第二十八頁
「…………なあ、一つ訊いてもいいか?」
その時確かに、この場所で集結する事が出来た“勇者達”七組の自己紹介が終了した。もっともこちらで言う“向こうの世界”から降り立った光達七人にとっては、全員同じ中学校の同級生であった為、本来ならば紹介しあう必要などはなかったのだが。
それでも未だに疑問を抱いている人物が一人いた。それに気づいた光が、何気なく彼に声をかけてみる。
「ん?どうしたの、ファメル?」
「ああ。さっきからずっと気になってた事が一つあったんだ。自己紹介が終わったら訊いてみようって思ってたところでな……」
どうやらそれは、初めて出会った四組の正体を知る以前の問題であったようだ。その時ファメルは“その疑問”を、四組に直接ぶつけてみる…………。
「お前らは一体どうやってオレ達のピンチに気づいたんだ?そして一体どうやってここまで駆けつけてきたんだ?」
「…………それはワタクシが説明致しましょう」
「っ!?」
その時突如として何処からともなく、これまで聞き覚えのない声がファメル達三組の耳の中へと飛び込んできた。やけに甲高く、そして実に丁寧な言葉遣いで。
「な…何だこの声!?い…一体何処から……!?」
その声の主を見つけ出そうと、必死の思いで周囲を窺うファメル。しかしここに集結した七組以外、誰の姿もこの場にいるような気配がない。
「ほっほっほ、ここですよ……」
すると突然ファメルの目前に、強烈な輝きが姿を現してきた。あまりの眩しさにファメルだけでなく、残りの五人もまた、思わず強く目を瞑る。
「どうぞ、目を開けてください……」
謎の声に言われるがまま、六人はゆっくりと視界を広げていく…………。
「…………なっ!?なんだこいつは!?」
その時彼らの目前に存在していたもの、それは六人にとっては全く見ず知らずの人物であった。背丈はファメルとほぼ同じで、球体のような顔を除いて、全身を白い布で覆いつくしている。
新たなる謎の存在の突然すぎる登場に、ただそれを凝視するばかりの六人。そんな彼らの行動に嫌な顔一つしなかった。逆にその戸惑いようが可笑しく感じたらしく、思わず純粋に微笑んでみせる。
「無理もありませんね。こちらの皆さんとは初めてお会いした訳ですから。皆さんが驚くのもよく分かります」
そう優しく語りかけたところで、この人物は深く頭を下げ、ファメル達六人へと自己紹介を開始する…………、
「皆さんはじめまして。ワタクシの名前はディアル。“こちらの世界”における、皆さんの案内人を務めさせていただきます。どうぞよろしく……」
「ありがとなディアル!お陰でこうして勢揃いする事が出来たよ。それに光達の力にもなれたみたいだし……」
「いえいえ、構いませんよ輝吉さま。“勇者”の皆さんをこうして一箇所に揃える事は、ワタクシの最初の任務に当たる事なのですから……」
その時感謝の言葉を述べた輝吉に対し、ディアルはごく丁寧な受け答えを披露する。
「そ…それじゃあオレ達のピンチを察知して……」
「皆をここまで連れてきてくれたのって……」
先程の会話から、こちらの疑問の答えに気づいた光とファメルがそう呟き、揃ってディアルの姿に視線を向ける。それから後に続くように、晴児とロークのコンビ、そして陽音とリビィのコンビもまた、同じ方向へと目を向ける。
「その通り!皆さんをこちらへご案内したのはこのワタクシです。間一髪のところではございましたが、皆さんの危機的状況を打開する事が出来て、とても安心しました」
「ホント、あの時はビックリしたよ。残る“勇者達”を待っていたら、突然ディアルが登場してさ。そしたらいきなり皆のピンチを教えてくれて、ここまで連れてきてくれたんだ」
その時のディアルの行動を更に詳しく説明する輝吉。
そんな二人の元へと歩み寄り、それぞれに対し深々と頭を下げた人物がいる。それは、陽音であった。
「ディアルさん、皆をここまで案内してくれてありがとう。そして皆も、一緒にモンスター達と戦ってくれてありがとう。皆が助けに来てくれなかったら、今頃私……」
何より自分自身の危機を回避させてくれた彼らの活躍に、心からの感謝を述べる陽音。そんな彼女の思いを受け入れつつ、彼らは全くもって平気そうな表情を見せる。
「先程も申し上げました通り、皆さんを無事にご案内するのがワタクシの役目。案内人として当然の事をしたまでです」
「そうよ!それにあたし達は選ばれし“勇者”なのよ。ピンチから仲間を救えないなんて、それこそ“勇者”失格だもん!」
そう言って陽音を励ましたのは明乃であった。彼女が陽音にそんな言葉を送ったのには、ちゃんとした理由があった。明乃は続けて、それに繋がる一つの質問をぶつける。
「あの時の一撃、凄かったでしょ?ほら、陽音ちゃんに襲い掛かってきたモンスターを仕留めた、あの一撃……」
「う、うん、凄かったよ。あの時そのままモンスターに襲われてたら、リビィも、私も……」
明乃からの質問に正直に答え、再びその瞬間を思い出す陽音。その際彼女を守り抜こうと「クロハイエナ」の目前に立ちはだかったリビィも、あの時の状況を思い浮かべる。
「そうだったわね。あの時は陽音を守るのに夢中で気づかなかったけど、今考えてみたら、あのまままともに攻撃されてたら、どうなっていた事か…………あっ!」
その時何か重要な事実に気づいたリビィは、すぐさま明乃の元へ駆け寄り、問いただしてみた…………。
「もしかして、あの矢を放ったのって、貴方だったの?明乃……」
「…………忘れちゃったの陽音ちゃん?さっきまでじぃっと見つめてたはずよ!貴方の目の前でずぅっと敵を倒していた、あたしの姿を……」
その時自身の胸元に手を当てながら、堂々と笑みを浮かべた明乃の姿があった。すると彼女はその手を背中へと差し伸べ、そこに備えられた“ある物”を掴み、陽音の前へと差し出す。紛れもなくそれは、彼女自身とともに戦った少女が使用していた、白い弓であった。
「これは<白弓(はくきゅう)>っていうあたしの“武器”。これと、あたしが使える呪文で作った“光の矢”で、相手を射抜いて攻撃するの。陽音ちゃんがしっかり見ててくれた、あの時みたいにね……」
そう言って、自らの用いる“武器”の説明を終えた明乃。この時既に二人は理解していた。自分達の命を救ってくれたあの一撃が、彼女の手によって放たれたという事を。
その時二人は改めて、もう一度彼女に向けて、深々と頭を下げた。それを受けて、片手で後頭部を掻きながら、思わず頬を赤らめる明乃。
「そ…そこまで頭を下げられると、流石にあたしだって照れちゃうじゃない。あ…当たり前の事をしただけなんだから……」
それでも彼女の表情は、名前の通り明るいものとなっていた。この一部始終を静かに目撃し続けた他の“勇者達”もディアルもまた、同じように明るい表情を保ち続けていた…………。
「…………はっ!こんな所で油を売っている場合ではございませんよ!」
その時ディアルが突如として、何か重要な事を思い出したのか、いきなり甲高い声を上げだした。あまりにも突然だったので、七組の“勇者”全員が揃って腰を抜かしてしまっていた。そんな彼らを代表して、ファメルがその原因たる人物へ文句を食らわせる。
「い、いきなり驚かすなよディアル!ビックリして皆腰を抜かしちまったじゃねえか!」
「も、申し訳ございません皆さん!忘れてはならない事を、すっかり忘れてしまっていて……」
「ん?何だその、忘れちゃいけねえ事って……?」
未だに申し訳ない表情で何度も頭を下げ続けるディアルの一言が気になり、ファメルはその内容を問いただす。
するとディアルは恐る恐る、その重要な事実を全員に打ち明ける。
「ただ今≪キェイル≫の町にて、“神様”が皆さんの到着をお待ちしているのです。皆さんを合流させましたら、すぐさま戻る事を約束していたのですが……ああっもしかしたら今頃ですと、もうすっかり痺れを切らしているのかも……!」
そう告げるのと同時に、苦悶に満ちた表情で頭を抱えるディアル。そんなに思い悩んでいるのかが気になったファメルが、更に問いかけてみる。
「な、何だよ?ど、どうしてそんなに辛い顔してるんだよ……?」
「な…何故なら……」
その時ディアルは今更ながら、素直に語る事を決意した。自らが彼らに伝えるべきであった、重要な事実というものを…………。
「これから皆さんには、“この世界”の様々な場所で待ち受ける、七つの“試練”に立ち向かわなければなりません。それらを全て克服し、来るべき最後の“決戦”を乗り越える事で、ようやく皆さんは“元の世界”へ帰還する事が出来るのです。それにはまず、この≪テセルドの国≫の中心都市≪キェイル≫にある≪集いの丘≫に向かう必要がございます。なのでここで道草を食っていては、いつまでたっても冒険は始まりませんし、当然皆さんは“元の世界”へと帰還する事など不可能。皆さんには逸早く、そうお伝えしなければならなかったのに…………」
「…………そうなんだ。それじゃあ急がないとね。でないと“神様”に怒られちゃうみたい!」
「そりゃあおっかねぇ!こりゃあ一刻も早く、その場所に向かうべきだな!」
その時静かに耳にしていた光もファメルも、やけに明るい表情でそう語り合った。それを見た他の六組も同様に、笑顔でその様子を見つめ続ける。
こうして全く緊張感を感じられない彼らの状態は、ディアルにとっては紛れもなく予想外のものであった。
「……?……な…何で皆さん、そんなに…余裕でいられるのですか……?」
その問いに対する答えも、実に簡潔なものであった。
「…………だって、僕らが到着してないだけで“神様”がいなくなる訳じゃないでしょ?だったら無理して急いで出発するよりも、ある程度余裕を持ってから出発したほうがいいかなって、僕は思ったんだ」
「オレが思うに、その“神様”ってのはきっと、相当心の広い存在だと思うぜ。もしさっさと自分の所にオレ達を集めたかったなら、もうとっくにお前に命令して、早いうちにそこに呼び寄せてるに違いないはずだしな……」
そう答えた光とファメルに続いて、残りの六組も自信を持って首を縦に振る。どうやら二人が考えていた、理由も“神様”の性格も、全員が揃って思い浮かべていたものだったようだ。
それを理解出来たディアルは、一度呼吸を整えて落ち着いてから、彼らに対して自らが編み出した結論を、素直に声に出してみた。
「…………どうやら今回の“勇者達”も、相当個性的な面々が揃ったようですね……」
そしてそこから、今後何を行うべきなのかを、丁寧に伝え始める。
「先程も申し上げました通り、これから皆さんは“神様”からのお言葉をお聞きする為、再び≪キェイル≫へとお戻りする必要がございます。そこまでの移動に関しましてはワタクシにお任せください。速やかに皆さんをお連れ致しましょう……」
するとここでファメルの脳裏に浮かんだ、ディアルの言葉の中に見つけ出した“ある疑問”を打ち明ける。
「……な…何言ってんだ?ワタクシが…お連れする……?そ…そんなちっちゃい身体で、どうやって…オレ達を……?」
その時彼が打ち明けた疑問に答えたのは、ディアルではなく昇であった。
「ふふっファメル。もう忘れちゃったのかい?僕らが君達のピンチに駆けつけてこれたのは、ディアルのお陰なんだよ。それじゃあどうやって僕達を案内してくれたのか、教えてあげてよ!」
「かしこまりましたっ!」
昇からの頼み事を聞き入れてから、ゆっくりと両目を塞いでいくディアル。上下の瞼が完全に重なったところで、その身体が少しずつ宙へと浮き上がっていく。
暫く浮き上がり、やがてある程度のところで動きが停止したその時だった。
「っ!?」
突如としてディアルの身体が輝き始め、眩しさのあまり思わず目を覆う七組。
数秒間経過してから輝きが薄れてきたのを感じた全員が、黒一色の視界に少しずつ色彩を取り戻していく。
「…………こ…これは……!?」
その時目撃した光景に、光達三組は言葉を失っていた。
彼らの目前に存在するもの、それはどれ程の人数にも対応出来そうな大きさの馬車と、その先頭に繋げられている一頭の馬であった。
「な…何てでっけぇ馬車なんだ!それに馬だって……ん?」
初めは馬車の大きさに驚愕したファメルだったが、続いて視線を移した馬には、何かしら親近感を覚えていた。一見すると何の変哲もないただの馬だ。しかしその顔をよく見てみると、即座に先程の親近感の正体が判明した。その顔面に埋め込まれた二つの黒い瞳。そこから放たれる独特な輝きには、ファメルも他の五人も見覚えがあったからだ。間違いなくそれは…………。
「お前……ディアル…だよな……?」
「…………大正解ですファメルさまっ!」
その時それまですっかり黙り込んでいた馬の口が急に開き、全員が聞き覚えのある甲高い“あの声”が、その場に響き渡った。
その声に続いて、今度は光から目前の存在に尋ねる。
「も…もしかしてこれで……皆を……?」
「はい!ワタクシはこうして馬車に変身する事で、大勢の皆さんを逸早く移動させる事が出来るのです。この能力により、今回の緊急事態にも対応する事が出来ました……」
これからの冒険において、ディアルが大変重要な存在である事実を知り、いつの間にか瞳を輝かせていた光達三組。それを見てふと微笑む残りの四組がそこにはあった…………。
「…………ささ、皆さん早くお乗りください。でないと流石の“神様”も、すっかりご機嫌を損ねてしまいますよ……」
その時“勇者達”の様子を静かに窺っていたディアルが、少々からかうような口調で、彼らの搭乗を催促した。
それを聞いたファメルが馬車を背に、自らの親指をそちらへ向けてから、他のメンバーに声をかける。
「だってさ。さあ皆、すぐに行こうぜ、“神様”の元へ!勇者たる者、何事も早めの行動する事が大切だからな!」
「それもそうだね。それじゃあ皆、馬車に乗り込もう!」
相棒の意見に賛同し、全員を馬車へと誘い込む光。瞬く間に全ての“勇者達”が中へと乗り込んだのを確認したディアルは、内部の彼らに向けて一言告げた。
「それでは出発します。振り落とされないように気をつけてくださいね!」
その言葉に対し全員が首を縦に振ったその時、馬車は少しずつ動き始めていった。彼らの到着を心待ちにしている“その存在”がいる場所に向けて――――。