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別界記  作者: 星 陽友
第二章 集いの時
18/45

第十八頁

 その時彼の耳の中に、自分の名を必死で叫ぶ声が入り込んできた。

「……める…………ファメル……」

(うっ……だ、誰かがオレを呼んでる……そうだ、この声は……!)


 その時自身の名前を叫ばれ続けたファメルの視界に、少しずつ光が注ぎ込み始めてきた。青空から照らされる陽の眩しさが彼の瞳を刺激させ、ほんの一瞬目を眩ませる。

 片手でその輝きを遮りながら、改めて瞼を開かせていくファメル。そうした彼の視線に最初に飛び込んできたもの、それはかなり心配そうな表情でこちらを見つめてくる、一人の人間の少年であった。

 その彼が今まさに、目前に倒れこむライオンの顔を持った少年・ファメルに声をかける。

「ファメル!ファメル!よかったぁ、目を覚ましてくれて」

 そう言って安堵の表情に変化した彼の瞳には、うっすらとそれを潤すものがあった。

「ひ…ひか、る……た、助かったのか?オレ……」

「ああ、その通りだぜ、ファメル!」

 未だぼんやりとした表情を浮かべるファメルの口から繰り出されたその疑問は、彼から少し離れた場所にいる少年によって解決された。砂の地面に座り込んで、青い“日記”の一頁に文章を書き続ける彼の姿を確認し、ファメルはすぐさまそれが何者であるか判明させた。

「お、おう晴児か。お前がオレを助けてくれたのか?それとも、光……?」

 彼からの質問に対する返答が晴児の口から発せられたその時、ファメルは衝撃を受けざるを得なかった。

「そりゃ違うな。お前を助けてくれたのは、実はロークなんだよ」

「へえ、そうなのか…………って、ええっ!?」

 それはファメル本人にとって、本当に意外な人物であった。初めて彼と出会ったあの時からの態度から考えると、その名前が発せられるという事は、先ず眼中になかった。

 念の為にもう一度、晴児に問いただすファメル。

「い、今の話、本当か!?う…嘘なんか、ついてねぇよな……?」

 それに対し晴児は何の偽りもなく、その時の状況を教えてくれた…………。

「本当だとも。そりゃびっくりするだろうな、現に俺達もびっくりだったから。あの時ファメルが敵と一緒に湖に沈んでいった直後、いきなりあいつが湖に飛び込んでお前を連れ戻しに行ったんだぜ!それから暫く潜り続けた後、すっかり大量の水を飲み込んでたお前と一緒に、ロークが浮き上がってきた。直後の応急措置も上手くいったみたいで、ファメルもこうして目を覚ませたという訳さ!」

「…………そうかぁ……オレが助かったのも、あいつのお陰っていう訳なんだな。中々やるな、あいつ……!」

 その時自身を救ってくれたロークの行動を、ファメルは素直に称えた。その言葉の直後、彼はすぐさま晴児に向かい問いかける。

「ところで肝心の“ローク様”は何処に行っちまったのかな?こうしてオレの命を救ってくれたんだ。勇者たる者、恩人にはしっかりと感謝の言葉を伝えなきゃな……」

 そう語ると、早速ファメルは周囲を見渡し、自らの命の恩人を捜索し始める。しかし何処を見てみても、彼の姿はない。

「あれれ?何処に行ったんだ?あいつ……」

 彼の所在が分からず、頭上に大きな疑問符を浮かべるファメル。そんな彼に対し、晴児は何かに気づいた素振りを見せながら話しかける。どうやらロークの居場所について言い忘れていた事があったようだ。

「ああそうだった。あいつなら今頃――――」


 その時だった。

「…………!」

 突然何者かの足音がこちらに近づいてきたのに三人は気づいた。その音が聞こえた回数から考えると、その数は二人。

 早速その場にいる全員がほぼ同時に振り向く。その時そこにいたのは、両手に手提げ袋を持ったロークと、背中に荷物を背負った老人の二人であった。二人とも見る限り多めの荷物が持たされている。

「遅くなってすまんかったのぅ。随分買い込んできたもんじゃから、思った以上に時間がかかってしまってのう……」

 老人はそう語ると、苦笑いを浮かべながら二、三回軽く頭を下げる。一方のロークはというと、その場に着いてすぐに、その視線をファメルの方向へと向けていた。

 それに気づいたファメルはすぐさま、自分が望んでいたあの行動を実行に移す為、ロークへと話しかける。

「あ、あのなローク、その……あ…ありがとな。オレを…助けてくれて……せ、晴児からそう聞いたんだ……」

 その言葉を受けて暫く無言のままでいたロークであったが、やがてそこから冷静に、自分の思いをファメルに送った。

「…………当然の事をしただけだ。出会ってすぐに仲間を失うなんて事は、絶対にあってはいけない事だろうからな。まあ、こうして目を覚ませてくれればそれでいい、気にするな」

「ふうん……見かけによらず、中々カッコいい事言うじゃねぇか、ロークさんよ……」

 にやりと笑みを浮かべてそう語ったファメルの言葉を受け、ローク本人は思わず自らの足元に顔を背ける、何やら恥ずかしげに頬を赤らめながら……。


 するとここでファメルの脳裏にとある疑問が浮かび、目前の“恩人”にそれをぶつけてみた。

「……そういや二人とも、一体何処に行ってたんだ?オレが目を覚ました時、光と晴児しかいなかったから……」

「ああ、それは……」

 するとローク、そして老人の二人は、それぞれが持ち合わせていた袋の内部を三人の目前に披露する。早速その中身を確認する彼ら。

「おーーっ!」

 その時三人は一斉に、驚きの声を上げた。

 ロークが手に持っていた袋の中には、どれも新鮮で大小様々な魚の数々が、そして老人が背負っていた袋の中には、色鮮やかな野菜の数々が、今にも溢れんばかりに詰め込まれていた。

「まだまだ長い旅は続く。その長旅を乗り切る為には腹ごしらえも必要じゃからの。彼の力を借りて、大量に食材を手にしておいたという訳じゃ!」

 老人がそう語ると、今度は晴児がある事を思い出し、突如として会話に介入してきた。

「そうだった!ロークって実はな、すっげー料理上手なんだぜ!初めてそいつの作ったメシ食った時、そりゃすっげーびっくりしたもん!」

「まっまじか!?」

 話せば話す程興奮状態に陥りそうになる晴児の説明を耳にし、ファメルは更に驚愕した。

「そ……それはまじでありがてぇ!そういう奴がいてくれれば、旅も少しは楽しくなりそうだからな!それじゃあこれからは美味いメシをよろしくな!頼んだぜ!」

 そのまま喜びを隠し切れない様子で、今にも天高く飛び上がりそうなファメル。その喜びを満面の笑みで表現したまま、ロークへの接近を続ける。

「…………わ、分かった、分かったから!これ以上傍に寄るんじゃねぇ!……ほ、ほら!さっさと旅を再開するぞっ!」

 その時ロークの顔面は、もうすっかり赤く染め上がってしまっていた。彼からすればこのような醜態を晒し続ける訳にもいかず、早々にこの場から立ち去ってしまったほうがいいと考えた上で、そう怒鳴らなければならなかった。傍に置いてあった自身のリュックサックを背負い湖に背を向けると、すぐさま独りで去り始める。

 しかし彼の考案したこの案は、残された三人からの言葉により、脆くも崩れ去る事となった。

「あ…あのぉ…ちょっといいかな……?」

「…………今度は何だ?」

 急に恥ずかしげな表情に変化した顔を地面に向けた状態で、ファメルはゆっくりと挙手し始める。ロークは仕方なく振り返り、彼の質問に対応する事にする。

 ファメルは正直に、要求した。

「さ…早速だけど……何か一つ…美味いメシ、作ってくれねぇか?そういや何も食ってなかったし、それに、早いうちに確かめておきてぇんだ、お前の料理の腕前ってやつ……」

 この発言の直後、今度は晴児と光の口から要求された、それぞれのリュックサックの中から取り出された“ある物”を見せ付けながら。

「ああ、そうだ!俺達も“日記”書かなくちゃ!こんな時こそ書くのに相応しい状況だって思ったんだ!だからすまねぇ、もう少しだけ待っててくれ!」

「うん、そうだね!晴児くんの言う通りだよ!僕からもお願い!」

「なっ!頼むよ、ローク!」

 ここでファメルも加わり、両手を顔の前で合わせて必死に懇願する三人。暫くその光景を無言で目の当たりにしていたロークであったが、やがて重く閉ざされていた口を開けた。

「…………分かった、お前らの言う通りにする。少し待ってろ、これから何か作ってやるから。但しその間に二人はしっかり、“日記”を書いているんだぞ、いいな?」

 落ち着きを払いながらもしっかりとした強い口調で三人に注意するローク。それを受け入れた彼らは素直に深々と頭を下げる。それからもう一度顔を上げると、三人は言ってんに集合し互いの顔を見合わせると、その場で満面の笑みを浮かべた。

「…………やれやれ」

 その時少しばかり微笑みロークの口から漏れ出した深い溜息は、湖畔を吹きぬける風によってその場の空気に取り込まれていった――――。



 ――――その時四人は町と砂漠が交わる地点にいた。

 その全員が肥大したリュックサックを背負いながら、町に向かって手を振り続けている。彼らが見つめる視線の先に立っているのは、これまで彼らに協力し続けていた、湖のあの老人であった。彼もまた四人の行動に応え、笑みを浮かべて手を振り続けていた。

「おーいじいさーん!ありがとなーっ!」

「本当にお世話になりましたー!」

「色々助かりましたー!」

「…………」

 彼らからのこの言葉はどうやら老人に伝わったようで、彼もまた大きな声で激励の言葉を送り届けた。

「お前さんがたー!まだまだ先は長いから、くれぐれも身体には気をつけてなーっ!」

 その時老人の言葉を受け取った四人は深々と頭を下げる。そして広大な砂漠しか見えない方向へ振り返ると、そこから静かに、そして確実に一歩を踏み出していった――――。



 ――――その時四人は誰一人欠ける事なく、砂漠の道なき道を進んでいた。その頭上からは燦燦と輝き続ける陽の光が、容赦なく彼らの元に降り注がれていた。

「ふうっ!想像以上の暑さだな、ここの空気は!こんな環境で暮らし続けていたなんて、やっぱスゲーな、ファメル!」

 突如として晴児の口から発せられた予想外の言葉に、ファメルは思わず頬を赤らめた。

「そ、それ程でも……」

 そんな相棒の照れ具合を確認し、優しく微笑む光。一方のロークは相変わらず真正面ばかり向き続けている。

 するとそのロークに対し、ファメルの口から一つ質問が飛び出した。

「そういやローク。まだ訊いてなかったっけな、お前の生まれ故郷の話。勇者たる者、仲間の生まれを知らないなんて事は先ずあり得ねぇからな!何処の生まれなんだ?」

 ロークはいたって冷静に返答した。

「…………ノアシー諸島、カーロル島だ」

 この答えを聞いて、ファメルはとても興味深そうな表情を披露した。

「やっぱりな!ノアシー諸島っていったら、“この世界”屈指のリゾート地じゃねぇか!だから泳ぎだって得意なんだし、何といってもお前の料理の腕前さ!あそこの海には美味い魚がたっくさんいるって聞いてるぜ。食材が一級品なら、料理する奴のレベルだって一流に決まってるさ……!」

 仲間の故郷について自身が持ち合わせている知識とそれに基づいた想像を、間髪を入れずに語り続けるファメル。その間彼の脳内には、湖畔に帰還した直後にファメル本人からの頼みでロークが作り上げた、一品の料理が描き出されていた…………。

「初めてだった…オレがこの世に生を受けて、あれ程美味すぎる魚料理を食ったのは初めてだったぜ……!見た目も匂いもよかったけど、何より一番よかったのはあの味だよ!噛んだ瞬間口の中に広がった肉汁、一回噛む度に伝わってくる美味さ……味付けも相まって、とんでもない美味さが生み出されてたんだぜ!あんなに美味い料理を作り出せるなんて、やっぱりお前は凄いよ、ローク!」

 自分の心情を声の限りに表現しきったファメルの口からは、とてつもない量の涎が溢れていた。

「あ…あれはだな……有り合わせの食材や調味料を使った簡単な奴で…そ…そんなに褒められる程の物じゃねぇよ……」

 その時そう返事し額の汗を拭ったロークからは、これまでに増して恥ずかしそうな様子が露わになっていた。それを傍らから覗き込んでいた光と晴児の表情からは、思わず笑みがこぼれる。


 ――――その時四人の周辺を吹きつける砂煙が、彼らが進んでいく毎にその強さを増していった。吹き荒ぶ砂埃が顔面に当たらないよう、彼らは身に着けている毛皮を用いて、より一層顔を覆う。

「はぁ、はぁ……何だか風の勢いが強くなってきてねぇか?このままじゃ吹き飛んじまいそうだよ……」

 覆い被された毛皮の奥に隠された晴児の声が、僅かな隙間を伝って漏れ出す。激しくなる砂煙に困惑する彼の声色とは裏腹に、返答したファメルの声からは不思議な余裕を感じられた。

「これでいいんだ。これからオレ達が向かう町って、実はこの砂煙の中心にあるんだ!」

「そ、そうなの……?」

 相棒から告げられた事実を耳にし、今度は光が確認の言葉を送る。

「そうだぜ、光!だからもう少しだけ辛抱して……っと言いたいところだったけど……」

 その時突如として、ファメルの歩みが止まった。残る三人もそれに合わせて、その場に停止する。

「どうやら辿り着けたみたいだ。ほら、あれを見てくれ……!」

 その言葉の直後、ある一点に向かってしっかりと指差すファメル。残る三人もその指された先を集中して見つめ直す。

 その時そこに姿を現したのは、紛れもない一つの町その物であった。しかもその周辺の様子を確認すると、どうやら砂嵐の状態もそれ程酷くはないように思われる。

 ファメルはその場所に視線を向けたまま、力強く声を発した。

「あれがオレ達の次なる目的地、《テンヴ町》だ!」

 その時光、そして晴児の二人は心の中で期待と不安を巡らせていた。

(あの町に…僕らの新しい“仲間”が……)

(一体どんな“勇者”が…俺達を待ってるんだろう……?)


「…………よしっ!それじゃ行こうか!」

 その時ファメルの掛け声に従って、四人は歩み始めた、新たな“勇者”が待ち受けている目的地を目指して――――。

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