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別界記  作者: 星 陽友
第二章 集いの時
19/45

第十九頁

 その時四人が到着した町・≪テンヴ≫の街並みには、これまで彼らを苦しめ続けていた砂嵐など全く見られなかった。というよりむしろ穏やかで心地よいという表現が正しい風が、四人を歓迎しているように思われた。

「……何だか風が気持ちいいな。外はあんなに酷い砂嵐だったのに、どうしてこの町の風はこんなに大人しいんだ?ファメル……?」

 辺りを見渡しながら、四人の中で特に先頭を進む一人の少年に向かって、素朴な疑問をぶつける少年。青い“日記”を持つ“勇者”曽根晴児その人であった。

「ふむふむ、それではお答えするとしよう……」

 そんな彼の疑問に対しファメルと呼ばれた先頭の少年が、物事を知り尽くした何処かの人物を真似し、一つ咳払いを行う。

(あ、あれ…?何だか、見覚えが……)

 その様子を晴児の傍らから眺めていたもう一人の少年・朝日奈光は、思わず苦笑いを浮かべていた。どうやら彼が真似ていた人物について、だいぶ覚えがあるようだ。

(あぁ、そうだ。“あの人”だ……もし村の皆が見ていたら、絶対に怒られちゃいそう……)

 そんな彼の心配をよそに、ファメルは十分な余裕を持って疑問に返答した。

「ここは所謂“台風の目”なんだよ。いくら周りが強い風に晒されていても、この“目”のお陰で町中に襲い掛かってはこない。それに……」

 するとここでファメルは説明を中断させ、彼らがいる周囲の建物の数々に、三人の視線を集中させる。

 よく見てみると、この町の構造は中々興味深いものであった。彼らのすぐ手前にある建物から奥へと目線を辿っていくと、その地盤は奥に続くに従って徐々に積み重ねられている。その様子はまるで段々畑を想像させる。

 ここでファメルがもう一度咳払いし、説明を再開する。

「そしてこの町は周りの風による被害を防ぐ為に、わざわざ地盤を重ねていって、こうして城壁のような壁を造り上げたのさ。こうする事で、たとえ少しでも風が入り込もうとしても、中心部に向かううちに弱くなっていく、という訳さ!」

 こうして一通りの説明を済ませると、ファメルは周囲の景色をしっかりと目に焼き付けながら、独り余韻に浸っていた。

「勇者たる者、こうして色んな場所の様子や文化を覚えていくのは、冒険していく上でとっても大切になるんだ。だから皆もそれをじっくりと見ていってほしい…………って」

 彼が残る三人がいたはずの場所に視線を送ったその時、彼らの姿は既にそこには存在していなかった。まさか、と思いそこから少し奥の方へ視線を移すと、止まる事なく向こう側へと進んでいく三人の姿があった。

「おーいファメルーっ!さっさと行こうよーっ!」

 そこから大声で彼を呼びかける光の声。それに続いて、今度は晴児の大声が彼を呼びかける。

「今は新しい“仲間”と会う事が重要だぞーっ!町を見て回るのはそれからにしよーっ!」

 彼らからのこの呼びかけは、ファメルの胸にぐさりと深く突き刺さっていた。

(み、みんなぁ…せ、せめて少しだけでも……)

 その時ゆっくりと三人の元へ歩み寄る勇者の姿勢は、もうすっかり項垂れてしまっていた――――。



 ――――その時四人の勇者達は、丁度町の中心部に差し掛かるところであった。

 この場所は、それまで彼らが歩んでいた砂の大地とは少し異なる点がある。それは地面が少々湿っているように感じられる点と、その地面から漂う甘い香りである。この香りの正体は、湿った地面に覆い被さるかのように咲き誇る、数多くの花々の為であろう。

 そんな特別な環境と化している大地の上を、四人はしっかりとその足を踏みしめ、町の中心へと向かっていた。

「本当にいい香りがする。まさか砂漠の中に、こんな素敵な場所があったなんて……」

 周囲の様々な花に視線を移し変えていき、その度に自身の嗅覚を刺激する香りを味わいながら、光は呟いた。

「信じらねぇだろ、光?この国で町が造られてる場所には、必ず何処かにこんな砂地があるはずなんだ。ここを掘り下げていけば水脈が通っていて、最終的にその水は、あの≪キェイル湖≫の水源に繋がっていくんだよ」

 そんなファメルからの説明を耳にし、より一層関心を深めたように思われる光の表情であった。


「…………おっ!見えてきたぞ!」

 暫く歩き続けていたところで、突如そう叫び前方を指差すファメル。それに合わせて、残る三人も前方へと視線を送る。

 一面に咲き誇る花畑の中心に、その建造物は設けられていた。長年に渡ってその場所に存在していたからか、これまでの“神殿”と同様に煉瓦を用いて建てられているそれの壁面には、数多くの蔦が絡み付いている。

「あれがこの≪テンヴ≫の町が誇る“神殿”だ!あそこに行けば、新しい“仲間”が待っているはずだ!」

 その時四人の表情はこれまでとは異なり、それぞれ引き締まったものと化していた。

(一体どんな“勇者”が、僕らを待っているのかな……?)

 これから対面する事となる“仲間”が何者なのか、気にならずにはいられない光。

(どんな奴がいるのか、ワクワクしてきたぜ……!)

 新たな出会いに期待を抱き、高鳴る胸の鼓動を抑えきれない晴児。

(…………)

 これまでと同様、一向に冷静を保ち続けるローク。

(よぉし!勇者たる者、たとえどんな勇者だったとしてもきちんと受け入れなきゃな……)

 自身の信念を曲げる事なく、新たな出会いに備えて気合いを入れ直すファメル。

 四人とも心中で思う事こそ違うものの、最終的に行き着く所は全員が等しく、新たな“仲間”との出会いで繋がっていた。


 その時彼らが向かっていた“神殿”の姿が、一層はっきりと出現した。その場を吹き抜ける穏やかな追い風が、四人の歩みを優しく後押ししていた。

「もうすぐ“神殿”に辿り着く。皆、気を引き締めていこうぜ!」

 彼らの先頭を行くファメルの言葉が、全員の歩みに更に拍車をかけた。

 やがてその視線の先に目的地の入口が映し出されてきた、その時だった。

「…………ん?」

 その時ファメルを始めとする四人の目前に姿を現したのは、一人の“何者か”の後ろ姿であった。

 さほど大きくもなさそうな体格が目立つ。身につけた黄色い帽子とマントが、その場の風に靡いている。

(もしかして、あいつが……?)

 半信半疑のまま、どうしてもその“正体”が気になって仕方がないファメル。

 その時だった。

「…………!」

 どうやらこちらの気配に気づいたようだ。向こうもその正体を確認する為、恐る恐る四人のいる方向へと振り向く…………。


「…………!」

 その時遂に彼らの目線に、新たな“仲間”の容姿がはっきりと映し出された。

 “神殿”の前で四人を待ち構えていた“勇者”の素顔、それは一人の少女であった。円く輝く瞳、比較的小さな鼻、頭の帽子から少しばかりはみ出ている両耳……。

 その顔の様子を一言で喩えるに相応しいものの名称が、光の口から発せられた。それは…………、

「ね……猫…………?」

「?……もしかして貴方達が…………?」

 まだ幼さが残る少女らしい声色が、四人の男達の耳に飛び込んでくる。

 すると今度は彼女の方から、彼らの元に接近し始めてきた。あまりに突然の行動だった為、思わず拍子抜けしてしまうファメル。そんな自分を落ち着かせようと、心中のファメルが自身に語りかける。

(!?……っと、落ち着け…勇者たる者、どんな時でも冷静に……でも…………)

 しかしその時ファメルは気づいた、自分の心中で次第に湧き上がってきた“一つの心情”に。

(…………か……)

 その心情は彼女が接近してくるにつれて、その大きさを増していった。

(……?…………!?)

 そしてふと相棒の様子を窺おうと光が視線を向けたその時、ファメルの様子は完全に可笑しな物となってしまっていた。

 彼が目にした相棒の表情、それはにやりと不気味な笑みを浮かべながら、すっかりハートの形を成す両眼を輝かせる、光がこれまで見た事のない物であった。

 更に光にははっきりと伝わったようだ、傍らで可笑しな表情を浮かべる相棒の“心の叫び”が……。


(カワイイーーーーっ!!)


 その時少女は四人の目前まで接近するとそこで立ち止まり、その小さな口を開かせた。

「初めまして!いきなりだけど、アタシから自己紹介するわね」

 彼女はそう告げると軽く一呼吸おいて、早速自己紹介を開始した。

「アタシは<雷の勇者>のパートナー、リビィ。これからよろしくね、皆!」

 リビィと名乗った少女は挨拶を済ませると、今度は身体を少々真横へ傾かせ、素直に微笑んでみせた。

(――――――――!!)

 その笑顔を間近で目の当たりにしたファメルの心に、ぐさりと強く突き刺さる“何か”の存在に、彼自身と相棒は気づいた。

 一方当の本人はというと、そのような事実には一切気づいてはいない様子で、四人に何かを催促する素振りを見せる。

「…………」

「…………」

 暫くその場に沈黙の空気が走っていた。最初はあの笑みを保ったままそれを待ち続けていたリビィであったが、時が過ぎる度に表情は次第に歪んでいき、やがて遂に……、

「……ほ、ほら!今度は貴方達が自己紹介する番でしょ!?これ以上黙っていられると困るんですけどぉ……」

「!?あ、ああごめんよ、リビィちゃん!いきなりの事だったからつい固まっちまったぜ……じゃあ、オレから先に自己紹介させてくれ……」

 その時揃って我に返り、四人を代表して一番初めに自己紹介を買って出たのは、先程彼女に心を射抜かれたこの人物であった。

「……ええ、オレの名はファメル。<炎の勇者>光の頼もしき(、、、、)パートナーさ!」

 高らかに名乗ったファメルが、さも誇らしげに自らの胸を拳で叩く。そして彼は自身の目線を傍らの相棒へと向けると、早速彼に出番を知らせる。

「……ぼ、僕は朝日奈光といい…ます……い、一応ファメルの言う<炎の勇者>…やってます……」

「んで、俺はその光の大親友で、<水の勇者>曽根晴児だ。よろしくな、リビィ!」

 突如として光の肩を掴み、笑顔のまま挨拶を済ませる晴児。

「…………オレはローク。晴児のパートナーをしている……」

 最後にそれまで無言を貫いていたロークからの挨拶が終わり、これで全員の自己紹介が終了した。

 その時リビィの目線は、彼らの足元のみに集中していた。その一点を向いたまま、全身を小刻みに震えさせる彼女がそこにいたのだ。

 それを不思議に感じた光が、怪しげな彼女に声をかけてみる。

「ど…どうしたの、リビィ?そんなに身体をぶるぶるさせて……体調でも悪くなったの?」

「いいえ、そういうのではないわ…ただ……」

 ここで自身の発言を途絶えさせたリビィ。尚更心配に思い、光がもう一度声をかけようと接近を試みる。

 すると突然彼女の脚が再び動き出し、相変わらず俯いたまま、四人に迫ってくる。そしてある人物の目前まで近づくとそこで立ち止まり、間髪を入れずにその人物に話しかけてきた。

「…………あ、あのぅ…ろ、ローク…だっけ……?」

「……?…ああ、そうだが……」

 その時リビィが立ち止まった人物とは、ロークであった。目前の彼女からの突然の呼びかけにも臆する事なく、至って冷静に応対する彼。

「そ、その…初めて出会った瞬間に変な感じがして…少し考え込んだんだけど…やっと、気づいたの……」

 緊張のせいか、中々思いの丈を打ち明けきれないリビィ。そんな彼女のもどかしさに、さすがのロークも痺れを切らしてしまいそうであった。

「……どうした?言いたい事でもあるならさっさと言ってくれ……」

 そんな彼の一言に対し、ファメルは堪らず文句を言い放つ。

「な、何だと!?仲間に向かってそんな口の聞き方!勇者たる者、許す訳には……!」

「ま、待って!ご、ごめんなさい!すぐに、言うから……」

 ファメルが述べたかった事全てを言い切る前に、リビィはばつの悪そうな表情で彼を食い止めさせた。

 そして彼女は勇気を振り絞り、目前のロークに伝えたかった事実を口にする。

「…あ、アタシ……貴方の事が……」


 その時リビィが彼らに見せつけた表情は、笑みを浮かべつつも頬を赤らめるという二つの状態が混ざり合ったものとなっていた。

「貴方の事が……好きになっちゃった…みたい……」


 その時彼らの周辺から、“音”が消滅した。その場にいる全員から音が発せられずにいる時間が暫く続いた。

「…………へ…………?」

 最初に声を蘇らせたのはファメルであった。かなり拍子抜けした彼の声が、未だ硬直状態を維持した口から飛び出してきた。まるで彼自身の魂がそこから抜け出たかのように。

 そして今度はリビィの口から、声が蘇る事となった。自らの思いを必死になってロークにぶつけた彼女のこの時の表情は顔を真っ赤にさせ、息遣いも酷く荒いものとなっていた。

「…ま…まだ会ったばかりだから、アタシの事は何とも思ってないと思うけど、と、とりあえずアタシの気持ちだけは、こうして伝えたかったの……だ、だから改めてよろしくね!」

 正直に自らの思いを伝え終え、震えが治まらない自身の片手をゆっくりと彼の元へ差し出すリビィ。この思いがけない展開に、さすがのロークも冷静を保つ事は難しかったようだった。

「……あ、ああ…こちらこそ……」

 ほんの少しばかり冷や汗を浮かべながらも、彼女が差し出した小さな手を、しっかりと握り返すローク。そんな彼の温もりを肌で感じ、リビィは再び微笑んでみせた。

 一方この二人の状況とは全く異なる心情に苛まれる人物が一人いた。そこからの不穏な気配を感じた光が、その根源のある方向へ視線を向ける。

 そこには先程リビィに好意を抱いた相棒が、両手と両膝を地面に貼り付けた状態で異読項垂れていた。その場に漂う暗い“負”の空気を感じ取り、あえて口を挟まない事に決めた光であった。


「…………?ちょ、ちょっと待ってくれよ!」

 その時この状況を打開する一言を口にしたのは、晴児であった。他の四人が彼の方向へ視線を揃えたのを確認し、晴児はふと気づいた“ある事”を披露し始めた。

「そういえばリビィ、お前のパートナーって今何処にいるんだ?さっきから辺りを見回してたんだけど、それらしき人は何処にも……」

「あっ!そうだね!一体何処にいるんだろう?僕らの新しい“仲間”は……」

 ここで光もとうたく気づき、改めてリビィに尋ねる。

「そうだったわね!アタシのパートナーなら、今頃買い出しに行ってるわよ。結構前に出かけたから、そろそろ戻ってくると思うけど…………」


 その時だった。

「…………あっ!帰ってきたみたい!」

 その時彼らの周辺に吹く風の音の他に、一歩ずつ大地を踏みしめる何者かの足音が聞こえてくる。その音は確実に音量を増していき、その人物が徐々に接近してくる事を明らかにさせた。

 早速自分達の背後を確認しようと振り返る四人。しかしこの時高々と天に昇っていた太陽の逆光により、その姿は上手く把握出来ないでいた。

(一体、どんな人なんだろう、新しい“仲間”って……)

 期待が半分、不安がもう半分を占める光の心中。すぐ傍にいる晴児の瞳は、希望に満ちた輝きを溢れさせていた。

「随分遅かったじゃなーいっ!お陰でアタシ、かなり待ち草臥れちゃったんですけどぉーっ!」

 少しばかり茶化すように、大声で相棒に呼びかけるリビィ。それに対し相棒もまた、大声で彼女に返事する。

「ごめんねーっ!お買い物につい夢中になっちゃったのーっ!」

 透き通った高い声。声の具合から判断すると、どうやらその声の“主”は少女のようだと、光と晴児は想像した。


「…………あれっ!?」

 その時二人はある事に気づいた。

(この声、何処かで…………)

 彼らにとって聞き覚えのあるこの声……。

 やがて五人の目前で彼女が立ち止まり、逆光が失われ徐々にその容姿が浮かび上がってきた…………。


「…………!!??」


 その時彼らは言葉を失った、それは光も、晴児も、そして彼女自身でさえも――――。

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