、ただ腕組みをした状態のままであった。
相棒のこの様子を不思議がる陽音からの問いに対し、少女はいとも簡単に返答してみせた。
「ああ、それなら簡単よ!これはルルーゴにとっては常識的な行動なの。そうでしょ?」
そう言って、今度は彼女から相棒に対して問いただす。その時少女からの問いかけに答える形で、このような行動をとった理由を口にする。
「ああ、明乃(あけの)の言う通りだ。他人の会話に勝手に割って入るなんて、誇り高き“勇者”ならあってはならない事だ。しかも異性が相手なら尚更よくない。だから互いに伝えたい事があるのなら、遠慮せずに語り尽くしてもらいたいんだ……」
その時ルルーゴはこれまで通りに冷静な様子で、包み隠さず陽音に説明した。自身の“勇者”としての義務と、楽しそうな二人に対する本音を。
陽音はそれを聞いて、その場で優しく微笑んでみせた。
「ありがとう、ルルーゴさん。貴方の優しさは私にもしっかり伝わってきたわ」
そういった彼女からの感謝の気持ちを耳にし、少々照れくさそうな表情を浮かべるルルーゴの姿がそこにはあった。そんな彼の様子を目の当たりにした明乃は、次の瞬間両手で腹を抱え、身体の奥底から有りっ丈の笑い声を吐き出させた。あまりの大笑いによって、閉じた瞼から輝く物を浮かべてしまう程に。
「ははははっ!そっ、そんな姿なんて初めて見たぁ!ルルーゴにも照れちゃう事なんてあるんだぁ!」
「なっ!?ば…馬鹿にするんじゃないっ!?」
その時抱腹絶倒を抑えきれずにいる明乃と、その相棒に文句を唱えるルルーゴ、そしてそんな二人を静かに眺め、改めて微笑む陽音の姿がそこにはあった…………。
「…………皆とても楽しそう。この場所は俺達にとって見ず知らずの世界だっていうのに、そんな事全然関係なさそうに思ってる。あんな態度、俺なんかじゃ……」
「そ、そんな事はないぞ照太!今はまだ無理だとしても、お前にだってああいう風に笑っていける日が来ると、オレは信じている!」
「ティレングの言う通り。“この世界”で暫く過ごしてみれば、自ずとそうなってくるはずだ……まあ少なくとも、“うちのパートナー”みたいまでにはならないでくれよ……」
その時照太と呼ばれた少年と、ティレングと呼ばれた大柄な少年、そしてロークの三人が語り合っていた。他の仲間達が大した緊張感すら表さず、むしろ余裕を持って交流を楽しんでいる様を自らと比較して、随分と自信を失っている照太。そんな彼を宥めようと、その場で思いついた最大限の言葉で、相棒を励まそうと試みるティレング。ロークも同様に、照太を奮起させられるよう言葉を投げかける。それと同時に、奮起し過ぎた悪い例として、自身の相棒に親指を向けながら。
「…………それと」
するとここで照太の口から、これまでとは異なる話題がロークに呟かれる。その内容が気になり、ロークはその発信源へと顔を向ける。
「さっきは来るのが遅くなっちゃってごめん。俺は早く出発しようって言ったのに、ティレングったらずっと部屋の後片付けばっかりするんだぜ。ティレングが優し過ぎるのは分かってたんだけど、まさかここまでなんて…………」
その時照太が相棒の行動を説明している途中から、彼の顔はすっかり赤一色に染め上がっていた。
「そうなのか、ティレング?」
「あ、ああ……オレ達を親切に受け入れてくれた宿屋の人達に、何か恩返しをしなきゃって思ったから……でもあの時は照太にも手伝ってもらったお陰で、予想よりは早く終わったつもりだったんだけど……」
「ほお…………」
その時ティレングが伝えた詳細を聞き終え、彼らの遅刻の理由をロークは知る事となった。話が済んだところで、照太もティレングも改めて謝罪の意を伝えようと、揃って深く頭を下げた。
そんな二人に対するロークからの返答は、彼らにとって意外過ぎるものとなった。
「…………そこまで気配りが出来る者なんて、中々珍しいじゃないか。どうやらティレングの心の中には、誰かに対する優しさっていうものが相当含まれているようだな。照太だって、さっきは不機嫌そうに説明していたけれど、お前にだってパートナーに手を貸す優しさを持ち合わせている。二人に込められた優しさを、オレは感じ取る事が出来たぜ。だから謝る必要なんてない」
一通りの返答が終わると、ロークはうっすら笑みを浮かべる形で、二人の優しさを称えた。
「ほ、本当?自分じゃそんなつもりはなかったんだけど……」
「ほら照太、もっと自信を持っていいんだぞ!そうすればお前だって皆みたいに、笑って冒険を続ける事だって出来るんだから」
「そうだな、それはオレも断言しよう」
その時ほんの少しばかり笑顔を取り戻した照太と、相棒に更なる自信を持ってもらいたいと願うティレング、そして彼の言葉に確信を加えさせるロークの姿がそこにはあった…………。
(ああ、流石ロークさま……あんなに落ち込んでいたはずの“勇者”に、自分の言葉で笑顔を取り戻してくれるなんて……やっぱりロークさまは素晴らしいお方だったのね…………)
その時ロークが行った先程までの一部始終を、眩いくらいに輝く両方の瞳で見つめるリビィの姿があった。彼を絶賛する独り言を呟き、もはや他のものには少しも関心を示していない。
「…………ねえ」
その時背後から彼女に呼びかける、何者かの声がその場に響いた。
「…………」
それでも当の本人には聞こえていない様子である。未だにロークへの熱い視線は衰えない。
すると今度は更に何倍にも増した音量で、リビィに向かって呼びかけられた。
「…………ねえってば!」
「ひいっ!?」
流石にこれ程の音量なら、完全に彼女の耳の中へと声が入り込んだ様子だった。その証拠にリビィの口から、こちらもとんでもない音量の悲鳴が飛び出してきた。
「ああっごめんねリビィ!さっきから君が夢中になってたものだから、つい気になっちゃって……」
「えっ?ほ、本当っ!?こ、こちらこそごめんなさい!そ、そんなに夢中だったかな、アタシ!?」
明らかに動揺を隠しきれないでいる彼女に、先程の声の主である少年は、少々申し訳なさそうに首を縦に振る。そしてそこから数秒間、二人の間に不自然な沈黙が出現してしまった。この状況では少年に顔を向ける事など不可能だと、顔面を真っ赤にしたリビィは俯きながらそう考えた。
(ど…どうしよう……この空気、最悪なんですけどぉ……何かこの流れを変える話題とかないかなぁ…………)
両手で自らの頭を抱え、ひたすら思い悩むリビィ。暫くその状態が続き、やがて……、
(…………そうだ!)
ようやく彼女は何か策を思いつき、再び少年の立つ方へと視線を向け直す。
「そ…そういえば、貴方のパートナーの姿が見当たらないわね!い…一体何処にいるのかしら?折角だから挨拶でもしたいなぁ、なんて思って……」
リビィは無理矢理ながら笑顔を形作りながら、咄嗟に思いついた頼み事を彼に投げかけた。
「えっ?……あ、ああっ!わ、分かったよ!ちょっと待っててね…………」
彼女からの依頼を慌てながらも承諾し、すぐさま相棒を呼び出す準備に取り掛かる少年。その様子を確認すると、リビィは自らの両方の掌を合わせ、感謝の意を込めて何度も頭を下げた。
(ありがとう昇!アタシの事、気遣ってくれて……)
「ええっと、確かここに……あったあった!」
その時昇という名前の彼の懐から取り出されたのは、五枚の黒い札であった。そしてこの札の正体を、彼女は確認済みだった。
「さあ、出てきて、皆!」
その時昇がそう言い放つと、手にしていた五枚の札を全て宙に放り投げた。放たれた五枚はそこから少しずつ離れていき、彼を中心に五角形を描く形で、それぞれ頂点の位置で停止する。
すると突然五枚の札全てから、黒色の煙が噴き出し始め、その場の空気を一気に包み込む。暫くその状態が続いた直後、少しずつ煙が消失していき、その代わりその場所に姿を現したのは、それぞれ容姿が異なった五人の人物であった。
全員が出現した事をその目で確認すると、昇は何の疑いもなく彼らに挨拶する。
「おはよう皆。昨日はちゃんと眠れたかな?どうやら遅くまで起きてたみたいだけど……」
ほんの少し心配そうな表情で尋ねてきた昇の疑問に、五人は少々眠たそうな面持ちで返答した。
「お、おう昇。オレ達全員しっかり眠れた……とはいかなかったかな……」
「昇殿のパートナーとして、何時でも全力で戦えるように心がけなければならないのに……誠に申し訳ない……」
「じ…実はワタシも……今もまだ瞼が上がらない感じがして……」
「ごめんねぇノボルッチぃ。あまりにお星様が綺麗だったからさぁ、ついつい見入っちゃってたんだぁ……」
「だ…だからオイラは言ったんだよ。明日起きれなくなったら大変だよって……」
「ったく。これからはしっかり睡眠がとれるように、夜更かしはなるべく控えるようにね」
どうやら全員が明らかに睡眠不足に陥っていると理解し、昇は少々苦笑いを浮かべながら軽く注意の言葉を送る。それを受けた五人の相棒達も、実に申し訳なさそうに頭を下げた。
この一部始終を目の当たりにしたリビィは、ほっと軽く息を吐いた後で優しく微笑んでみせる。
(パートナーの失敗を厳しく責めず、優しい言葉で受け流す…これこそが真の“勇者”に相応しい行動なのよね……)
その時理由こそ異なるものの、それぞれが自然に笑顔を作り上げている、昇と五人の相棒達、そしてリビィの姿がそこにはあった…………。
(どうやらこれで、全員集合という事になったようですね…………)
その時ようやく全員が揃った七組の“勇者達”を確認し、一番最初に到着したディアルがそのように納得する。するとここで深く息を吸い、大きく咳払いを行ってみせた。大勢揃った彼らの注目を、自らへと集中させる為に…………。
「…………こほんっ!」