第二十頁
その時光と晴児、そして新たな旅の仲間となる“勇者”の少女は、互いにその顔を見つめ続けていた。何故なら三人にとってその表情は、かなり見覚えのあるものだったからである。
「う…嘘でしょ……!?」
「ま…まじかよ……!?」
「ま…まさか君が…新しい“仲間”だなんて……!?」
特に光と晴児にとっては、この二人の出会いと引けを取らない程意外な出会いとなっていた。
その時二人の目前に立っている“勇者”は、一見すると、外国の童話に登場する魔女を彷彿とさせる容姿をしていた。
黄色く染め上がった三角帽子を被り、同色のローブで全身を覆っている。あとは人が跨って乗れそうな大きさの箒さえあれば、まさしく魔女そのものと言える外見である。
彼女はそれまで深々と被っていたと思われる帽子の鍔を手にかけ、目前で呆然と立ち尽くす二人の少年を見つめていた。そして彼女もまた彼らと同じく、動揺を隠しきれないでいた。
その時二人は彼女に呼びかけた、彼らが普段親しみを込めて呼び続けていた、彼女の“名前”を
……、
「……は…ハルネ……さん……?」
「は…ハルちゃん……ど、どうして…ここに……?」
――――その時新たに登場した“勇者”の正体、それは光と晴児の親友であり、あの時担任からの頼みを受け終業式の荷物を届けに向かった、岸川陽音(きしかわ はるね)その人であった。
「朝日奈くんに…曽根くん……やっぱりそうだわ!私の事そう呼んでくれるの、君達だけだもん……」
未だに動揺を隠しきれないものの、自分がよく知っている人物との再会に、ほっと胸を撫で下ろす陽音がそこにいた。
「……?どうしたの陽音、知り合い?」
そんな彼女の様子が気になり、リビィは尋ねてみる。
「うん、そうよリビィ。私の事を一番理解してくれる、大切な友達なの!」
「へぇ、そうなんだぁ……」
優しく微笑みながらそう答え、相棒を納得させる陽音。
すると今度は光の口から、彼女へのある疑問がぶつけられた。
「それにしても、どうして陽音さんが“この世界”に?僕らが荷物を届けた後、君の身に一体何が……!?」
その質問に対し陽音は、自らの首を二、三回横に振って答えを表現した。更に彼女自身の声を用いて、先程の答えをより詳しく説明する。
「…………分からない。気がついたら私、空から落ちていて…丁度降り立った所で、リビィと出会って……ごめんなさい、本当に私、まだ訳が分からないの……」
片手で自身の頭を抱えながら必死に思い出そうとするも、未だ思い出せず苦悩する陽音。あまりにも苦しそうな彼女の様子を目の当たりにし、光は慌てて中断させようと手を伸ばす。
その時だった。
「…………そうだ」
突如として何かを思い出した様子で、ふとそう呟いた陽音。そのまま頭から手を離す彼女と、伸ばしていた手を停止させる彼がそこにいた。
「唯一つ、思い出せるとしたら…………」
その時彼女がそう語るのと同時に、ローブに覆われている背中から現したのは、丈夫そうな皮革の素材で作り上げたショルダーバッグであった。早速紐を解き、内部へ手を突っ込み“何か”を探し始める陽音。一方の男達はというと、鞄の中身が掻き乱されるその度に、中から放たれる“甘い香り”を感じるのみで、余計な手出しは厳禁だという事を肝に銘じていた。
「……あっ、あった!」
やがて探していた物を見つけ出し、傷がつかぬよう慎重に取り出し全員に披露させた。
「“これ”を手にしてからなんだ、私に不思議な事が起こるようになったのは……」
その時彼女が披露した“それ”を目の当たりにした光と晴児は、揃ってこう呟いた…………、
「…………こ……これって……!?」
…………その時陽音が二人に見せた物、それは一冊の“本”であった。しっかりとした革張りに、解読不能な文字が黄色く刻み込まれた表紙。その色こそ異なるものの、二人にとってそれは、間違いなく見覚えのある物であった。
「……リビィから聞いたの、私のように“この世界”に導かれた“勇者達”は、全員がこの“本”を手にしているって…………その反応だと、もしかして、君達も……?」
自身が披露した“それ”を全く動じる事なく目の当たりにした二人の様子を確認した陽音。念の為確認してみようと、突如として彼らに尋ねてみる。
その時二人は互いの目を見つめあい、同時に頷き、包み隠さず彼女に答える。
「……陽音さんの予想通りだよ」
「実は、俺達も……」
そして今度は彼らが互いの鞄を陽音の目前に現し、その中へと手を突っ込む。二人が探している最中、彼らが何を取り出そうとしているのか、それは彼女も察しがついていた。
「…………やっぱり……そうだったのね……」
「……ああ、ハルちゃんの思った通りだよ……な、光?」
「うん。僕らも持ってるんだよ、“これ”を……」
その時二人が手にしていた物、それは彼女が披露してくれた物によく似た“本”であった。光のそれには赤く、晴児のそれには青く刻み込まれた文字が目立つ両者の“本”を目の当たりにし、陽音は一回深呼吸を済ませる。そうやって自身を落ち着かせたように思われる彼女は、何気なく一言呟いた。
「…………何だか不思議……」
彼女はそこでほんの一瞬だけ間を置き、改めてその呟きの理由を語り始める。
「……私、怖かったの。突然見た事のない“この世界”に連れて来られて、訳も分からないうちにこうして冒険する事になって……私以外にも“仲間”がいるって聞かされた時も、正直心配だった。いきなり見ず知らずの人と一緒に行動出来る自信もなかったから……」
唯只管自身の心情を吐露していく陽音の姿が、彼女の知らぬ間に小刻みに震えてきたのを、無言のまま見つめる光と晴児がそこにはいた。彼らもまた知らぬ間に、自らの奥歯を噛み締めていた。
「…………でもね」
その言葉を口にした次の瞬間、彼女の震えは一気に治まっていた。そして再び語り始める。
「最初はとてもびっくりしたけど、今の私なら、凄く嬉しく感じられる。私の事を気にかけてくれている、朝日奈くんと曽根くんに出会う事が出来たから。そして思ったんだ、私達が“この世界”でも会えたのには、何か不思議な“縁”があるのかな、って……!」
その時自身の心情を伝え終えた陽音の表情は、とても晴れやかなものとなっていた、二人がよく知っている、彼女らしい晴れやかな表情に……。
「…………陽音さんの言う通りだよ!」
ここで光が、親友の言葉を肯定するように、彼自身の意見を語り始める。
「偶然にしては出来過ぎてるもん。だから僕らがこうして“勇者”に選ばれたのは、きっとそういう“運命”があったに違いないって僕は思うんだ」
その言葉の直後に晴児も首を縦に振り、彼の意見に同調する。そして光はしっかりと顔を上げ、これまでにない程強い口調で述べた。
「…………晴児くんがいてくれて、陽音さんもいてくれる。こんなに心強い事はないよ!この先どんな困難が待っているのかは分からないけど、僕らが一緒なら何でも乗り越えていける自信がある!だから一緒に頑張っていこう……!」
自論を語り終え、改めて三人の結束を確かめようと、二人の目前に自らの手を差し伸べる光。それを見た二人も笑みを浮かべながら、そこに自身の手を触れさせようとする。
その時だった。
「…………ふにゃっ!?」
「「っ!?」」
今まさにその手に触れようとした晴児と陽音の目前で、突如としてその場に倒れ込んだ光。あまりに突然の出来事だった為、二人とも開いた口が塞がらない状態で、変貌を遂げた親友の姿を目の当たりにしてしまう。
二人がよく確認してみると、光の掌にはもう一つの“毛深い掌”に備え付けられた肉球が触れられていた。その元を辿ってみたところ、その肉球の持ち主とはファメルその人なのだと判明された。「してやったり」と言わんばかりに、彼はにやりと不敵な笑みを浮かべている。
「ど、どうしちまったんだよ光!?」
「ふぁ、ファメルくん!朝日奈くんに、一体何を……!?」
非常に慌てた様子で、互いに“勇者”とその相棒に話しかける二人。先ずは晴児からの呼びかけを受けた光が、倒れたままで相棒に文句を述べた。
「…………と…突然止めてよぉ、ファメルぅ……こ…こんな格好皆に見せちゃってぇ……は…恥ずかしいよぉ……」
そんな彼の言葉を受けたファメルが、この状況に陥った事実の説明を語り始める、少々笑いを堪えながらではあったが……。
「わりぃわりぃ、実はな晴児、陽音。光の奴オレの手に触れただけで、こんなにも“ふにゃふにゃ”になっちまうんだぜ!それを二人に教えておきたくて……」
笑顔でそう説明をしたファメルの傍らで、相変わらず倒れ込んだままで地面に顔を貼り付けた光。その瞳から流れ落ちる“滝”が、そのまま地面へと伝っていった。
するとこの一部始終を無言で見つめていたロークとリビィの二人が、突如として深く溜息を一回漏らす。それを不思議に感じたファメルが振り向いたところで、リビィの口から一言こう告げられた…………、
「…………大切なパートナーにそんな酷い事するなんて…………サイテーなんですけどぉ!」
「――――エッ!?」
その時ファメルの心臓に、何か極端に鋭利な物が突き刺さる音が響き渡った。その激痛を感じたからか、突如として自分の胸元を両手で押さえ込み、苦悶の表情を浮かべるファメル。
それに追い討ちをかけるかのように、今度はロークから一言告げられる…………、
「そうだな。いくらパートナーと言えども、さっきのはやり過ぎだと思うぜ……」
「――――はうっ!!??」
鋭利な物がまた一つ、彼の心臓に突き刺さる。その直後全身が硬直した状態で、ファメルも地面にどすんと倒れた。そんな彼を目の当たりにした晴児と陽音からも声がかかった。
「…………そ、そりゃ確かに。今のはちと不味かったんじゃねえかな……」
「……ファメルくん、ここは朝日奈くんに謝っておいた方がいいと思うわ。ロークくんもリビィもまだご機嫌斜めみたいだし……」
その場に倒れたまま全く動じないファメルの姿を無言で見つめ続ける二人は、揃って腕組みを保っていた。陽音の言う通りリビィはその口を“への字”に変形させ、ロークはやれやれと大きく溜息を漏らす。
それをちらりと目線で確認すると、ファメルはすぐさま光に向かって謝罪の言葉を述べる事にした、文字通り蚊の鳴くようなか細い声で。
「……ひ…ひかるぅ……ご…ごめんよぉ……お…おれがぁ……わるかったよぉ……」
「……だ…大丈夫だよぉ……だからぁ……心配しないでぇ……」
その時未だに力が入りきらない声ではあったものの、光はすぐに相棒を慰めた。その様子をしっかり確認し、互いに目を合わせて笑みを浮かべる晴児と陽音の姿もあった――――。
「…………そういえば……」
その時光がそう呟くと、少しずつその場から起き上がり体勢を整え始める。不思議に感じた残る五人が彼の方へ視線を向けると、光は何かを思い出した様子で、とある人物に声をかけた。
「…………陽音さん……」
「え?どど、どうしたの?朝日奈くん……」
突然彼からの呼び出しがかかり、少々緊張を隠せずにいる陽音。そして光は彼女に対し、次のような質問を投げかける…………、
「今の身体の具合はどうなのかな?終業式の時も学校休んでたけど……」
「…………あっ、そうだった!ハルちゃんが元気過ぎてるからすっかり忘れてたぜ……!」
その時晴児も思い出した、陽音について忘れてはならない、非常に重要な事実を……。
「あっ、そうだわ!私もつい忘れちゃってた……」
どうやらこの事実は、当の本人すらすっかり忘れてしまっていたようだ。
そんな三人の不可解な様子を目の当たりにしたリビィが、興味本位に陽音へその理由を尋ねてみる。
「ねぇ陽音、どうして貴方の事を、二人はそんなに心配してるの?貴方が元気だって事に、二人ともとても驚いてるみたいだけど……」
「ああ、ごめんねリビィ!まだ君には話してなかったね、私の事をちゃんと……」
相棒がそう話しかけたものの、一向に首を傾げるばかりのリビィ。そんな彼女の為に、その時陽音は胸元に手を添えながら語り始めた、未だ相棒に明かす事のなかった自らの詳細を…………。
「…………実は私、今でこそこうして元気でいられてるんだけど、本当は小さい時から喘息気味の身体だったの。小学校の頃も突然具合が悪くなって、学校を休んだり早退したりする日も少なくなかったんだ。お出かけする時もお薬は必要不可欠で、現にあの“声”に呼びかけられてお家を出た時も、一緒に予備のお薬を持ってきてたわ。途中で飲んできたから今は持ってないけど…………そんな私の事を誰よりも気遣ってくれたのが、ここにいる朝日奈くんと曽根くんだったっていう訳なの」
「…………」
「ごめんなさいっ!」
陽音が語り終えたその時、無言で俯くリビィの姿がそこにはあった。それを目の当たりにした陽音がすぐさま、彼女に向かって頭を下げる。
「どんな時に君に迷惑をかけるかわからないから、もっと早いうちに教えておくべきだったのに、すっかり忘れてしまって…本当に…本当にごめんね……!」
その時地面を向いていた彼女の瞳は、今にも零れ落ちてしまいそうな潤みを蓄えていた。そんな彼女に対し、少しばかり間を置いてからリビィが口にした一言、それは…………、
「…………迷惑だなんて、アタシ思ったりなんかしないよ!」
「……!?」
その時陽音は思いもよらなかった言葉耳にし、突如としてその顔をリビィに向け直した。そして彼女が見つめたリビィは、微笑んでいた。
「アタシ“向こうの世界”の学校がどんなのかは分からないけど、さっきの話からだと随分前から陽音の事を支えてくれてたみたいじゃない。だよね、二人とも?」
「えっ!?あ……うん、そういう事になるね」
「まあ、そうなるな」
突然リビィから尋ねられ多少の驚きはあったものの、すぐさま彼女の考えを肯定する光と晴児。それを受けたリビィは更に語り続ける。
「凄いじゃない、二人とも!友達を大切に思う二人の優しさ、憧れちゃうんですけどぉ……」
その言葉で彼らに対する尊敬の念を送る彼女の瞳は、これまでで最も輝いていた。
「…………ねえ光、そして晴児…その…お願いが、あるんだけど……」
「「?」」
するとリビィは急に恥ずかしそうな表情を浮かべ、尊敬する彼らにこのような依頼を口にした。
「も、もしアタシ一人じゃ解決出来ない事が現れたら、これまで通り一緒に陽音を支えてくれる…かな……?」
その時彼女からの頼み事に対する二人の返答は、実に簡単で、実に当然といえるものであった…………、
「そりゃ勿論、当たり前だろ!」
「何かあったら何時でも手伝うよ!僕達“仲間”だもん!」
「ちょっと待ってくれ!勇者たる者、仲間を救う事は当然の事!オレ達にも任せてくれよ!」
「ファメルの言う通り。オレ達はこれから互いに支えあっていくからこそ、仲間といえる間柄になっていくはずだ。だからオレにも協力させてくれないか……?」
その時光と晴児に加え、彼らの様子を傍らから窺っていたファメルとロークの二人もまた、リビィの願いを聞き入れる事に決めた。
その時四人の言葉をしっかりと受け取ったリビィと陽音は、満面の笑みを浮かべながら感謝の言葉を口にした、二人の瞳から流れ落ちる大粒の“滴”を拭いながら……。
「皆……ありがとう!本当にありがとう!」
「朝日奈くんに曽根くん、そしてファメルくんにロークくん。改めて、どうぞ宜しくお願いします……!」
彼女達の気持ちに対し、四人は言葉の代わりに優しく微笑んで返答える…………。
その時だった。
「ねえ、そこの“勇者達”、聞こえる?」
「!!??」
その時何処からともなく聞こえてきたその“声”は、その場にいる“勇者”六人の耳に漏れなく響き渡った。直後に全員があちらこちらに視線を送り、その出所を突き止めようと試みる。しかし一向に人の気配を感じられないでいた。
少し年季の入った女性の声。勇者達六人に共通して聞こえた声であった。しかしそれが一体何処から届けられた物なのか、誰一人判明した者はいなかった。
「あ…貴方は誰なんですか!?ど…何処から僕達を呼んだんですか!?」
その時何処へ向かって呼べばいいのか分からなかったものの、兎に角自身が出せる最大の音量で、全員を代表して叫ぶ光。すると…………、
「よかった!どうやらワタシの声は君達にちゃんと聞こえてるみたいね……」
再び何処からともなく同じ声が聞こえる。結局何処を探しても埒が明かないと悟った六人は、とりあえず空を見上げてみる事に決めた。天高く広がった空はこれまで通り澄み切った“青”に、二、三個程確認出来る雲の“白”がゆっくりと進んでいた。
その時またしても女性の声が彼らの耳に飛び込んできた。しかも今度はこれまでで一番はっきりと聞こえる事にも彼らは気づいた。
「今君達の質問に答える時間はないわ。実は君達には先を急いでもらう必要があるのよ。なぜなら…………」
その時女性の口から次のような一言が、至って冷静に語られた――――、
「なぜなら君達以外の四人の“勇者達”が、ずっと君達の到着を待っているからなのよ……」