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別界記  作者: 星 陽友
第二章 集いの時
22/45

第二十二頁

 その時彼女と彼女は、先程高く掲げたそれを目前に、ごくりと唾を飲み込む素振りを披露する。

 どうやらそのお陰ですっかり心の準備を整えた様子で、直後に杯代わりのサンドイッチを唇の半分程度の部分まで咥える。そして一気に噛み切り、口内に残ったそれを、ゆっくりと奥歯で数回噛む。

「…………」

「どうだい?ロークが作った料理のお味は……」

 その時晴児が彼女達にそう話しかけるが、まだまだ味わっている途中だったようで、その瞬間に言葉を発する様子はない。

「…………お」

 それまで無言であり続けていた陽音とリビィの口から、ぽつりと呟かれたその一文字。そこから二、三秒程間を空けてから、それに続く一文が、彼女達の塞がれた口から漏れ出す事となる…………、


「美味しいぃぃぃぃっ!!」


 その時二人が持つ両方の瞳が、これまで全く見受けられなかった程の輝きを放っていた。そんな瞳の状態を維持したまま、二人はもう一度サンドイッチに齧り付く。その瞬間彼女達の瞳は更に輝きを増す。

「こんなに美味しいサンドイッチ、私初めて!」

「アタシもっ!ホントにビックリなんですけどぉ!」

 口の中をもごもごと動かしながら、ただ只管それを絶賛する言葉を繰り返す。そんな彼女達の嬉しそうな様子を目の当たりにし、自然と笑顔が伝わってくる光、ファメル、そして晴児の姿があった。

「よかったぁ、二人にも喜んでもらえて」

「そうだな。なんせオレ達も認めた美味さだったから……!」

「さすが我らが“料理長”!こんだけ多くの人に認められたからには、そりゃもうこれからもお任せ出来そうだな!残る“仲間達”も含めた全員分の食事は……」

「おいおい勘弁してくれ。お前らも少しは手伝ってもらねぇと。お前らが思ってる以上に面倒なんだぞ。全員をしっかり認めさせるメシを作り上げるっていうは……これだってこの人数だから簡単に作れただけで、これ以上増えたら流石に……」

 度重なる言葉の数々を受け、つい多めに本音を漏らしてしまうローク。またしても自身のカウボーイハットを深々と被り、その表情を覆い隠す。

「分かってるよ。そん時は俺達に任せてくれ!」

 これまでに見られなかった不貞腐れた様子を浮かべるロークを宥めようと、晴児は自身の胸を拳で強く叩き、笑みを浮かべる。

 そんな場面も含めながら、彼らにとっての“束の間の休息”がその場で過ごされていった――――。



「…………ねえ、晴児くん、陽音さん」

 その時光は突如として、晴児と陽音に声をかけた、自らの親友と自信を持って語れるその二人に。

「ん?何だ、光?」

「いきなりどうしたの?朝日奈くん……」

 彼からの突然の呼びかけに動じる事なく、二人ともすぐに反応して光のほうへと振り向く。それを自身の両眼でしっかりと確認した彼は、“この世界”で二人と再会して以来ずっと抱いていた“とある疑問”を彼らにぶつけてみる。


「君達は一体何処でこの“本”を見つけたの?そしてどうやってこの≪別界(アナザー・ワールド)≫にやって来たの?」


 その時二人にそう尋ねた光の手元には、彼らにとっての≪真界(リアル・ワールド)≫で手に入れた“赤い本”が抱えられてあった。

「…………そっか!言われてみればそんな事全然話してなかったっけな。光にも、それにハルちゃんにも……」

「……そういえばそうだったね。冒険に夢中過ぎててすっかり忘れちゃってた……」

 彼らが言った通り、これまで三人とも揃って一切語ることなどなかったのだ、自らが“この世界”に辿り着いた経緯を。ここでようやくその事に気づき、無言のまま互いの顔を見つめ続ける彼ら。

「…………ぷっ!」

 暫くの間見詰め合ってはいたものの、三人ともこれ以上耐え抜く事は出来なかった。彼らはその瞼から溢れ出る“滴”を拭いながらも、思わず噴き出した笑い声を抑える事が出来ずにいた。

 そこから数秒が経過したところで、ようやく笑いを堪える事に成功する三人。その中から先陣を切る形で、晴児が二人に話しかける。

「長い間いつも一緒だからかな。どうやら俺達、すっかり“似た者同士”になっちゃってたみてぇだな」

 自身の思いを吐露し、少しばかりの照れ笑いを浮かべる晴児。

 次に閉ざされていた口を開かせたのは、光であった。

「そうだね。実は僕もそう思ってたんだ。何だか不思議だね」

 そう呟くと、光もまた晴児と同じように、つい照れ笑いを浮かべてしまう。それは知らぬ間に陽音にも伝染しており、いつの間にか三人は再び笑いあう展開へと導かれていた。

「……そうだ!さっきの質問なんだけど……」

 その時突如として陽音が“ある事”を思い出し、自らの右手を高く掲げる。その“ある事”というのは、先程光が二人に対して問いかけた、ここまでの経緯の事であった。

「まず私から話してもいいかな?このまま笑いあっていたら忘れちゃうかもしれないから……」

 少々頬を赤らめながら願い出る陽音。それに対し二人は何も反論する事なく、揃って笑顔で首を縦に振ってみせる。

 その時彼女は二人の行動を察し、その経緯を少しずつ思い出していきながら静かに語り始める。他の二人と同様に所持する事となった“それ”を、自らの両手でしっかりと抱きしめながら――――。


 ――――朝日奈くんと曽根くんが宿題とかを届ける為に私の家まで来てくれたあの後、また少し身体の具合 が悪くなってしまったの。あの時はすぐにお薬を飲んだりしてどうにか落ち着いてきたんだけど、心配 したお母さんから部屋で休むように言われたから、私はすぐに部屋に戻る事にしたんだ。

  それで部屋に戻って布団に入ろうとした時、いつの間にか枕元に置かれてあったのが、この“本”だ ったの。

  最初は何だか気味が悪くなっちゃったわ。だってそうでしょ?身に覚えのない物が枕元に置いてある なんて、まるでホラー映画のお話みたいじゃない!だから私その時は、机の引き出しの中にしまっておく事にしたんだ……。

  ところがそれから時間が経ってくるうちに、何だか“これ”の事が気になり始めちゃってね。夜にな ってついこの“本”を引き出す事にした訳。そしてとりあえず机の上に置いてみたんだ。

  一応表紙を捲ってみたら、何だか急にその日の出来事が書きたくなってしまってね。近くにあったボ ールペンを掴んで、気がついた時には、あの日の事がしっかり書き込まれてあったわ。具合が悪くて終 業式を休んだ事も、二人が家に来てくれたことも……。そしたらまた怖くなってきちゃってね、すぐに ベッドに潜り込んでいったの――――。


「…………なるほど、そうだったのか。ハルちゃんはそーゆー感じでこの“本”を手に入れたんだね……」

 その時彼女の語った出来事を静かに聞き入れていた晴児が唐突に呟く。それを見た陽音は全く反論する事なく、自らの首を縦に振る。

「そうなんだ。とりあえずここまではお話ししてみたんだけど……」

 するとここで晴児が堂々と挙手すると、すぐさま二人に対しこう宣言する。

「はい!んじゃ次は俺に話させてくれないか。そりゃ俺だって早いうちに話しときたいからさ、“あの日”俺が体験した出来事を……いいかな二人とも?」

 そう尋ねてきた彼に対し、光も陽音も無言のままではあるものの、首を縦に振って返答した。

 その時それを確認した晴児が一つ咳払いを済ませると、早速語り始める事となった――――。


 ――――あの日二人と別れた後、俺は急いで家に帰ったんだ。

  ほら、二人も知っての通り、俺んち定食屋やってるじゃんか?丁度家を出る前に母ちゃんから、『学 校が終わったらすぐに帰ってきて、家の手伝いをお願いね』って言われてたのをあの時になって思い出 してさ。大急ぎで戻っていったんだよ。

  それで家に戻ってすぐ、父ちゃんと母ちゃんからの頼みで、奥の倉庫から色々な荷物を持ってくる事 になってさ。早速倉庫に行って頼まれた荷物を持っていこうとしたその時、棚の段ボール箱の隙間に挟 まれてあったのが、この“本”だったって訳だ。

  とりあえず引き出して表紙を開いてみる事にしたんだ。何せ随分と古めかしい見た目だったから、も しかあしたら有名人の隠し財産の在り処でも記されているんじゃないかって思ってね。

  けれどいざ開いてみても、肝心の中身は白紙ばっかりで何も書かれてなくてさ。その時は何も手をつ けようとも思わないで、もう一度隙間に戻しておいたのさ。だいぶがっかりしながらね。

  ……ところが暫く経ってからなんだけど、急に本の事が気になり始めちゃってさ。さっきの所に戻っ て本を取り出し、部屋まで持ち帰る事にしたんだ。んで何か書こうと思ってペンを手に取った瞬間、俺 の手が勝手に動いて、気がついたらその日の出来事が完璧に書かれてたんだよ!

  ま、そりゃ最初のうちは少しびびっちまったけど、それ程気にもしないですぐに眠っちまったんだけ どな――――。


 その時自らの体験談を語り終えた晴児がふと空を見上げ、深く息を吸い、そしてそれを吐き出した。

「曽根くんも私と同じだったのね。偶然この“本”を手にしたのも、気がついたら勝手に描いてしまったのも……」

 そう呟いた陽音の手には、彼女が手に入れる事となった黄色い“日記”が、未だに強く抱きしめられていた。

「……でも一つ違ってたのは、書き終わった後でも恐怖心を残さなかった事ね。私臆病だからこういうの苦手で……だから羨ましいな、それを気にしないでいられる曽根くんが……」

「いやあそんな…ただ能天気なだけだよ。だからいつも母ちゃんに言われるんだ、『何事も少しは気にするように!』ってね!」

 その時互いに見つめあい、互いに笑みを浮かべる晴児と陽音。それを見た光の表情もまた、思わず笑顔へと変換されていった。

 この時それに気づいた晴児から、光へ向けて声がかけられた。

「…………おっといけねぇ!まだ聞いてなかったな、光がその赤い“日記”を手に入れた経緯を……」

 自らの頭を軽く叩いた晴児はそう語ると同時に、光のすぐ傍に置いてある“本”を指差す。

「そうね!私も気になるな、朝日奈くんが“それ”と出合った時のお話……」

 最初に経緯を語ってくれた陽音もまた、実に興味深そうに彼へと視線を向ける。


 その時そんな二人からの願いに対し光は素直に応じ、自身の体験談を語り始める。晴児と別れた後で寄り道した際に偶然“本”を拾ってしまった事。二人と同様に無意識のうちに白紙の一ページ目へ日記を書き綴ってしまった事。気づいた直後に生じた“罪悪感”を拭いきれないままベッドへと潜り込むという選択肢を選んだ事……。彼から語られる一言一句を少しも逃す事なく、晴児と陽音は静かに聞き入れていった――――。


「――――そうだったのかぁ。俺と別れた後で、まさか光にそんな事が起こっていたなんて……」

「本当、私もびっくりしちゃった。朝日奈くんにもそんな“偶然”が起こるだなんて……」

 その時光が語った体験談をしっかりと聞き入れた二人は、揃って驚きを見せていた。そして彼ら自身が体験した出来事と重ね合わせながら、晴児はとある一つの疑問を生じさせた。

「……それにしても……」

「「?」」

 彼の口から放たれたその一言が気にかかり、殆ど同時に自らの顔を近づける光と陽音。一方の晴児は自身の視線をそのまま空へと向けたまま、彼が抱いた疑問を口にする。


「どうして俺達はこの“日記”を手に入れる事になったんだろう…?どうして俺達は“この世界”に来る事になったんだろう…?そして、どうして俺達が“勇者”に選ばれる事になったんだろう……?」


「そう…だったね……」

 その時晴児の口から発せられた言葉を受けた光が、突如として表情を暗くさせてしまう。陽音もまたそれにつられて、今までの明るさを一気に消失させる。

「晴児くんの言う通り、僕達が“この世界”に呼び出された理由って、一体何なんだろう……?僕達だけじゃない、それは他の四人にも言える事だよ……」

「そうね。私だって物凄く強い訳でもないし、他の皆とは違う“特別な能力”を持ってる訳でもない。ましてや私、病気持ちだし……」

 この時二人の口から放たれた言葉も、実に消極的なものと化していた。全く見ず知らずである“この世界”に自分が送られた理由。それを考察するこの行動が、何時しか彼らの心に深く突き刺さってしまっていたようである。

「…………」

 それまで空ばかり眺めていた晴児の視線も足元の砂地を見つめており、三人とも何も語らず、暗い表情を保ち続けたままであった。

「…………でも」

「「?」」

 その時一言そう呟いたのは光だった。不思議に感じた残る二人が彼に視線を向けた時、光は一人その場から立ち上がる。そして彼は語り出した。無言で考え抜いた末に辿り着いた、“疑問”に対する“解答への手段”を……。

「僕、思ったんだ。今その答えを見出せそうにないとしても、これから一緒に冒険していく中で見つけられるんじゃないか、って……それが何時になるかは分からないけど、僕はそう信じていきたいんだ……」

 自分自身が編み出した考えを語っている内に、自らの掌を強く握り締め拳へと変化させていた事に光は気づいた。あまりの力強さからか拳からだけでなく、全身至る所から大量の汗も滲み出ている。これは決して暑さばかりの影響ではないと彼はすぐさま悟った。

 そんな親友の様子を目の当たりにした二人。最初はその気迫に圧倒されてつい言葉を失っていたが、今となっては彼の知らぬ間に、その両隣に佇んでいのであった。

「……光の言いたい事はよく分かったぜ。それを聞いたら何だか安心出来た…………よし決めたっ!」

 その時自身の両掌で自らの両頬を強く叩いて気合いを入れた晴児は、最終的に導き出した“解決の手段”を口にした。

「俺も信じるぜ!光が言ってたように、俺もこれからの大冒険の中で“理由”を探し出す事にするよ!」

 それに続いて陽音も、晴児と同様に“解決の手段”を口にする。

「私もそうするわ!朝日奈くんの言葉を聞いてだいぶ元気付けられたし、それに私、思い出したんだ。これは私だけの冒険じゃない。私には朝日奈くんも曽根くんもいるし、リビィやファメルくん、ロークくん、それにまだ出会えてない“仲間達”だっている。だから何も怖がらなくたっていいんだって!」

「み…みんなぁ……」

 そういった決意が込められた二人の笑顔を目の当たりにした光の瞳には、それをうっすらと滲ませる“何か”が存在していた…………。


 その時だった。

「……あのぉ…大変盛り上がってるところだと思うんだが……」

「「「!?」」」

 その時三人の会話に突如として乱入し、彼らを酷く動揺させたのは、これまで離れた位置から一部始終を眺めていたファメルであった。あまりにも仰天させられた理由を尋ねようと、光は未だに動悸を鎮めきれないまま彼に少々きつく声をかける。

「ど、どうしたのファメル!?いきなり話しかけられたから、物凄くびっくりしちゃったじゃないか!」

「わりぃわりぃ。実は皆に伝えておきたい事があってな……」

 思わず舌を出したまま後頭部を掻き、ばつが悪そうな表情で陳謝するファメル。そんな彼から述べられたある“一言”に、光は少しばかり気になった。

「“伝えたい事”……?」

 するとその時ファメルの明るかった表情が、一瞬にして真剣なものへと変貌を遂げる。


「…………敵襲だ」

「……え…………!?」


 その時何か不穏な気配を感じ取った光が、瞬時に自身の背後に視線を向ける。

 鋭い眼光でこちらを凝視し、よく目立つ長い牙の向こう側から涎と呻き声を吐き出させるハイエナに似た黒い獣がぞろぞろとその数を増していく。そこにいるのが自分達にとって非常に危険な存在であるという事を、彼はすぐさま察知した。

「こいつらは『クロハイエナ』だ。どうやら休憩中だったオレ達のにおいを嗅ぎつけたらしいな……」

「そ、そんな……」

 ファメルからの説明を聞いた光が、思わず後退りしそうになってしまう光。ファメルはその目前に移動し、相棒を庇おうと一歩足を前に踏み出そうとする。

「…………ううん」

 その時光は立ち止まった。なぜなら彼は思い出したからだ、つい先程自分自身が決意した“あの言葉”を。

「ここで逃げたら何の意味もない。これからもっともっと困難な出来事が待ち受けてるはずなんだ。ここで逃げたりなんかしたら、それこそ“勇者”なんて失格だ!」

「……その意気だ光!それでこそオレのパートナーだ!」

 そしてファメルは他の四人にも視線を向け、一言確認の言葉をかける。

「よぉし、準備はいいか、皆?」

 彼らの答えは誰一人異なる事はなかった。

「「おう!」」「「ええ!」」

 その時それを受け取ったファメルは笑みを浮かべ、声高らかに全員の士気を鼓舞させた。


「…………行くぜっ!!」

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