表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
別界記  作者: 星 陽友
第二章 集いの時
29/45

第二十九頁

 ――――その時彼ら(、、)を乗せた一台の馬車が、砂ばかりの大地を進んでいた。巨大な馬車を引く()の蹄が地面を触れ、そして離す度に、乾いた砂がその場で舞い上がっていく…………。


 …………馬車の内部では、先程ようやく集結を果たした“勇者達”七組が、それぞれ束の間の休息を味わっていた。次の先頭に備えて自らの“武器”の手入れを行う者、渇いた喉を癒す水分を補給する者、これから向かう場所を確認しようと地図を広げる者……。貴重なこの瞬間を無駄にする事のないように、それぞれが行いたかった事を実践し続けていた。


 その時光はこの貴重な時間を、自らの“赤い本”に費やしていた。


 全ての“勇者達”も彼と同様に、この馬車に乗り込んでからすぐさま、これまでの経緯を“本”に記している。それが日記としての役割を果たしているという事実を、全員が承知していたからだ。

 しかし彼らは先程まで、獰猛なモンスターの大群との一戦を繰り広げている。当然心身の疲れも、まだ残ったままの状態であった。そこに追い討ちをかけるかのように、頭脳にまで疲労を蓄積させる訳にはいかない。その為ほぼ全ての“勇者達”が、簡潔な文章で経緯を書き表して、脳や利き腕への余計な疲れを回避する事に決めていた。

 それでも光の場合は違っていた。先程まで自身の手で握られていた<紅剣>をボールペンへと持ち替え、一心不乱に白紙のページに文章を綴っていく。しかも他の仲間達のものとは比べ物にならない位の、凄まじい速度で、事細かに。


「…………ったく、何時見てもやっぱすげーな。その…日記に対する光の情熱って奴……」

 その時そう呟いて苦笑いを浮かべたのは、晴児であった。突然彼から声をかけられた光は、一旦ペンの動きを止め、目線を“本”から晴児の方へと移し変える。

「ありがとね。今の僕に出来る事といったら、これしかないって思ったからね……それより晴児くんは何してたの?」

「俺はロークと一緒に“武器”の手入れをしてたよ。何時またモンスターの襲撃に出くわすか分からないからさ。その証拠にほら、ご覧の通りだよ……」

 光からの問いかけに答えた晴児は、自身の背後に親指を向ける。

 そこでは彼の相棒であるロークが、彼自身の武器である銃を、独り黙々と手入れを施していた。そしてそのすぐ傍には、晴児が所持する“武器”である<蒼銃>が、手入れ専用の布に覆い被された状態で放置されてある。

 その光景を目の当たりにした光は、突如としてペンを動かす速度を緩め、一度深呼吸を行う。

「…………やっぱり晴児くんは凄いね。どんな時だって万が一の事を考えて行動してる。それに比べたら、僕なんて駄目だよ。こんな時でも日記を書く事ばかりに集中しちゃってさ……」

 親友の行動を称賛し、自らの行いを批判する光。そんな彼の落ち込んだ肩に、晴児は優しく片手を添えた。

「そんな事ねえって。激しい戦いが終わったばかりで身体中疲れが溜まってるはずなのに、こうしてしっかり日記を書き上げてる。俺としたらそっちの方が凄いと思うぜ。どうせなら他の皆の分も、光に任せちゃおうかなって思ったくらいだし……」

 親友を一切否定せず、満面の笑みで彼を褒め称える晴児。そんな彼からの励ましの言葉は、間違いなく光に元気を分け与えていた。

「…………本当に、ありがとう。僕、晴児くんが友達でいてくれて、とっても嬉しいよ」

「俺もだぜ、光くん!」

 その時互いに見つめ合い、思わず吹き出し合う二人の姿がそこにはあった。

 そんな二人の楽しげな様子を垣間見て、知らぬ間に笑みを浮かべていた者が一人いた。それは自身が食料として所持していた干し肉を、ひたすら噛み続けていたファメルであった。自らの相棒とその親友との厚い友情を実感した彼は、ある程度口内に溜まった肉を一気に飲み込み、再び彼らを笑顔で見つめ直す。


 その時馬車の内部で、何者かの咳払いが一回分鳴り響いた。それに反応した“勇者”全員が天井を見上げた次の瞬間、聞き覚えのある甲高い声色が彼らの耳に入り込んできた。

「えーっ、皆さん、長らくお待たせいたしました。間もなく目的地の≪キェイル≫に到着致します。早いうちに出発の準備をなさる事をお勧めします……」

 その声の主は、現在“勇者達”が乗り込む馬車を、馬に変身して操縦しているディアルであった。馬車に導かれた先で彼らを待ち続けている者の為、これまでに全員が訪れている、大都市≪キェイル≫へと逸早く舞い戻る必要があった。これから彼らを待ち受ける七つの“試練”。そのうちの一つ目が一体何処で待ち構えているのか、それを確認する為に。

「おお、待ってました!それならディアルの言う通り、出発の準備を始めるとしましょうか、光!」

「そうだね!それじゃあ皆、支度を始めよう!向こうで“神様”が僕らを待っているからね、少しでも早く行けるようにしておこう!」

 晴児の言葉に促され、光がその場で他の“勇者達”に声をかける。彼の口から放たれたその呼びかけに、全員は首を縦に振って賛同してみせた。その直後に彼らは束の間の急速を終了させ、各自準備に取り掛かった。

(…………いよいよだな……!)

 手元に残った干し肉を口の中へと放り込ませ、ファメルもまた支度を開始した。

 その時馬車が進むその先には、一つの大きな町が存在していた。彼らも見覚えのある、広大な湖の畔に存在する大都市、≪キェイル≫の町並みが――――。



 ――――その時“この町”の賑わいは、彼らが訪れた時と変わりない様子を示していた。流石にこの≪テセルドの国≫最大の都市だけあって、町中を行く人々の数はとてつもないものとなっていた。

「…………まさか、またこの町に戻ってくるなんて……勇者たる者、冒険の中で一体何が起こるのか、想像もつかねぇもんなんだなぁ……」

 そんなこの町の賑わいを目の当たりにし、ふと物思いに耽るファメルの姿があった。

 その時彼も含めた全ての“勇者達”と、ここまでの案内を終了し、既に元の姿へと戻っていたディアルの姿が、町の入口に立ち止まっていた。七組とも馬車の内部での休息を十分に済ませ、余裕を持って目前の光景を傍観する事も出来ていた。

 そんな彼らの様子を確認したディアルが、ここで目前へと移動し、これからの予定について説明を開始する。

「皆さん、ここまでの道のり大変お疲れ様でした。全員がしっかりと疲労を回復させたご様子で、ワタクシも何よりです。さて皆さん、ここからが本題です。これから皆さんには、この町の中心部分に存在する≪集いの丘≫へと向かう必要がございます。ここから目的地までは一本道となっていますので迷子になる可能性はございませんが、条件が一つ。それは、そこまでの道のりを、皆さんの足を頼りに向かってもらう事です」

「へっ!?ディアルが連れて行くんじゃねぇのか?さっきみたいに馬車に変身してさ……」

 案内人の口から掲示された思わぬ条件に、そう尋ねたファメルを始め全ての“勇者達”が驚愕してしまった。それに対しディアルは、非常に申し訳なさそうな表情を浮かべながら、更に話を続ける。

「そうしたいのは山々なのですが、そこまで楽をさせる必要はないと“神様”はおっしゃっておりました。最後まで全て他人の力を頼りにせず、自らの力を利用して目的を成し遂げる。それこそが“勇者”の最低条件である、と…………」

「…………」

 案内人の説明に、誰一人として口を挟もうとする者などいなかった。更に言えば、ディアルからの説明が終了した瞬間も、全員が無言で下を向き続けていた。

「……そ…そうですよね……誰もが気を落としてしまいますよね。突然このような事を言われたら……」

 無言を貫く彼らの様子を考慮し、独り不安げな表情を浮かべるディアル。しかしその直後にようやく目線を上げた“勇者達”の表情によって、先程の想像が全くの無駄だったという事実を、またしても案内人は思い知らされた。

「…………誰もそんな事思ってなんかいないよ!」

 その時顔を上げた彼らは、笑っていた。ディアルの心配を否定した光を始め、誰もが皆マイナスの表情など持ち合わせてはいなかった。その理由は、彼に次いで語ったファメルによって明らかにされた。

「勇者たる者、たとえどんな困難が待ち構えていようと、諦めずに立ち向かわなけりゃいけねぇ!今回だってそうだ。ここまで来といて最後の最後までディアルに面倒をかけ続けてばっかじゃ、それこそ“神様”に合わせる顔がねぇもん。だよな皆!」

 その時光も他の六組も、揃って首を縦に振ってみせた。どうやら彼らに対し、これ以上無駄な心配をかける必要はない、とディアルは改めて実感した。

 そして案内人は一度深呼吸を行うと、再び“勇者達”の表情を見つめ直して語った。彼らと同等の笑みを浮かべながら。

「皆さんのご様子を拝見して、ワタクシも一安心しました。これなら大丈夫そうですね。それでは皆さん、先程も申し上げました通り、目的地はこの大通りを真っ直ぐ進んだ先にございます。なので迷子になる恐れはないでしょう。ワタクシはこれから一足早く“神様”の元へ向かい、到着をお伝えします。ではまた≪集いの丘≫にて!」

 その時彼らへの指示を伝え終えたディアルは、眩い輝きとともに奥へと進んでいった。その様子は、両眼を遮っていた“勇者達”からは確認出来なかったが、町の遠くへと少しずつ小さくなっていく輝きの存在は、しっかりと確認する事に成功した。

 そしてそれが視界から完全に消滅した直後、今度は光が他のメンバーの前へと移動し、こう言い放った。

「…………さあ、僕らも行こうか!ディアルが言ってた通り、≪集いの丘≫への道はだいぶ分かりやすく繋がってるみたいだから、そう簡単に迷う事はないね。『善は急げ』っていう諺もあるし、出きるだけ早く“神様”の待つ場所へ行っておいたほうがいいと思うから……!」

 光のその催促の言葉に、少しでも抗う者は誰一人いなかった。その時光が前方へ振り向き、その足で一歩ずつ前へ進んでいく。それと同時に残りのメンバーも、彼の後に続く形で、“勇者達”は目的地へと繋がる道を歩み始めていった――――。



 ――――その時“勇者達”は大都市≪キェイル≫の大通りを、周囲の賑やかな光景に目移りさせながら進んでいた。建ち並ぶ建造物の僅かな隙間からは、砂漠地帯独特の乾ききった風が吹き込んでいた。そしてそのすぐ前で構えられた露店と、そこに群がる町の人々の様子も、初めてこの場所を訪れた時と変わりはなかった。

「…………確かあの道だったな。あそこを通っていくと湖に辿り着くはずだ……」

 その道中、相棒とともに彼らの先頭に立つファメルが、大通りから真横にはずれていく道を指差す。それを見た光も、首を縦に振って返事する。

「そうだったね。でも今回はあっちじゃないよ。このまま真っ直ぐ進んだ先にある≪集いの丘≫が、僕らの今回の目的地だ!」

「そうだな…………っと、噂をすりゃあ見てご覧!どうやら見えてきたみてぇだぜ、オレ達の目的地!」

 その時光が前方へ視線を戻すと、ファメルが言った通り、何の建造物の姿もない開けた箇所が、少しずつ大きさを増していった。一見すると本当になにもない場所に、これまでの大地とは異なった色の砂が盛られている。この場所こそ、自分達が目指していた目的地である≪集いの丘≫。光はそう直感した。

「もうすぐだね。皆、あと少しの辛抱だよ!」

 その時後続のメンバーに励ましの言葉を送る光の風貌は、もはやリーダーそのものであった…………。


 …………その時見上げたこの日の空模様は、これまでと同じく雲一つない、文句なしの快晴であった。焼き付けてしまうくらい強烈な陽の光が、絶えず大地に向けて放たれ続けていた。

 その時全ての“勇者達”は、誰一人遅れを取る事なく、彼らの目的地である≪集いの丘≫に辿り着いていた。混雑した町中を抜けたその場所には、人々の賑わいの音色が微かに聞き取れる程であった。

「ほ…本当に……何もなかったな……」

「う…うん……」

 ほんの些細なトラブルもなくここまで無事に来れた事に、思わず苦笑いを浮かべる光とファメル。そこから二人は周囲の様子を目で確認する。そこで今自分達は、丘の中心部分にあたる開けた場所にいる、という事実を改めて知る事が出来た。


「おおっ!皆さん、無事にここまで来られたようですね!」

 その時彼らにとって間違いなく聞き覚えのある声が、辺り一面に響き渡った。すると今度は見覚えのある輝きが、彼らの目前に出現し、そこから更に見覚えのある存在が姿を現す。紛れもなくそれは、彼らの水先案内人であるディアルであった。

「よかった、こうして君に再会する事が出来て……」

 懐かしい存在との再会に、ほっと胸を撫で下ろす光。ここまでに辿り着く為に費やした時間から考えると、ようやく目的地へと到着したこの瞬間の価値が、より一層色濃く味わわされる。

 そんな彼らの様子を確認したディアルが、この場所へと導いた最大の目的である一言を、余計な言葉なしで披露する。

「さて皆さん、早速ではございますが、皆さんのご到着を心待ちにされていた“神様”から、最初の“試練”をお聞きなさってください…………」

 その時いかにも厳かに語ったディアルが、目前の“勇者達”に背を向けると、陽の光照らす青空に向かって両手を高々と翳してみせる。これから行われる重要な瞬間を前に、彼らは口内に溜まった唾を飲み込む形で緊張感を表現する。空の様子は全く変わる事なく、ただ乾ききった風がその場に吹き渡るのみだった…………。


 その時“その声”は何の前触れもなく、突如としてその場に響き渡った。

「待ってたわよ、選ばれし“勇者”の皆!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ