第二十三頁
その時既に彼らは、いかにも獰猛そうな外見のモンスターである「クロハイエナ」の群れに取り囲まれていた。今にも襲い掛かってきそうな状態から考えると、それらにとって絶好の“ご馳走”を品定めしているように思われる。しかも時間が経過する度に、少しずつその数を増していく。
一方の光達“勇者”六人はそれらから一切視線を逸らす事なく、ゆっくりと彼ら自身の“武器”へと手を近づけていた。この瞬間彼らは心中で意気込んでいた。これから待ち受ける冒険の為、目前に出現した“障壁”に立ち向かおうという決意を…………。
(勇者たる者、こんな所で立ち止まる訳にはいかねぇ!)
そう意気込んだのはファメル。そして腰に据えられた大剣の柄に手をかけ、一気に刃を引き抜き構える。
(ぜってーこいつらを倒してみせるっ!)
(大丈夫、あの時襲い掛かってきたモンスターだって倒せたんだもん!それに“これ”さえあれば……全然覚えてないけど)
自身にとって初めての冒険となった“あの時”を思い浮かべるも、どうしてもその時の場面が一向に浮かばないでいる光。どうにか思い出せたといえば、自らの“武器”を手に入れる為に訪れた“神殿”の入口に突入してから、最深部に辿り着き、その“主”の襲撃をかいくぐりながらようやく武器に触れたその瞬間までであった。未だに頭上に疑問符を浮かべつつ腰の柄に掌を触れさせる。
その時これまで存在していた“朝日奈光”は、既に姿を消していた。勢いよく刃を引き抜いて構えた彼の表情は、全くの別人へと変化を遂げていた。
(…………やっぱり違う…あれは光じゃねぇ……)
その時光の傍らでこの一部始終を目の当たりにしていたファメルは、すぐさま相棒の変化を確信した。そして彼は思い出した、光が彼自身の“武器”となる<紅剣(こうけん)>を初めて手にしたあの時の表情を。
(何だか懐かしいこの感じ……)
ファメルはふと自身の鎧の内部へ手を突っ込み、ある物を取り出す。それは以前光にも披露した事のある、銀色のロケットペンダントであった。早速その中に収められてある形見の家族写真に写る一人の人物と、彼の目前でより勇ましい姿へと変化を遂げた相棒を比較する。
(あの姿にこの雰囲気……間違いなくあれは……オレの兄貴……!)
「…………ファメル」
「……!?な…なん…だよ……?」
それまで無言であり続けていた二人の間に突如として乱入してきた相棒からの呼びかけに、ファメルは不覚にも動揺してしまう。それでもどうにか返事してきた彼を確認したその時、“少年”の表情が少しばかり微笑んで見えた。そして彼はそのまま至って冷静な状態で、ファメルに一言こう声をかける。
「…………負けるなよ」
「ああ、分かってるよ!」
その時そう言葉を交わした二人が、ほぼ同時に目前の大群へと突入していった…………。
その頃普段目にした事など一切ない親友の勇姿を、“この世界”で初めて出会った“あの時”以来久々に目の当たりにする事となった人物が存在する。他ならぬ曽根晴児その人である。
(やっぱカッコいいなぁ…光のあの姿…………っといけねぇ、俺も集中しねえと……)
親友の容姿にほんの一瞬見とれてしまう晴児であったが、すぐさま目前の敵へと視線を移し意識を集中させる。そして自らの腰に巻かれたベルトに手をかけ、彼自身の“武器”を引き出す。蒼く染まった外見の奥に底部を感じさせない程の“深さ”を思わせる銃、それこそが曽根晴児の武器、<蒼銃(そうじゅう)>である。
(…………これでよしっ!)
「…………準備は出来たか?晴児……」
相棒にそう尋ねてきたのは、同じく銃を構えて既に戦闘態勢となっているロークであった。そしてその問いに対する晴児の返答は、実にシンプルなものであった。
「…………ああ!」
その時二人は互いに目を合わせ軽く頷くと、それぞれの銃口を目前の大群へと向けるように構えた…………。
(……ど…どうしよう……どきどきが…止まらないよぉ……!)
その時二人の親友が見せる勇姿も、目前に押し寄せるモンスターの群れにも集中出来ず、必死の思いで高鳴る胸の鼓動と荒れる息遣いを抑えようとする人物がいる。他の仲間達がそれぞれ戦闘態勢に入ろうとしている中、唯一彼女のみが余計な緊張感に苛まれ、その場にしゃがみこんでいた。
(お…落ち着かなきゃ……こんな所で…皆に迷惑を…かける訳には……ど…どうすれば……?)
どうにかしてこの緊張を取り払おうとする陽音の表情は苦悶に満ちていた。
その時だった。
「…………陽音!」
「っ!?」
突然陽音に声をかけたのは相棒であるリビィであった。あまりに突然の出来事だったので、彼女は思わず驚愕してしまう。
そんな相棒の反応の原因となったリビィは更に言葉を続ける、少々不機嫌そうな表情を露わにさせながら。
「こういう場面で一番厄介になるのは、変な緊張感を持ってしまう事。緊張しちゃってたらどんな事だって出来なくなるのよ!」
「わ、分かってる!分かってる…けど……」
それでも払拭出来ないでいる。自らを苦しめる感覚を一刻も早く払拭しようと試みていたものの、未だに心の奥底に沸き上がるそれを拭いきれないでいる陽音の姿がそこにはあった。
そんな相棒の手を、震えを抑えようと組み続けている彼女の手を、リビィは自らの爪で傷つけないように優しく掴む。そして相棒に向けてその背中を押すような一言を贈る。
「大丈夫。陽音の“勇気”は、どんな敵にも負けたりなんかしないから……!」
「…………」
その時二人の間には何の雑音も紛れる事はなかった。
「…………陽音?」
思わず心配になってしまったリビィが、無言のままでいる相棒に声をかけてみる。すると…………、
「ありがとう、リビィ」
「陽音っ!」
次の瞬間その場に立ち上がった彼女は、身に着けた黄色いローブの奥まで手を突っ込み、ある物を取り出した。
それは、彼女の衣服や装備と同様の黄色に染め上げられた、一本の杖であった。杖といってもそれ程の長さはなく、どちらかといえば指揮棒と同じ位の長さである杖だ。
「…………<黄杖(おうじょう)>、だっけ?」
「そう!それが貴方の“武器”よ!それさえあれば、貴方のチカラは間違いなく何倍も強くなれるわ!」
彼女自身が使用する事となった“武器”の柄を力強く握り締め、静かにその名を呟く陽音。更にそこへ自らを奮い立たせる言葉を送り届けたリビィの表情に彼女は視線を向ける。二人の視線が重なったその瞬間、互いに首を縦に振り、同時に立ち上がる。
その時二人はここでようやく構えて見せた、自身に満ちたこの一言を放ちながら…………。
「さあ、かかってきなさい!」
「…………はっ!」「はあっ!」
その時力強い掛け声とともに、迫り来る「クロハイエナ」に切りかかったのは光とファメルのコンビだ。
光が<紅剣>の刃で縦線を描く事で一頭の顔面に深い傷が入る。その傍らのファメルは間近の一頭を足で蹴り飛ばし、無防備になったその脇腹を切り付け止めを刺す。二人の斬撃をまともに食らったモンスターたちは、甲高い断末魔の叫び声を上げながらその場に倒れこんでいく。
「<エファイレ>!」
時に彼らが唱えた呪文により特別な“炎”の帯びた刃で切りつけられたそれらは、まさしく全身を業火に焼かれる形となっていた。
「<ラウェット>!」
一方では晴児とロークのコンビから放たれる銃声がその場に鳴り響いていた。彼らが唱えた呪文で作り上げられた“水”の銃弾が機関銃の如く連射され、モンスター達の身体に風穴を開けていく。
「…………まだまだぁ!<ラウェット>!」
晴児がそう唱えその引き金を引くと、次の瞬間銃口から放たれたのは弾丸ではなく、どちらかといえば光線といえる一撃が放たれ始めていった。彼が変化させた“水の光線銃”からの攻撃もまた、「クロハイエナ」の図体をその場に倒れこませていた。
それでも未だに迫り続けるモンスター達の大群に、流石の晴児も焦りを滲ませる。
するとその時ロークが彼の背後に回り、改めて自らの銃を構え直した。
「後ろは任せろ」
「おう、頼んだぜ相棒!」
頼れる相棒からの手助けを借りる事にした晴児はそう返事し、更に連射を続けさせる。
(す、凄い……!)
その時目前で戦闘を繰り広げる親友二人を目の当たりにし、心中でその感想を呟く陽音の姿があった。そしてその次に吐き出された一言は、現在の彼女の“望み”を素直に表現させた。
(わ、私も…あんなに強くなってみたい……!)
自らの両手で握り締めていた<黄杖>を見つめそう語った陽音は、その矛先をモンスターの大群へと向けさせる。そしてその状態でゆっくりと瞼を閉じると、大きく息を吸い、大きく吐く。
「…………よしっ!」
呼吸が整ったところで改めて気合いを入れ直す彼女。次の瞬間その口から放たれた一言こそ、“勇者”岸川陽音が唱えられるようになった“呪文”そのものであった。
「……<レサンディ>!」
その時一瞬にして周囲の空気を切り裂いてしまいそうな音とともに、<黄杖>の先端から放たれた一筋の光が目前の一頭に直撃する。その瞬間同時に発せられた輝きに誘われるように、他の四人が彼女の立つ場所へと視線を向けてみる。
「…………!?」
その時彼らは息を呑んだ。陽音が放った攻撃をまともに食らった一頭の「クロハイエナ」が、その場に浮いたまま感電していたのだ。どうやら彼女の繰り出した光の正体は、強力な電撃であったようだ。
やがてそれが鎮まっていき地面へと突き落とされたモンスターの図体は、まさに黒焦げと化してしまっている。それでも一部からは、未だに鎮まりきっていない電撃がばちばちと光り輝いていた。
この一部始終を目の当たりにした四人はすぐさま、彼女の呪文について理解する事が出来た。
「そうか。これが……」
「そう!陽音が操るのは<雷属性>の呪文。これさえあればどんな凶暴なモンスターだって、びりびりしびれさせちゃうんだからっ!」
「ちょっ!?ちょっとリビィ!そんなふうに言わないでよぉ!」
その時傍らの相棒に与えられた≪属性魔法≫について簡単に説明したリビィの表情は、溢れんばかりの笑みに満ちていた。一方彼らの視線を一挙に集中させていた陽音の顔面は、まるで腫れ上がったかのように真っ赤に染め上がり、彼女が抱く恥ずかしさを遺憾なく表現している。
「いや、本当にすげぇよハルちゃん!何だかアニメに出てくる魔法少女みたいで、凄くカッコよかったよ!」
襲い掛かる羞恥心に苛まれる親友を救い出そうと、晴児は咄嗟に思いついた褒め言葉を送る。
「そ、そうかな……?」
未だに頬を赤らめる陽音であったが、その表情にはいつの間にか笑みが舞い戻っていた。どうやら彼の作戦は成功したようだ。
「ちょっと皆!これくらいで驚かれちゃ困るんですけどぉ!」
「?」
そう言って突然会話に介入してきたリビィ。この時彼女が告げた一言を不思議に感じ、思わず首を傾げる二人。
「皆に見てもらった通り、陽音の操る武器は杖。これを使って様々な魔法を繰り出し、敵を倒していくのよ。そしてアタシ達七人の“勇者”の中でもこうして魔法を使える者にだけ許された事があるの……」
「ど…どういう事だい?リビィちゃん……」
その時晴児にはいまいち理解しきれないでいた、彼女が一体何の事について説明したのかが。
そんな彼の様子を目の当たりにしたリビィは、一回だけ溜息を漏らした後でこう口にした。
「どーやら口で説明するより実際に見せたほうが、男の子には向いてるみたいだったわね……」
その時彼女からの冷たい一言を耳にした少年は、酷く気を落としてしまったようであった。陽音はそんな彼を心配していたのだが、当の本人は一切気にする事なく相棒に命じることにした。
「ほら陽音!早く皆に見せてあげましょう!このまま立ち止まってたら簡単にモンスターの餌食にされてしまうわ!」
「う…うん、わかった……」
相棒からの催促の言葉に半ば仕方なく応じ、陽音は再び<黄杖>の先端を迫り来るモンスター達に向けて構え、力強く唱える。その直前他の四人に向けた、リビィからの注意の言葉が口にされてから。
「皆!目に気をつけて…………!」
「<ジザルド>!」
その時突如として、杖の先端部から一つ、極度の輝きを宿した光の球体が出現する。そうかと思われた次の瞬間その球体はモンスターの大群へと飛ばされていき、寸前のところで輝きが周囲を包み込んでいった。
「っ!」
「うわっ!?まっ眩しいっ!なっ何なんだこの光はっ!?」
あまりの眩しさに耐え切れず、思わずきつく瞼を閉じずにいられなくなってしまう四人。
そんな彼らと同様に輝きを遮らせながら、リビィはすぐさま説明する。
「この魔法は…特別な“勇者”だけしか使えない特別なもの……つまり陽音は…貴方達の中から二人しか選ばれない…“魔法勇者”なのよっ!」
「おおっ!そいつはありがてぇ!それ程貴重な存在がいてくれるなら、少しは戦いも楽になりそうだぜ!」
その時これまで二人の会話に関わりを持たないでいたファメルが、突如として会話に介入してきた。
「そ…そんなに凄いの?“魔法勇者”って……」
どうやら未だに実感がわいていなかったらしい陽音本人が、ファメルに尋ねてみる。その際彼からの返答は首を縦に振るのみだったが、直後に彼はこう告げた。
「わりぃが説明は後にしてくれ!まずはこいつらを片付ける必要がある!まぁお前みたいに頼もしい人物がいてくれたなら、早々に片付けられるはずだ……!」
その時ファメルはもはや汗だくの顔で笑みを作り出し、握った拳から親指のみを伸ばしてみせた――――。
「…………とは言ったものの…はぁ、はぁ…一向に数が減ったりしねぇじゃねぇか……!」
その時イライラを募らせたファメルがそのような文句を漏らしたように、六人に迫る「クロハイエナ」の数は減る気配を示さないでいた。むしろ彼らの疲労が時間を追うごとに増大している事もあり、少しずつではあるものの数が増えているように思われる。
しかしながら現在のところは不穏な緊張感がその場に張り詰めた様子で、互いに攻撃を仕掛けようとしないでいた。
「はぁ、はぁ……い…一体、どうすればいいの……?」
この緊張感に耐え切れず、思わず弱音を漏らしてしまった陽音。
「すまねぇな陽音。もし疲れが溜まってるんだったら、オレ達の後ろに回って体力を回復させてくれ。その間オレ達がサポートしておくから」
「う、うん。ありがとう、ファメルくん……」
ファメルからの提案を有り難く聞き入れえる事に決めた陽音は、彼の指示通り全員で作り上げていた円の中心へと後退りを開始する。
「…………」
モンスター達を興奮させないようゆっくりと後進していく陽音。
その時だった。
「…………きゃっ!」
突如としてその場に響き渡る少女の悲鳴と、何者かが砂地に倒れこむ衝撃音。どうやら後退りの最中につい足を滑らせてしまった陽音が、思わず声を上げてしまったようだ。
(し、しまっ……!)
すぐさま自らの口を手で覆った陽音であったが、もはや手遅れだった。
モンスター達の眼が怪しげに輝き、鋭い牙が目立つ口からは不気味な呻き声が吐き出される。
「…………!」
「は、陽音っ!」
今にも泣き出しそうな程に怯えてしまった相棒の姿に耐え切れず、無我夢中で彼女の目前で改めて構えるリビィ。
「陽音はアタシが守ってみせる!たとえこの身体が貴方達の餌にされたとしても!だって陽音は……アタシの大切なパートナーだから!」
「り…リビィ……」
それから彼女の口からは、一言も放たれる事はなかった。彼女が本当に伝えたいはずの言葉が、自らの胸の奥で留まったままで、一切吐き出す事が出来なかったからだ。
その時「クロハイエナ」の集団から抜け出た一頭が、突如として六人に向かって駆け出してきた。
「!?」
あまりにも突然の出来事だった事もあり、誰一人それに対処出来そうな人物は皆無だった。
(も、もう駄目か……!?)
その時皆の心中に浮かんだ言葉は、この一言のみだった。必死の思いで相棒を守り抜く決意を表したリビィでさえも、瞼を強く閉じ、思い切り歯を食い縛る…………。