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別界記  作者: 星 陽友
第二章 集いの時
30/45

第三十頁

 その時その場に響き渡った声は、“勇者達”全員の耳の中へしっかりと入り込んできた。そして彼らはすぐさまその声の発生源に気づき、揃って天を見上げる。

「そうよ。ワタシは青くて広々とした“この場所”から、君達へ言葉を送っているの」

 少しばかり年季が入っているものの、どことなく若々しさも女性の声。これについて、光には聞き覚えがあった。

(この声…もしかして……!)

 その時光は青空に響き渡れるように、一言だけ大声で尋ねてみる。

「あのぉ!今空から僕らに話しかけてる貴方って、陽音さんと会った神殿で話しかけてきた声の人ですかぁ?」

 するとその返答は即座に届けられた。

「大正解!本当に嬉しいわ、ワタシの声を覚えててくれて。うふふっ……!」

 この声の主が、ディアルの言う“神様”なのだろうか。それにしては言葉の一つずつがやけに軽く、どうしても有り難さというものを感じ取れないでいる“勇者達”であった。

 そんな彼らの焦りの表情を目の当たりにして、急遽その場の空気を換えようと、わざと大きな咳払いを行うディアル。

「え、えーっ…そ、それでは“神様”、どうか皆さんに教えてくださいませ。皆さんに課せられた“第一の試練”の詳細を……」

「え?ああ、そうだったわね!」

 案内人からの忠告を受け、ここでようやく“勇者達”に向けて、ディアルが語り続けていた“第一の試練”の内容が発表される。その時彼らは誰一人余計な口を挟もうと考えなかった。自分達に課せられた“試練”を一言たりとも聞き漏らす事なく、しっかり耳の奥に叩き込ませる為に――――。


 まず貴方達が向かうべき場所は、この≪リートゥン大陸≫の北側を占める、≪ティサールの国≫という国よ。歴史のロマンに満ち溢れた所だから、男の子にとっては相当魅了されるはず。まずはディアルの馬車に乗り込んで、そこまで送ってもらう必要があるわ。それまでにこの町でしっかり旅の準備を整えて、それから出発して頂戴。貴方達への“試練”はそこに行けば分かるはずだから…………。


 ――――その時誰か深く息を吐き、それとともに周囲に広がっていた不気味な緊張感も、自然と解き放たれていった。天からの声の主が思いの外親近感に満ちた言葉遣いを使用してくれたお陰で、“勇者達”にとって余計な重圧をかけられずにも済んだ。

「いかがだったかしら?君達がこなすべき最初の“試練”を聞いてみて……」

 今回は“神様”の口から地上の“勇者達”に向けて尋ねた。改めて“この世界”に連れて来られた理由を知った彼らが、一体どのような反応を起こすのか。それが一番気になるところだったようである。

「はい…………」

 最初に返答したのは光であった。尋ねてきた“神様”の耳に届くのか分からないくらいの呟きを放ち、その直後青空へと向けて顔を上げてみせる。その時披露された彼の顔面には、覚悟を決めたと思われるように真剣な表情が刻み込まれてあった。

「“この世界”に来た最初の頃、僕の心の中には“不安”しか残されていませんでした。何一つ分からない物ばかりだった事もありましたし。でも今は、こんなに信頼出来るパートナーがいて、こんなに自分を勇気付けてくれる仲間がいる。だから僕はもう怖くはありません。たとえどんなに厳しい“試練”だとしても、きっと乗り越えていけると信じています!」

 彼の笑顔とともに発せられた、自信に満ち溢れたその言葉に、皆に見られないよう密かに微笑んだ“神様”であった。そして光からの返事は続けられる。今度は少しばかり照れくさそうな表情へと変化しながら。

「…………そ…それに……実は楽しみにしてるんです。これから始まる僕らの大冒険が、一体どんなものになるのかが……なので今は、不安よりもむしろ期待の方が、心の中で勝っているんです。そ…そんな感じです……」

 光が自らの心情を全て語り終え、ふうっと深く息を吐くその瞬間まで、“神様”は一言も余計な口出しをする事はなかった。彼の発言の機会が終了し、数秒間の無音を経てから、ようやく“神様”は閉ざした口を開いた。

「…………どうやら覚悟は出来てるみたいね!それじゃ早速冒険の準備を整えて頂戴。詳しい事はディアルが教えてくれるから、その子の言う事をしっかり聞いてね。いいかしら?」

 その時天からの問いかけに対して、地上の“勇者達”はそれぞれの言葉遣いで応じ、それぞれの首を縦に振ってみせる。それとともにディアルもまた、彼らと同様の仕草を披露して、“神様”に向けて返答する。

「お任せください!必ずや皆さんを導いて差し上げます!」

「うん、お願いね。それじゃあまたね…………!」

 “神様”と案内人との一言ずつの会話が済まされたその時、その場にいた誰もが、ここまで感じ続けていた“何者かの気配”が消失したと実感した。

「…………ず…随分と親しみやすい感じだったよな、光?」

「う…うん……ビックリしちゃった……」

 突如として気が抜けたような言葉を漏らし、もう一度空を見上げる光とファメル。それに合わせるかのように、他の六組の“勇者達”もまた、二人と同様に空へと視線を移す。その時彼らが見つめた青空には数個の雲が浮かぶばかりで、そこから降りかかる激しい陽の光が、砂の大地を再び照らし始めた。


「…………こほん!」

「……っ!?」

 するとその時聞き覚えのある咳払いが、彼らの耳の中へと飛び込んできた。すぐさまそちらへ視線を向けると、そこには片方の拳を口元に近づけたままのディアルの姿が存在した。全員から注目を受けているのを確認し、これからの予定について事細かに説明を開始する…………。

「さて皆さん、“神様”からのお言葉はちゃんと耳にしましたね?まず皆さんが挑むべき“第一の試練”は、ここからすぐお隣にある≪ティサールの国≫にて行われます。そこへはこれまでと同様に、ワタクシが皆さんをお連れ致します。とりあえず皆さんには、この町のお店を見て周り、冒険に必要なあれこれを買い揃えてもらいたいのです。そうですねぇ……この人数ならば、それぞれに役割を決めておいた方がよさそうですね。そしてそれが済みましたら、この町の宿屋で一泊し、翌朝出発しようと考えております」

 自身が予め予定していたものや、その場で急遽思いついたものを混ぜ合わせつつ、ディアルは今後“勇者達”がすべき事を説明する。その最中、これまで何とか抑え続けた感情がもはや耐え切れず、今にも爆発してしまいそうな様子を示すコンビが一組いた。

 説明が一通り終了すると、その二人はすぐさま声に出して、抑えきれない感情を噴出させた。

「…………それってつまり、『お・か・い・も・の』、って事よね!?」

「この町の賑やかなお店でお買い物……ちょー楽しみなんですけどぉーっ!」

 その声の主は陽音とリビィのコンビだった。声に出して感情を爆発させてもなお身体の揺さぶりを押さえられない二人の様子は、これまで誰も目にする事がなく、他の全員はただただ無言で見つめ続ける事しか出来なかった。特に光と晴児に至っては、それに加えて開いた口もが塞がらない状況であった。

「あ……あれって本当に陽音さんなの……?し……信じられない……」

「そ……そりゃそーだよ……俺だって初めて見たもん…あんなハルちゃんの姿……」

 そんな中、顔中から噴き出す冷や汗が治まりきらない親友達と、これまでにない喜びを爆発させる陽音の視線が、丁度よく重なり合う。

「…………っ!?」

 次の瞬間、彼女の顔面は赤一色に染め上がった。そしていかにもばつの悪そうな表情で俯きながら、恥ずかしそうな口調で語りだす。

「いっ、いきなり驚かせてごめんなさい……元々私、病気がちだったから、お買い物に出かける機会が中々なくて……でも“こっちの世界”に来てから身体の具合も変わりなかったから、つい舞い上がっちゃって……」

 あまりの恥ずかしさゆえ、もはや顔を上げる事すら出来ずにいる陽音。それでも彼女の親友である二人は、決して馬鹿にしようとなどする筈もなく、普段通りの振る舞いを披露してみせる。

「…………しょーがないさ。ハルちゃんがそこまで興奮しちゃった気持ち、俺にも分かるよ!」

「それに、僕もさっき言ってたでしょ?これからの冒険を、実は楽しみにしているんだって……ほら、こんなに知らない事だらけの世界でのお買い物って、他の人なら絶対に経験出来ない事じゃない?そういう事に興味を持つ気持ちは、誰だって変わらないよ!」

 その時親友から送られた言葉と、彼らの顔に浮かばれた笑みを受けて、陽音もつられて微笑みを取り戻した。

「よかったぁ、また笑ってくれて」

「そうだな。やっぱりハルちゃんには笑顔が一番似合ってるよな」

 互いにそう呟いてから同時にほっと息を吐き、同時に胸を撫で下ろす光と晴児。


「…………えーっ、こほんっ!」

 その時突如として何者かが、自身に注目を集める為に、敢えて大きな声で咳払いを行わせた。これも先程と同様、ディアルによる咳払いであった。

「……えーっと、ご用件はもうお済みですか?そろそろ出発といきたいところなのですが……」

「あ……そ、そうだったね……ごめん……」

 彼らが披露した一部始終に一切割り込む事なく、これまでずっと見守り続けていた案内人や他の仲間達に、随分と申し訳なさそうに頭を下げる光達。それでも彼らは何も問題ないという事を表現しようと、全員が揃って首を横に振る。

 ディアルは再び話を続ける。

「いいえ、お構いなく。それより、早速調達を始めましょう。そうしないとほら、あっという間に日が暮れてしまいますよ…………!」

 “勇者達”にそう告げ、周囲を照らす日差しの根源へと指差す案内人。太陽は未だに大空の高い位置に存在しているのだが、彼らの任務遂行を促す為、ここでは敢えてそのように語ってみせた。

 案内人が考え出したこの手段を受け、彼らはようやく事の重大さに気づく。そして日はまだ傾いていない状況でも、ここでは慌てふためく様子を演じてみせる。

「おおっといけねぇ!それもそうだな!それじゃ皆、早速買い出しに出かけるとするか!これだけ沢山のお店があるんだし、手に入らない物なんてなさそうだもんな……」

「えっ!?ちょ、ちょっと待ってよ、ファメル!」

 するとここで、他のメンバーへ買い出しを促したファメルに異を唱える者が登場した。それは他でもなく、彼の相棒その人からの言葉であった。

「買い物って言っても、僕ら“この世界”のお金なんて持ってないよ。一体どうすれば…………」

 不安そうな表情を隠せないままそう口にし、自らの両手をその場に広げて、持ち合わせがない事実を相棒に伝える光。そんな彼に対し、ファメルはいたって冷静にこう答えた。

「ああ、何だそんな事か。それなら心配いらねーぜ……」

 ファメルはそう言うと、これまで自らの背中に背負い続けていたリュックサックをその場に下ろし、すかさずその内部へと片手を突っ込ませる。暫く中をかき回し続け、ようやく取り出したその手に握られていたのは、かなり大きく膨らんだ一つの皮袋であった。その状態から笑みを浮かべた彼が一回それを縦に振ってみると、“この世界”の人間でなくとも聞き覚えのある、“特殊な金属音”が鳴り響く。

 その時この音を間近で耳にした光は気づいた。相棒が手にしている謎の皮袋の正体を。

「も、もしかして…それって…お財布……?」

「ピンポン!これはオレ達の財布。まだお前にこれの事を教えてなかったみてぇだな。わりぃわりぃ……」

 最後だけか細い声で口にし、そこから片手で後頭部を掻きながら平謝りするファメル。それでも未だに、彼の持つ財布の膨らみ具合が気になったままの光がそこにいる。

 それに気づいたファメルが、微笑みながら相棒に声をかける。

「大丈夫!村を出る前にばあちゃんから貰ったんだけど、さっき確認したら結構な額入ってたんだ。帰ったらしっかりお礼言わなきゃな!」

「そ、そうだったんだ……」

 そう言って、手にした財布を更に揺らし、硬貨と硬貨がぶつかり合う“独特の金属音”を聞いて、ますます笑みを浮かべるファメル。それを目の当たりにした光には、苦笑いを浮かべるしかなかった。

「…………おっといけねっ!買い出しに出かけなきゃいけねえんだったな。それじゃあ行こうぜ、皆!」

 元気よくそう叫んで、彼らの先陣を切って街へと駆け出していくファメル。

「ちょっ!ま、待ってよファメル!」

 そんな彼の後を追う形で、残りの“勇者達”も街へと向かっていく。

 そこに残されたのは、彼らの慌てる様子を微笑ましく見つめるディアルの姿だけとなっていた。

 その時この町を照らしている太陽は、少しずつその身を地面へと下ろしていた――――。



 ――――その時≪キェイル≫の町並みは、夜という暗色にすっかり覆われていた。あれ程ごった返していた大通りには誰の姿もなく、周辺の建造物から灯された優しい明かりだけが、町にほんの少しの温もりを生み出させていた。

 そんな町中で、大通りから少し離れた場所に、他と比べて明るさが増している建物が存在する。木の板で作られた扉の向こうには受付があり、その奥へと続く廊下の両脇には幾つもの扉が並んでいる。

 この建物こそ、ディアルが宿泊を提案していた宿屋である。廊下に並ぶ扉を開けば、全て客室へと繋がっている。

 その室内に用意された二つのベッドの上で、完全に無防備の状態で寝転び天井を見つめる光とファメルの姿があった。外した装備品一式は明るいうちに買い揃えていたアイテムとともに、部屋の片隅に置かれてある。

 その時二人は両方とも天井に視線を向けた状態で、これまでの冒険を振り返りながら語り合っていた。

「ふぅっ、ようやくふかふかのベッドで眠れるぜ……それにしても、思いの外疲れるもんなんだなぁ、買い出しって」

「そうだね。色んなお店があるから、何処に行けばいいか分からなくなっちゃうくらいだもん。でもお陰で、これからの冒険に必要なアイテムを沢山手に入れられたのも事実だよ」

「まぁそうだな。ところで光、ちゃんと“日記”に書いておいたか?これまでに起きた出来事を……」

「うん、勿論。だから君は心配しなくて大丈夫だよ……」

「分かったぜ。それさえ分かれば安心だ。ぐっすり眠れて、明日の出発までに疲れもなくせそうだぜ…………」

「そうか。明日からはいよいよ本格的な冒険の始まりなんだよね。どんな“試練”が待ち受けてるんだろう。何だか緊張する……だけど、たとえどんなに困難な“試練”だとしても、僕は諦めたりなんかしないよ。だって僕には、とっても心強いパートナーがいるんだもん!」

「…………」

「…………ファメル?」

 その時突然相棒からの返答が途絶え、気になって彼がいるはずのベッドに視線を向ける光。

 そこには確かに相棒はいた。しかし現在の彼には返答など不可能であった。なぜなら彼はベッドの上で、身体を大の字に模りながら眠りについていたからだ。それまで聞こえなかった寝息が、徐々に音量を増幅させていった。

(ファメル……寝ちゃったのか……)

 なるべく大きな音を立てないように、静香に相棒の寝顔を見つめる光。

(残念だったね。折角君の事褒めてあげたのに……)

 そう思い、ふと苦笑いを浮かべながら、光は相棒の身体に布団をかける。大きく口を開けながら目を覚まさない彼の表情から、いつの間にか笑みが浮かんでいるように光は感じた。

「ふふっ…おやすみ、ファメル……」

 そう一言声をかけると、光は傍にある蝋燭の明かりを吹き消し、自らも布団に包まってゆっくりと目を閉じる。

 その時彼らの客室の窓からは、夜空に広がる星達の輝きが注ぎ込んでいた。

ようやく第二章が終了し、“勇者達”の冒険が幕を開けます。この先どのような“試練”が待ち受けているのか、どうぞお楽しみに!

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