第二十六頁
「……う…嘘……!?」
その時「クロハイエナ」の大群に苦戦していた光達三組の“勇者達”は、途中から援軍として参戦し彼らとともに勝利をものに出来た、残りの四組との対面を果たした。これまでは周囲を覆いつくす砂煙が原因で四組の詳細が分からないでいた光達であったが、戦闘の終了と同時にそれが晴れてくれたおかげで、ようやくその全貌を確認する事が出来た。
「ま…まさか……君達…が……!?」
しかしその時光の心中には、驚き以外の如何なるものも表現出来ないでいた。そしてそれは彼とともにここまで歩み続けてきた、晴児と陽音の二人にも同じ事が言えた。
「ま…まじかよ……!?」
「こ…こんな事って……!?」
更にはこの三人と初めての対面を果たし、これからは彼らとともに冒険を続けるはずである、四人の“勇者達”もまた同様であった。
「…………!?」
彼らはこの時一言たりとも声を発しようとしなかった。なぜなら四人は揃って開いた口が塞がらないままであった事で、何も言う事が出来なかった為である。
そのままこの場から“声”が失われて数秒、流石にこのままではいけないと判断したのであろう。その時恐る恐るではあったが、この七組の中から最初に声を上げたのは光であった。彼は目前に立つ四組の中から一人の少年を指差し、確認するように一言尋ねてみた…………。
「君……ノボルくん…だよ……ね……?」
「そういう君こそ…光くん……でしょ?」
指されたノボル少年も同様に光へと尋ねる。
続いては陽音が一人の少女に視線を向け確認する。
「し…シマさん…?ど…どうしてシマさんがここに……!?」
「その声…間違いないわ……貴方……陽音ちゃんでしょ……!?」
彼女もまた目線を陽音に向け、激しい衝撃を受けていた。
そして最後に晴児が残る二人を順に指差し、それぞれの名前を口にする。
「しょ、ショーちゃん!?その横にいるのは……まさかテルキチ!?」
「せ…晴児!?こ…これって一体……」
「おいおい冗談だろ!?何で晴児が……って、テルキチゆーなっ!」
最初に晴児から名指しされた少年は同様を隠しきれないままに、そして次に名指しされた少年は最後に若干苛立ちを覚えながら、両方とも晴児の存在に目を丸くさせた…………。
「……ちょ…ちょっと待ってくれっ!」
その時彼らとは別の衝撃を受けた表情で、ファメルが会話に割り込んできた。そして彼は間髪を入れず、これまで自身と旅し続けていた三人に尋ねてみる。
「教えてくれよ……お…お前ら……ど…どうして、互いの名前知ってんだ……!?光達とこの四人に、何か関係でも……!?」
何故相棒達が見ず知らずの“勇者達”の名前を知っているのか、そして何故この“勇者達”が光達の名前を知っているのか……。その理由が未だに理解出来ないでいるファメル。しかしそれは彼のみではなく、三人とともに冒険してきたロークとリビィ、そして残る四人とともに駆けつけてくれた三人の相棒も同様であった。
「……勿論だよ……だって…………」
その時動揺を隠せないまま、震える声で呟く光。そしてファメルも目前で広げた掌を四人へ向けながら、一言こう続けた…………。
「この四人を含めた僕ら全員、間違いなく同じ学校の同級生だもの…………」
「…………」
その時彼らのいる場所では、ファメル達の口が開きっぱなしのまま硬直してしまっていた。まるでその場の時間が完全に停止してしまったかのように。
それから数秒が経過してから、ファメルがようやくぼそっと呟いた。
「…………え……」
そして彼ら六人の顔面が急に青ざめてしまったその直後、この一文字は全員の声が混じり合って生み出されたものにより、かなりの大音量で長時間響き渡った。これだけの音量があれば簡単にこの砂の大地に割れ目を作り上げられる、そう思わされる程に。
「ま…まじかよ!?……そんな事が…」
「僕だってびっくりしたよ。まさか僕ら“勇者”全員が顔見知りだったなんて……」
互いに動揺を隠しきれないでいる二人。それはここから一体どのように話しを繋げていけばいいのか、二人とも判断がつかない程の状態であった。
「…………あ…あのぉ……」
その時何者かの呼びかけが、光とファメルの間に介入してきた。
「ふえっ!?」
突然不意を突かれたように声をかけられた為、二人は揃って奇妙な返事を口にしてしまった。そして彼らはここでも揃って、先程の呼びかけが聞こえた方向へと顔を向けてみる。
その時そこにいたのは、間違いなく“この世界”の住人であるといえる一人の少年であった。ファメルよりも小柄で、小さな眼鏡と緑色に染め上げられた装備がよく目立つ彼。何といっても最大の特徴は、装備のあちこちからはみ出る面構えや手足が、光達の“世界”でいう「小型犬」といえる種類の動物を連想させるところであった。
「ひ…一つ聞いても構いませんか……?」
まだ幼げな声ではあるものの物凄く丁寧な口調で、非常に申し訳なさそうに尋ねる少年。そんな彼からの頼み事に一切反論せず、無言で首を縦に振る。
それを受けて、これまでの緊張感に溢れた少年の表情が和らいだ。そして少しばかり呼吸を整えてから、彼は改めて二人にこう語りかけた…………。
「先程の会話から、ようやく全員揃った“勇者”の皆さんが、偶然にもお知り合いだという事は分かりました。しかしパートナーのボク達からすれば、今回初めてお会いした皆さんについて、全く分かりません。そして間違いなく皆さんも、初対面のボク達について全く分からないはずです。こうして敵がいなくなったのもありますし、折角なので自己紹介の時間ととりたいのですが、よろしいでしょうか?」
「…………それもそうだな!」
その時一言そう返答したのはファメルであった。それに続けて光もまた、少年の語った頼み事に納得する。
「そうだね。この子の言う通りだよ。“勇者”に選ばれたこの四人については知っているけど、そのパートナーのこの子達に関しては、僕は何も分かっていない。これから一緒に冒険していく仲間の名前すら理解してないなんて、それこそ“勇者”失格だもん……」
その時光はその場で振り返り、自らの背後にいる四人の仲間へと視線を向ける。それに合わせて彼らも納得したという答えを表現する為に、一斉に首を縦に振ってみせた。
「光の言う通りだ。折角モンスターがいなくなった事だし、ここは手っ取り早く自己紹介しちまったほうがいいな。そもそも……」
するとここで、先程相棒の言葉に賛同したファメルが、彼に向かって自身の視線を合わせる。そして片目を閉じ笑みを浮かべた状態で、自分が述べたかった思いを口にした。
「お前らがこの“勇者達”の事を知ってても、オレらには全く分かっちゃいねぇんだからよ!」
「っ!?そ……そうだったね……びっくりしすぎてすっかり忘れてた……」
自らの頭の中から一瞬で抜け出ていた“当たり前の事実”をようやく思い出し、自身の拳で頭に軽い一撃を食らわせる光。相棒のあまりにも突然の行動に、思わずほんの一瞬だけ動揺を見せるファメル。
そして二人は互いに見つめあい、思わず吹き出して笑い始めた。その時この二人の笑い声がここにいる全員の耳に飛び込み、彼らも釣られて笑い出した事に時間はかからなかった――――。
「…………それじゃあ始めよう!えっとまずは……」
その時遂に全員が揃った七組の“勇者達”が、丁度円を描くような形で陣を取り、先程の少年が提案した自己紹介の時間が設けられた。
開始の合図の後、最初に紹介する人物を選ぼうとあちらこちらに視線を送る光に対し、真っ先に自らの片手を高く掲げる者が出現した。誰あろうその人物は、光の相棒であるファメルであった。
「そりゃあ勿論オレ達からさ。何てったってお前が手に入れたのは“赤の日記”。これを持ってるんだから、お前が一番初めに自己紹介すべきはずだぜ……」
いかにも当然の事を述べているように思われるファメルであったが、当の光本人はというと、彼が一体何の話をしているのか全く理解できていない様子であった。そこで光はファメルに一言尋ねてみる。自らのリュックサックから取り出した、例の“赤い本”を手にしながら。
「ね、ねぇファメル。それってどういう事?この“本”の色に、何か意味でも……」
「おっとそうだった!オレも教えるのをすっかり忘れてたぜ……」
するとファメルは“赤い本”を指差しながら、彼が伝え忘れていた“ある事実”を、この場で相棒に教える事となった…………、
「その“赤い本”を持つ者には、他の六人を従えるリーダーの資格が与えられるんだ。つまり光、お前がその“本”を手にしたって事は、お前には“勇者達”のリーダーとして、これから冒険しなきゃいけねぇって事なんだ!」
「…………」
その時光は何一つ語る事が出来なかった。暫くその場の時間がまたしても停止し、そのまま数秒程度の間隔が経過したように思われた。ここでようやく彼は声を発する事に成功したのだが、それは明らかに“勇者”らしからぬ、とても弱々しい一言であった。
「…………無理だよ」
あまりにも後ろ向きなその一言に対し、ファメルは何一つ反論はしなかった。光は更に続けてその理由を語る。
「こんな僕にリーダーなんて出来ないよ…元々率先して行動出来る自信だってないし、さっきもそうだったけど、自分がどんなふうに戦っているかだって自覚してないし……」
そうして理由を口にする度に、次第に表情が暗くなってくる光…………。
その時だった。
「…………安心しろよ光!」
それまで後ろ向きのままであり続けていた光の肩を横から叩く者がいた。彼がそちらへ振り向いてみると、そこに立っていたのは、ここまで彼の様子を無言で見守り続けていた晴児であった。
「せ…晴児…くん……?」
するとここで晴児は、今まさに自信を喪失している親友に向けて、こんな言葉を送り届けた。
「誰だってそりゃ、いきなりリーダーに選ばれたところでやり通せる自信なんてねぇ。自分の実力が分かってないなら尚更だ。だがな…………」
その時晴児は満面の笑みを浮かべながら、更にこう続けた…………、
「俺達は光の心中にある“勇気”を、誰よりも信じてるぜ!だってモンスターと戦ってる時のお前、本当にカッコよかったんだもの!」
「せ…晴児くん……!」
その時光の表情からは、これまでの暗さが少しずつ失われていった。更に晴児だけでなく、これまで光と冒険し続けてきた三人も、続けて彼の勇姿を称える言葉を口にした。
「確かに晴児の言う通りだ。あれ程の実力を備えているなら、光を信頼するという事は当然だと思うな……」
「私もそう思うわ。あの時の朝日奈くん、ほんとに強くてカッコよかった!朝日奈くんの力強さは私達も自信を持って示せる。だからそんなに恐れなくてもいいんだよ!」
「そうよ!あの時の光のチカラは、貴方の心の中に輝いてるはず!そんな光だったらアタシ、文句なしでリーダーだって認められるんですけどぉ!」
「み…みんなぁ……!」
これまでともに歩み続けた全員が、自分の身に秘められた能力を認めてくれた。それを実感したその瞬間、自らの瞳を滲ませる“何か”を光は感じた。そしてそれを瞬時に拭った様子を見たファメルが、思わず苦笑いを浮かべて相棒をからかってみせる。
「おいおいそりゃあねぇだろ。これくらいでそんな顔されたら、それこそ“勇者”失格だぜ」
「ははっ、それもそうだね!」
ファメルの言葉に笑顔でそう返事する光に、どうやら「不安」という文字は存在しない。四人はそう感じた。
するとその時これまで六人の様子を、すぐ傍で見つめ続けた四組の“勇者達”から、恰も遠くから呼びかけるように、催促の言葉が投げかけられた。
「おーいお前らー!さっさと自己紹介しちゃおうぜー!じゃないとこのまま日が暮れちまうよー!」
「おっといけねっ!わりぃわりぃ、今から始めるぜ!」
彼らからの呼びかけに若干慌てたような素振りを見せた直後、ファメルは一回だけ咳払いする。
「それではっ!……あ…改めまして…我々“勇者”一同の自己紹介を、始めたいと思イっ!……ます……」
普段からこのような丁寧な言葉遣いを使用していないからか、慣れない言葉についていけず、うっかり自らの舌を噛んでしまったファメル。その様子を傍らで目の当たりにした光からは、焦りの表情と大量の冷や汗が溢れ出ていた。
「ちょっちょっとっ!あんまり無理しないでね!いきなり慣れてない事しちゃうからこんな目に……」
「う…うるへーっ!いいだろっ!?ちょっとカッコつけたってさ……」
赤くなった舌を垂らしながら、ファメルは相棒に文句を言う。
すると次の瞬間、残された六組の“勇者達”が、こらえきれずに失笑してしまった。それを目の当たりにしたファメルは顔中を真っ赤に染め上げてから、光の顔をじっと睨みつけ、ぷうっと頬を膨らませる。
「く、くそおっ!勇者たる者、仲間に笑われてちゃ元も子もねぇじゃねぇかっ!おい光!オレに恥かかせた罰だ!まずはお前から挨拶してもらうからなっ!」
「ええっ!?そんな……」
慌てて周囲の仲間達へと視線を向けていく光。そこには自分達の自己紹介を今か今かと待ち望む六組の姿があった。
「…………仕方ないなぁ……」
その時光は自身の後頭部を掻きながら思い悩んでいたのだが、相棒の言う通り、自らが初めに挨拶を行おうと決意した。手にした“赤い本”を強く抱きかかえながら…………。
「パートナーの皆には初めましてだね。僕の名前は朝日奈光。この“赤い本”を拾った事で、こうして<炎の勇者>に選ばれました!」
「そしてオレが光のパートナーに大抜擢された、≪テゼルドの国≫の≪タルスト村≫出身、ノイル族の戦士、ファメルだぜ!」